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桜と人形と極楽浄土




「――――くそがっ、重いんだよっこん畜生めがっ!」


 ロックスは、両脇に抱えた荷物に向けて悪態をついた。


 その声が荷物に届いていたら、間違いなく制裁を受け半殺しにされるだろう。

 それを承知でロックスは、「重い重い」と繰り返す。

 まるで、制裁されるのを待ち望んでいるかのように…………。


「まったくよぉ、普段から食べ過ぎだって何度も言ってるだろうがっ」


 だけど、二つの荷物――――二人の女性は、返事をするどころかぴくりとも動かない。

 段々と冷たくなっていく体温がまた、ロックスを苛立たせる。


「……くそったれめっ」


 ロックスは、ベテランの冒険者だ。

 これまでも、死にゆく仲間を多く見てきた。

 故に体温や顔色を見ただけで、助かる見込みが限りなく小さいと嫌でも分かる。

 今は、その長年培った経験が忌々しい。


「だから重いんだよっ!」


 それなのに、ロックスは荷物を捨てない。

 どれほど重くても。

 もう手遅れだとしても。

 自分もまた致命傷を負っていたとしても。

 こんな目に遭わせた魔物がまだ近くに居たとしても。

 ロックスは、彼女達を見捨てることができない。



「――――はぁ、はぁ、はぁ」


 ……どれほど彷徨っただろうか。

 不運にも強力な魔物と連続して遭遇してしまい、山の中を必死で逃げ回っていたため、すでに方向感覚は失われている。

 ただ、人里から遠く離れてしまったことだけは分かる。

 魔物から逃げおおせても、生還は絶望的な状況だ。


「はぁはぁ、くそがっ……、はぁはぁ…………」


 ロックスは進む。

 意識は朦朧としており。

 目的地が定まっていなくとも。

 足だけは決して止めない。


 ロックスが足を止める時。

 それは即ち、死を意味する。


「はぁ、はぁ、はぁ……。…………、………………あっ?」


 ――――そして、ロックスは辿り着いた。


 そこは、人どころか魔物さえ居ないような山の奥深く。

 なのに、陽気な音楽が聞こえてくる。


「……なんだ、ここは?」


 音楽に誘われるように、最後に残った力を振り絞って歩み続け。

 ロックスが最後に見たもの。

 それは――――。


「美しい…………」


 狂い咲く大きな桜の樹を中心にして回りながら、華やかな衣装を靡かせて踊り舞うたくさんの女。

 それを少し離れた場所から、赤く大きな杯を持ちニヤニヤと笑いながら見ている一人の男。


「夢、なのか……? それとも幻、なのか……?」


 あまりに非現実的な風景を目撃したロックスが呟く。

 …………そして、意識が途絶える瞬間。


「いいや、極楽浄土さ」


 誰かの声が聞こえた気がした。




 ◇ ◇ ◇




 ――――――♪


(まただ……。また、あの音楽が聞こえる…………)


 闇の中、愉快な音楽だけが聞こえてくる。


(そういえば、天国にはありとあらゆる娯楽が有ると聞く……)


 だとしたら、死に際に見た風景もそうだったのだろうか。


(――――何を馬鹿なっ! 自分の女さえ守れない男が、天国に行けるはずないだろうがっ!!)


 自我を取り戻すと同時に、段々と視界も明るくなっていく。


(そうか、俺は意識を失っていたのか……。早く、早く目を覚まさないと。天国の夢を見ている場合じゃないっ)


