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年の差カップルと赤髪ペアの実地研修 4/5




 実地研修の二日目は、基本的に一日目の内容と同じだった。


 冒険者の研修だけでなく、放置プレイまでも体験して新たなステージに立った俺は、嬉々としてこれに望む。

 徹夜で疲れているはずの俺があまりにも満足げにしていたため、女性陣から就寝中に悪戯したのではと疑われたが、心配無用でございます。

 許可なく女王様に触れたりしませんから。

 私めは卑しい豚なのです。

 だからもっと踏んでください、女王様。

 今日から俺は、似非紳士ではなく、変態紳士である。


 ……冗談はさておき。

 本日の作業は昨日のリプレイなので、教官殿の揺れる乳と尻を眺めるのも飽きてきた。

 だけど、今回の主役であるコルコルはまだまだ興味津々らしく。

 初日は驚いてばかりだったが、二日目は魔物の特徴を覚えたり冒険者の洗練された戦闘スタイルを真似ようとしたりと、大きな瞳をさらに見開いて凝視している。


 俺はこの際にポイントを稼ごうと思い、鑑定アイテムを使って魔物の特徴を把握ししつつ、この世界へ来た直後の修業時代の体験と地球に居た頃のゲーム知識とをフル活用し……。


「あの魔物は何々っていう名前だぞ」「何々属性だから何々魔法が苦手みたいだぞ」「大技の直後は動きが止まるから狙い目だぞ」


 などなどと、コルトに役に立ちそうな情報を教える。

 実践が最も大事だと思うが、そこに理論が加われば盤石。

 目で見た体験と耳で聞いた知識とが混ざり合って身体に染み込み、糧となるはず。


「スライムは女性の服を溶かすから要注意だぞ」「吸血タイプの魔物は処女の生き血を好むから不用意に近づくなよ」「ゴブリンとオークには絶対に近づくなよ。まじで貞操の危機だからな?」

「……魔物が女性を襲うなんて聞いた事ないぜ、あんちゃん?」


 たまに妄想とごっちゃになって呆れられたが、概ね感謝される結果となった。

 これで俺の株も回復するはず。

 ……と、思いきや。


「――――うおっ、蛇だっ、蛇が出たぞっ! 物凄くニョロニョロしているぞっ!?」


 最高ランクの魔物も一撃で倒せる力を持った俺であるが。

 地球で暮らしていた時から苦手だった蛇と対面し、情けない姿をさらしてしまった。

 俺が最初に彷徨った森は、何故だか小動物が居なかったので快適だったが、その所為で慣れておらず未だ見ただけで恐怖を覚える。

 あの森は、今思えば魔物が強すぎるため小動物が棲息できなかったのではなかろうか。

 そんな場所で何日も過ごしていたのかよ、俺は。


「魔物じゃない普通の蛇が怖いだなんて、情けないよな、あんちゃんは」

「ばっかっ、お前、蛇だぞっ!? あの細くて長くてニョロニョロした蛇なんだぞっ!?」


 いかん。

 動揺して思考能力が低下している。

 俺がことさら蛇を怖がるのは、トラウマがあるからだ。


 あれは、田舎の実家に住んでいた頃。

 夜中トイレに行くため居間の電気を点けた直後、明るくなった足下に蛇を見つけた時のショックは強烈すぎた。

 外で見かけるソレは、自然な生態なのであまり気にならないのだが。

 自分が住んでいる家の中に侵入してきた異物には、通常の何倍も不気味さを感じたものだ。


「人は手と足が有ることで安定している生き物だから、その手足が無い生物を見ると本能的に恐怖してしまうんだよっ!」

「……ふーん」


 あああっ、コルトの好感度がまた下がっていく。

 どうにかせねば……、と悩んでいると。


「――――うおっ、今度はムカデだっ、ムカデが出たぞっ! 物凄くゲジゲジしているぞっ!?」

「こんな小さなムカデまで怖がるなんて、情けなさ過ぎるだろ、あんちゃん」

「ばっかっ、お前、ムカデだぞ!? あの足がいっぱいでゲジゲジしたムカデだぞっ!?」


 いかん。

 ビックリし過ぎて思考能力が低下している。

 俺がことさらムカデを怖がるのは、トラウマがあるからだ。


 あれは、田舎の実家に住んでいた頃。

 夜中カサカサと音がするので電気を点けた直後、寝室の壁を這い回る特大のムカデを見つけた時のショックは特大だった。

 しかも、決死の思いで排除しても、もう一匹が潜んでいるし。

 そう、ヤツらは恋愛感情も理解できない昆虫のくせにツガイで行動しているのだ。

 なんだよそれ、俺への当てつけなのか?

