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VS.新人メイドと巨人族の姉弟 2/5




「――――おやぁ、久しぶりじゃないか、冷血メイド」


 新たに、横から聞こえてきたのは、女の声。


「――――ああっ、エレレさんっ! 本日もまた大変お美しいっ!」


 それともう一つは、男の声だった。


「…………」

「なんだいなんだい? 無視とは寂しいじゃないか、冷血メイド」


 声の主は、全長二メートルを優に超える巨体の女と男。

 背丈のみならず、鍛え上げられた分厚い筋肉。

 目立つ外見と確かな実力から、冒険者の街オクサードで最も有名な姉弟である。


「……この場に、冷血メイドなんて名前の者は居ませんよ、ビビララ」

「だったら、『三十の悪魔サーティー・デビル』と呼んだ方が良いのかい?」


「素直に本名で呼んでください。……はぁ、まったくあなたという人は、昔から少しも変わりませんね」

「そういうアンタは、すっかりメイド服が馴染んだみたいじゃないか」


「当然です。冒険者時代のワタシは仮の姿。今のメイドこそが真の姿です」

「ほおぉ? つまり、一生戦闘メイドのままで居るつもりなんだね。やっぱりアンタみたいな戦闘狂は結婚なんてせず、ずっと戦っている方がお似合いだよ」


「……あなただけには言われたくありませんよ、ビビララ」

「かははっ、それも違いないっ!」


 好戦的なやり取りに聞こえるが、双方の間に流れる空気はギスギスしていない。

 エレレとビビララは、付き合いが長く余計な気遣いを必要としない悪友のような関係だった。


「アンタ以外は初めて見る顔だから、挨拶しておこうかね。私は、巨人族のビビララ。この可愛い弟と一緒に冒険者をやってるよ」

「初めまして、麗しきお嬢様方。僕の名前はググララ。以後お見知りおきを」


 巨躯の女――――ビビララは、獲物を探すような鋭い視線で眺めながら、両手を腰に当てて堂々と挨拶をした。

 巨躯の男――――ググララは、片膝を地面に着け、片手を前に差し出し、大きな体を折り曲げて気障ったらしく挨拶をした。

 

 ビビララとググララの姉弟は、珍しい巨人族であること、またオクサードの街を拠点とする冒険者の中でトップクラスの実力を持つことから、その名を知る者は多い。

 特に姉の方は、オクサードの女性冒険者の中で最も高いレベルを誇り、冒険者に限らず有事の際には女性達のまとめ役となっていた。


 巨人族は、他種族と比べ一回りも二回りも大きい体つきが特徴である。

 筋肉質も極度に発達しており、筋骨隆々としたボディビルダーのような外見だ。

 肉体の体積と比例して、力も強い。

 まさに、冒険者になるために生まれてきた一族と言えよう。


 姉のビビララは、冒険者らしく鎧を着用しているが、腕や足など隠しきれないボリュームの筋肉が露わになっている。

 弟のググララは、上半身には何も着ておらず、頑丈な筋肉こそが最高の鎧だと主張するように肉体美を強調したポーズを取る癖がある。

 姉弟揃って銅色の短めな髪型をしており、強烈すぎる肉体と比べて目立たないが、彫りの深い整った顔立ちだ。


「わ、私は領主の娘、ソマリよ。よろしくお願いするわ。こちらは、メイドのエレレとシュモレ。そして、お友達のコルト君に、婚約者……じゃなくて、今はまだ無職な旅人さんよ」


