異世界人あるいは宇宙人の憂鬱
「……なにしてんだよ、あんちゃん?」
冒険者の街オクサード。
この街で借用している宿屋の屋根に登りラジオ体操をしていた俺は、近くを通りかかったコルトに話しかけられた。
棚ぼたなレベルアップで超人的な肉体を手に入れている俺は、体操なんてする必要ないのだが、リーマン時代の習慣で偶に体を動かしたくなる。
今は趣味のようなものだが、地球に居た頃は首こり肩こり腰こりの解消に不可欠な行動だったのだ。
四十肩は辛いよな、ほんと。
「――――よっと。なに、朝の軽い運動をしていただけさ。こうして体を動かすと調子が良くなり目も覚めるんだよ」
俺は屋根から地面へと飛び降り、コルトの質問に答えた。
まだ体操の途中だったが、彼女との会話より優先する必要など全くない。
「一応まともな目的なんだな。あんちゃんのことだから、また意味不明なことしていると思ったぜ。……でも、もう昼過ぎだけどな」
駄目な大人は、目が覚めた時間帯を朝と呼ぶのである。
どうやらコルトの目には、ラジオ体操は奇妙な動きに見えるらしい。
走ったり飛び跳ねたりするのではなく、関節を動かす珍しい動きだからそう思うのだろう。
「ふははっ、運動というのは真っ赤な嘘っ。本当は宇宙人を呼び出すための踊りなのだっ!」
気味が悪そうな顔をしていたコルトに悪戯心を刺激された俺は、空に向かって両腕を広げながら法螺話を始める。
ベントラー、ベントラー、我は求め訴えたり。
「……オレやソマリお嬢様達以外は、あんちゃんの変な行動に慣れてないから、衛兵に通報される前に控えた方がいいと思うぜ?」
いつものように半目になり呆れた口調で忠告してくれるコルコル。
俺の身を案じてくれるとはええ子やなぁ。
「ところで、あんちゃん。ウチュウジンって何だよ?」
どうやら、魔法に頼りっきりで科学が進んでないこの世界には、宇宙や恒星など空の更に上にある世界の知識が無いらしい。
もしかして、まだ地動説が信じられているのだろうか。
「宇宙人ってのは、俺達が居る此処とは遠く離れた場所に住んでいる奴らのことさ。たとえばほら、あの空に浮かぶ丸い所だな」
俺は日中に見える白い月を指さしながら説明する。
夜中に見える黄色い月は当然として、真昼の月も趣があって良い。
「あんな空の上に人が住めるわけねーだろ?」
小馬鹿にしたように鼻で笑うコルト。
その鼻に指を突っ込みたい。
「そうは言うがな、あっち側から見たら、俺達だって空の上に住んでいることになるんだぞ?」
「えっ!?」
コルトがびっくりしながら、空と地上とを見比べている。
この世界が星の一つだと知らなくとも、頭の良い子だから何となく感覚で理解したのだろう。
「ほ、本当に、あんな空の上にも誰かが住んでいるのかよっ!?」
「残念ながら、実際に誰かが見たって訳じゃない」
「なんだよ、だったら――――」
「でも、誰も知らないって事は、本当かもしれないって事でもあるだろう?」
この世に、絶対なんてモノはない。
だから、絶対にない、ってこともない。
素晴らしい名言である。
「――――」
俺の方便を聞いた少女は、ちょっと不満げに、でも期待するかのように、真昼の月を見上げた。
既に大人並みに仕事をしている子だが、歳相応に未知のスケールがでかい話にわくわくするらしい。
きっと宇宙は、どんな世界でも共通のロマンなのだろう。
もしかして、俺の規格外な身体能力と魔法と多様なアイテムを使えば、大気圏を突破して宇宙へ出るのも不可能ではないのかもしれない。
でも下手をしたら、この世界へ戻ってこれなくなる可能性もある。
カーズ様みたいに宇宙を彷徨うのはゴメンだ。
リスクの高いロマンよりも、現実的なプチロマンを選んでしまうのが、大人になるってことなのだろう。
俺はもう、ピーターパンと一緒に冒険できないのだ。
「魔法を使って、もし空の向こう側に行けるのだとしたら、コルトは行きたいと思うか?」
「……オレはまだ、この街からも出たことないから、空の上なんて想像もつかないよ」
境遇がそうさせるのだろうか。
コルトはちょっと現実的すぎる気がする。
