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年の差カップルと赤髪ペアの実地研修 2/5




「おっ、随分と早いじゃねーか、コルト」

「おはぁよう、コルトちゃぁん。今日はとっても良いお天気ねぇ」

「――――おはようございますっ。レティアさんにミスティナさんっ!」


 冒険者の街オクサードの入り口付近にて。

 気を引き締め直立の姿勢で待っていた本日の研修生――――コルトは、程なくやってきた冒険者二人組と合流した。

 コルトにとって彼女達は、目標とする一流の冒険者であり、また本日実施される研修の指導官でもある。

 このため、冒険者志望の少女は緊張気味に慣れない敬語で対応する。


「なんだなんだ、もしかして緊張してんのか? 声がうわずってんぞー」

「でっ、でもオレ、まだ魔物と戦った事なんてないし…………」


「実地研修と言っても、今日のコルトちゃぁんは離れたぁ所からぁ見学しておけばぁいいんだぁし、もっと気楽に気楽に~」

「うっ、うん! 今日の研修、よろしくお願いします!」


「おおっ、任せておけよっ。あたしの格好良い姿をよーく見ておきなっ」

「んふふっ、任せておいてちょうだぁい」


 レティアとミスティナと呼ばれた二人は、まだ二十歳を超えたばかりと若いが、レベル25を数える実力者である。

 冒険者パーティーとしては少ない二人組だが、研修生であるコルトと顔見知りであることと確かな実力を買われ、実地研修の指導役に選ばれていた。

 指導役といっても、給金が支払われる訳ではない。

 では何故、彼女達が今回の話を受けたかというと……。


 一つめの理由は、オクサードの街を裏から牛耳るウォルからの依頼であったこと。

 冒険者を引退しているものの、未だこの街で最高レベルを誇る強面ドワーフの頼みを断れる者はまず居ない。


 二つめ理由は、女性のみのパーティーを作るために、コルトの実力を見定めておきたかったこと。

 常に危険が伴う冒険者を志望する女性は少なく、彼女達と相性が良い女性はもっと少ない。

 街の様々な場所で雑用を受け持つコルトは、子供らしい素直さと持ち前の要領の良さとが相まって、癖が強いレティアとミスティナからも好まれていた。


 そして、三つめの特異な理由があって…………。


「そんじゃ早速出発――――したいんだが、まだアイツが来てないじゃねーか」

「えっ、アイツって誰ですか? レティアさんとミスティナさんは二人組ですよね?」

「あらぁ、コルトちゃぁんは聞いていなぁいの? 今回の研修者はもう一人居るのよ」


「も、もう一人?」

「女を待たせるだなんて、しゃらくせぇ男だ。こりゃあ、期待薄かもな」

「んふふっ、わぁたぁしは反対に期待が高まるわぁ。――――噂をすればぁほらぁ、来たぁみたぁいよ」


 妖艶に笑うミスティナが向ける視線の先には、のたのたと歩いてくる男の姿が見えた。

 くすんだ緑色の髪と服以外には特徴が無い、どこにでも居るような中年男である。


「すまんすまん、どうやら待たせてしまったようだな?」

「――――あ、あんちゃん!? 何でここにっ!?」




 ◇ ◇ ◇




「すまんすまん、どうやら待たせてしまったようだな?」


 約束の時間ピッタリに登場した俺は、片手を上げて挨拶をした。

 ギリギリの時間を見極める能力の高さは、ボッチ特有のもの。

 早く到着しても話題を提供する能力が無いため、極力会話を少なくする状況を作ろうとするのだ。

 最後に到着したものの遅刻じゃないから謝る必要はないのだが、社会人としてというか、女性を怒らせないためというか、悲しい習慣である。


「――――あ、あんちゃん!? 何でここにっ!?」


 そんな風に、さも当然とばかりに登場した俺を見て、コルトが悲鳴に近い声を上げた。

 くくくっ、慌ててる慌ててる。

 別にコルトを騙すつもりはなかったのだが、事前に知られると反対される可能性があったので、ウォル爺に頼んで今まで内緒にしてもらったのだ。


