冒険者の街オクサード①/はじめての街
俺はハンナの話を参考に付近で面白そうな街を選び、空飛ぶ絨毯に乗って向かっている。
街の名前はオクサード。
人族の国家に属する街の一つ。
王都から離れた位置にあり、魔物が多いダンジョンや山林の近くに構えた冒険者が多い街だ。
冒険業は危険と比例して実入りが大きく、多くの種族と物品が出入りするため活気に溢れているらしい。
快適な生活を求めるならある程度発展した街が良い。
俺の資金源となる魔物のドロップアイテムも冒険者が多い街の方が換金し易いだろう。
街の名前に一番好きな数字の3が使われているのも好印象だ。
験担ぎは大事だからな。
「お、あれかな?」
遠目に円形の外壁に囲まれた街が見えてくる。
空からの不法侵入も可能だが、後々面倒になりそうなので手前で降りてちゃんと門から入ろう。
「ちょっと緊張してきたな」
大きな街である。沢山の人が住んで居るのだろう。
人混みは苦手だが、人が集まらないと生まれない面白さもある。
それに人族以外との出会いも……いや、遠くから観察するのも楽しみだしな。
歩いて近づいて行くと、立派な門の前に2人の兵士が見えてくる。
門番だろうか。
俺の姿を見ても慌てる様子がない。来訪者も多いのだろう。
「よお、見ない顔だな。この街は初めてか?」
門番の一人が気さくに話しかけてくる。
よかった、少なくとも不審者には思われていないようだ。
――――今の俺は、『旅人用』の格好をしている。
服装はダークグリーンの作業着。髪は色あせた緑色。ついでに目の色も緑に偽装。
全体的に何処にでも居る人族の中年男に見えるはずだ。
それにしても作業着は最強だよな。
お洒落では無いかもしれないが、衛生的で仕事している男って感じで。……だよね?
「ああ、旅の途中なんだ。しばらく滞在しようと思ってる」
とにかく無難に返答しとこう。
「へえ、何処から来たんだ? あ、言わなくていいぞ。街に出入りする奴はアイテムで身元確認するのが決まりなんだ」
「ああ、分かってるよ」
大きな街では犯罪者や伝染病の侵入を防ぐため、鑑定アイテムでチェックするのが習わしである。
この辺の一般常識は、ハンナ達から聞いてるので大体知っている。
「――――罪歴なし、感染病なし、手配もされてない。よし、問題ないな。それにしても随分遠くから来たようだな。レベルも25と結構鍛えてるじゃねーか」
「この程度のレベルがないと一人旅は無理だからな」
「ははっ、それもそうだ」
俺のステイタスは擬装用アイテムで偽装済みだ。
もっと低レベルの方が目立たないのだが、魔物が徘徊する外を渡り歩く旅人としては中級冒険者程度の強さが必要だろう。
罪歴は擬装していない。
盗賊をボコったのは犯罪じゃないはずだ。
「よし、通っていいぞ。ゆっくりして行ってくれ」
「ありがとう。楽しませてもらうよ」
よかった。偽装した内容に問題は無かったようだ。
実際に犯罪者になっても安心だな。
いや、今のところその予定は無いけどさ。
「これがこの世界の街並みか!」
門を通り、晴れて初めての街に入った俺は、期待を込めて周囲を見渡す。
景観はテレビで見た古い時代の欧州を彷彿させる。
中心部に向かうにつれ活気が増していく。
冒険者が多いためか、街中を通る人々は武装と飾り気の少ないシンプルな服装が目立つ。
「おっ、ケモミミ発見。シッポもあるな。あっちは耳が尖ってるからエルフかな。よく分からん種族も多いな」
地球では見た事の無い種族が普通に歩いてる。
人間の基本構造から逸脱した獣そのものや妖怪のような種族は居ないようだ。
人をベースとして、動物の特徴を部分的に付け加えたような体つきである。
耳や手足の変化が多く、珍しい者だと羽が生えていたりする。
そんな特徴的な種族が入り交って闊歩している。
「なるほど、ザ・異世界!って感じだな」
盗賊やハンナ達から聞いていたように、この世界には人族以外にも沢山の種族が存在している。
人族が最も多いが、人口の多い街では複数の種族が共存しているのだ。
これだけ多くの人が居ても、異世界人は俺だけなのだろう。
そう考えると、初めて東京に遊びに来たおノボリさんみたいで恥ずかしい。
やめて、見ないで! ……いや、誰も見てないんですけどね。
俺の容姿は探索中に痩せて中年太りを卒業したとはいえ、普通に冴えないおっさんだ。
注目される要素ゼロだよ。
「なんか拍子抜けだなー」
エイリアンだー、なんて指さされても困るけどさ。
誰も俺の事なんか気にしない。
正体がばれないよう注意してたけど、いらん心配だったようだ。
目立つのが嫌いなくせに、誰にも相手されないと悲しくなる悲しい性である。
ぼっち道は険しい。
「なあ、おっちゃんは初めてこの街に来たのかい?」
空を見ながら感傷に浸っていると、足元から子供の声がした。
こ、これはもしかして、俺に話しかけているのか!?