 二つの巨大な肉体に圧倒されながらも、ソマリはしっかりと挨拶し、紹介された者達も頭を下げる。


「おやぁ、お嬢ちゃんが冷血メイドのご主人様だったのかい。こんな狂犬を飼ってるからどんな物好きかと思っていたら、随分と可愛らしいじゃないか」

「あら、お上手なのね。ビビララさんは、冒険者時代のエレレの友人だと聞いているわ。エレレは気難しいから大変だったのでしょう?」


「かははっ、まったくその通りだよ、お嬢ちゃん。いつも刺々しい空気を出してたから、男だけじゃなく女まで近づくのに苦労してたよ」

「だったら、今とあまり変わっていないかもね。私もそれで苦労しているのよ」


「……二人とも、まるでワタシの保護者みたいな言い方は止めてください。一番苦労しているのは、自分勝手なあなた方に振り回されているワタシの方です」


 ソマリとビビララは初対面にもかかわらず、馬が合うようであった。

 結託した二人に茶化され、エレレはげんなりとしている。


「相変わらず愛想が下手なメイドだねぇ。そんなだから、男が近づいてこないんだよ」

「余計なお世話です」


「アンタみたいな無愛想な女でも受け入れる器の大きい男は私の可愛い弟だけだろうから、さっさと素直になって私の義妹になっちまいなよ」

「そうですよ、エレレさんっ。貴女のパーフェクトな魅力を受け止めることができる肉体の持ち主は、僕以外にありえませんっ。ですから、早く僕の愛に応じてくださいっ!」


「……その話は何度もお断りしているはずです。ワタシは弟さんと結ばれるつもりも、ビビララの義理の妹になる予定も、一切ありません」


「本当にいいのかい? いつまでも意地を張っていると、独身のまま三十歳になり、正真正銘の『三十の悪魔サーティー・デビル』になっちまうよ?」

「本当に余計なお世話です。もう一度その二つ名で呼んだら許しませんよ」


「そうですっそうですっ。エレ姉様は一生独身を貫き通すんですから余計なお世話なんですっ」

「……シュモレは、少し黙っていてください」


「エレレがいつまで経っても片づかないから、年下の私は気を使って結婚できないのよね。ああっ、なんて可哀想な私!」

「……お嬢様は、ずっと黙っていてください」


 意中の相手に会えてルンルン気分だったのに、いつの間にか回りが敵だらけになったエレレは頭を抱える。

 一方のビビララは、珍しく弱っている旧友を見ながら、満足気に笑った。


「――――そういや、領主のお嬢ちゃん。さっき挨拶した時、最後にもう一人誰かを紹介してなかったか?」

「ええ、変な服を着ている男性が旅人さん…………なのだけど、どこに行っちゃったのかしら?」

「あんちゃんなら、ほら、コソコソ帰ろうとしてるぜ、ソマリお嬢様」


 一同が談笑している中、我関せずとばかりに抜き足差し足忍び足で逃げ出そうとしていた男は、コルトから指摘されてビクッと身体を震わせた。

 そして、恨めしそうに振り返ると、ボリボリと頭を掻きながら面倒くさそうに口を開く。


「あー、そのー、俺はちょっとした顔見知りの旅人だ。だから、気にしないでくれ」


 男は一応の挨拶をしながらも、「面倒そうな相手だから逃げようと思ったのに……、一度に三人も新キャラが登場したら覚えきれないだろうが……、特にマッチョ男なんて誰が喜ぶんだよ誰が…………」などなどと呟いている。


「このメンバーの中に、行きずりの男が一人だけ混じってるなんて変だね。しかも、巨人族の私たちと初対面だっていうのに、少しも戦く様子がない。……もしかしてアンタが、この冷血メイドと噂になってる男なのかい?」

「……そんなチャラ男みたいな二つ名、俺は絶対に認めないからな」


 頭一つも大きなビビララから見下ろされた男は、目線を逸らしながら不満げに否定する。

 しかし、そんな面白そうな話題を決して見逃さない者が居た。

 言うまでもなく、「好奇心スキル」を持つソマリである。


「あらっ、ついに旅人さんにも二つ名が付いたのねっ。とても喜ばしいわっ。エレレは知っていたの?」

「いいえ、ワタシも初耳です」


「それは残念ね。シュモレはどう?」

「……シュモレも知らないです、オジョーサマ」


「明らかに嘘っぽいけど、追及しても無駄そうだし……。それなら、コルト君は?」

「オレは聞いたことあるけど、ソマリお嬢様とエレレねーちゃんにも関係する二つ名みたいだから、周りが耳に入らないよう気を使ってるじゃないかなぁ……」


「うふふっ、旅人さんの二つ名の一部になれるなんて物凄く面白い……、じゃなくて大変名誉な話じゃないっ。是非とも教えてよっ、コルト君」

「で、でもっ……」


 集団の中で一番の気遣い上手である少女は、ちらりと視線をエレレに向ける。


「ワタシも興味があるので教えてください、コルト。……大丈夫、どのような二つ名でも怒ったりしませんよ」

「う、うん、エレレねーちゃんが良いって言うのなら――――」

 

