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VS.新人メイドと巨人族の姉弟 3/5




「……勝負?」


 唐突に勝負を挑まれた中年男が問い返す。


「そうだともっ。僕と君とはエレレさんを巡るライバル同士。だから、彼女を賭けて勝負する義務があるはずだっ! ――フンッ!」


 ググララは、説明を終えると同時に、誇らしげな顔で上腕二頭筋を強調したポーズを決める。

 どうやら巨人族の青年は、メイドと親しげに話す旅人の男を恋のライバルと認定したらしい。


 突発的なイベントに対して各々の反応は――――ソマリはワクワクと期待の眼差しを向け、ビビララは男なら当然とばかりに頷き、シュモレは先を越されたと悔しがり、コルトはいつになったら昼飯にありつけるのだろうと溜息を吐いた。


「ねえねえっ、コルト君。旅人さんは勝負を受けるのかしらっ?」

「あんちゃんは面倒くさがりだから、嫌がるんじゃないかなぁ」

「やっぱりそうよね。でもそれだと面白くないから、どうにか旅人さんをやる気を出せないかしら?」

「あんちゃんは子供っぽいところがあるから、上手く興味を持たせればいける気がするけど」

「たとえば、どんなモノが有効かしら?」

「勝った方に賞品を与えたり、負けた方に罰を与えたり、綺麗な女性が応援してくれたり、かなぁ」

「なるほどねっ、旅人さんの事はやっぱりコルト君が一番詳しいわねっ」

「……オレをあんちゃんの保護者みたいに言うのはやめてくれよな、ソマリお嬢様」


 外野でそんな話がされているとは露知らず、男は対戦希望者と話を進める。


「――――要するに、あんたはエレレ嬢に好意を抱いているから、恋人になる資格を得るために俺と勝負したい、って話なのか?」

「その通りだともっ。今こそお互いの筋肉を駆使して、どちらがエレレさんに相応しい男なのか、はっきりさせようじゃないか。――フンッ!」


 ググララの言葉を聞いた男は、何故か「へー」と感心した風に頷きながら、勝者へ贈られる景品にされたエレレの方を見る。


「俺が知っている噂では、エレレ嬢に言い寄る男なんて居なかったはずだが、どうやら違ったみたいだな?」

「あのね、旅人さん。エレレは別にモテない訳じゃなくってね、無駄に外面が良すぎて男性の方が気後れしてしまい、結果として避けられているだけなのよ」

「そうそう、アンタみたいな冷血メイドに怯えない男なんて、私の可愛い弟だけだと何度も忠告しているだろう?」

「エレ姉様のように一人で何でもできる素敵な女性に男なんて必要ないですっ」

「エ、エレレねーちゃんにも、そのうちまともな男が現れると思うぜ?」


「……一同揃って、ワタシが男運の無い可哀想な女みたいな言い方は止めてください」


 同性から気を使われたエレレは、ぷるぷると怒りに震えながら呟いた。


「なるほどなるほど。何となく事情は理解できたが、結局のところ男女の関係は当人同士の問題だろう? 俺なんかに構わず、直接エレレ嬢に告白して返事をもらうべき問題だと思うぞ?」

「君に言われずとも、僕は何度もこの胸の熱い想いを伝えているんだっ。だけど、慎み深いエレレさんは頷いてくれない……。ああっ、エレレさんっ! 遠慮なんてせず、早く僕のハートと筋肉を受け取ってくださいっ!!」