子供はもっと夢を見ていいはずなのに。
「あんな所に住んでいるのは、きっと変なヤツなんだろーな。それこそ、あんちゃんみたいな…………」
その言葉に、ハッとなった。
もしかして俺みたいな異世界人は、コルトから見たら宇宙人に該当するのではなかろうか。
異世界人=宇宙人説。
盲点でありながら、衝撃的真実かもしれない。
だからといって、何かが変わる訳ではないのだが。
せめてこれからは、宇宙人らしく振る舞おう。
「ワ・レ・ワ・レ・ワ、ウ・チュ・ウ・ジ・ン・デ・ア・ル」
「と、突然どうしたんだよっ、あんちゃんっ?」
自分の喉をチョップしながらダミ声で話す俺を見て、コルトが驚いた声を出した。
「……ついに、気づいてしまったか。くくくっ、初めに気づくのはお前だと思っていたぞ、コルト?」
「あ、あんちゃん?」
俺は連続殺人がバレてしまった犯人のように、薄ら笑いを浮かべてコルトに近づいていく。
これに反して、怯えながら後ずさるコルト。
うん、可愛い。
「実は、俺の住むあっちの世界では、女性が生まれず男性ばかりだから、とても困っているんだ」
「――――」
「だからこうして、他の世界に住む若くて安産型の女性をかどわかし、あっちの世界へと持ち帰るのが俺の本当の仕事なのさ」
「――――ひっ」
「だからコルトっ、お持ち帰りされたくなかったら俺の嫁になってくれっ!」
「どっちも同じだろっ!?」
――――バシャ。
両手を突き出しとっさに放ったコルトの水魔法が、俺の顔面に衝突した。
中々の反応速度と威力である。
これなら冒険者になっても立派にやっていけるだろう。
ちべたい。
「……ほんと、やめてくれよ。あんちゃんが言うと本当かもしれないから、本当に恐いんだぜ?」
「ははは、俺のような紳士がそんな非道な真似をする訳ないだろう?」
「…………」
無垢な少女の疑惑マックスな表情が辛い。
確かに冗談だったけど、もしもコルトが承諾していたら本当に結婚していたかもしれない。
だとすれば、先程の台詞はプロポーズになるのだろう。
12歳の少女に脅迫まがいな結婚を迫る36歳の中年男って、何それ怖い。
「すまんすまん、ついつい興が乗ってしまったようだ。お詫びに俺の部屋で昼飯とお風呂をご馳走するぞ?」
「……このタイミングで言われても、人攫いの罠にしか聞こえねーよ」
「ははっ、安心してくれ。そんな卑劣な真似をしなくても俺が本気を出せば、どこに隠れようが簡単に連れ去ってみせるさ」
「…………だからー、冗談に聞こえないんだってっ」
疲れた表情で呟きながらもコルトは、部屋へと戻る俺の後をついてきてくれる。
育ち盛りだから、中年男の危険性よりも飯の魅力に勝てなかったようだ。
やはり、餌付けは最強だな。
◇ ◇ ◇
「――――ぷはっ。昼飯の後の風呂は格別だな!」
俺は、ぬるめの湯船に浸りながら、満足げな声を上げた。
朝寝坊し、起きてすぐ飯と酒を食して、風呂に入り、そしてまた寝る。
絵に描いたような堕落ぷりだ。
これほどの暴挙は、会社が休みの日の独身貴族でもそうそう実行できないだろう。
「真っ昼間から風呂に入る奴なんて、たぶん貴族様でも居ねーと思うぜ、あんちゃん」
「つまり、貴族以上に贅沢しているってことだな。ははっ、愉快愉快っ」
「…………」
複雑な表情で湯に身を沈める勤労少女。
本日は珍しく仕事が入っておらず、魔法の練習をしようとウロウロしていたところに俺とでくわしたらしい。
だからちょうど良いとばかりに、飯と魔法のヒントも得ようとしているのだろう。
「うんうん、やっぱり風呂は良いよな」
特に少女と一緒に入る風呂は最高である。
得も言われぬ背徳感がたまらない。
世の男性が間違いを犯す気持ちがよーく分かる。
「そういえば、あんちゃんさ。さっき食べた昼食もこの前と同じナベってヤツだったよな?」
「ああ、本当は寒い日に食べるのがベストなんだが、一度食べ始めると毎日食べたくなる魔性の食べ物だよな」
「あんちゃんが生まれたのは、寒い場所だったのか?」
「俺の地元は、暑い時期と寒い時期が交互にやってくる地域だったぞ」