 意識がクリアとなり、瞼が開かれ、現実世界へ戻ってくると。


「…………俺はまだ、夢を見ているのか?」


 目を覚ましたはずなのに、目の前には最後に見た天国の景色が広がっていた。


 ――――――♪


 軽やかなテンポに合わせ、一糸乱れず踊る女達。

 最高級の美貌を誇るエルフ族さえも敵わぬような、精巧な顔立ち。

 完璧なまでに美しいのに、極上の笑顔を振りまいているのに、その瞳には何も映していないような虚ろさがある。


「これはまさか、人形、なのか?」


 ロックスが身震いしながら呟いたように、ソレは、意志を持たぬ人形。

 生気を宿さぬ体だからこその美しさが、そこにはあった。


「ようやくお目覚めか。こんなにも長く昼寝を貪るとは見上げた根性じゃねえか、ははっ」

「――――誰だっ」


 突然、真後ろから話しかけられたロックスは、反射的に飛び退いて剣を構える。

 そうして振り向いた視線の先には、くすんだ緑色の髪と服をした中年男が胡座をかき、大きな杯を口元に傾けていた。

 どうやら、相当に酔っ払っているらしい。


「俺のことは、そうだな……、山奥で人形と戯れる暇人だから、散士とでも呼んでくれ」

「サンシ……?」


「それだけ元気に動けるのなら、体調に問題はないようだな」

「――――っ」


 指摘されて初めてロックスは気づく。

 致命傷であったはずの深い傷痕が消えており、それどころか体力や魔力までも回復していることに。


「……サンシさんが、これを?」


 状況から考えるに、それ以外の答えはないだろう。

 しかしロックスは、問わずにはいられなかった。

 目の前の酔っ払いから、得体の知れぬ恐怖を感じたからだ。


「あんたはまだ息があったから、薬がちゃんと効いたんだろうさ」

「そう、か……。いやすまない、どうやら世話になった――――」


 相手が恩人と分かり、安心したのも束の間、その言葉に含まれた意味に気づいたロックスは形相を変える。


「お、おいっ、サンシさんは今、俺には薬が効いたと言ったよなっ!? だっ、だとすればっ、俺が抱えてきたあの二人はっ!?」

「察しの通り、あんたが此処に来た時にはもう、彼女達は息をしていなくてな。回復薬を投与しても無駄だった。だから――――」


「やはり、手遅れだったか…………」


 サンシと名乗る男の言葉を聞いたロックスは、がっくりと膝をついた。

 分かっていたこと。

 覚悟していたこと、である。

 彼女達が助からないのは、ここまで運んできたロックスが誰よりも知っていたのだ。

 それでも、受け入れるには時間がかかる。


「…………」

「…………」


 ロックスは、しばらく俯いて黙祷し、男もまた空気を読んで黙する。


「…………すまない、高価な薬を使ってもらったようで、本当に感謝する。……それで、彼女達の亡骸はどこに?」


 周囲には、死体が見当たらない。

 哀れんだ男が埋葬してくれたのだろうか。

 それでも、最後に一目見てお別れしたいと、ロックスが頼もうとすると。


「何を言っている? ほら、さっきから目の前に居るじゃないか?」

「……目の前?」


 男が顎をしゃくる方向に目を向けると。


「はぁぁぁっ!?」


 そこには、たくさんの人形に混じって踊る二人の女性の姿があった。

 彼女達は巨大な桜の周囲を回りながら踊っていたため、今まで気づかなかったらしい。


「――――」


 二人の女性もまた随分と酔っ払っているようで、ゲラゲラと笑いながら踊り続け、ロックスが起きた様子には全く気づく気配がない。


「いやぁ、女性は強いよなぁ。あの二人は目を覚ました後、あんたが無事だと知ると猛然と飲み食いしだしてな。それで最後には、あんな風に人形達と一緒に踊り出してしまったのさ」

「…………」

「何というか、豪放な女性達だな。……その、心中お察しするぞ」


 先刻、男が黙っていたのは、我の強い女性二人に振り回されるロックスの身を同情しての事だった。


「ちょ、ちょっと待ってくれっ。――――おかしいだろうっ!? あいつらが助かったのは、そりゃあ嬉しいが、でもやっぱりおかしいだろうっ!? サンシさんも薬が効かなかったって言ったじゃないかっ!? あいつらが受けた傷は致命的で、完全に死んでいたはずじゃなかったのかっ!?」


 感情の上げ下げに混乱したロックスは、恩人であるはずの男に問い詰める。

 彼女達の容体は、誰よりもロックスが知っていたのだ。


「ああ、間違いなく死んでいた。ランク10の回復薬を投与してもピクリともしなかったのが何よりの証拠だ」

「ラ、ランク10っ!?」


「だから、このまたとない機会に蘇生を試みることにしたんだ」

「そ、蘇生っ!?」


「いやぁ、ここぞという時に役立つのはやっぱり本で得た知識だよなぁ。ランク10の体力回復薬を垂れ流しでぶっかけながら胸部を切り裂き直接心臓を揉み揉みしながら電気ショックしてみたんだよ。そうしたらほんの一瞬、血が通った状態になったんだろう。そこからは回復薬のお陰ですぐに全快したよ。やっぱり書物とアイテムは偉大だよなぁ、はははっ」

