赤獅子の流儀 1/3
レティアとミスティナは、数多くの種族の中でも特に身体能力に優れた獅子族である。
二人は同族といっても、生まれた場所も育った経緯も違っており、お互いの顔を合わせたのはオクサードの街で冒険者になった後だ。
冒険者としての実力は確かだが、双方とも大きな問題を抱えており、幾つものパーティーを転々としてきた。
その結果、はみ出しものの二人は否応なしにパーティを組むようになり、以降、ずっと続いている。
彼女達が内包する問題は、特に同性に対して相性が悪かったのだが、意外にも上手く噛み合った。
レティアは、気が強く、短気で、向こう見ず。
ミスティナは、物柔らかで、気が長く、それなりに慎重。
同じ種族とは思えないほど、正反対な性格の二人。
相手との違いは、諍いを起こす原因となるばかりではない。
違うが故に、相手に興味を持ち、己が不得意とする分野を補うことができ、同族嫌悪も起こらない。
何よりも、二人の仲が長く続いている理由は。
幾つものパーティーでトラブルを起こしてきた悪癖さえも、違ったため。
……その悪癖とは、男の趣味。
レティアは、彼女の苛烈な性格が示すように、とにかく男の「強さ」を好む。
強く、強く、何よりも強く。
他の長所よりも、どんな欠点よりも、「強さ」だけを重視する。
一言で表すと、「どんな無理難題も圧倒的な力で解決してしまう男」が大好物であった。
ミスティナは、彼女の柔和な性格が示すように、優しい男――――ではなく男の「弱さ」を好む。
駄目で、情けなく、どうしようもない男。
ただし、何もかもが駄目な男よりも、人並み以上の能力は有るくせに、どうしても消し去れない本質的な「弱さ」を重視する。
一言で表すと、「どんな利点もたった一つの欠点で台無しにしてしまう男」が大好物であった。
戦闘を得意とする冒険者の中でも秀でた力を持っていたレティアとミスティナは、狩猟民族の血がそうさせるのか、男漁りも盛んである。
パーティーを組んだ男性の中に食指が動く者が居れば、積極的に近づき自分のモノにしようとする。
それだけならまだ良かったのだが、好みに合わない相手には痛烈な嫌悪感を抱き、まともに口を利こうとさえしない。
結果として、どんな男性相手でもトラブルとなり、当然、同性の女性冒険者からも嫌われ、パーティークラッシャーとして悪名を轟かせるようになったのだ。
だから、性格が違うものの、同じ趣味である男漁りの嗜好がバッティングしない彼女達は、ある意味最適な組み合わせといえるだろう。
赤い髪。
血を求める攻撃スタイル。
行き過ぎた情熱、もしくは、平常的な発情。
――――人は、そんな二人組を「赤獅子」と呼んだ。
◇ ◇ ◇
「――――へぇ? 事前の実地研修とは珍しいじゃねーか」
その日、冒険者ギルドのマスターから呼び出しを受け、名指しで依頼されたレティアは、呑気に驚いた声を上げた。
組織のトップを前に、萎縮するどころか、ふてぶてしくソファーに座っている様子が如何にも彼女らしい。
「あらぁ、違うわよね、レティア。珍しいのは研修じゃなぁくて、わぁたぁし達みたぁいなぁ問題児に依頼が来た事がぁ、でしょう?」
同席していたミスティナもまた、意外に思いつつも冷静に相棒をたしなめる。
彼女が修正したように、冒険者になる以前に実施される研修自体は、それほど珍しくはない。
真っ当に冒険者を目指している有力者の子供。
多少の経験と箔を付けるのを目的とした金持ちの子供。
そして、有望な潜在能力を持つ一般市民の子供を対象に、年に数回は実施されている。
だから、本当に珍しいのは、赤獅子のようなトラブルメーカーがその指導役に選ばれてしまったこと、である。
「しゃらくせぇなー、ミスティナ。せっかくあたしらの実力が認められたんだから茶々入れるんじゃねーよ」
「んふふっ、それもそうよね~。ごめんなぁさぁい」
事前の実地研修は、新人より前のひよっこの子守りとなるため、相応の実力が求められる。
たった二人のパーティーであるものの、冒険者として上位の実力を持つ赤獅子にはその資格があったのだ。
「……それで、この話は受けてくれるのかね?」
彼女達の反対側に座ったギルドマスターは、緊張した面持ちで確認する。
腕っぷしの強い冒険者の中でも指折りの問題児を前にしているから――――ではない。
