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泣き虫の少年と憧れの背中




 泣き虫の少年が憧れるのは、いつも背中だ。


 始まりは、同期の子供達と乗り合わせて、大きな街へと働きに出る途中に。

 小さな村から出発する質素な馬車に就いた護衛は、一人だけ。

 冒険者ギルドから派遣されてきた初老の男。

 前途有望な若者に向けた精一杯の餞別だったのかもしれないが……。

 少年達の目には、人生にくたびれた弱々しい老人にしか見えなかった。


 しかも、間が悪いことに――――。

 道中、巨大な魔物に襲われてしまう。


 荒れ狂う魔物の恐怖に怯え、涙ぐみ、動けない少年達。

 そんな少年達の前に立ったのは、護衛の男。


 彼は、見た目通り、決して強かった訳ではない。

 それでも、冒険者ギルドの名誉を守るためか。

 それとも、大人として子供を守る義務感からか。

 己よりも巨大な敵に、恐れず立ち向かった。


 ……戦っている時の彼がどんな顔をしていたのか、少年達は知らない。

 目に映ったのは、子供を庇いながら魔物と戦う後ろ姿だけ。

 長年戦い続けてきた、逞しい、背中。

 その印象が鮮烈に残っている。


 だから、少年達は憧れた。

 冒険者という職業に。

 誰かを守るという仕事に。


 そして、泣き虫な自分を卒業したいと強く思った。




 ◇ ◇ ◇




「馬車の護衛任務、ですか?」


 パーティー名「ガーディアン」のリーダーが持ってきた依頼書を見て、冒険者ギルドの受付嬢は不思議そうに首を傾げた。

 

 彼らは、つい先日ランクEに昇格した期待の若手だ。

 冒険者パーティーのランクは、その実績に基づき冒険者ギルドが指定しており、AからJまでの十段階に区分される。

 ガーディアンは若くしてトップ5に入る地位を得たのだから、その実力に間違いはなかった。


 まだ二十歳にも満たない年齢なのに、リーダーであるホルックを始め、パーティー全員がレベル25と綺麗に揃った仲良し五人組。

 真面目な人柄だけでなく確かな実力を持っており、冒険者ギルドに限らず街中でも評判のパーティーだ。


 そんな彼らが、実りの少ない仕事を率先して受けようとしたため、受付嬢は疑問に思ったのである。


「本当によろしいのですか? 確かに馬車の護衛は、ランクE以上に限られた重要な任務です。ですが、長旅で長期間を消費し、その割には報酬が少ない任務なのですよ?」


 受付嬢があえて確認したように、馬車の護衛は人々の命を守るため、そして交易の発展に欠かせない重要な任務。

 故に、街から街への移動距離が長いため、数日を要する事も珍しくない面倒な任務でもある。

 それなのに報酬は国が決めた定額であるため、割に合わない。

 護衛に使う時間を通常の魔物退治に充てて、経験値とアイテムを稼いだ方が遙かに効率が良いのだ。


 このように実りが少ない仕事であるため、率先して引き受ける者は少なく、資格を有するランクE以上の持ち回り制となっている。

 冒険者という職業が、個人的な金稼ぎのためだけでなく、社会にも貢献している事実をアピールする手段として用いられているのだ。


「はいっ。僕達は護衛任務に憧れていて、ランクEになったら是非やりたいと思っていたんです!」


 利己的な心配をする受付嬢とは反対に、ホルックはキラキラと目を輝かせながら元気よく答えた。

 ガーディアンは、同郷の幼なじみ5人で構成される。

 彼らが村から出る際に乗っていた馬車は、長く険しい道程もあって魔物から襲撃を受けた。

 その窮地に、まだ何の力も持たない子供達を命懸けで守り通したのが、冒険者ギルドから派遣された男であった。

 巨大な敵に臆せず護衛の任務を果たした彼の逞しい背中は、まだ世界の広さを知らない少年の心を掴むのに十分過ぎたのだ。


 護衛の背中を目に焼き付け、少年達は誓った。

 自分達も彼に負けないような、頼られる護衛になると。

 パーティー名「ガーディアン」も、その冒険者のように誰かを守れる存在になりたいとの想いからつけられていた。


「――――かしこまりました。任務内容をご理解の上で引き受けていただけるのであれば、ギルドとしても大変ありがたいお話です。報酬以上に難しい任務でもありますが、ランクEまで一気に駆け上がってきたガーディアンであれば問題ないでしょう」