 夫婦揃って憐れな独身男をからかっているのか?


「人は手と足が4つ有ることで安定している生き物だから、その手足がワシャワシャいっぱい付いている生物を見ると本能的に恐怖してしまうんだよっ!」

「……つまりあんちゃんは、何でも怖いんだな」


 そんな感じで、好感度だだ下がりな俺。

 まるで本物の虫けらを見るような、コルトとレティア姐さんの冷ややかな視線が突き刺さる。

 癖になりそうで恐い。


「大丈夫よグリンさぁん~、わぁたぁしが一緒にいるからぁ~~」


 結婚する価値が無い駄目男にも優しくしてくれるミスティナお姉様の背中に隠れながら、おっかなびっくり付いていく。

 辛い時に優しくされると惚れそうになる。

 このままヒモ男になって一生養ってもらいたい誘惑に駆られるが。

 だけど、だけれども、このままじゃいけないんだよっ。


「ダメだダメだっ、俺はこのまま情けない姿で終わちゃダメなんだっ。俺は、俺こそがっ、コルトが一番尊敬できる大人じゃないとダメなんだっ!」

「……心配しなくていいぜ、あんちゃん。尊敬したことなんて一度もないから」

「がびーん!?」


 あまりのショックに古いギャグが出てしまった。

 そんな…………。

 俺という存在は、コルコルにとって何の価値も無かったのか。

 もう夢も希望もない。

 これから俺は、何を信じて生きてゆけばいいんだ………………。


「くすん……」


 本気でどうにかしなければっ。

 しかれども、地に落ちた信頼を取り戻すのは難しい。

 何か手はないものか……。

 何でもいいから、この窮地を脱する機会を俺に与えてくれっ。

 ナニカ、ナニカッ!



「――――あっ、ナニカが来る」


 そんな風に不謹慎な事を考えたのがいけなかったのだろうか。

 俺の願望に呼び寄せられるかのように、迫り来る気配があった。


「どうしたんだよ、オッサン?」

「うーん……。その、大した話じゃないんだが、昨日と今日で遭った奴よりも少し強い魔物がこっちに来ているみたいなんだ」


「……何でオッサンが、そんなのまで分かるんだよ?」

「ははっ、世界中を飛び回る遊び人の俺は、魔物が近づいたらすぐ逃げ出せるよう高級な察知系アイテムを常備しているからな!」

「威張って言うことじゃないと思うぞ、あんちゃん」


 コルトが呆れた顔をしているが、指導役には一応確認しておくか。


「それより、どうする? 今ならまだ逃げ出せると思うぞ?」

「なあオッサンよー、強いってどれくらいなんだ?」


「これまでのランク1や2と比べれば強いけど、下級には違いないかな」

「しゃらくせぇ。その程度の敵なら、あたしらの敵じゃねーよ」

「この下級エリアに出現する魔物ならぁ、わぁたぁし達だぁけで十分対処できるわぁ」


 レティア姐さんとミスティナお姉様が自信満々に答える。

 頼もしい限りだ。

 まだ若い娘さんだけど上級の冒険者らしいので、任せて大丈夫だろう。


「どうやら、余計な心配だったみたいだな。それもそうだよな、たかがランク5の下級だから問題なかったよな」

「――――はぁぁ!?」

「――――あらっ!?」

「――――ええっ!?」


 俺の呟きを聞いた三人娘が、がばっと振り向き凝視してきた。

 そして、何かを言い出そうとしたが――――。


「ほら、ご登場だ」


 もはや俺が説明するまでもなく、ソレは現れた。

 ソレ――――などと勿体ぶった表現をしているが、別に強敵って訳ではない。

 だって、魔物のランクは十段階あるから、1~5までは下級の部類である。

 ……あれ?