 執拗に催促されたコルトが、件の二つ名――――「天使と悪魔の涙を涸らす愚者」について説明すると。


「私が『天使』で、エレレが『悪魔』なのねっ。いいわね、それっ。最高にピッタリな二つ名じゃないっ!」


 天使だと比喩されたソマリは、お腹を抱えて笑い出した。


「……お嬢様が『天使』扱いされるのは大いに疑問ですが、そう悪い二つ名ではありませんね」


 悪魔だと比喩されたエレレは、そう呼ばれるのに慣れていたためか、「彼と自分が世間から恋人認定されている証拠ではっ!?」と的外れな喜び方をしていた。


「日頃の行いが良くて紳士な俺に、何で不名誉な二つ名が…………」


 愚者だと比喩された男は、体育座りをして字面にのの字を描きながらいじけていた。

 そんな情けない男の肩を叩きながら、「あんちゃんの日頃の行いが悪い証拠だから改めた方がいいぜ」とコルトが慰めたが、逆効果であった。


(――――ほおぉ? 冗談のつもりだったが、冷血メイドの反応を見るに、噂はあながち間違ちゃいないらしいね)


 面々の反応を見ながら、ビビララは内心驚く。

 自分以上の強さと、さらには美しさまで持っているにも関わらず、自分と同じくらい男に興味がなかったはずのエレレが、悪魔と呼ばれて怒りもせず、男と噂になった事実を喜んでいたからだ。


「エレ姉様が、あんなダメダメな男と……?」

「エレレさんが、あんな筋肉の不足している男と……?」


 シュモレとググララも似た感想を抱いたらしく、口を開けて呆然としている。 


「――――かははっ。面白いねぇ、本当に面白いよっ!」

「……どうしたのですか、ビビララ? 人の顔をジロジロ見るのは失礼ですよ」

「いやねぇ、冷血メイドと恐れられるアンタが、とある男に執着してるって噂は本当だったのかと驚いていたところさ」


 ビビララはニタニタと笑いながら、まだ座って落ち込んでいる中年男の方を見て顎でしゃくる。


「…………」

「おやぁ? 否定しないってことは、間違いないようだね」


「……腕っ節の強い相手にしか興味が湧かないアナタには、関係のない話です」

「それは大抵の男より強いアンタも同じだろう?」


「ビビララに限らず世間から誤解されているようですが、ワタシにそのような趣味はありません。殿方の価値は力の強さだけで決まるものではないのです」


「ほおぉ? だったら、その価値とやらを教えておくれよ。特に、そこでしゃがみ込んでいる男の価値とやらをなぁ?」

「――――」


 相手の思惑通りに誘導されてしまったエレレは、僅かに眉を顰めて考え込む。

 無視するのが手っ取り早いが、それで諦めるような相手ではない。

 勝手に想像を掻き立てて一層興味を持たれるのは、エレレにとって都合が悪い。

 さらには、同じ疑問を抱いているらしいシュモレとググララまでもがビビララの横に並び、三人揃ってプレッシャーをかけてくる。


 ――――だから、エレレは、こう説明することにした。 


「……あの方は、そう見えないかもしれませんが、結構な資産家なのです。それで世界中を旅しており、旅先で見つけた珍しい甘味類をたくさんお持ちなので、その、浅ましい話ですが、お菓子目当てで仲良くしているのです」


 それは、金品が目当てで男に近づいている、といった明確な理由。

 甘い物に目がない自分の恥ずかしい嗜好を暴露してまで説得力を持たせた渾身の言い訳であった。

 少なくともエレレは、そう思っていた。


 ……しかし、その説明を聞いた三人の反応は、三者三様であった。



 エレレに好意を抱いているググララは、言葉通りに受け取った。


(どうやらエレレさんは、金をチラつかせるのが得意なあの男に騙されているようだっ。筋肉こそが男の一番の魅力だと目の前で証明すれば、エレレさんの目も覚めるはず!)



 かつて、エレレのライバルであったビビララは、言葉の裏を読み取った。


(あの冷血メイドが金なんかで男を選ぶはずがないね。だとしたら、自分が恥を掻いてまで男を庇おうとしているのかい? 悪魔の如き強さと冷酷さを併せ持つ冷血メイドが? ……こりゃあ本当に、あの男のことが気になっているようだね)



 そして、誰よりもエレレを崇敬しているシュモレは、言葉の真意に気づき、愕然とした。

 シュモレの思索は、ビビララと同じく隠された意図を探るものであったが、質が段違いであった。


(エレ姉様は、金や地位や見た目で相手を評価するような人じゃない。甘味類は…………かなり怪しいけど、さすがに男を選ぶ理由にまではならないはずっ。……だとしたら、あの男を庇った? ……ううん、これも違う。エレ姉様は恋愛経験が皆無。聡明な方だけど、こと恋愛に関してはお子様レベル。だとしたら――――)


 シュモレは、思いつく限りの理由を絞り出しながら、次々と否定していく。


(ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない!)