 若手冒険者の熱い想いを知った受付嬢は、笑顔で承認した。

 何人もの冒険者を送り出す中で、いつの間にか打算的な考えに支配されていたようだと、彼女は反省する。


「それでは、明日の昼までに旅の準備を整えて馬車乗り場まで向かってください。依頼主にはこちらから連絡しておきますので」

「「「はいっ!」」」


 そして、冒険者ギルドだけでなく、市井の人々にとっても欠かせない存在になるであろう彼らの無事を祈った。




 ◇ ◇ ◇




「この馬車の護衛となったガーディアンですっ。若輩者ですが、この命を懸けてでも必ずや守り通しますのでご安心くださいっ!」


 準備を終えたホルック達は、指定の場所へ赴き、依頼主に挨拶を済ませ、馬車の乗客一人一人に挨拶回りをしていた。


 そこまでする義務はないのだが、護衛という任務の性質を考えた場合、どのような人物が乗っているのか確認しておいた方が良い。

 襲撃された際に、率先して逃がす必要がある人物――――。

 貴族、役人、商人など地位の高い者。

 次に子供、老人、そしてか弱い女性。

 冒険者ギルドが定めているこれらの指針は打算的だが、合理的でもある。

 むろん、運搬役を含めた全ての人物を守るのが最良だが、取捨選択を迫られる場面もあるだろう。

 人の命をランク付けする行為はホルックの本意ではなかったが、それもやむ得ない現実であった。


「……ああ、しっかり頑張ってくれ」


 そんな彼らの挨拶に気のない返事をしたのは、くすんだ緑色の髪と服の中年男。

 広い馬車にたった一人で乗っており、まだ出発前だというのに寝転んで欠伸をかいている。


「はいっ。お任せくださいっ」


 ギルドの指針から見て、最も優先順位が低い中年の男に申し訳なさを感じながら、ホルック達は頭を下げて挨拶を終えた。



「――――よし! ついに念願の護衛任務が始まるぞっ。みんなしっかり頑張ろう!!」

「「「おおっーーー!!」」」


 ガーディアンの五人組は、円陣を組んで気合いを入れた。

 彼らの一番の強みはチームワークだ。

 強い信頼関係から成り立つ連携こそが、若くして上位に連ねる冒険者となった要因である。


「ハイヤーッ!」


 そして、御者の掛け声に合わせて馬が走り出し、旅が始まった。


 今回の旅路は、二日間と比較的短い。

 通過するルートも整備された道ばかりで、危険は少ないとされている。

 ランクEに成り立てのホルック達に任されたのも、その為だろう。

 つまり、これまで魔物や盗賊に襲われた前例のない経路だった。

 だから、主立った任務といえば、夜間に迷い込む野犬を追っ払う程度。


 ――――そう、通常であれば、何の変哲もない旅で終わる任務であった。


 しかし、何事にも例外は存在する。

 その例外は、何らかの異変と連動する場合が多い。


 たとえば、得体の知れない人物が乗っているとき。

 たとえば、若手冒険者が護衛の初任務に就いたとき。


 異変と異変が重なったとき、それは初めて事件となる――――。




 ……旅は、順調であった。

 二日目の昼下がりまでは。


 旅も終盤に差し掛かり、誰もが気を緩めていた頃、敵が現れた。

 薄汚れた格好と薄笑いを浮かべた盗賊である。


 敵から守ること。

 それこそが本当の任務であると、ホルック達は嬉しさを感じながら立ち向かう。


(――――よしっ、僕達で十分撃退できるっ)