 そういえば彼女達は、下級、中級、上級の3つに分類していたような?

 まあ、過ぎ去りし日々を気にしても仕方ないか。


 ただ、固有名詞でなく代名詞で呼んだのには、理由がある。

 これまで見たことがない魔物だったからだ。

 俺は今まで、高ランクの魔物しか相手にしてこなかったため、知らなくて当然かもしれないが……。


「何なんだよっ、この魔物はっ」

「わぁたぁしも初めて見たわぁっ」


 どうやら教官殿も初対面の魔物らしく、若干驚いている。

 強キャラな雰囲気を漂わせる二人だが、慌てている様子は普通の女子大学生っぽくて可愛い。

 ギャップ萌えってヤツだな。


 個人的な趣味趣向はさておき。

 改めて観察すると、シンプルながら特徴的な魔物だ。

 背丈は2メートルを超えており、成人男性を二回りほど大きくしたような人型タイプ。

 頭部は有るけど目や口は付いておらず、身体全体がのっぺりしており、泥人形のような風貌。

 なのに目立つのは、その全身が鮮やかな黄色であるため。


 黄色は、自然の中では多いが、人工物では少ない。

 身の回りをはじめ、乗り物や建物などの大きな品まで、黄色で塗りつぶされている物体はあまり無いから、余計に気になる色だ。

 黄色と聞いて思い浮かぶ人工物は、メジャーなところでは、キャラメルの箱、時々無性に飲みたくなるメローイエロー、幸せの黄色いハンカチ。

 サブカルなところでは、かもし上手なオリゼー 、ドリフト上手な高橋弟のFD、マウント上手なピーナッツくん。


 そして――――。

 立ち入り禁止を示す黄色のテープ、工事現場の黄色いヘルメット、黄信号。

 赤色が危険を彷彿させるように、黄色もまた注意を喚起させるのだろう。

 

「魔物の生態は謎だから、時たま新種が出てくるのは仕方ねーけどさー……。それよりも、下級エリアに中級の魔物が迷い込んでくるなんて珍しいじゃねーかっ」

「そうよね。普通、森の外側ではランク4以上は出なぁいかぁらぁ、ランク5ってのは本当に珍しいわぁっ」


 指導役の二人は魔物を牽制しつつ、冷静に分析していく。

 俺とコルトは、彼女達のデスチャーに促されるまま距離を取り安全を確保。


「相手はランク5の黄色野郎だが、問題ねーさ。良かったな、コルトっ。最後に大物退治が見られるぞっ!」

「でもコルトちゃぁん、これまぁでの相手より格段に危険だぁかぁらぁ、十分離れて見ていてね~」

「は、はいっ!」


 結局、動揺したのは最初だけで、直ぐに切り替えた二人は正面から魔物に攻撃を仕掛けていく。

 ランク5の魔物は人のレベル50に相当するため、レベル30に満たない彼女達一人一人では分が悪い。

 しかし、魔物の動きは単調なので、戦闘に慣れた冒険者なら一回り格上の相手でも十分対応できる。

 さらに、二人の息の合った連携を以てすれば二回り格上でも何とかなるようだ。

 せっかくだからレティア姐さんが言ってくれたように、最後を飾るに相応しい大物獲りを観戦させてもらおう。


「ほ、本当に大丈夫なのかな、あんちゃん?」


 これまでより段違いで強い魔物と聞き、コルトは緊張しているようだ。

 ここは大人の小粋なジョークで和ませるとするか。


「きっと大丈夫さ。もしもの時は、俺の鍛え抜かれた逃げ足でコルトをお姫様抱っこして脱出するから安心してくれ」

「……あんちゃんは、どんな時でも平常運転だよな。ある意味尊敬するぜ」


 コルトから尊敬されるという目標を達成したぞっ。

 やったぜ!