今回の実地研修は、オクサードの街で領主と同等以上の力を持つと畏怖される元冒険者筆頭からの依頼だったからだ。
「あたしは賛成だっ。依頼主のウォル様は冒険者を引退してなお、この街最強の男なんだぜっ。そんな強い男からの頼みを断ったら、女が廃るってもんじゃねーかっ」
「わぁたぁしは、できればぁ断りたぁいわぁ~。ウォル様のようなぁ強くて逞しくて、弱さの欠片もない男は苦手なぁのよ~」
赤獅子にとって全ての男は、タイプかそうでないかの2種類に区分される。
街の基幹産業である冒険者ギルドのマスターともなれば、相当な権力者だ。
そんな自分でも頭が上がらない相手――――ウォルさえも色情的な好き嫌いで判断してしまう赤獅子に、マスターは頭を抱えた。
「ギルドマスターさんよー、まずはその研修相手とやらを教えてくれねーか?」
「そうよね、まぁずは相手を知らぁなぁいと判断しようがぁなぁいわぁ~」
「……今回研修を受けるのはこの子だ。確か、君達も既知のはずだ」
ギルドマスターは、準備していた資料をテーブルの上に置く。
そこには、対象者の名前や能力などのステイタスが記されていた。
名前:コルト
種族:人族
年齢:12歳
レベル:8
スキル:『算術1』『直感1』
魔法:『水魔法3』『身体強化1』
「おっ、コルトじゃねーかよ。あいつはすばしっこくて機転も利くから冒険者向きだとは思ってたけどさー……」
「レベルやぁ全体的なぁステイタスは年相応だぁけど、こんなぁ特技がぁあったぁのね~……」
ギルドマスターが言ったように、資料に記載されている少女は雑事の手伝いで冒険者ギルドにも出入りしているため、面識のある相手だった。
赤獅子は一目見て、まだ十二歳の少女が限定的な事前研修に抜擢された理由を悟る。
その項目――――赤色で書かれた「水魔法3」は、明らかに他の項目と一線を画していた。
「なおさら良いじゃねーかよ。あのコルトだったら断る理由がねーよ」
「それなぁらぁ、わぁたぁしも文句なぁいわぁ。あの子がぁこのままぁ成長してくれれば、わぁたぁし達とも相性がぁ良さぁそうだぁし」
赤獅子が得意とする魔法は、「身体強化」と「火魔法」。
ばりばりの攻撃主体型。
対して、研修生のコルトが得意とする「水魔法」は、直接的な攻撃よりもサポート面に優れる。
また、様々な雑用で鍛えられているため十分に分を弁えており、波風が立つ心配も少ない。
そこまで考えた赤獅子は、今回の指導役に自分達が選ばれた理由を何となく察した。
冒険者は実入りが良い職業ではあるが、女性の数は多くない。
ましてや、女性だけのパーティーはもっと少ない。
女性と男性では考え方に違いがあり、特にレティアとミスティナは特殊な部類。
そんな自分達と上手く付き合うことができ、能力な相性も鑑みて、将来的に同じパーティーを組む可能性を考慮しての人選なのだろう。
納得した赤獅子は、依頼を受けることに決めたのだが――――。
「……すまないが、今回の研修希望者はもう一人居るんだ」
「へぇ? 才能ある奴が一度に二人も集まるなんて、ほんとーに珍しいじゃねーか」
「でも、わぁたぁし達パーティーは二人だぁけだぁかぁらぁ、一度に二人とも守るのは難しいわぁよ?」
「その点は問題ないと思う。何故ならもう一人の研修生は、君達とそう変わらないレベルの持ち主だからね」
「はぁぁぁ? 何でそんな奴が研修なんて受ける必要があるんだよ? さっさと冒険者になっちまえばいーじゃねーか」
「…………そうねぇ、ここに書かれているステイタスを見る限り、それなぁりの力はありそうだわぁ」
二人は、差し出されたもう一枚の紙を覗き込む。
名前:グリン
種族:人族
年齢:36歳
レベル:25
スキル:『体術1』『剣術1』『算術1』『商人1』『料理1』
魔法:『火魔法2』『風魔法2』『水魔法2』『土魔法2』『身体強化2』
「悪くねー強さだが、もう既にけっこうなオッサンじゃねーかよっ!」
「何でこんなぁ年齢の人がぁ、今更冒険者になぁろうとしているのかしらぁ?」
「……彼は、これまで各地を渡り歩く旅人だったが、この街への定住を希望しており、就職先の一つとして冒険者を考えている、らしい」
ギルドマスターは、依頼主である強面ドワーフから聞かされた理由をそのまま伝えた。
魔物が闊歩するこの御時世に遊び人? 金があるならもっと栄えた街に住むべきでは? そんな怪しい男にどうして便宜を図る?