 相手の強さを鑑定したホルックは、慌てずに構えた。

 盗賊は八人と数の上では多かったが、レベルは全員が20に満たない。

 魔物との戦闘を積み重ね、全員がレベル25を誇るガーディアンが焦る必要のない敵。

 いつも通りに、落ち着いて対処すれば、問題ないはず。


「いくぞっ、みんなっ!」

「「「おおっ!」」」


 ホルックの掛け声と共に、ガーディアンの五人は一斉に攻撃を仕掛けた。

 それは、いつもの、熟れた動き。

 いつもの、魔物への、対処方法だった。


「――――えっ!?」


 実際、レベルの差は確実にあった。

 けれども、問題は別のところにあった。


 一つに、ホルック達は魔物ばかりを相手にしており、対人経験が少なかったこと。

 魔物は強大な力を持つが、その多くが定型的な攻撃を繰り返すため対処しやすい。

 それに比べ、力は劣るものの、血が通う人の攻撃は多彩で狡猾だ。

 魔物が使わない不意打ち、フェイント、はったり、目潰しなどの嫌らしい攻撃を繰り広げてくる。


 もう一つの問題は、目に見えるレベル以上に盗賊が強かったこと。

 レベルの上昇には、魔物を討伐する方法が最も効率が良いとされている。

 それは、裏返せば、同族である人を殺しても大してレベルが上がらない事を意味する。

 つまり盗賊達は、レベルこそ20に満たないものの、実際の技量はそれを優に超えていた。


 たった二つの問題が、致命的であった。


「――――ぐぁっ!?」


 その二つの問題が、三つめの問題を引き起こす。

 深手を負った仲間が一人出ただけで、パーティー全員が動揺してしまい、連携が崩れてしまったのだ。


 仲間を失うといった経験の差。

 これが、明暗を分けたのである。



(ああっ――――)


 ……後はもう、蹂躙されるばかり。

 戦闘の後に立っていたのは、八人。

 結局、ガーディアンは盗賊の一人も倒せずに敗北してしまった。


「「「――――」」」


 勝者となった盗賊達は、ゲラゲラと高笑いしながら地面に伏す敗者を蔑視する。

 止めを刺さずに眺めているのは、苦しみながら死ぬ様子を楽しんでいるから。

 もしくは、命乞いする情けない姿を待っているからだ。


「ごめん、なさいっ…………」

「「「――――」」」


 必死に謝罪するホルックを見て、また盗賊は笑う。

 だけど、ホルックは命乞いをしている訳ではなかった。

 自分達が守るべき護衛対象に向けて謝っていたのだ。


 地面に倒れ、口から血が吐き出ているため、上手く喋れない。

 それでも、謝らずにはいられなかった。


(こんな不甲斐ない護衛でごめんなさい……。高価な荷物を守れずにごめんなさい……。せめて、遠くに逃げてください…………)


 ホルックは、倒れたまま、涙を流す。

 それは、護衛の背中に憧れ、もう泣かないと誓ってから、初めて流した涙。

 情けない自分自身に耐えられない少年が流す、最後の涙。 


「ごめんっ、なっ、さい…………」


 護衛の最後の矜持として、我が身を楯にしてでも時間を稼ぎ、乗客が逃げ出す時間を稼げた事がせめてもの慰めであろう。

 盗賊達もお目当ての荷物が残されているためか、それとも泣きじゃくるホルック達を見るのが楽しかったためか、乗客を追わなかったのも幸いだった。


「ごめ、ん、な、さい…………」


 ホルックは、何度も何度も謝り続ける。

 謝罪する対象は、もう逃げてしまったのに。

 笑い続ける盗賊をはじめ、もう誰も聞いていないのに。


(…………情けない。僕達は、強くなったと勘違いして、乗客を危険に晒してしまった。荷物も奪われてしまう……。守る事が、僕達の役目だったのに…………)


「ごべっ、な……、さ、い………………」


「――――ほんと、しっかりしてくれよ」


 ふいに聞こえたその声には。

 怒りよりも、呆れた感情が強く含まれていた。


 それは、意識が朦朧とするホルックの傍らに、いつの間にか立っていた男が発した言葉であった。


「……な、なんで?」


 乗客全員が逃げたと思ったのに。

 その時間は十分あったはずなのに。

 何故この男は、呑気な様子で凶悪な盗賊と対峙しているのだろうか。


(この人は…………)

  