「――――しゃらくせぇ!」

「――――このっ!」


 コルトが心配するまでもなく、本気を出した二人の連携は見事なもので、格上相手に着実にダメージを与えていく。

 しかし黄色い魔物は、攻撃が空回りしているものの防御力が高いらしく、倒れる気配がない。

 決着には時間がかかりそうだ。

 良く言えば時間の問題なのだが、その時間が…………。


「――――なあ、コルト。あの二人が負けそうになったら、素直に逃げるべきか、それとも無理を承知で手伝うべきか。……どちらが正しいと思う?」

「…………そりゃあ、ウォル爺からは危ないと思ったら気にせず逃げろって言われてるけど、オレは嫌だよ。そんなんじゃ、立派な冒険者になんてなれないと思うし」


 うん、そうだよな。

 正しさとか関係なく、コルトだったらそう答えるよな。

 そして、本当にそんな状況になったら、迷わず戦う道を選ぶのだろう。

 たとえ、何の役にも立てず、無駄死にする結果になると分かっていたとしても……。

 

 ……俺も子供の頃には、そんな無鉄砲という名の純粋さがあったのだろうか。

 今はもう見る影もなく、まだソレを大事に持っている少女を大切にしたいと思う。


「だったら、そうしようか。コルトは、ここを動くなよ?」

「えっ……、あ、あんちゃんっ!?」


 最後に忠告して、俺は駆け出した。

 戦況は優勢だから、手助けの必要なんてない。

 でも魔物との戦闘は、リングの上の格闘技みたいに決まったルールがある訳じゃない。

 だから、イレギュラーは常に起こり得る。


 ……いや、魔物からしたらイレギュラーでも反則でもない。

 魔物一体と冒険者二人の戦いだと思っている彼女達が迂闊なのだろう。


 ――――だけど、この戦いは最初からタッグマッチだったのだ。


「オッサン!?」


 目の前の敵に夢中なレティア姐さんの後方に移動した俺は、取り出した棍棒の両端を掴み前に差し出すように構えると、ソレの攻撃を受け止めた。

 ソレ――――とは、彼女達が戦っている黄色い魔物と同じだけど、違うモノ。


「黄色野郎がもう一体だとっ!?」


 つまりは、そういうこと。

 俺はもう一体の黄色い魔物の急襲を防いだのである。

 これまで通り無計画に思えた魔物の攻撃は、その実、一体が囮役となって油断を誘い、死角から不意打ちをかますという、割とありがちな作戦だったのだ。


 俺は最初からもう一体の存在を察知しており、教官殿も気づいていると思い口にしなかったのだが、当てが外れたのでこうして乱入する羽目になった。

 面倒な状況に陥ってしまったが、彼女達を責めるのは酷というもの。

 魔物はいつも単独で行動しているから、警戒心が薄くなっても致し方ない。

 それに、突然現れた強敵の対応に追われ、加えて非戦闘員である少女とおっさんの安全にも気を配る必要があるから、そこまで余裕がなかったのだろう。


 あーあ、こんな事になるのなら面倒くさがらずに、ちゃんと最初に説明して逃げ出すべきだったよなぁ。

 希望的観測で大丈夫だろうと手を抜いておき、後から仕事が増えるのは社会ではよくある現象である。

 魔物に蹂躙される冒険者の姿を見せた方がコルトの糧になるのだろうが、俺が見捨てたと勘違いされ嫌われても困るので最低限の加勢はしておこう。


「おいっ、大丈夫なのかオッサンっ!?」


 レティア姐さんが心配するのも無理はない。

 戦力外通告を受けていた俺が、そこそこ強い魔物と対峙しているのだから。

 しかも、武器として駄目出しされた棍棒で。


「ほら、棍棒はこうやって使えば防御にも秀でた武器なんだぞ。凄いだろう、俺のスペシャル棍棒君は?」

「冗談を言ってる場合じゃねーだろうがよっ!」


 俺の熱い棍棒推しが冗談に扱われてしまった。

 くそっ、棍棒の有用性を証明するチャンスなのにっ。


「棍棒は柔軟性にも優れるから大丈夫さ。……それよりも、もう一体を相手する余裕はあるのか?」

「……いいや、ランク5を二体同時に相手するのは、情けねーけど今のあたしらでは無理だっ」


 一体でも手こずっていたのだから、当然な回答を敢えて引き出す。

 これで、俺も参戦せざるを得ない状況が整った。