「暑さがそんなにコロコロ変わるんじゃ、大変なんじゃないか?」
「そうだな、この辺みたいにずっと暖かい方が暮らしやすいのは間違いない。だけど人って生物は逆境さえも快楽に感じるマゾ精神があるから、暑い時や寒い時の折々に景色や食べ物を変えて愉しめるのさ」
「へぇー、逞しいんだなぁー」
温度の変化は激しかったが、その代わり魔族みたいな人類の天敵は居ないから、この世界のどんな場所と比べても暮らしやすかったんだよ。
「ならあんちゃんは、雪ってヤツを見たことあるのか?」
「もちろんだが、もしかしてコルトは見たことないのか?」
「この街に住んでる人はみんなそうだと思うぜ。オレも遠くの街から来る商人さんから少し聞いただけだし」
「だったら、氷も見たことないのか?」
「氷だったら、遠くの寒い場所から持ってきた商人さんから見せてもらったことあるけど、高級品ですぐ溶けるから触ったことはないんだ」
この地域は一年中春並に暖かいらしく、製氷技術もないから、雪や氷を知らない人も多いらしい。
コルトは伝聞で多少の知識はあるものの、やはり直に触った経験がないから、実際にどんな物であるかピンときていたいのだ。
「なあ、あんちゃん。氷ってどんな感じなんだ?」
「凄く美味しいぞ」
「こ、氷を食べてどうすんだよっ。水が硬くなっただけだろう?」
「そのカチコチになったヤツに蜂蜜をかけて食べると美味いんだな、これが」
「……あんちゃんの故郷って、何でも美味しくしちゃうんだな」
「うむ、食の豊かさこそ余裕の表れだな」
氷しかり、お菓子しかり。
必ずしも食べる必要がない料理を生み出すためには、「余裕」がないと無理であろう。
ジャパンって国は、余裕がありすぎて円熟化してしまい、近年では平等や環境という皮を被った宗教っぽい思考に汚染されつつあった気がするが、それでも地球、そして日本に生まれた幸運に感謝すべきだろう。
その成れの果てが社畜であったとしてもな。
「ほら、これが氷だ」
魔法を使って、風呂桶に入れたお湯を一瞬で氷に変える。
「えっ……、こ、これが本物の氷…………。うわっ、本当に硬いし、手が痛くなるくらいにすっごく冷たいっ!?」
「ははっ、氷だからな当然だよなぁ」
風呂桶をひっくり返して取り出した氷をベタベタ触りながら、コルトがはしゃいでいる。
最近は駄目な中年男の扱いに慣れすぎて母性まで感じさせる彼女だが、こうして見ると普通の愛らしいお子様である。
うんうん、可愛い可愛い。
「ついでだから、雪風呂を味わってみるか」
今度は風呂の湯全てを雪に変える。
魔法を以てしても、お湯から一気に雪へと変えるのは難しい。
だから、複製魔法で出していた湯を一度消し、今度は複製魔法で雪を出現させる。
複製魔法で創った物体は実物と変わらないが、創作者である俺だけは一瞬で消滅できる特徴があるのだ。
「な、ななっ、なんで風呂がいきなり白くなるんだよっ。し、しかも冷たいしっ。うわっ、わわっ――――へぶっ!?」
「おおっ、見事な裸踊りだぞ、コルト」
予告なしで雪風呂にチェンジしたものだから、全身を包む冷たさに仰天し慌てて逃げ出そうとしたコルトは思いっきりすっ転んだ。
オーバーヘッドキックを彷彿させる見事な回転である。
「これが雪っ!? なんでこんなに滑るんだよっ!? わぷっ!? つめたいっ!? ぶへっ!? ふっ、風呂から出れないっ!?」
絶賛混乱中のコルトは、立ち上がろうとして転ぶ動作を何度も繰り返し泣きそうになっている。
スケートリンクで転びまくる初心者みたいだ。
猛烈に可愛い。
「雪独特の細やかでチクチクした冷たさが気持ちいいな」
実際に雪風呂なんて物があるかは知らないので、風呂っていうより、ただ雪の中に埋まっているだけの状態だ。
雪国育ちの人にとっては拷問に等しいだろうが、雪が少ない地域に住んでいた俺には大変愉快な体験だ。
高レベルの恩恵で寒さにも耐性があるから、シャクシャクする水風呂に入っているような感じがする。
「いきなり何すんだよあんちゃんっ。びっくりしすぎて心臓が止まりそうになったぞっ!」