 ――――そう、俺がウォル爺に「貸しの返却」として望んだのは、コルトと同じ「冒険者の実地研修への参加」だったのだ。


「おやおや、こんな場所で会うとは偶然だなぁ、コルト。もしかして、コルトも冒険者の研修を受けるのかな?」

「ぐ、偶然……?」


「そうそう、偶然だよ偶然。実は俺も、そろそろ定職しようと思ってな。それでウォル爺に相談したら冒険者にならないかって、この研修を紹介されたんだよ」

「ウォル爺、が……?」


「そうかそうか、コルトも冒険者志望だったよな。だから偶然に同じ冒険者を紹介されたんだろうな、はははっ」

「そんなはずないだろっ! 絶対オレと一緒になるよう裏から手を回したよなっ!?」


「んん? 何のことかなぁ? ほら、コルトだっていつも俺にちゃんと働けって言ってるじゃないか。それを実践しただけだぞ」

「わぁーーーっ、だからあんちゃんには隠してたのにっ、やっぱり付いてきたーーーっ!!」


 コルトが頭を押さえながら絶叫している。

 研修を始める前からそんなに動揺していたら、身が持たないと思うが。


 でも、これで判明したぞ。

 コルトが今回の研修を俺に隠していたのは、父兄参観を恥ずかしがる生徒と同じだったのだっ。

 そうだよな、勉強を頑張っているところに知り合いがやってきたら恥ずかしいもんな。

 だから、嫌われてはいなかったっ。

 嫌われては、いなかぁったぁぁぁ~!

 

「来てすぐ女を泣かせるとは、あの二つ名の通りにしゃらくせぇ男じゃねーか」

「いいわぁ~いいわぁ~~、最高にだぁめな香りがするわぁ~~~」


 パニくっているコルトの隣から話しかけてきた二人の女性が、冒険者実地研修の教官殿であろう。

 ウォル爺が手を回してくれたのだから大丈夫だと思うが、教官として俺のコルコルに相応しいか鑑定しておこう。


名前:レティア

種族:獅子族

職業:冒険者(戦士)

年齢:21歳

レベル:27


名前:ミスティナ

種族:獅子族

職業:冒険者(戦士)

年齢:21歳

レベル:27

 

 やたらと敵愾心を剥き出しにしているお嬢さんは、レティア。

 赤みが強いオレンジ色の髪と瞳。

 狩りをしているライオンのように険しく釣り上がった目とへの字口。

 硬い髪質のくせっ毛を後頭部の上側で結わえた大きなポニーテール。

 冒険者らしく戦いが好きそうな気配を発している。

 荒事が得意な頼れる姐さんタイプである。

 

 やたらと歓喜しているお嬢さんは、ミスティナ。

 薔薇の花みたいな紫に近い赤色の髪と瞳。

 ライオンの子供のようなタレ目と優しそうな口元。

 柔らかそうな髪を右肩の上で横結びして胸元へ垂らしたサイドテール。

 冒険者らしくない柔らかな物腰をしている。

 経験豊富で包容力たっぷりなお姉様タイプである。


 雰囲気は正反対だが、どちらも獅子族らしく丸くてふわふわなケモミミと長い尻尾を付けている。

 これで物騒な赤い武具を身に付けていなければ、ちょっと個性的な美人女子大生に見えたかもしれないい。

 しかし、冒険者としての実力は確かだ。

 冒険者の平均レベルが20と聞くから、レベル27の彼女達は上の下くらいの強さがあるはず。

 ふむ、俺の可愛いコルコルの指導役としては一応及第点だな。


「……はじめまして。今回の研修で世話になるグリンだ。その、仲良くしてくれ」

「けっ、あたしの名はレティアだ。あんまし話しかけてくるんじゃねーよ、オッサン」

「わぁたぁしはミスティナよ。レティアはいつもこんなぁ感じだぁからぁ気にせずに、その分わぁたぁしと仲良くしてほしいわぁ、グリンさぁん?」


 気の強いレティア嬢は、腕を組んだ仁王立ちで俺を睨みながらも、ちゃんと自己紹介してくれた。

 理由は不明だが、本格的に嫌われているようだ。

 男嫌いの姐御肌って感じだから、レティア姐さんと呼んでいいですか?


 気の優しいミスティナ嬢は、腰を屈めて豊満な胸を強調し、更にウインクしながら答えてくれた。

 こちらの理由も不明だが、随分と好かれているようだ。

 お色気満載なお姉様って感じだから、ミスティナお姉様と呼んでいいですか?


