赤獅子の流儀 2/3
「――――ねえ、レティアは彼のこと、どう感じたぁの?」
実地研修の当日。
件の男と対面した赤獅子は、出発する前にお互いの印象を確認する。
「どーもこーもねーよ。強さ以前に覇気ってもんが全く感じられねー。あんなにやる気がない男は初めて見たぜっ」
ミスティナから尋ねられたレティアは、怒気を帯びた声を発する。
彼女は、自分でもよく分からない程に苛立っていた。
「あんな男が強いはずがねーよな。ほんと、期待外れもいいところじゃねーか」
「んふふっ、だったぁらぁ、今回はわぁたぁしの獲物ってことで良いのね~?」
「そりゃあ、良いけどさー……。あたしが惹かれるような強さは無いけど、レベルはそこそこだし妙に落ち着いてるから、ミスティナの趣味とも違うんじゃねーのか?」
「そんなぁことなぁいわぁ~。確かぁに落ち着いているように見えるけど、女の扱いがぁ分かってなぁさぁそうなぁ所とかぁ、根本的に大人として駄目そうなぁ所とかぁ、香ばぁしい情けなぁさぁを至る所で感じるかぁらぁ、すっごい逸材だぁわぁ~」
二人の談合はまとまり、今回の男はミスティナの担当に決まった。
この結果だけを見た場合、レティアの予想は外れ、ミスティナの予感が当たったことになるだろう。
だから、期待して損をしてしまったレティアは、執拗に男を雑に扱ってしまう。
一方のミスティナは、自分の想像を遙かに超える駄目さっぷりに歓喜していた。
三十半ばの立派すぎるほどの大人のくせに。
レベルも冒険者の平均以上あるくせに。
魔物と対面しても全く動じない胆力もあるくせに。
どうしても隠しきれない駄目さが強烈に匂ってくるのだ。
一見まともである外面が、内面のソレを際立たせているのだろう。
グリンと名乗る男は、ミスティナが好む「駄目じゃないのに駄目な男」の理想に近かった。
……最初に意見が別れたものの、どちらが好む属性であるかがはっきりした後は、いつもの通り。
嗜好に合わなかった者は興味を失い、嗜好に合った者がアタックする流れ。
ご多分に漏れず、今回の冒険もそうなるはずだった。
実際に、途中までは、そうだったのだが――――。
「おいっ、大丈夫なのかオッサンっ!?」
物見遊山で役立たずと思われた中年男が、指導役のレティアを庇って魔物と対峙したのだ。
客観的に状況を分析した場合、指導役が倒れると全滅に繋がるため、教えられる側とはいえある程度の力を持つ男が助っ人に入り、囮役として振る舞うのは当然の対処方法であっただろう。
しかしレティアは、自身の強さから、これまで男に助けられた経験が極端に少なかったこと。
それに、これまで情けなかった男が不意に見せた男らしさに、必要以上に心が揺さぶられてしまう。
「――――オッサンっ、無事だったのかっ!」
予期せぬ窮地は、これまた予想外な男とコルトの活躍で事なきを得る。
特に男は、たった一人でランク5の魔物を引き受け、時間を稼ぎつつ無事に逃げ果せたのだから一番の功労者であろう。
「……なあ、オッサンは本当に怪我してないのか?」
凶悪な魔物から追い回されてボロボロになった姿でも、気取って笑い話で済ませようとする男にまた、レティアは感じるところがあった。
――――そして。
「………………」
「珍しく考え込んでいるみたぁいだぁけど、どうかぁしたぁの、レティア?」
無事にオクサードの街へと戻り。
慰労会の約束をして男とコルトと別れた赤獅子は、今回の異変を報告するため冒険者ギルドへと向かっていた。
「……なんでもねーよ」
「んふふっ、どうせ彼のことでも考えていたぁのでしょ~?」
「はんっ、何であたしがあんなやる気のない男のことなんて……。そりゃあ、確かに最後だけは助かったけどなっ」
「魔物かぁらぁ逃げ回るのに手慣れた感じがぁしたぁわぁ。各地を旅しているそうだぁかぁらぁ、そんなぁ技術も身に付くのでしょうね」
「逃げるだけだったら、少し慣れれば誰だってできるじゃねーか。それだけじゃ、とても強い男だなんて認められねーなっ」
「あらあら、レティアにも可愛いところがぁあったぁのね~」
「どういう意味だよっ!?」
「んふふっ~」
ガールズトークに花を咲かせながら、二人が冒険者ギルドの扉を開けると。
「――――おや、レティアにミスティナじゃないか。久しぶりだねぇ」
大の男を更に二回りも巨大にしたような筋肉隆々の女性から声をかけられた。
「あっ、ビビララ姐さんっ、戻ってたんですかっ?」