風呂から脱出にようやく成功したコルトが、ハーハーと息を切らせながら抗議してくる。
「安心してくれ、コルト。心臓停止の原因は驚いたからじゃなくて、急激な温度変化によるヒートショック――――病気みたいなものだからな」
「余計に安心できないだろっ!?」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。コルトが雪を見たそうだったから、お望み通り出しただけだろう?」
「あんちゃんがやる事は極端すぎるんだよっ! そもそも熱いお湯を一瞬で雪にするなんて変すぎるだろっ!?」
「それが魔法の力さ」
「あんちゃんは絶対、魔法のせいにしとけば全部誤魔化せるって思っているよなっ」
その通り。
だって、俺が元いた世界では、魔法とは不可能を可能に変える力の代名詞なのだから。
「まあまあ、そう慌てなさんな。せっかくの機会なんだから、初めての雪をしっかりと味わうべきだろう?」
「……オレもそうしたいけど、こんなに冷たいなんて思わなかったし」
コルトは、最初に転んだ時にできた頭のたんこぶをさすりながら、風呂の外から恐る恐るといった感じで雪を触っている。
子供は雪の子と言うから喜んでくれると思ったのだが、予想以上に刺激が強かったらしい。
そんなんじゃ、俺の嫁として一緒に日本に戻った時にやっていけないぞ。
そんな予定は全くないけどな。
「ほら、これを雪にかけて食べると美味しいぞ」
カキ氷用のシロップとサジを魔法で創って、コルトに手渡す。
俺の複製魔法は実際の雪を完璧に再現しているから大気の汚れも混じっているだろうが、腹を壊すほどではないだろう。
今はそんなデメリットなんて気にせず、この貴重な体験を楽しむべきなのだ。
「……裸のくせに、どっから出したんだよ、ったく。…………うめーっ! あめーっ! でも口の中がつめてぇーーーっ!?」
文句を言うか喜ぶか、どちらかにしなさい。
子供らしく感情を露わにするのは良いが、最近コルトの芸風がお嬢様に似てきた気がする。
保護者として、あんな悪影響は受けてほしくないのだが。
「一気にたくさん食べると、踊り出すくらいすっごく美味いぞ」
「えっ、そうなのか――――――って、なんだこれっ、頭がキーンってするっ!?」
俺が言った通りに、両手で頭を押さえ変な踊りを始めるコルト。
ますます芸人っぽい。
「冷たい物を一気に食べると頭が痛くなるんだ。これで一つ賢くなったな?」
「言葉で説明しろよっ!」
あのキーンってくる痛さは、言葉では説明しづらいのだ。
……こんな感じで、初めての氷と雪の体験学習は進み。
「どうだ、コルト? 冷たい世界は十分楽しめたか?」
「……うん、もう痛いほど味わったぜ」
美味いこと、じゃなかった上手いこと言うじゃないか。
「それじゃあ、風邪を引く前にお湯を張り直すか」
さながら蛇口のようにして、目の前に突き出した手の平から再度お湯を捻り出す。
この前、マーライオンみたいに口からお湯を出してみたのだが、汚いと嫌がられたのでお蔵入りになっている。
「うわっ、氷と雪がお湯と混じったら、すぐに無くなったぞ……。いや、水に戻ったってことなのか……。氷が水から出来るって本当なんだな……」
「そりゃそうだ」
コルトが当たり前な現象に感心している。
日常的に氷を使っているから慣れすぎて何も感じないが、よくよく考えると不思議な現象なのだろう。
「……水って凄いヤツなんだな、あんちゃん」
冒険者志望の少女が得意とする魔法は「水魔法」。
しかし「水魔法」は、「火魔法」や「風魔法」に比べて攻撃力が低いため、あまり使えない魔法。
――――少女は、そう思っていたらしいが。
「俺達が日常的に使っている水ってのは、かなり特殊な物体らしくてな。常温で液状化しているところや、氷になると水より軽くなったりと、とにかく他の物体と比べて不思議がいっぱいらしい」
「…………」
「まあ、本当に凄いのは物体の有り様を変えてしまう温度の方かもしれんが。様々な形を持つ水と温度とは相性が良いんだろうな」
「………………」
コルトは一生懸命に考えているようだ。
水を深く知る上で、温度との関係性は重要だろう。