「回復薬を垂れ流し? 心臓を直接? デンキショック?」


 信じがたい単語や知らない単語の羅列に、ロックスの混乱は深まるばかり。


「別に難しく考える必要はない。要は、完全には死んでいなかったから助かったってだけさ」

「だ、だが、貴重なアイテムを使ってくれたのは…………」


「生の心臓を直に触ってみたかったから、そのついでだ。若い女性の心臓だけあって、新鮮な生々しい感触がたまらなかったぞ」

「…………」


「それに、彼女達の蘇生が失敗していたら、あんたは助けないつもりだった。一人助かったあんたは、腹を割かれた仲間を見て俺に襲いかかってきただろうし」

「…………」


「その場合は、三人とも桜の樹の下に埋めるつもりだったぞ。そうすれば、桜の美しさが増すだろうからな。はははっ」

「…………」


 猟奇的な話を愉しげに述べる男を見て、ロックスは顔を強ばらせる。

 しかし――――。


「そんな訳で、失敗したら悪戯に亡骸を傷つけただけの結果になっていた。そんなリスクを孕む実験を興味本位でやったのだから、あんたが気にする必要はない」

「…………感謝する」


 生も死も何でもないように語る男に、ロックスは深く頭を下げた。

 怪しい男の目的が何であったとしても、自分達が助けられた事実は変わらない。

 それ以外に、望むものなどないのだ。


「だけど、いくら実験のためだとしても、見ず知らずの俺達に何故そこまで?」

「……正直な話、あんたみたいな人生勝ち組のイケメンを助けるのは、俺の矜持に反する」


「…………」

「でもあんたは、瀕死の女性を、自分も瀕死のくせに見捨てなかった」


「…………」

「きっと、俺には真似できない」


 寂しそうに話す男の言葉をロックスは黙って聞く。


「それに、あんたはこの人形の美しさが分かるようだからな。……ほら、あんたも飲めよ」

「――――ありがとう」


 よく分からないが、どうやら自分は認められたらしい。

 浮世離れした男だが、どこかしら自分と似た空気を感じる。

 そんな風に思いながら、ロックスは礼を述べ、差し出された杯をぐびっと飲み干した。



 ――――――♪


 ……その後、ロックスと男は、音楽と踊りを楽しみながら、雑談しつつ酒を飲み交わした。

 男は自分から話すタイプではなかったが、話し上手なロックスが話題を振り、会話はそれなりに続いた。

 どんな話題でも良かったのだろう。


 そんな中、ふと気づいたように、男がこう質問してきた。


「ところで、外見は申し分ないお連れさんだが、あんたとは冒険者の仲間なのかな?」


 目を覚ましたロックスに気づかず、未だ高笑いをしながら踊り続ける二人の女性。

 その見た目だけを強調した物言いに苦笑しながら、ロックスは答える。


「同じパーティーの仲間だ。それに――――」

「それに?」


「嫁だ」

「……ヨメって、結婚しているってことか?」


「そうだ」

「……アレと?」


「そうだ」

「……両方とも?」


「そうだ」

「……本当に?」


「ああっ、そうだともっ!」


 夫を放ったらかしにして豪快に踊る二人の妻を見ながら、恐る恐るといった感じで男が尋ねてくる。

 その質問に対し、ロックスは半ばヤケクソに肯定した。


 そして、自分達の関係を簡単に説明する。

 要約すると、最初は普通の冒険者仲間だったが、ふとした事で両方から迫られるようになり、どちらか一人を選べずに先延ばししていたところ、いつの間にか二人と結婚する結果になったという、ある意味色男らしい話であった。


「――――こんな経緯があって、俺とあいつらとは一緒になったんだ」

「そうか、イケメンにはイケメンにしか分からない苦労もあるのか……」


 男は深く頷きながら、ロックスの杯に酒を足す。

 どうやら、話の内容に共感する部分があったらしい。


「仕方ない、仕方ないよなぁ。何かを選ぶって事は、何かを捨てるって事だからなぁ」


 酔っ払って感情のタガが緩んでいる男は、同意を求めるようにロックスに話しかける。


「そうだそうだっ、サンシさんも分かってくれるかっ」

「よーく分かるぞ。あんたは選ばなかった訳じゃない。どちらも捨てない第三の道を、そう全てを受け入れる茨の道を選んだんだ。それこそ男の覚悟ってもんだろうさ。だから、むしろ褒められるべきなんだよ」