 残った理由は、一つだけ。

 感情は、全力で否定している。

 だけど理性は、冷酷なまでに肯定していた。


(でも……、この答えしかありえないっ!?)


 常にエレレを観察し、事ある毎にその心の動きまでも潜考してきたシュモレが辿り着いた結論。

 それは――――。


(――――独占欲!? 他の女があの男の本当の魅力に気づけば、ライバルが増えてしまうかも知れない。だからエレ姉様は、下手な嘘をついてまで誤魔化そうとしているっ!?)


 さらに、その結論が意味するものとは――――。


(気になっているどころの話じゃないっ。エレ姉様は完全にあの男に心を奪われているっ!!)


 途方もないショックを受け、目の前が真っ暗になってしまったシュモレは、ぐわんぐわんと耳鳴りする頭を揺らす。

 頭を基軸に金色の巻き毛がくるくると回る様子は、さながら赤子の玩具オルゴールメリーのようであった。


  

 ……ビビララとシュモレが驚愕して動けない中、颯爽と歩を進める者が居た。

 この世の全ての問題は筋肉で解決できると信じて疑わない男、ググララである。


「おいっ、そこの君!」


 ググララは、右手の人差し指をビシッと突き出し、隅っこでいじけたままの中年男を指さす。


「君だよ君っ。僕は、そこで座り込んでいる君に話しかけているんだっ!」

「…………俺にはビジネス以外で男と話す趣味はないんだが?」


 何度も呼ばれた男は、ようやく立ち上がり、ググララと対峙する。

 身長差をはじめ、鍛えられた肉体、溢れ出る精悍さ、さらには顔の掘りの深さまで大きな差がある二人が向かい合うと、男の凡庸さが逆に際立っていた。


「貧弱な男と話す趣味がないのは、僕も同じだよ。そんなことより、君がエレレさんの恋人だって噂は本当なのかいっ?」

「――――――」


 あまりにもストレートな質問に、男は黙り込む。 

 しかしそれは、答えに迷っているのではなく、「この俺がそんな質問をされるとはなぁ」と、感慨深げにしているからだ。


「…………」


 そして、話題の主であるエレレは、いつのまにか男の隣に移動し、お澄まし顔で、しかし、目を輝かせて返事を待っていた。


「…………」

「…………」


 ググララとエレレから無言のプレッシャーをかけられた男は、大げさに肩をすくめ、鼻で笑いながら口を開く。


「まさかまさか、俺のような冴えないおっさんが、エレレ嬢のような美しいお嬢さんとだなんて、とてもとても」

「グリン様、それはプロポーズと受け取ってよろしいでしょうか?」


「違うよな? 今きっぱりと否定したよな?」

「ですが、この世の誰よりもワタシが美しいと思っているのですよね?」


「相変わらず、自分に都合が良いように解釈しすぎだ。そんなところも、主従揃ってそっくりだよな」

「お嬢様と一緒にされるのは大変遺憾ですが、ワタシの容姿を好ましく思っているのには間違いありませんよね?」


「そこは否定しないさ。これでエレレ嬢がもう十歳若ければ、俺も黙っていなかったかもしれないなー」

「……そこは、『自分が十歳若かったら』と言う場面ではないのでしょうか?」


「いやー、ほんとーに残念だよなー」

「…………」


 呆然としながらも、エレレと男の会話を聞いていたシュモレは、益々慌ててしまう。

 何だろう、この白々しいやり取りは。

 それでいて、甘ったるい空気が混じっている。

 もしかしてこれは、惚気というヤツではなかろうか。

 当の二人が自覚していないのが、余計にタチが悪い。


(乱心しているのがエレ姉様だけだったら、時間が経てば正気を取り戻してくれると思ったけど……。言葉では否定しつつ満更でなさそうなあのハレンチ男が血迷って手を出したら、もう手遅れになってしまうっ)


 かくなる上は強行手段しかない、とシュモレが服の中に隠している獲物に手をかけようとした矢先。


「いいだろうっ、君を正式にライバルだと認めようっ! だから、正々堂々と勝負しようじゃないかっ!!」


 同じように我慢できなかったもう一人――――ググララが両腕で力こぶを作るポーズを取りながら、男に向けて宣戦布告した。




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[一言] 地球のアンチエイジング品を異世界素材で作れば 若返り品が作れそうね。
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