「……仮にワタシが、どれほど男性との縁が薄い女だったとしても、選ぶ権利だけは、あるはずです」


 巨人族の姉弟を除く他の者は、エレレの真に迫った説明を聞き、納得したように頷く。

 ググララは、トップクラスの冒険者であり容姿も整っていたが、そんな長所を吹き飛ばしてしまうほどに「暑苦しい」といった如何ともし難い欠点を抱えていたからだ。


「理由は何であれ、エレレ嬢が断っているのだから、既にゲームオーバーだろう? 今更俺なんかと勝負しても意味はないと思うが?」

「いいや、それは違うっ。先程のエレレさんの話を聞いて、僕はようやく気づいたんだっ。エレレさんが僕からの求婚を避けているのは、君という足枷があるからだとっ!」


「はははっ、それは愉快な勘違いだ。良識と自制心の塊だと評判の俺が、十歳も年の離れた娘さんに手を出す訳がないさ。――――なあ、エレレ嬢?」


 男は、笑いながら否定し、隣に居るメイドに同意を求めたのだが。


「…………」


 ぷいっ、とそっぽを向かれてしまった。


「えっ、ちょっと待っておくれよ? ここは嘘でも否定しておけば話がまとまる場面だよな? もっと空気を読んでおくれよ、メイドさんや?」

「ワタシのことはエレレとお呼びください」


 慌てた男が再び同意を促すが、メイドは決して頷こうとしない。


「それ見たことか。どうしてだか全く理解できないけど、君がエレレさんを束縛してしまっている。もしも本当にその自覚がなくて、エレレさんを幸せを願うのなら、僕と正々堂々戦って白黒はっきりさせるべきじゃないのかな? ――フンッ!」


 我が意を得たとばかりに、巨人族の青年は、もう一度中年男を挑発してくる。

 青年の言葉に賛同するかのように、全員の視線が中年男に集まった。


「おいおい、私の可愛い弟がここまで言ってるのに、まさか断ったりしないよなぁ?」

「そうだぜ、あんちゃん。ここで逃げたら、さすがに格好悪いぜ?」

「そうよ、旅人さん。今こそ秘めたる真の力を解放するべき時なのよ?」

「エレ姉様に釣り合うとはとても思えませんが、せめて気迫ぐらいは見せるべきです。そしてコテンパンにやられるべきです」

「……グリン様?」


「え……? 何で俺が悪いみたいな空気になってるんだ?」


 注目されるのに慣れていない男は、冷や汗を掻きながら後ずさろうとするが、周りを囲まれているため逃げ場がない。


「ほらっ、君も少量とはいえ筋肉を有する男だったら、覚悟を決めるべきじゃないかな? ――フンッ!」

「……くっ、俺が大人しく聞いているのを良いことに、これ見よがしに筋肉を見せつけやがってっ」


「ほらほらっ、いい加減に観念してお互いの筋肉を比べようじゃないかっ。――フンッ!」

「……おいおいっ、俺の唯一の弱点である肉体美で優っているからって、調子に乗るんじゃねえぞっ」

 

 ポージングしながら悦には入るググララの筋肉を羨ましそうに見ながら、男が叫ぶ。

 物臭だけど繊細なところもある男は、中年らしいたるんだ肉体を気にしているようであった。


「ねえ、エレレ。もしかして男の人から見ると、ググララさんのようなモリモリした体は魅力的に映るのかしら?」

「逞しさを好む女性も少なくありませんから、男性に限らずその人次第ではないでしょうか、お嬢様」

「筋肉なんて気持ち悪いだけなのです」


 男達のやり取りを冷めた目で見る者も居たが、最早止める者は居なかった。


「――――よかろう。そこまで言うのなら、受けて立とうではないかっ。――はっ!」


 同性からの煽り耐性が低い男は、ググララのポージングに対抗するかのように、過剰に体を反らして手の平を顔に当てたポーズを取りながら、勝負を受ける。

 そのポーズはとても奇妙であったが、妙な迫力を持っていた。


「嬉しいよ、ようやくその気になったんだね。――フンッ!」

「勘違いされては困るな。真の強さを知らない若造にお灸を据えるのも、年長者の役目なのだ。――はっ!」


「言ってくれるね。君の細腕が僕の鍛え上げた筋肉に敵うとでも思っているのかいっ。――フンッ!」

「確かにその肉体美は認めざるを得ないが、世の中はパワーが全てではない。磨き抜かれた芸術的な技能こそが本当の美しさだと、若造もすぐ思い知る事になるだろうさ。――はっ!」