 同じ獅子族なのに、何とも極端な二人である。

 嫌われる事にも好かれる事にも慣れていない独り身のおっさんにとっては、どちらも絡みにくい。

 どうしてこうも感情を剥き出しにされるのだろうか。

 両方とも初対面のはずだが……。


 とにかく、これから一泊二日の研修で世話になる身としては、出来るだけ親睦を深めておきたい。

 何か適当な話を振ってみるか。


「……そういえば、さっき二つ名がどうとか言ってなかったか?」

「もしかしてオッサンは、自分の二つ名も知らねーのか?」


 な、なんだってーーー!?

 まさか俺に二つ名が付いているのかっ。

 拠点としているこの街で変な噂が立つと困るから、清廉潔白な言動を心掛けているのにっ。


 ……いや、それも致し方ない。

 目立たないようにしてきたが、隠しても隠しきれない紳士なオーラが溢れ出ていたのだろう。

 望まぬとも噂されてしまうのは、紳士で伊達男な俺の宿命というべき業なのだから。


 やばい、ちょーうれしい。

 いったいどんな二つ名を拝命したのだろうか。


「えーと確かぁ、『天使と悪魔の涙を涸らす愚者』って呼ばぁれているわぁ」

 

 知りたそうな顔をしている俺に気づいたミスティナお姉様が教えてくれた。

 この子、顔色で男の心情が読めるのかもな。

 男を手玉に取るタイプである。

 怖い。


 それはともかく――――。


「……ふむふむ、中々にお洒落な感じの二つ名じゃないか。うんうん、気に入ったぞ。それで、その『天使』と『悪魔』と『愚者』ってのは、どんな意味を持つのかな?」


「天使」と聞いて思いつくのは、もちろん少女。

 汚れを知らぬ乙女達だ。

 だからこれは、少女に対して紳士的に振る舞う俺を称賛した言葉に違いない。


「悪魔」と聞いて思いつくのは、人類の天敵である魔人娘。

 俺の不出来な従者もどき。

 しかし、俺が魔人を従属化している事実は誰も知らないはず。

 だとすれば、率直に悪人を示すのだろう。

 つまりこれは、悪を許さぬ俺の真摯さを評価した言葉に違いない。


 まとめると「天使と悪魔の涙を涸らす」って文面は、天使のような少女が流す悲しみの涙や、悪に虐げられた者から零れ落ちる涙を、素敵に華麗に拭い取ってしまう俺の強い正義感を褒め称えているのだ。

 最後の「愚者」ってのは、馬鹿者的なマイナスの意味合いもあるが、実際には型に嵌まらずどんな権力にも屈しない自由に生きる俺の格好いい生き様を表現しているに違いない。


 言い廻しが多いが、それもまたシャイな俺に良く合っている。

 ――――うむ、まさにこの俺にピッタリな二つ名だな!


「あのね、『悪魔』ってのは、サーティー・デビルと名高いエレレさぁんのことよ」

「…………へ?」


 よ、予想した答えと全く違う答えが返ってきやがったぞ。

 そういえば、メイドさんの二つ名は「悪魔」だとコルトから聞いた記憶がある。


「そ、それじゃあ、『天使』ってのは……?」

「領主様のご令嬢――――ソマリ様のことよ」


 はぁぁぁっ!?

 てんしぃぃぃ?

 あのじゃじゃ馬が天使だとっ!?

 それこそ悪魔の間違いじゃないのかっ!?

 

「……だとしたら、『天使と悪魔の涙を涸らす愚者』の意味って、何なんだ?」

「それはね、グリンさぁんが手籠めにして泣かせたぁと噂されているご令嬢とエレレさぁんを揶揄したぁ二つ名なのよ」


 なんてこったっ!

 あらぬ誤解を受けているのもショックだが……。

 それ以上に、素敵だと思っていた二つ名が穢された感じがして悔しい。

 もしかして以前、メイドさんの二つ名を馬鹿にした罰が当たったのだろうか。


「そ、そんな……、この俺が、紳士な俺が……、三度の飯より女泣かせが大好きなチャラ男扱いされている、だと…………?」

 