「お帰りなぁさぁい、ビビララさぁん。今回の遠征は随分と長かったぁみたぁいですね?」
ギルドマスターにさえ雑な態度を取る赤獅子であったが、彼女の前では畏まってしまう。
それもそのはず。
筋肉質な彼女――――ビビララは、オクサードの街を拠点とする女性冒険者の中で随一の実力者であったからだ。
「それがねぇ、予想外の出来事があって長引いてしまってね。今日は、その件でギルドに報告しに来たんだよ」
ビビララは、豪快に笑いながら話す。
男とのトラブルが絶えない赤獅子は同性から避けられる場合が多いが、ビビララは全く気にせず可愛い後輩として接していた。
これは、ビビララのさばさばした性格、そして彼女自身が男性にあまり興味を示さないことが理由であった。
「ビビララ姐さんもそうなんですか。実はあたしらも異変に遭遇しちまったんで、報告に来たんですよ」
「とっても大変だったぁんですよ~」
「何だか面白そうな匂いがするねぇ。その話、私にも聞かせておくれよ」
「ええ、それが――――」
レティアとミスティナは、一泊二日の実地研修の最後に出現した二体の魔物について説明した。
「……そうかい、オクサードの街にも黄色い魔物が現れやがったのかっ」
「えっ、ビビララ姐さんも黄色野郎を知ってるんですかっ?」
「今回の遠征が長引いた原因がソイツだよ。今まで情報を集めていたんだけど、どうやらつい最近出現した新種のようでねぇ」
「あの魔物は、やっぱぁり新種だったぁんですね~」
魔物が多く出現するスポットにおいて、種類や頻度は概ね固定されている。
しかし時折、今までと違う行動を取ったり、見たことのない魔物が出現する。
まるで、行動パターンに慣れて油断した人類を背後から襲うかのように…………。
「集まった情報では、全国各地で同じ現象が何件か起きていたよ。特に初心者向けのエリアにランク5の魔物が出てくるってのが厄介だね。すぐさま他の街にも通知しなきゃいけないよ」
「初心者エリアにまで中級の魔物が現れるのなら、初級冒険者の狩り場が無くなっちゃうんじゃないですか?」
「だといって、他に安全な狩り場が有るって訳じゃないからね。今のところは黄色い魔物の出現率は低くて動きも遅いから、見かけたらすぐ逃げてしまえばどうにかなるはずさ」
「攻撃力と耐久性は強かったぁけど、動きはそうでもなぁいかぁらぁ、初心者でも死ぬ気で走れば逃げ切れると思うわぁ」
イレギュラーはあるものの、森の外周である初心者向けスポットはこれまで通り使えそうだ。
そもそも冒険に危険は付きものであり、また冒険者だけではなく人生にイレギュラーは付きものだから、必要以上に警戒しても仕方がない。
強く、逞しく、そして注意深く、かつ大胆に生きることが、人類の天敵が存在するこの世界で生き抜く秘訣である。
「それにしても、私らは大勢で遠征してたからどうにか対応できたけど、アンタらはよく黄色い魔物を倒せたもんだね。いったいどのパーティーと協力したんだい?」
「なに言ってるんですか、ビビララ姐さん? いくらランク5の魔物でも、あたしとミスティナの二人だったら十分倒せますよ」
「そりゃあ、黄色い魔物が一体の時の話だろう。一体だけなら、私一人でもどうにか倒せるしね。でも黄色い魔物は、二体セットで出てきやがるだろう?」
「……ええ、情けなぁい話ですけど、わぁたぁし達で二体目まぁでは対処できなぁかったぁので、もう一人の研修生に手伝ってもらったぁんです」
「そいつだけで、もう一体の魔物を相手にしたのかい?」
「そのオッサンは戦闘に慣れてないけどレベルは25もあるから、何とか逃げ回ってもう一体の黄色野郎を森の中に置き去りにしてきたんですよ」
「――――おいおい、その話は冗談じゃないんだよなぁ?」
これまで豪快な笑みを浮かべていたビビララは、急に声を潜めて赤獅子を睨んだ。
「い、いきなりどうしたんですか、ビビララ姐さん?」
「今の話に変なぁところでもありまぁしたぁかぁ、ビビララさん?」
「…………その様子じゃ、本当に知らないようだねぇ。まあ、昨日今日現れたばかりの新種だから仕方ないが――――」
「あの黄色野郎には、何か秘密でもあるんですかっ?」
「秘密なんて可愛らしいもんじゃないよ。あるのはただ、凶悪な罠だね」
「わぁたぁし達が倒したぁ魔物は、ランク5としては普通の魔物に見えまぁしたぁけど?」
「だから、それが変なんだよっ」