「ううっ、分かってくれるかっ。……俺だって、俺だってなぁ」

「分かるっ、ああ、よーく分かるぞっ」


 随分と酒が進んだその頃には、ロックスと男とはすっかり意気投合していた。

 外見はあまり似ていなかったが、中身では通じる部分があったらしい。


「だいたいなぁ、男三人に対して女は一人でバランスが釣り合うと思うんだ。そのくらい男は弱い存在なんだよっ!」

「そうそう、サンシさんの言う通りだっ!」


「それなのに一夫多妻制とかおかしいだろうっ? バランスが悪すぎるだろうっ?」

「まったくだまったくだっ!」


「……でもなぁ、だからといって妻一人に対して、夫が二人ってのも、男としてやるせないんだよなぁ」

「……そうだなぁ」


 男達の愚痴は続く。

 彼らに近しい女性達がこの様子を見たら、こう思うだろう。

 振り回されているのは、私達の方なんだぞ。

 苦労しているのも、私達の方なんだぞ、と。


 ――――こんな風に、異性の気持ちを全く理解できないくせに、何故だか女性との縁が深い男達の狂乱は続く。



「そうそう、実は一つ、謝っておくべき失態があったな」


 軽い口調で言い出した男の話を、「今更何を?」と思いながらロックスは聞く。


「実は、あんたの嫁二人を回復させるため胸を切り裂いた時に、おっぱいを見てしまったんだ」

「……えっ?」


 男が何を言いたいのか理解できず、ロックスは問い返した。


「けっして故意に見たわけじゃないんだ。ほら、心臓の位置を正確に把握するため、服を脱がせて素肌を直接見る必要があるだろう? それに心臓は、乳房の下側にあるし。そうなると不可避的に、ナマチチが露わになってしまうのは仕方ないよな?」

「……それはサンシさんが言うように不可抗力だから謝る必要なんてないと思うが、せっかく謝罪するのなら妻達に直接言った方がいいんじゃないのか?」


「おいおい、そんな真似して蔑んだ目で見られて癖になったらどうするんだよ?」

「…………」


 ロックスはまた、苦笑する。

 確かに暴力的と言っても差し支えない妻達だが、命と引き替えであれば裸の一つや二つ見られても笑って許してくれるだろう。

 そんな些細な事を心配する男が不思議でたまらない。

 打ち解けて理解したつもりでも、やはり世俗とは大きくズレた所がある。


「……安心してくれ、サンシさん。家に帰った後で、俺から上手く説明しておくよ」

「うんうん、あんたから言ってくれた方が角が立たないよなっ。おっぱいを見たのはあくまで偶然で、胸を切り裂いた時の返り血で手が滑って何度も揉み揉みしてしまったのも不幸な事故だったと、ちゃんと説明しておいてくれ」

「あ、ああ…………」


 ロックスは妻達の貞操が心配になったが、それ以上に八つ当たりされる自分の命を心配し、この件について墓まで持っていくと強く誓った。


 ……どんな表情をすればいいのか悩むロックスが視線を外すと、そこには最初に見たままの幻想的な風景が広がっている。


 極彩色の服を纏い、妖艶に踊る美姫。

 緩やかな風に乗り、はらはらと舞い散る桜の花びら。

 その中心で、ずっしりと鎮座する大きな桜の樹。

 これほど宴に相応しい風景はないだろう。


「それにしても魅力的な歌と踊りだ。長い袖が舞う華麗な踊りなのに、剥き出しの脚線美が劣情を煽る。軽快なテンポなのに、時折感じさせる雅な余韻。男を誘う怪しい歌と思いきや、一途な女の想いを綴った歌詞。相反するものが見事に調和した素晴らしい歌だ」