「……ああ、今来たばかりだ」
「やっぱりそうかっ。だったらオレが案内してやるよ。この街の事なら何でも知ってるぜっ」
視線を下に移すと、よれよれの帽子を被って擦り切れた服を着た人族の少年がニカっと笑っていた。
10歳くらいの背丈で全体的に薄汚れているが、中々可愛いらしい顔立ちである。
周りを見ても、この世界は造形が整った者が多いようだ。
俺のような日本人らしいノッペリ顔は逆に珍しいのかもな。
この世界でも、困っている人を見かけたら助け合いましょう精神が宿っているとは素晴らしい。
優しさが身にしみるね。
「案内料は銀貨3枚でいいぜ」
……ですよねー。
人はそんなに優しくないよねー。
世界はそんなに美しくないよねー。
街の入り口でキョロキョロしてたら、いい金づるだと思われるよねー。
だが、どんな理由であれ、この街で最初に縁を持った相手である。
縁は運にも繋がるから無下にしたくない。
魔力で高めた『感』に引っかかるものは無いが、念のため鑑定しておくか。
名前:コルト
種族:人族
年齢:12歳
レベル:7
スキル:『算術1』『直感1』
魔法:『水系統1』『身体強化1』
装着アイテム:なし
罪歴:なし
ふむ。少年のステイタスは年齢相応みたいだな。
戦闘能力は低い。俺の命を狙う刺客ではなさそうだ。
って、誰に狙われてるんだよ。
怪しい個所はない。
だが、――――『直感スキル』だと!?
それは俺が憧れ、未だ会得出来ないスキル。
普段から魔力でズルして無理やり感を良くしている所為か、いくらレベルが上がっても覚えてくれない。
この少年は、そのスキルを僅か12歳で身に付けているのだ。
「くっ、これが才能の差ってやつかっ」
「何言ってんだ、おっちゃん?」
「……独り言だ。気にすんにゃ」
動揺して噛んでしまった。
少年が怪訝な顔で見ている。
無い物ねだりしても仕方ない。隣の芝生はなんちゃらだ。
とりあえず、雑談で人となりを確かめてみよう。
「あ-、その、少年の仕事は案内役なのかな?」
「オレの名前はコルトだ。道案内や人探しとか何でもやってるぜ」
「可愛い名前だな。コルって呼んでいいか?」
「……やだよ。女っぽいじゃん」
「じゃあコルコルで」
「もっと可愛くなったぞ!?」
ふむ、ノリがいいな。
「よし、合格だ。俺の人生の案内役は君に決めた」
「……やだよ、そんな案内はしたくないぜ」
コルトは疲れたように呟く。
「変な奴に当たっちまったかな」なんて小声で失礼な事を言ってる。
悪かったな、変なおじさんで。何だかこの少年を見てると弄りたくなるんだよな。
まあ、取り繕っても仕方あるまいて。
少年の前では気楽に変なおじさんモードで行こう。
「ちゃんとコルトって呼ぶからさ。俺の事は『あんちゃん』って呼んでくれ」
「いいけどさ。そんかわりチップ弾めよな」
「それは仕事ぶりを見てからだな。ちゃんと案内してくれよ」
「分かってるって。それで、あんちゃんはどこ行きたいんだ?」
案内人をゲットである。
行先は決めてないので適当でいいが、観光の前にやる事がある。
「代金は後払いでいいのか?」
「いいさ。こっちから頼んだ仕事だからな」