などなどと疑問は尽きなかったが、依頼主に面と向かって問い質す度胸がなかったため、黙認する格好になっていた。
「しゃらくせぇがそれなりに力はあるから、冒険者を仕事に選ぶってのも分かるけどさー…………」
「これだぁけのレベルがぁあればぁ、研修中にもしもの事がぁあっても自力で逃げらぁれるとは思うけど…………」
「…………」
怖いもの知らずの赤獅子にしては珍しく、悩む表情を見せる。
問題は、男であること、扱いづらい年上であること、身元がはっきりしない余所者であること。
そして、「そもそも研修なんて受けず普通に申し込んでそのまま冒険者になればいいのに」といった至極真っ当な疑問が二の足を踏ませていた。
「――――こいつはパスだな。なぁ、ギルドマスターさんよー、コルトだけなら引き受けるぜ」
「わぁたぁしは、何だぁかぁ面白そうな香りがするかぁらぁ、受けても良いと思うけど~?」
「……すまないが、彼だけを外すことはできない」
「おいおいっ、何でそうなるんだよっ?」
「……もしかぁして、それも?」
「そうだ。この少女と男とは必ずセットで受け持つこと。……それが依頼主から出された条件だ」
予想だにしない答えを聞き、赤獅子は目を見開いてステイタスが記された資料をもう一度凝視する。
コルトの方は、何ら問題ない。
オクサードの街を陰から支えるウォルが、有望な志望者を取り持っただけの話。
だが、もう一人の方はどうだ。
そこそこの力はあるが、突出した能力は見当たらないし、年齢的にも頭打ちに近い。
ましてや、最近街に来たばかりの余所者。
……だとすれば、不安要素が多い者を敢えて推薦するだけの、目に見えない何かを感じているということ。
冒険者の街オクサードで未だ最高のレベルを誇るあの偏屈ドワーフが、である。
「そういやコイツの名前、どっかで聞いたことあるなー?」
「ほらぁ、あれじゃなぁいの? 『サーティー・デビル』ことエレレさぁんと噂になっている男だわぁ」
「……へぇ? エレレさんって、男嫌いじゃなかったのか?」
「彼女に釣り合う男がぁ居なぁい、って話も聞くわぁ。もしそうなぁらぁ、レティアの男の趣味と同じかぁもね~」
「――――つまりコイツは、この街で最強の男と最強の女に認められてるのかっ!」
謎の男の情報を知ったレティアは、唇を釣り上げ、獰猛に笑う。
「いいねいいねぇー。こりゃあ、俄然興味が湧いてきたぜっ」
「でも~、レベルやぁステイタスはそれ程でもなぁいのよね~~」
「スキル化されない特殊な技能やとんでもねー隠し球でも持ってるのかもなー。――――よっしゃっ、コイツの強さを見極めるためにも、この依頼受けようぜっ、ミスティナ!」
「そうね、わぁたぁしもすっごく気になぁるかぁらぁ、そうしまぁしょう~」
「……そうしてくれると助かるが、君達の仕事は冒険者の心構えを教えることだぞ? 男の品定めじゃないんだぞ?」
「分かってるって、ギルドマスターさんよー。どっちも似たようなもんじゃねーか」
「どんなにだぁめな人でも、わぁたぁしが面倒みるからぁ安心して」
「…………ほんと、頼むぞ?」
上機嫌な赤獅子は、不安げな顔で見送るギルドマスターを気にもせず、早々に部屋から退出していった。
そしてそのまま、本日の仕事は終わりとばかりに飲み屋へと向かう。
「なぁ、ミスティナ。研修なんてメンドーなだけと思ってたけど、案外面白くなりそーだよなー?」
「楽しみよね、レティア。わぁたぁし達に依頼するってことは、コルトちゃぁんはともかく、もう一人は癖のある人物に違いなぁいわぁ~」
「あのウォル様とエレレさんが気にするんだから、きっと強い男のはずだぜっ」
「あらぁ、それなぁらぁ今回は、レティアも手を出すつもりなぁの?」
「『も』って、何だ? ミスティナは弱くて駄目な男専門だから、今回の男は関係ないだろーがよ?」
「そうかぁしらぁ? 今回の相手はとってもだぁめなぁ予感がぁするかぁらぁ、きっとわぁたぁしの領分だぁと思うわぁよ?」
並んで歩く二人は、ちらりとお互いに視線を向ける。
「……へぇ? あたしらの好みが被るだなんて初めてじゃねーか?」
「これまぁでは、どちらぁかぁ片方の趣味に合うかぁ、もしくはどちらぁにも合わぁなぁい相手だったぁものね」
レティアは、強い男を好み。
ミスティナは、弱い男を好む。
故に、双方の趣味がかち合うことは、今までなかった。
「…………」
「…………」
ほんの僅かの間、沈黙が流れ……。
「まー、今考える必要はねーよなー。どっちの好みかなんて、実際に会えば分かるし」
「それもそうよね~」
「そのオッサンが強いか弱いかがはっきりしたら、どっちの獲物になるかは勝手に決まるよなっ」
「……だぁけど、もしも本当に、わぁたぁし達二人がぁ興味を持つようなぁ男なぁらぁ、どうするの?」
「ああん? そんなの決まってるじゃねーかよ?」
「んふふっ、これまぁでだって、他の女を相手にそうしてきたぁのだぁし、今更よね?」
冒険者の中では、獲物は最初に見つけた相手の物とする不文律がある。
しかし、女と男の間に、そんな無粋なルールは無い。
……と、レティアとミスティナの二人は確信している。
彼女達獅子族の原種とされるライオンは、オスとメスが結ばれ、子を成した後にでも、別のオスが容赦なく奪い取り、既存の子を殺してでも自己の種を残そうとする。
それこそが、生まれた時から持つ自尊心――――プライドであるからだ。
ましてや、手癖の悪さで多くのパーティーを不協和音に陥れてきた彼女達なら、尚更であろう。
――――奪ったモノ勝ち。
それが、赤獅子の流儀である。