 ノリノリで決めポーズを見せ合いながら、勝手に盛り上がっていく男達。

 外見は正反対の二人であったが、格好つけたがりな内面はよく似ているようであった。


「ほおぉ? 私の可愛い弟と正面から競い合う度胸があるとは、やはりただ者じゃないみたいだねぇ」

「あんなにやる気になっている旅人さんは、初めて見たわっ。すっごく楽しくなってきたわねっ」

「あんちゃんは基本だらけてるけど、妙なスイッチが入ると無駄にやる気になっちゃうんだよなぁ」

「エレ姉様を誑かした本性、しかと見せてもらうのです」

「……ワタシを巡って戦う二人の男。メイド冥利に尽きます」

 

 二人の男の熱気に呼応して、取り巻きの女性陣も盛り上がっていく。

 さらに、ここは街のど真ん中。

 通りすがりの一般人も騒ぎ出す。


「なんだなんだ?」「決闘だってよ決闘」「そりゃあ面白い見世物だ」「いったい誰と誰が?」「背の高い方はこの街で最高の怪力を持つ巨人族のググララだ」「あの巨人族に喧嘩を売るとは命知らずも居たもんだな」「それでもう一人は?」「何だか普通のおっさんだな」「あまり見ない顔だが?」「ほら、あいつじゃないのか」「最近領主のお嬢様とメイドにちょっかい出してるふざけた野郎か」「そりゃあいい」「のっぺりしたあの顔を一度殴ってみたかったんだ」「顔が潰れて誰だか分からなくなるまでやってしまえっ」「俺達はググララを応援しているぞっ!」


 人が人を呼び、あっという間に人垣ができる。

 ギャラリーの大半は、巨人族のググララを応援していた。


「どうやら証人が集まったようだね。これでもう、言い逃れはできない。覚悟は良いかい? ――フンッ!」

「それはこちらの台詞だ。今から世間知らずの若造に、社会の荒波に揉まれてきたおっさんの真骨頂をお見せしようではないか。――はっ!」


 異色の対戦カードを間近で見ることになったコルトは、「働きもせず適当に暮らしているあんちゃんよりも、冒険者として命懸けで戦ってきたググララさんの方が人生経験豊富じゃないのかな?」と、もっともな疑問を抱いたが、言っても仕方ないので口を閉ざしていた。

 冒険者志望の少女がそう思ったように、年齢は中年男の方が上であるが、鍛え上げてきた時間、戦闘に対する覚悟、真剣に生きてきた密度、それらの全ては冒険者であるググララの方が圧倒的に勝っている。

 それは、男のレベル25に対し、ググララのレベル35という数値の上でも明確な差だ。


 大きな力の差があるはずなのに、女性陣は誰も止めようとしない。

 コルトは、「あんちゃんは一度痛い目に遭った方がいい」と考えていたが、それも裏を返せば、この程度では死んだりしないだろうと信頼している証し。

 ただの旅人であるはずの男からは、何かを期待させる余裕が溢れていたのだ。



「それじゃあ、早速お互いの筋肉比べといこうじゃないかっ。――フンッ!」

「待て待て、まだ話は終わってないだろう? ――はっ!」


「なんだい? 今更止めるってのはなしだよ。――フンッ!」

「これだから体力だけが自慢の早漏な若造は困る。そんなことでは、女性は疲れるだけで満足してくれないぞ? ――はっ!」


「この僕の筋肉を前にして大した自信だね。ご高説、存分に聞かせてもらおうじゃないか。――フンッ!」

「我々は言葉の通じない魔物とは違い、良識ある文化人だ。だから、闇雲に戦うのではなく、ルールと敗者への罰を明確化しておくべきって話さ。――はっ!」


 たくさんの観客から煽られる二人の男は、益々エキサイトしていく。


「ねえ、エレレ。いちいちポーズを取るあの二人が物凄くうざいのだけど? 特に旅人さんの得意げな顔を見ると無性にムカムカしてくるのだけど?」

「グリン様の格好よさを理解できないとは、お嬢様はまだまだ子供ですね」

「……私、あの二人を格好いいと思うようになるのなら、一生大人にならない方が良いわ」


 一部からは冷ややかな声も聞こえるが、トランス状態に入っている男二人には聞こえない。


「ルールと敗者への罰って、どういう意味だい? ――フンッ!」

「勝者に与えられる権利としては、あんたが望むように告白するなり好きにすればいい。……まあ、権利ってのは行使しないのも自由だがな。しかしそれだと、結局はエレレ嬢の意思に委ねるのだから、勝負する意味があまりない。だから敗者には罰として、今後エレレ嬢に近づかない取り決めにしないか? ――はっ!」