 後で研修生のくせに余計なことすんな、と怒られるのは嫌だからな。


「だったら、コイツは俺の方で引き受けるから、あんたらはソッチに集中してくれ」

「一人でどうにかなる相手じゃないぞっ、オッサン!?」


「これでも足の速さには自信があるから、森の中に誘い込んで逃げ回れば時間が稼げるはずだ。その間にソッチを倒しておいてくれ」

「……それしかぁ手はなぁいみたぁいね、グリンさぁん。こちらぁを片づけたぁらぁすぐ駆けつけるからぁ、それまぁでどうにかぁ頑張ってちょうだぁい?」

「了解した」


 案外物分かりが悪いレティア姐さんと、案外物分かりが良いミスティナお姉様と対応策を話し合う。

 せっかくのチャンスなので「別に倒してしまっても構わんのだろう?」とイキリたいところだが、逆に心配されそうなので止めておいた。

 一度は言ってみたい台詞なのに、残念である。

 とにかく森の中に隠れさえすれば、こっそり倒して知らん顔してもいいし、彼女達に余力があればもう一体も任せていいだろう。


「あっ、そうだ。あんたらもあんまり余裕が無さそうだから、コルトに手伝ってもらったらどうだ?」

「はぁぁっ!? なに言ってんだよオッサン! コルトを危ない目に遭わせる訳にはいかねーだろーがよっ!!」


「きっと大丈夫さ。コルトには離れた場所から攻撃できる魔法があるから――――そうだよなっ、コルトっ!」


 黄色い魔物の攻撃を棍棒で受け流しながら、横目で問い掛ける。


「なっ、なんであんちゃんが、そんなこと知ってるんだよっ?」

「ふふふっ、安心してくれコルト。俺はいつだって見ているからな?」

「こえーよっ!?」


 いつでもは言い過ぎだが、暇な時は魔法の練習をするコルトを物陰から覗いていたからよく知っているのだ。

 水魔法ランク3の恩恵と水の特性を活かしたあの攻撃なら、きっと通用するはずっ。



「――――それじゃあ、後はよろしく」

「あっ、オッサンっ!?」


 俺は魔物に押し飛ばされる振りをしつつ、その実、魔力で作った透明の糸で引き寄せながらその場を離れ、森の中へと移動していく。

 我ながらアカデミー助演男優賞を授与されそうな名演技である。

 今度、王都の劇場で俺を主役にした演劇でもやってみようかな。


 そんなアホなことを考えながら、魔法の糸で操り人形と化した魔物と踊るように進み。

 お互いの姿が完全に見えなくなるまで離れると……。


「はい、ご苦労さん」


 今度は全身をぐるぐる巻きにして、黄色い魔物を拘束した。

 こいつは放出系の攻撃手段を持っていないようだから、これでチェックメイトに等しい。


「……さて、あっちは大丈夫かね」


 その場で千里眼アイテムを使い、三人娘の戦況を窺う。

 念のため付与紙で創った使い魔を現場に潜ませてきたから、危うい時にはこっそりフォローすればいいだろう。


『――――コルトーっ、本当にやれるのかーっ!?』

『う、動かない相手だったら、どうにか出来ると思いますけど…………』


『それなぁらぁ~、わぁたぁし達がぁ引き付けてる間に思いっきりやっちゃいなぁさぁいよ、コルトちゃぁん!』

『はっ、はいっ!』


 ちょうど今からが、コルトの見せ場のようだ。

 我が子のお遊戯会を初めて見に来た親みたいに緊張する。

 まあ、妻も子供も居ないから、そんな経験ないけどな。


 重要な任務を受けたコルトは、魔法の射程範囲である5メートルの距離まで近づき、しゃがみ込んで両手を地面につけると――――。


『いっっけぇぇぇーーーっ!!』


 可愛い掛け声とともに、手の平から放出させた大量の水が地面を伝わって広がり――――。

 魔物の足下をびっしょりと濡らした。


『……コ、コルト?』

『……コルトちゃぁん?』


 え? それだけ?

 って感じで、拍子抜けしたレティア姐さんとミスティナお姉様が問い質してくる。

 その間もしっかりと魔物を足止めしているのだから、プロって凄い。


『つ、続きがありますからっ』


 がっかりされて涙目になったコルコルがあわあわしている。

 こっからが本番なので、うちのコルトちゃんを舐めてもらちゃ困りますよ?