 モテ男には羨望があるが、チャラ男だけはゴメンだ。

 まだ草食系だと馬鹿にされる方がマシである。

 紳士なダンディを信条とする俺のイメージと違いすぎてゲシュタルト崩壊しそう。


「この街で最強の女であるエレレさんが執着してるって聞いたから、どんなに強い男かと愉しみにしてたんだが……。やっぱ、とんだ期待外れじゃねーかよ」

「んふふっ、強い女がぁ気にかけるのは強い男だぁと勝手に勘違いしたぁレティアがぁ悪いのでしょ?」


「そりゃあ、そうだけどさ、普通はそう思うだろうがよー?」

「違うわぁ。女を泣かせるのは、いつだってだぁめなぁ男に決まっているじゃなぁい」


「――――どっちにしろ、しゃらくせぇ男って事じゃねーか。やっぱコイツを連れてくのは止めておこうぜ」


 おっと、これからチャラ男として生きていくべきか悩んでいたら、研修が始まる前からリストラされそうな雰囲気だ。


「そうだよっ、やる気のないあんちゃんに冒険者は合わねーから、止めときなってっ!」


 いつのまにか正気を取り戻していたコルトも、ここぞとばかり同意してくる。

 俺を離脱させようと必死だな。

 俺にはウォル爺からの推薦というワイルドカードがあるはずなのに、まったく意に介していないらしい。

 まずいですぞ、このままだと多数決で俺の排除が決まってしまいますぞ。

 ちゃんと俺の良さをアピールせねばっ。


「待ってくれっ。これでもほら、レベルは25だから足手まといにはならないはずだっ」

「オッサンのレベルがあたしらとそう変わらないのはしゃらくせぇが、そんだけ腕に自信があるなら研修なんて必要ねーだろ?」


「そ、それはほら、知識だけでレベルが上がったから実践はからっきしというか、冒険者としての心構えが知りたいというか……」

「それならやっぱ、足手まといじゃねーか。コルトはまだレベルが低いけど、真面目に冒険者を目指してるし、水魔法ランク3っていう特技があるから良いんだけどなー」


「まっ、魔法なら俺も得意だぞっ。水魔法だけじゃなくて、火魔法に風魔法に土魔法といっぱいあるしっ。しかも全部ランク2なんだぞっ」

「ランク2じゃ、半端すぎて戦闘の役には立てねーよ。器用貧乏で真っ先に死ぬタイプだ」


 目立たぬよう中の上くらいに偽装しているステイタスが片っ端から却下されていく。

 確かに通知表がオール3の奴は大成しないだろうからな。


 そんな能力の低さを差し引いたとしても、レティア姐さんのつれなさっぷりが酷い。

 まだセクハラもしていないのに、この嫌われよう。

 もしかして彼女にとって俺は、「生理的に駄目な相手」なのだろうか。


「…………」


 ふと視線を隣に向けると、コルトが不満そうな顔をしていた。

 気を使って言葉に出していないが、「オレに水魔法を教えたあんちゃんの方がランク低いっておかしいだろ?」って言いたいのだろう。

 確かに俺のステイタスは偽装しているけど、もしこの世界に生まれていたら、この程度の強さだったと思う。

 レティア姐さんが馬鹿にするように、器用貧乏で中の上程度の力が限界だったのだ。

 地球で社畜していた頃もそんな感じだったし。

 食いっぱぐれる事はなくとも、大きな成功には届きようがない凡庸な才能。

 それが俺の本当の実力である。

 野性的なレティア姐さんは、本能的にそれを悟っているから、俺の扱いがぞんざいなのかもしれないな。


「俺が得意なのは、魔法だけじゃないんだっ。ちゃんと武器も持ってきているから、それなりに戦えると思うぞっ」


 才能に乏しいからといって、諦める訳にはいかない。

 万能だと過信していた魔法に頼れないのであれば、アレを出すしかない。

 これまで秘匿していたメインウエポンを披露する瞬間が来てしまったようだ。

 覚悟を決めた俺は、研修用に背負ってきた大きなバッグから、その武器を取り出す。


「とくと見よっ! これこそ俺が愛用している武器――――その名も『スペシャル棍棒君』だっ!!」


 棍棒といっても、オークが持っているようなぶっとい棒ではない。

 少林寺拳法の使い手が扱うタイプの細長い棒だ。

 人類史上最古の武器でありながら、最高の武器でもある。

 棍棒を巧みに操るその姿は、最高に格好いいからな。

 そう、思っていたのだが――――。


「ただの棒切れを武器にするんじゃねーよ。そんなんじゃ魔物に大したダメージが入らないし、簡単に折れちゃうだろうがよ。棒術が得意なら、普通に刃が付いた鉄の槍を使えばいいじゃねーか」