「なるほど、慈悲深いエレレさんは敗者にも同情してしまうかもしれないから、男の方で見切りをつけようって話だね。君がエレレさんから身を引いてくれるのなら、それで十分だよ。――フンッ!」

「敗者の罰については異存ないようだな。次にルールとしては、今回の勝負はあんたが一方的に仕掛けてきたものだし、何でもありでは不公平だと思わないか? ――はっ!」


「それもそうだね。だったら、ハンデを付ければいいのかい? ――フンッ!」

「そこまでは必要ない。ただ、俺は武器なんて持っていないから、素手での勝負としよう。それ以外は魔法でもスキルでも何でもありだが、相手が降参したらそれまでだ。――はっ!」


「そのルールだと、むしろ僕の方が有利になるけど、本当にいいのかい? ――フンッ!」

「ふむ、それならお言葉に甘えてもう一つだけルールを付け加えようか。だらだらと戦っても仕方ないから、三十分で勝敗が決まらない場合は俺の勝ちってのはどうだ? もちろん、体力に自信がないのなら断ってくれて構わないぞ。――はっ」


「この僕の筋肉と競い合って三十分も粘れる相手が居るとは、到底思えないね。よしっ、そのルールで勝負を始めようじゃないかっ。――フンッ!!」

「その言葉、ゆめゆめ忘れるなよ? ――はっ!!」


 最後に男は、にやりと笑い奇妙なポーズを決めた。




「――――話はまとまったようだね。だったら、早速はじめるよっ」


 姉のビビララを立会人にして、弟のググララと中年男は、距離を取って向かい合う。

 トップクラスの冒険者であるググララは当然のこと、ポケットに手を入れたままでいる男からも緊迫した空気が感じられ、ギャラリー達はごくりと唾を飲み込んだ。


「準備はいいね。――――それじゃあ、勝負はじめ!!」


「――――――」

「――――――」


 片手を上げ、勝負の開始を宣言したビビララ。

 野次を止め、緊張しながら見守るギャラリー。

 ……しかし、両雄は動かない。


「どうしたんだい? かかってこないのかい?」

「いいのか、若造よ。俺に先手を取らせたら、一瞬で終わってしまうぞ?」


「年長者への配慮だよ。君のどんな攻撃でも、僕の筋肉が全て受け止めてみせるよ」

「ははっ、だからお前は足の長さだけが取り柄の若造なのさ」


 男はせせら笑いながら、ポケットから手を出し、ゆっくりと歩き出す。


「ここに来てからずっと練習していた必殺技。今こそお見せしようぞ」

「さあっ、こいっ!」


「……」

「…………」


「………………」

「……………………おや?」


 攻撃に備えて筋肉を引き締めていたググララが、訝しげに首を捻る。

 前に歩いているはずの男が、いつまで経っても近づいてこないからだ。

 それどころか、逆に距離が離れている。


「今更気づいたところで、もう手遅れだっ。――――刮目して見よっ! これぞ妙技『ムーンウォーク!』」

「何だってっ!?」


「そこから『ウサギ跳び連続バク転』で勢いをつけた後は、宇宙を遊泳するが如し神業『ムーンサルト!!』」


 前に進む振りをして、実は後ずさっていた男は、膝を曲げしゃがみ込んだ姿勢から後ろへ飛び上がって連続でバク転し、最後には空高くジャンプして、体操競技の後方伸身二回宙返り一回ひねり技を完璧に決めてみせた。