 出発する時に挨拶した、緑色の服を着た中年男。

 終始眠そうにしていた男。

 もしかして、盗賊に襲われている事に気づかず、今まで寝ていたのだろうか。


「ふぁぁぁ…………」


 ホルックの懸念を証明するかのように、男は大きく欠伸をする。

 その髪には寝癖がしっかり付いていて、服もヨレヨレになっていた。


「にげ、て…………」


 まだ寝ぼけているのだろう。

 そんな男に対して、ホルックは途切れそうになる意識を必死に食い止めながら、精一杯に声を出す。


「せっかくの優雅な昼寝旅が台無しだ」


 血の滴る凶刃を持つ盗賊を前に。

 全身を自分の血で染めるホルックを横に。

 男はやる気のなさそうな声で、言葉を紡ぐ。


「賊は悪くない。この世界における奴らは、自我を持たない害虫みたいなモノ」

「…………」


「だから、悪いのは護衛役のあんたらだ。害虫から客を守るのがあんたらの仕事のはずだ」

「…………」


「それなのに、昼寝のプロである俺を差し置いて寝そべっているとは、いいご身分じゃないか、おい?」

「…………」


 信じられない話だが、その男は元凶である盗賊ではなく、瀕死状態のガーディアンを責めているらしい。

 あまりにも常軌を逸した言動に、盗賊達も戸惑いを隠せず立ち尽くしている。


「ごべっなっ、ざいっ……」

「ほんと、勘弁してくれよ」


 最後の言葉になるかもしれない必死の謝罪に対しても、男は顔をしかめて悪態をつくばかり。

 でも、男の言葉に間違いはないのだと、ホルックは思う。

 自分達は失敗したのだ。

 守れなかったのだ。


「ごべっなっ、ざいっ…………」


 だから、謝る事しかできない。

 早く逃げてください、と思いを込めて。


「――――はぁ」


 それなのに男は、溜息をつくと、真っ直ぐ歩き出した。

 武器を構える盗賊達に向かって。


「あ…………」


 その後ろ姿は――――。

 逞しさなんて感じないのに。

 服もヨレヨレなのに。

 寂れた猫背なのに。


 ――――あの時に憧れた背中と、何故か重なって見えた。




「「「――――」」」


 痺れを切らした盗賊が、騒ぎ出す。

 身に付けている物を全て置き素っ裸で逃げ出せば許してやると、下品に笑いながら男に警告してくる。


(盗賊の言う通りだ……。早く、逃げて、ください…………)


「日頃の行いが良いはずの俺が何でこんな面倒事に…………しかも登場人物は男ばっかりだし…………利益の無い作業はやるべきではないし………………」

「「「――――」」」


 せっかくの忠告もどこ吹く風で、男はブツブツと呟きながら盗賊達に近づいていく。


「俺の座右の銘は塞翁が馬…………だから何らかの意味があるはず…………そうだ、あの武器をまだ使っていなかったな………………」


 意味不明な言葉を呟きながら、ふらふらと近づいてくる男に、盗賊達も不気味に思ったのだろう。

 警告するのを止め、一斉に襲いかかろうとした瞬間。


「…………え?」


 視界が霞むホルックの目には、男が剣を振り抜いた後の姿しか見えなかった。

 いや、おそらくは、正常な状態であっても目に留まらなかっただろう。

 それ程までの異常な速さ。


 男が何をしたのかは分からない。

 ただ、残った結果として窺えるのは……。

 不思議な安心感がある背中。

 その手に握られた、刀身に深い反りがある珍しい形の剣。

 頑丈な魔物を相手にしたらすぐ折れてしまいそうな細身だが、恐ろしいまでに研ぎ澄まされた美しさを放っている。

 きっと、隠れた名剣なのだろう。


「――――」


 盗賊も剣の美しさに見惚れているのだろうか。

 動きを止め、黙している。

 それも、一瞬のことで……。


 ――――ブシャ。


 何事もなかったかのように一拍置いた後、盗賊達は突っ立ったままの下半身を残し、上半身だけを地面に落とした。


「流石は日本刀。素晴らしい切れ味だ。……まあ、魔法で強化しているんだけどな」


 男は、肩をすくめた後、死に瀕しているホルックの方を見た。 


「何度も言われるのは煩わしいだろうが、これは本来あんたらがやるべき仕事だ」


(はい、はい…………)