「――――おおっ、女を食い散らすのが趣味なイケメンの中にも情緒が分かるヤツも居るんだな! ははっ、飲め飲めっ! 今日は全部俺の奢りだ!!」


 歌と人形を褒められた男は、上機嫌に笑う。


「歌ってヤツは本当に凄いよなぁ。この歌を聞く度に頭の中で桜の花びらが舞うんだよ」

「……ああ、よく分かる」

「だからいつか、その心象風景を現実化させたいって思っていたんだ。……ようやく、夢が叶ったよ、ははっ」


 男は、嬉しそうにしみじみと呟いた。


「…………」


 そんな男を見ながら、ロックスは思う。

 何とも馬鹿げた話である。

 最高ランクのアイテム、死者さえも甦らせる叡智、本物の人とまごうばかりの人形を生み出す絶大な魔力。

 男が持つ多くの力を使えば、もっと大きな夢を叶えることさえ容易いはずだ。

 だが――――。


(そうだった……。俺も最初は、英雄を目指して冒険者になったんだ。それが今や、二人の妻に振り回されてばかりの日々。……でも、それも悪くないと思っている自分がいる)


 夢なんて、人それぞれ。

 蠱惑的な響きに騙されがちだが、元来、人の夢というものは、もっと身近で地に足のついたモノかもしれない。


(男の幸せなんてモノは、誰であっても大して変わらないのだろうな)


 楽しげに踊り続ける妻達を見ながら、ロックスは男の杯に酒を注ぎ足すのであった。




 ◇ ◇ ◇



  

 その後……。

 酔い潰れ寝てしまったロックスとその妻二人は、自分達が住む街の入り口近くで目を覚ました。


 門番が言うには、いつの間にか現れて横たわっていたらしい。

 彼が送ってくれたに違いないと、ロックスは微笑む。


 その傍らには何故か箱が一つ置いてあり、「この玉手箱は絶対に開けてはならぬ」との置き手紙があったが、遠慮を知らない妻達が速攻で開くと、中には白くてもこもこした甘いお菓子が入っていた。

 これもきっと、奇っ怪な彼なりの別れのメッセージなのだろう。

 もう一度会って、きちんと礼を言いたいものだ。


 ……そう願いながら、ロックスがこれまでと変わらぬ日々を噛み締めて過ごしていると。



「――――サ、サンシさんっ!?」


 その相手に、街中でばったりと再会してしまった。


「何でこんな所にっ?」


 なぜ、こんな普通の場所に居るのだろう。

 人よりも美しい人形を好む彼であれば、誰も寄りつかない山奥で暮らす方が合っているのではなかろうか。

 ロックスが驚きながらも、再会を喜んでいると。


「……誰だ? 俺はイケメンとは仲良くしない博愛主義者だぞ?」


 男はあの日の出来事を忘れているようであった。


「お、思い出してくれっ。ほら、あの桜の下で踊る人形を見ながら飲み交わした仲じゃないかっ!?」

「んん……?」


「ほ、ほらっ、死にかけた俺の妻二人をデンキショックとやらで助けてくれた――――」

「……あー、あのバイタリティのありすぎる嫁さん達の旦那か。うんうん、ちゃんと覚えているぞ。そうかそうか、こんな場所で会うとは奇遇だな」


「それはこちらの台詞だよ。ここは俺が暮らす街なんだ。サンシさんは、ずっとあの山の中に居るって思っていたから驚いたよ」

「ははっ、俺だっていつも世捨て人を気取っている訳じゃないさ」


「そうなのか? サンシさんは人なんかよりも美しい人形達に囲まれて暮らす方が好きなんだと思っていたよ」

「それも極楽浄土の一つだと思うが、…………はっ!?」


 それまで陽気に話していた男は、急にしまったという表情をした。

 だがそれは、ロックスに向けたものではない。

 男の後ろに控えていた白色の肌と褐色の肌が対照的な二人の少女に向けられたものだった。


「……また人形と遊んでいたのかい、旦那?」

「……やっぱり旦那様は、私達では満足できず人形を選んでしまうのですね」


「そ、そういう訳じゃないんだっ。ただ、人形には人形の、本物の人とは違った趣があるって言うか――――」

「…………」

「…………」


 男の必死の言い訳は、少女達には届いていない。

「はいはい、またですか」と、夫の悪癖に慣れた妻のように見える。


「あれはその、ちょっとした余興と言うか、単なる息抜きだからっ――――」


 これまでの悠々泰然とした雰囲気は見る影もなく、女の機嫌を伺う男。

 その浮気を誤魔化すような様子は、確かに自分と似ているのかもしれない、とロックスは思う。


(やはり男って生き物は、どんなに力を持っても、女には決して敵わないものなんだな)


 それは、死に瀕し極楽浄土を垣間見たロックスが辿り着いた真理だったのかもしれない。




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