まるで戦場に居るかのような緊迫感を漂わせるビビララに、赤獅子はゴクリと唾を飲み込む。
「いいかい、よーく聞きな。――――あの黄色い魔物はね、二体セットで現れるだけじゃなく、どちらか片方が倒されると残された方が赤色に変化し、ランクが7まで跳ね上がるんだよ!」
「ランク7っ!?」
「……魔物のランクがぁ変化するなぁんて、聞いたぁことありまぁせんよ?」
「だから厄介な魔物なんだよ。これは私らの体験だけじゃなく、各地の情報も同じだったから間違いないね」
「そんな…………」
「…………」
赤獅子は、ランク5の黄色い魔物が赤色のランク7へと変わり、赤い血を流して食い殺される自分達の姿をはっきりと想像した。
だが、問題はそこになく――――。
「――――だ、だったら、何であたしらはその赤色野郎に襲われなかったんですかっ?」
「そこが、この話の一番不思議なところだよ」
「……彼は、森の中を逃げ回って魔物を置き去りにしたぁと言っていたぁわぁ。そんなぁ風に逃げてしまぁえば、黄色も赤色も関係なぁいのでは?」
「そう簡単にいかないのが、奴らの最も厄介なところだよ。赤色に変化した魔物は、もう片方を倒した相手に向かって猛スピードで襲ってくる特性を持っているのさ。私らの時もそうだったし、実際にこれで被害が出たパーティーも居るらしいよ」
「そんな奴らと、どう戦えば……」
「一番の対処方法は、黄色い魔物を二体同時に倒すことだろうね。だから、複数のパーティーと協力する必要があるんだよ」
聞けば聞くほど難儀な特性を持つ魔物。
二体が連携して戦うスタイル。
ランク5からランク7へと2段階の強化。
相方を倒した者へ襲いかかる習性。
これらの特性を前提に考えると、赤獅子が赤い魔物に襲われなかった理由は、おのずと絞られる。
「それじゃあ、あのオッサンはたった一人でランク5の黄色野郎を倒していたってことですかっ? それが偶々、あたしらが一体目を倒したのと同時だったと?」
「それが、可能性の一つ。そしてもう一つの可能性は、ランク7になった後の赤い魔物を倒したってこと。……どっちにしろ、一人で魔物を倒したのは間違いないだろうね」
「…………ランク7を、たったぁ一人で倒せるんですかぁ?」
「私には到底無理だよ。少なくとも、国宝級であるレベル40以上の力がないと話にならないだろうね」
「でっ、でもあのオッサンのレベルは25のはずですよっ」
「もし本当にランク7を倒したのなら、偽装アイテムを使いステイタスを偽っているんだろうね」
「強力なぁ武器アイテムを持っていれば、レベル25でもランク5の魔物まぁでは倒せるんじゃなぁいですかぁ?」
「それならそれで、素直に倒したって申告すればいい。……もう一つの問題は、その男が魔物を倒した事を隠しているところだよ」
「………………」
「………………」
レティアは、思う。
情けない言動をする割には、妙な余裕を持つ男だった。
それが「強さ」に裏付けされたものであるのなら、納得せざるを得ない。
ミスティナは、思う。
男が持つ妙な「強さ」には、最初から気づいていた。
それでもなお、隠しきれない本質的な「弱さ」を感じていた。
――――きっと、「強さ」と「弱さ」の両方を持つギャップに惹かれていたのだろう。
「……とにかく、一癖も二癖もありそうな面白い男じゃないか。元は傭兵か何かなのかい?」
「それが本人の話だと、戦闘経験が無いただの旅人だそうですよ。……まあ、今となっては嘘っぽいですけど」
「ほらぁ、最近ちょっと噂になってるかぁらぁ、ビビララさぁんも知ってるでしょう?」
「いいや、知らないねぇ。どんな噂なんだい?」
「ビビララ姐さんは、相変わらず世俗には興味が無いんですね。でも、今回の噂は一味違いますよ。何故なら、あのエレレさんとの関係を疑われてる男ですから」
「エレレってのはもしかして、男との縁を代償に強さを手に入れたあの冷血メイドのことかいっ!?」
「……ビビララさぁんは相変わぁらぁず、エレレさぁんをライバル視してるんですね~」
冒険者の街オクサードを統べる領主家の戦闘メイド、エレレ。
メイドになる前は冒険者だった彼女と、ビビララとは、同期でライバル関係にあった。
エレレの方は全く気にしていなかったが、彼女が引退したお蔭で女性冒険者ナンバーワンの座に就いたビビララは、逆恨みに近い感情を抱いていた。
「あの冷血メイドに男の噂が立つなんて、初めてじゃないのかい? まさか私の可愛い弟以外に、あの冷血メイドにアタックするような度胸がある男が居るとは思わなかったよ」