「まだ慣れていない新人さんでも、仕事放棄は駄目だぞ」


(はい、ごめんなさい…………)


「――――だから、次はしっかりしてくれよ?」


(はい……、もしも、次があるのなら、絶対………………)


 その直後、ホルックの視界は闇に包まれた。




 ◇ ◇ ◇




「――――ック、ホルックっっ!」

「…………、……?」


「目を覚ましてくれ、ホルック!!」

「…………ん、……んあっ?」


 何度も名前を呼ばれ、ホルックは目を覚ます。


「良かったっ! ホルックも無事だったかっ!」

「…………も?」


 意識を取り戻したホルックが目を向けると、四人の仲間達が心配そうにこちらを見ていた。

 どうやら、ガーディアンは全員、命を取り留めたらしい。


(どうして僕は、生きているんだろう?)


 まだ、はっきりしない意識の中、ホルックは記憶を呼び覚ます。

 自分を含め、全員が致命傷だったはずなのに……。


「――――そうだっ、乗客は無事なのかっ!?」

「……自分や俺達よりも、客の心配かよ」


 その後、苦笑する仲間達から聞いた話では――――。


 馬車を利用していた者は、ガーディアンが時間稼ぎしたお陰で無事に逃げおおせたらしい。

 そして、街に戻った彼らが衛兵を連れて駆けつけると、血まみれで倒れている自分達を発見。

 致命傷と思われる流血なのに、実際には全くの無傷であったため大層驚いたという。


「そ、そうなのか……。とにかく、乗客は無事なんだよな。本当に良かった…………」


 護衛であるはずの自分達だけが助かり、肝心の客が死亡していたら本当にどうしようもなかった。

 本当の本当に申し訳が立たない。


「だったら、盗賊達はどこに…………?」


 まだ周囲に潜んでいるかと思い、ホルックは慌てて身構える。

 しかし、仲間達は首を横に振り、黙って後ろを指さす。

 その指先は、はっきりと震えていた。


「――――なっ!?」


 仲間が促す方向にあったのは、八つの物体。

 朱に染まったソレは、まるでオブジェのように一種異様な存在感を放っていた。


「そうだ…………、あれは、あの客が――――」


 赤いオブジェとなった、下半身だけが立つ盗賊達。

 足下には上半身が転がっていて、呆けた表情をしている。

 その凄惨な風景を見て、ホルックは全てを思い出した。


「あれは、夢じゃなかったんだな…………」


 くすんだ緑の髪と服をした中年の客。

 先に倒れて気を失っていた仲間達は、男の姿を見ていないらしい。


「そうか……。僕らはまだ、助けられる立場だったのか…………」


 ホルックは、助かった嬉しさよりも、情けなさで視界を歪ませながら呟いた。

 瀕死状態で朦朧としていたため記憶が曖昧で、本当にその男の所業なのか確実ではない。

 だけど、逃げた乗客の中に、緑の髪の男だけが見当たらない事が証拠となる。


 男は、盗賊を倒し、ガーディアンを助け、立ち去ったのだ。


「…………」


 ただの乗客に、そんな真似が本当に出来るのかは疑わしい。

 たった一振りで、凶悪な盗賊達をいとも簡単に薙ぎ倒した。

 さらには、大怪我をしていた護衛を全員回復させた。

 致命傷を完全に回復させるには、最上位の薬アイテムが必要となる。

 しかも五つも。

 そんな貴重品をただの乗客が持っていたことが。

 それを出会ったばかりの役立たずに使ってくれたことが。

 とても信じられない。


「「「――――」」」


 ホルックから話を聞いた仲間達は、あまりにもぶっ飛んだ内容に驚いている。

 しかし、疑う者は居ない。

 何故なら、すぐ近くに明確な証拠があるのだから。


 それは、あれほど凶暴に見えた盗賊の成れの果て。

 バッサリと切り分けられた半身。

 それなのに、まだ立ち尽くしたまま。

 苦痛を感じさせない表情。

 盗賊達は己の死さえ認識できなかったのだろう。


「「「――――」」」


 いったい、どれほどのレベルが、技能が、アイテムがあれば、このような真似ができるのだろうか。