「なあ、あんちゃん。この前も教えてもらったけど、暑くするよりも、冷たくする方が凄いんだよな?」
「凄いかどうかはよく分からんが、暑くするより冷たくする方が難しいのは確実だろうな」
暖房機は何種類もあって安値で売ってあるけど、冷房機は扇風機を除けば高価なクーラーしかなかった気がするし、たぶんそうなのだろう。
「そもそもさ、柔らかい水を冷たくすると硬い氷になるってのがよく分かんないんだよ、あんちゃん…………」
うん、俺も分からん。
と答えるのは簡単だが、期待した目で見てくるコルトに応えるため、頑張って思い出してみるか。
「ええっと確かー、水ってのは極小さな粒の集まりでー、そのたくさんの粒はー、暖かい時には元気に動き回るから柔らかい水になるけどー、寒い時には動かなくなるから硬い水になるー、そうだぞ?」
うろ覚えの知識を繋ぎ合わせ、ソレっぽく話してみる。
レベルアップにより記憶力も高くなっているから、もう忘れてしまった遠い過去の記憶も集中すれば思い出すことができるのだ。
ただ、科学的な知識は元々そう多くないから、小学生低学年並の説明しかできない。
「目に見えないような小さな粒が合体したのが水で……、いつもは動いてバラバラだけど……、冷たくすると止まるからくっついて…………」
コルトは、俺の適当な説明を自分なりに理解しようとしているようだ。
この世界の物体は小さな粒で出来ていて、その全てが温度の影響を受けているってのは、とてもシンプルだけど自分で思い至るのは難しい。
とても身近で、だけど偉大な真理ではなかろうか。
その証拠に――――。
「――――えっ!?」
「おめでとう、コルト。水魔法のランクが3に上がったぞ」
最終話でシンジ君を祝うみたいに、パチパチと手を叩いて祝福する。
たったこれだけのヒントで成長するとは、やはりコルトには水魔法の才能があるようだ。
「何でだよっ!? オレはまだ何もしてないだろっ!? 何でびっくりして転んだだけなのにランクが上がるんだよっ!?」
「きっと転んだ時に頭を打って閃いたんだろうなぁ」
「違うだろっ!? 魔法のランクってのはこう、もっといっぱい頑張って修行して苦労して、それでやっと上がるもんだろっ!?」
「きっと運が良かったんだろうなぁ。羨ましいよなぁ」
「だーかーらっ、こんなの変だろぉぉぉーっ!!」
何故だかコルトは、頭を抱えて演技やり過ぎな俳優みたいに悶えている。
成長したのだから素直に喜べばいいのに、何が不満なのか。
それとも、ランクアップの高揚感でハイになっているのだろうか。
「まあまあ、こんな時こそ冷たいカキ氷を食べて落ち着いた方が良いぞ」
「シャクシャク…………頭がキーンとするっ!!」
やばい。
コルトが壊れた。
壊した責任を取って嫁にもらおう。
「――――オレ、ちょっと外で魔法の練習してくるーーーっ」
壊れたコルトは、「おそと走ってくるーっ」みたいなハイテンションで飛び出していった。
なーんだ、結局ランクが上がって嬉しかっただけなのか。
よかったよかった。
しかし今回は、ただの日常パートのつもりだったのに、予定外な修行パートになってしまった。
昨今の漫画では、長い修行パートは不評でカットされているのに。
「……まあ、いいか」
以前は、無関係の者を強くするとトラブルの元だと心配していたが、今はもうどうとでもなれって感じだ。
ほんと、慣れとは恐ろしいものである。
きっと、突き詰めてしまうと、慣れと諦めとは同意義なのだろう。
こうなりゃいっそのことトコトン強くなり、冒険者になっていっぱい稼いで俺を養っておくれ。
俺はコルトのためだったら、結婚するのも専業主夫になるのも厭わないぞ。
料理教室に通って一生懸命に花嫁修業するからな。
この時の俺は、半ばヤケクソ気味に幸せな家族計画を夢見ていたのだが。
やはりというか何というか、変化には変化が付き物だったようで…………。
冒険者の街オクサード。
その名が示すように、この街の一大産業である「冒険者」に纏わる一連の騒動は、この時からもう既に始まっていたのかもしれない。