「それが違うんですよ、ビビララ姐さん。エレレさんの方が入れ込んでいるって噂なんですよ」
「かははっ、あの冷血メイドが――――って、本当なのかいっ!?」
「もちろん噂ですけど……」
「これまで男の影さえ無かった冷血メイドに、そんな噂がねぇ……。そりゃあ確かに、相手の男はただ者じゃないだろうねぇ」
ビビララは、目を輝かせ舌舐めずりしながら、獰猛に笑う。
それはまさに、獲物を見つけた狩人の姿であった。
ビビララはレティアのように、強い男に異性としての魅力を感じる訳ではない。
男も女も関係なく、ただただ強い者との腕比べに興味があるだけ。
そういった意味で彼女は、赤獅子以上に好戦的な性格の持ち主であった。
「――――本当に面白くなってきたよ。これは是非とも、私の可愛い弟と一緒に、その男に挨拶しなきゃいけないね」
◇ ◇ ◇
結局のところ、赤獅子は冒険者ギルドへ、「ランク5の黄色い魔物二体と遭遇したため逃げ出した」と報告した。
これは、「馬鹿正直に伝えても逆に混乱を招くだけ」というビビララの助言を受けたからだ。
それに、情報が十分ではない新種の魔物であるため、研修生の中年男から真相を聞き出そうとしても――――。
「自分、逃げていただけっすから! 本当に何も隠してないっすから!」
みたいな感じですっとぼけられたら、それ以上確認しようがない。
幸いにも、ランク5が二体同時に、しかも研修生を引き連れた特殊な状況だったため、至極真っ当な判断として疑われることはなかった。
赤獅子としても、借りがある相手が隠している情報を無理に聞き出すのは躊躇われたため、納得しての判断であった。
「……なあ、ミスティナ」
「……なぁに、レティア」
報告が終わり、約束した打ち上げ会場へと向かう途中。
並んで歩く二人は、顔を見合わせずに話しはじめる。
「あのオッサンは、少なくともランク5を倒せるだけの力を持っているらしいな?」
「ええ、どうやぁらぁそうみたぁいね~」
「それなら、研修に参加した理由は冒険者としての経験を積むためなんかじゃなくて、コルトが心配で付いて来たんだろな」
「そうよね~、彼はわぁたぁし達よりもコルトちゃぁんの方に熱心だったぁものねえ~。ほんと良い趣味してるわぁ~」
「でも本当に、あんな駄目そうなオッサンが、そんなに強いと思うか?」
「わぁたぁしは、初めて合ったぁ時かぁらぁ、他の男とは違うって感じがぁしてたぁわぁ」
「…………」
「強い男を直感的に感じるレティアもそうじゃなぁいの? だぁかぁらぁ、強いくせに表に出そうとしなぁい彼に苛ついて、いつも以上に意地悪してたぁんじゃなぁいの?」
「――――あー、なるほどなー、あのオッサンを見ているとムカムカしたのは、その所為だったのかよー」
「んふふっ、本当は可愛いのに自信が無くて前髪で顔を隠す女の子にヤキモキする男の子みたぁいよね、レティアは」
「そんなんじゃねーよ、ったく。…………でも、そっかー、あのオッサンは、本当に強いのかー」
「あらあら、もしそうだぁとしたぁらぁ、何かぁあるって言うのかぁしらぁ?」
「だーかーらー、オッサンはダメダメに見えるけど本当は『強い』んだから、ミスティナの趣味には合わないよな?」
「それは違うわぁよ、レティア。わぁたぁしも今回の事で初めて気づいたぁのだぁけどね、どうやら『強さ』と『駄目さ』とは相反しなぁいみたぁいなぁのよ。むしろ『強さ』がぁある分、『駄目さ』がぁ際立つわぁ」
「しゃらくせぇなー、『強い』ヤツは『駄目』なんかじゃなくて、『格好いい』に決まってるだろーがよ」
「つまぁりレティアには、彼がぁ格好よく見えるようになったぁのね?」
「…………くははっ」
「…………んふふっ」
二人は、笑い合う。
視線は未だ前を向いたままに。
「どうやら、交渉決裂みてーだな?」
「最初かぁらぁ一貫している、わぁたぁしに譲るべきだぁと思うわぁよ?」
「あたしらの間に、そんなしゃらくせぇルールは必要ないだろう?」
「それもそうよね~」
「それに、エレレさんっていう強力なライバルも居るみたいだしな?」
「さぁすがぁ、見る目がぁある人は行動も早いわぁよね~」
「それじゃあ、やっぱり――――」
「ええ、そうね――――」
二人は立ち止まり、ようやく向かい合った。
そして……。
「「――――奪ったモノ勝ちってことで!!」」