「……ごもっとも」


 意気込んで武器を取り出したものの、あっけなく論破される俺。

 彼女が言及したように、いくら格好よくても棍棒は棍棒であり、強靱な肉体を持つ魔物との戦闘ではあまり役立たない。

 では何故俺が、この武器をメインに使っているかというと。


 一番の理由は、当然格好いいから。

 これほど技が映える武器はないだろう。

 ヌンチャクなどの鎖と組み合わせた武器も派手で目立つが、棍棒のシンプルな多様性が好きなのだ。


 実用的な理由としては、リーチが長いから。

 敵でも味方でも若い女性以外に近づきたくない俺にとってピッタリな武器だ。

 距離だけで考えた場合は拳銃が最も適するのだが、残念ながら手で触った経験がないから魔法で複製できない。

 海外に行った時に試し打ちしておけば良かったな。


 そして最後の理由こそが、もっとも重要。

 それは、彼女から駄目出しされた理由そのもの。

 すなわち、「攻撃力が低いから」に他ならない。

 レベルが三桁を超える俺の腕力を以てすれば、その辺に落ちている小石を使ってでも殺人が可能だ。

 だから、うっかり殺さないようなるべく弱い武器を選定していった結果が、この棍棒である。


 つまるところ、俺の愛用する棍棒君は対人用に手加減するための武器なのだ。

 魔物相手には手加減する必要なんてないし。

 素手で殴るだけで大抵倒せちゃうし。


 そんな試行錯誤の末に辿り着いたメイン武器だが、この場面では役立たずで終わるらしい。

 悲しい事実である。 


「やっぱり、あんちゃんに冒険者は合ってないよ。だから止めといた方が良いって」

「…………」


 コルトからも駄目出しされ、しゅんとなる俺。

 もう帰りたくなってきた。

 なぜ俺は、こんな所に居るのだろうか?

 どうして、異世界なんかに来てしまったのだろうか?

 そもそも、なんでこの世に生まれてしまったのだろうか?


「ねぇねぇ、グリンさぁん。なぁんでも良いからぁ、他に特技はなぁいの?」


 唯一の味方であるミスティナお姉様が優しく尋ねてくる。

 レベル、魔法、武器が駄目だとすれば、残るは技術――――スキルしかないだろう。

 でも、棒術以上に優れた戦闘関連のスキルなんて持っていないし。

 他に冒険者として役に立ちそうなスキルといえば…………。


「実はこう見えて、料理が得意なんだ。ほら、今回の実地研修は一泊二日だし、保存食だけじゃ飽きちゃうだろう? きっとみんなが満足する料理を作ってみせるから。なっ、なっ!?」

「料理ってまた、しゃらくせぇ特技を――――」


「あらぁ、良いじゃなぁい良いじゃなぁい~。しっかぁりとしたぁ食事をとって鋭気を養うのも冒険者に必要なぁことよ?」

「……そりゃあ、そうかもしれねーけどよー」


「だぁったぁらこうしましょう。まぁずは昼食まぁで様子を見て、それでだぁめならまぁた考えるってことにしまぁしょうよ」

「だ、だけどなー……」


 おおっ、形勢が変わってきたぞ。

 もう一押しだ。


「オナシャス! 料理の準備以外にも、夜番から雑用まで何でもやりますから! 自分本気っすから! 冒険者まじリスペクトっすから!!」

「ほらぁ、ここまぁで言っているんだぁかぁらぁ、連れていっても良いじゃなぁいのレティア、ね?」

「…………ミスティナがそこまで言うなら、しょーがねーな」


 おおおっ、ミスティナお姉様の後押しで、ついにレティア姐さんが納得してくれたぞっ。 

 ありがとうございますミスティナお姉様っ。

 一生ついていきます!


「ほらほら、コルトも俺が作った料理が大好きだろうっ?」

「そりゃあ、あんちゃんの部屋で食う飯はすごく美味いけど……。あれって、あんちゃんが作ってたのか?」


 俺の部屋で食べている料理は複製魔法で創っているのだが。

 実際に『料理スキル』は持っているから、簡単なモノなら作れるはず。


「そうだともそうだとも、今日も美味い料理を披露するから期待しておいてくれっ」

「……オレも頼んでいる側だし、レティアさんとミスティナさんが良ければ従うよ」


「よっしゃーーー!!」


 冒険が始まる前から大勝利を勝ち取った俺は、右腕を高く挙げて叫んだ。

 そんな俺を、レティア姐さんは嫌そうに、ミスティナお嬢様は嬉しそうに、コルトは心底疲れたように見ている。



 こうして、若い三人の女性と独身中年男との、危険いっぱいな冒険者実地研修が始まったのである。





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