『――――次はっ、こおれぇぇぇーーーっ!!』


 そう、これこそが本当の狙い。

 足下に広がる水を凍らせて魔物の足を固定させ、動きを止めようとしているのだ。

 最初から氷を出すのは難しかったらしく、まず水を出した後、次に凍らせる時間差攻撃になっちゃったのはご愛敬ってもんだ。


『おおーっ、氷で魔物の動きを止めるなんてスゲーじゃねーかよっ』

『やったぁわぁね、コルトちゃぁんっ』


 コルトへの評価を改めた二人が、動けなくなった魔物に攻撃を仕掛けようと……。


 ――――ゴァァァ!!


 ……したら、氷の拘束があっさりと砕け、魔物は叫びながら動き出した。


『…………コ、コルト?』

『…………コルトちゃぁん?』

『……………………………………』


 地面に手をつけたまま、サァーっと顔面蒼白になって固まる少女。

 最後に自らを青い氷にしてしまうとは、芸人顔負けの身を張ったギャグである。


「まあ、そうだよな。ランク3程度の薄い氷で、力の強い魔物の足下を固定するだなんて無理だよな、ははは…………」


 一部始終を見ていた俺の口元から、乾いた笑い声が漏れる。

 授業参観で失敗した娘を見てしまった親は、こんな風にいたたまれない気持ちを抱くのだろうか。


 ごめんなー、コルト。

 おっさんなー、君が活躍している姿を見たくてなー、ついつい無茶ぶりをしてしまったんやー。

 悪気はなかったんやで?


 これ後で怒られるよなぁ、嫌われるよなぁ、絶交されるよなぁ、どう言い訳しようかなぁ。

 などなどと、今後の保身について本気で悩んでいたのだが…………。

 神は、彼女達を、そして俺を、見捨てていなかった。


 ドデンッ!


 力は強いけど動きは鈍い魔物は、凍った地面で足を滑らせ、盛大にすっ転んでしまった。

 ああっ、神よっ、感謝しますっ。

 笑いの神よっ!


『よっ、よっしゃっ、今のうちだぜーっ!』

『もういい加減、逝きなぁさぁいっ!』


 ひっくり返って氷の上でバタバタしている魔物に、冒険者の二人が最後の攻撃を仕掛ける。

 傍目には動けない亀を虐めているようにしか見えないが、気にしないでおこう。

 これであっちのコント……、もとい戦闘も無事に終わりそうだ。


『――――――』


 紆余曲折あったが、結果的にちゃんと役に立ったコルトは、疲れたように笑いながら放心している。

 風呂場で行った辛く険しい訓練がこのような形で実を結ぶとは、一応の師匠としても感無量である。

 魔物との戦闘は活躍に応じて経験値が入るから、コルトはレベルアップするだろう。



「……あの調子なら、こちらのもう一体を任せても大丈夫かもな」


 俺が倒しても何の益もないので、魔物の拘束を解き、逃げ回る振りをしてトレインし、もう一体も倒してもらおうかな。

 そう思い、魔物の方を見たところ。


「……んん? さっきと様子が違うような?」


 拘束した時はほとんど動けなかったはずなのに、今はジタバタと全身を振り回して怒り狂っている。

 それに一回りほど大きくなっているようで、更に体の色も黄色から赤色へと変化していた。

 拘束&放置プレイが長すぎて怒ったのだろうか。

 一晩中放置されても気にならない俺を見習った方がいいぞ?

 

「うーん…………。やっぱり、もう一度あの場所まで引きずっていくのも面倒だし、ここで始末しておくか。このまま沸騰して爆発でもされたら困るしな」


 猿芝居するのも飽きたので、結局もう一体の魔物はここで始末した。

 彼女達には、森の中を必死に逃げ回っていたらどうにか振り切れた、とでも説明すれば大丈夫だろう。


 よしよし、これで任務完了。

 俺も最低限の仕事はできたはずなので、コルトからも尊敬してもらえるはず。

 適当に疲れた感じを演出しながら戻ろう。



 最後にサプライズがあったものの、冒険者の実地研修会もこれにて無事終了である。




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