「これぞ月の兎に捧げる連続技!! やりましたグリン選手! 10点満点! 優勝です! 栄光の金メダルですっ!!」


 両腕と背筋をピンと伸ばし、両足をきっちり揃えて着地のポーズを決めた男は、高らかに叫ぶ。

 実際、その動きは中年とは思えないほどキレッキレであり、見る者全てを驚かせた。

 ……だが、あまりにも動きが機敏すぎて、これまでの覇気が感じられないのったりした動きとの落差が大きかったため、技に対する素晴らしさよりも気持ち悪さが目立っていた。


「そして最後は『脱兎の如く』、おさらばーーーっ!」


 技を完璧に決めてご満悦な男は、微妙な顔をしているギャラリーに気づかず、ググララから距離を取ったまま反対側に走り出し、そのまま去ってしまった。


「なっ、なんだっ? いったい彼は、どこに行ってしまったんだっ!?」


 一人ぽつんと取り残され、状況が把握できないググララは、姉が居る方向に視線を移して助けを求める。


「私にも分からないねぇ。逃げ出すくらいなら最初からそうしておけばいいし……。あの男は何がしたいんだい?」


 しかし、ビビララをはじめ、誰もが首を傾げるばかり。

 このまま有耶無耶になるかと思いきや、満を持したかのように状況を打破する声が出される。


「――――ワタシがご説明しましょう」

「……エレ姉様?」


「なんだい? 冷血メイドには、あの男が何を考えているのか分かるっていうのかい?」

「当然です。ワタシはグリン様の一番の理解者ですから」


 おもむろに説明し始めたのは、メイド服を着た年上の方。

 いつものようにお澄まし顔であったが、親しい者には得意げに語っている様子が感じ取れた。


「まず、この勝負のルールを思い出してみてください」

「エレレさんがそう言うのなら……。でも、武器の使用禁止と戦う時間が三十分と決まっているだけで、他には何もルールとして制限されていなかったはずですよね?」


 エレレに促されたググララは、男が提案し、自分が了解したルールを再確認する。


「そうです、その二つ以外は何も制限されていません。ですからそれこそが、グリン様がこの場を去った理由。完璧に計算された美しいまでの戦略なのです」

「――――あっ、そうかっ! 三十分経っても勝負がつかない時はあんちゃんの勝ちってルールだから、このまま逃げ続けたらあんちゃんの勝ちになっちゃうのかっ!」


 エレレの次に、その姑息な作戦に気づいたのは、男との付き合いが最も長いコルトであった。


「コルトの言う通りです。グリン様は三十分間戦わないことで勝利条件を満たそうとされているのです」

「ま、待ってくださいエレレさんっ。逃げ出した方が勝つだなんて、そんな馬鹿な話があって良いはずがないでしょうっ!?」


「勝負のルールは、両者が納得して決めたはずです。ですから、逃亡禁止のルールを追加しなかった者に非があります。つまり、ルールを決めるところから勝負は始まっていたのです」

「そ、それはそうかもしれませんがっ……」


「それよりも、よろしいのですか? ここで口論しているうちに、制限時間は刻々と無くなっていますよ?」

「――――そんな馬鹿なぁぁぁーーーっ」


 ようやく状況を理解したググララは、大慌てで男が向かった方へと走り出した。

 だが、時すでに遅し。

 逃亡者の痕跡は、砂埃さえ残っていない。


「うおぉぉぉーーーっ」


 ググララはそれでも諦めきれず、全速力でどこかへ走っていった。



「……もはや勝負は決しました。文句なしにグリン様の勝利です」


 誰もが呆れて言葉を失っている中、エレレは静かに宣告した。


「さすがは旅人さんね。姑息な手段を使わせたら誰も敵わないみたいね」

「あんちゃんは、悪知恵と逃げ足だけは本当に凄いよな」

「――――ちょっと待ってくださいエレ姉様っ。オジョーサマとコルちゃんも、どうして感心した風に言っているのですっ!? こんなものが勝負として認められる訳がないですよねっ!?」