 今回は失敗したとはいえ、戦闘を専門とする冒険者の中でも上位に数えられるガーディアンでさえ皆目見当がつかない。


 ――――でも、そんな事は問題じゃない。



「……あの人は、最後にこう言ったよ。次は、ちゃんとやれって――――」


 最もシンプルで最も大きな問題。

 それは、守るべき側の自分達が、守られる側の客に助けられたということ。


 その大きな借りを返す手段は、一つしかない――――。


「だから僕達は、もっともっと頑張らないといけない…………」


 ガーディアンの五人は、お互いに向き合って大きく頷いた。

 そのために、自分達は命を救われたのだ。


 だから今度こそ、護衛としての役割を果たそう。

 ガーディアンの名に負けないような本物の護衛になろう。

 そして、次は、恩人が乗る馬車を守り切ってみせよう。


 そうしなければ、自分達にはお礼を言う資格もない。


 ――――強くなろう。


 最初に助けられたあの時と同じように、少年達は、再び誓い合った。






◆ ◆ ◆






―――― ?日後 ――――






 護衛任務に失敗したガーディアンは、もう一度鍛え直した。


 格上の魔物を多く倒してレベルアップ。

 ベテラン冒険者にお願いして対人訓練。

 盗賊など犯罪者の討伐へ積極的に参加。


 レベルだけではなく、同時に対人スキルも上げて着実に力を付けていった。


 そして、五人全員がレベル35になるのを待って、もう一度護衛任務に挑戦。

 その頃には、冒険者ランクもBにまで上がっていた。


 今や一流の冒険者に成長したガーディアンは、もはや盗賊如きが敵う相手ではなく。

 報酬が少ない護衛任務を率先して引き受け、完璧かつ真摯にやり遂げる彼らは、たくさんの人達から感謝されるようになっていた。


「ありがとう!」


 だけど、感謝される度に、胸が痛む。

 それは、自分達が言う台詞なのだと。

 それを、胸を張って言える自分になるために、こうして戦っているのだと…………。

 

 強堅な力を身に付け、魔物相手にいくらでも稼げるようになっても、ガーディアンは護衛任務に注力し続ける。


 最初は、憧れから。

 その後は、罪滅ぼしに。

 最後は、恩人に礼を言うために。


 ずっと、ずっと、守り続ける。




 そして――――。


 数え切れないほどの街を護衛しながら渡り歩き、ようやく再会を果たす。


 その、くすんだ緑色の髪と服をした男に。



 男は、あの時と同じように一台の馬車を貸し切り、優雅に寝ていた。

 極度の緊張で心臓が飛び出しそうなホルック達が挨拶をしても、つれない様子も変わりない。


 ……だけど、言葉にせずとも分かっている。

 寝転びながら、安心しきったように緩んでいる表情が一番の証し。

 一目見て逞しく成長した自分達に期待してくれているのだ。


 ホルックは、そう思われるようになった自分達を誇りに思う。


 その期待に応えるためにも、誠心誠意、護衛任務に努めた。

 おあつらえ向きに盗賊が襲ってきても、堂々と馬車を守り切ってみせたのだ。


 ……やがて、永遠にも感じられた長い長い旅路が終わり。

 馬車は、目的地へと辿り着く。


 一人、また一人と。

 馬車から降りて、礼を言いながら去っていく乗客を見送りながら。

 ホルック達は、その男が出てくるのを待つ。


 …………ああ、ようやく自分達は、資格を得たのだ。


 胸を張って正面からお礼を言える資格を……。


 これでやっと、一人前になれる。


 あの時、憧れた背中に、自分達もまた、なれたのだ…………。



 ――――そして彼らは、万感の思いを込めて礼を告げた相手に、「なに言ってんだこいつ?」みたいに嫌そうな顔をされ、ずっと我慢してきた涙腺が決壊してしまうのだが――――――それはまた、別のお話。




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