「いいえ、グリン様は何らルール違反されていません。最初から最後まで、全て計算ずくの結果です」


 そう言われてみれば、男は最初から妙な自信を持っており、ググララの男気と安直さを利用して話を誘導していたようにも思える。


「で、でもエレ姉様っ、あの男は正面から戦っても敵わないから、卑怯な手を使って無理矢理勝っただけなんですよっ!」


 いくらルールに則っていたとしても、卑怯者であることに変わりはない。

 ましてや、女を賭けた男と男の決闘である。

 エレレに釣り合う相手なのか見極めようとしていたシュモレには、とても納得できる結果ではなかった。


「卑怯だなんて、全くの見当違いです。あれこそが、グリン様の優しさなのです」

「や、優しさっ……? いったいどこがですっ!?」


「それが理解できないうちは、まだまだ修行不足だということです、シュモレ」

「そ、そんなっ…………」


 この世で最も敬愛する相手から駄目出しされた新人メイドは、がっくしと両膝を地面に着けて項垂れる。

 今回の勝負にもう一人の敗者が居るとしたら、それはシュモレに他ならない。



「旅人さんらしい結末だから、ある意味安心したのだけど……。これって、三十分経ってから旅人さんが戻ってくるまでは、一応勝負が続いているのじゃないかしら?」

「はい、お嬢様。そうなります」

「それまで私達は、ただ待つしかないのね……」


 ソマリは、決闘している当事者でもないのに、とても疲れた表情で溜息を吐いた。

 周りの野次馬達も拍子抜けした表情で、わらわらと去っていく。


「お嬢様はこの場に居る必要がないので、屋敷に戻っても良いのですよ?」

「そう言うエレレは、どうするのよ?」


「ワタシは勝者に捧げられる賞品なので、この場を離れられません」

「……エレレの本来の仕事は賞品なんかじゃなくて、私の護衛のはずなのだけど?」


「問題ありません。そのためにシュモレを連れてきたのですから。どうぞ二人で帰ってください」

「ううっ、エレ姉様ぁ~、見捨てないでくださいぃ~~」

「……こんなに打ちひしがれているシュモレに護衛が務まるとは思えないのだけど?」


 ……そうこうするうちに三十分が過ぎ、全力疾走を繰り返して息を切らしたググララが戻ってきた。


「はぁ……、はぁ……、はぁ…………」

「その様子では、グリン様を見つけ出せなかったようですね」

「旅人さんは影が薄いから、本気で隠れられると見つけるのは難しそうよね」


「ま、街中を探し回ったのに……、ど、どこにも居ないなんて…………」

「……ねえ、エレレ。もしかして旅人さんは、このままずっと隠れて戻ってこないのじゃないかしら?」

「あり得る話です。勝敗が決した勝負を気にするような方ではありませんから」


「ぼ、僕が……、この街で一番の筋肉を持つ僕が……、こんな無様な負け方をするだなんて…………」

「でも、締めくくるためには、勝者である旅人さんが必要よね?」

「それもそうですね。ワタシのために完全勝利したグリン様に、これ以上ご足労願うのは心が痛むのですが、禍根を残さぬようきっちり終わらせるためもう一度登場していただきましょう」


「――――うわぁぁぁーーーっ」


 負け犬の遠吠えが虚しく響き渡るが、気にする者は居なかった。


「ワタシが迎えに行きたいところですが、ここはコルトの方が適任でしょう。お願いできますか、コルト?」

「……うん、正直気が乗らないけど、このままじゃグダグダだから呼んでくるよ。たぶん、あそこに居るはずだから」


 お使いに慣れている勤労少女は、迷いなく軽快に走っていく。

 文句を言いながらも世話を焼くその姿は、駄目な息子を持った母親とよく似ていた。



 ……そして、しばらくすると。


「ふぁぁぁ…………」


 コルトに手を引かれた中年男が、眠たそうな顔でふらふらと歩きながら戻ってきた。

 男の服はよれよれで、髪にはしっかりと寝癖がついている。


「き、君はもしかして、今までずっと寝ていたのかいっ!?」


 そのあまりにふざけた姿を見て、ググララは顔と筋肉を真っ赤にして声を荒らげる。

 逃亡した男は、そのまま自分の部屋に戻り、熟睡していたのだ。


「……誰だっけ?」


 そして、まだ寝ぼけている男は、決闘どころか相手の顔さえも忘れていた。


「な、なんて奴だ……。この僕の筋肉をここまで蔑ろにした男は、君がはじめてだよ…………」


 これ以上会話しても無駄だと悟ったググララは、がっくしと片膝を地面に着けて項垂れる。



 ――――男と男の威信を賭けた戦いは、ここに終幕を迎えたのである。




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