「そりゃあ助かる。実は手持ちが無いんだよ」
「……またな、あんちゃん!」
回れ右して走り去ろうとするコルトの腕を掴む。いいノリだ。
「待て待て。金は持ってないが、換金出来るアイテムがあるんだよ」
「なんだよ、それを先に言えよな」
ごもっとも。
「だからまず、換金所を紹介してくれ」
正確には無一文ではない。
盗賊さんから譲り受けた金銭が多少あるが、異世界道楽ツアーには心許ない。
俺はまとまった金を持ってないと、安心して外を歩けない駄目な大人なのだ。
「アイテムの換金か。どこにするかな……」
「秘密厳守で何でも買取してくれる店がいいな。その分、手数料が高くてもいいからさ」
「……だったらあの店しかないぜ」
コルトに連れられて歩き出す。
はぐれぬよう手を繋ごうかと提案したら、「やだよ」と素気なく断られてしまった。
いとかなし。
しばらく歩いて着いた場所は、中心部から離れた外壁近くの店。
路地裏の一軒家といった表現がピッタリな看板も何も無い質素な店である。
「この店のウォル爺はさ、どんな物でも買い取ってくれるんだ」
「おお、如何にもな雰囲気がある店だな」
「先に言っとくけどな、あんちゃん。ウォル爺は悪い事なんかしてないんだぞ。確かに何でも買い取るけどさ。表通りの店では値が付かない安物でも引き取ってくれるから助かってるんだ」
コルトの話によると、出所が怪しい物を安く買い叩き、その分を貧しい者が持ってきた安物に色を付けて還元してるようだ。
弱きに優しい店か。
コルトも随分世話になっているようで、恩人を誤解されたくないのだろう。
「了解だ。それに俺のアイテムは、盗品でも怪しい物でもない。ただ目立ちたくないだけだ」
「……だったらいいけどさ」
ジト目いただきましたー。
妙に疑ってるコルトに先導され店の中に入る。
「ウォル爺、居るかい? 客を連れてきたぜ!」
「…………五月蠅い。大声ださんでも聞こえるわい」
コルトの呼びかけで、店の奥から巨体が現れる。
ずんぐり体型な灰色の髪と髭をした初老の男性だ。
おそらくドワーフと呼ばれる種族だろう。
「――――――――」
なんだろう?
初対面の客に向けるには厳しすぎる視線だ。
これはたぶん、……鑑定されたのかな。
だが問題ない。
『偽りの指輪』で擬装したステイタスを『鑑定の指輪』で観た場合、嘘と真実、どちらが表示されるのか。
答えはアイテムのランクが高い方だ。
同ランクの場合は、使用者の魔力が高い方が優先される。
俺が使っている『偽りの指輪』は最高のランク10。
現地人の実力でランク10の魔物を倒すのは極めて困難なので、俺の擬装を見破る者はまず居ないはずだ。
でも一方的に視られるのも癪なので、こちらも鑑定しておこう。
名前:ウォル
種族:ドワーフ族
年齢:136歳
レベル:43
スキル:『体術4』『斧術5』『直感3』『算術2』
魔法:『身体強化5』『炎系統3』『鉄系統2』
装着アイテム:『鑑定の指輪5』
レベルたけー!!
確かレベル50に至る人類はまだ居ないはずだから、間違いなくトップクラスの強さだ。
スキルや取得魔法も高ランク。
ドワーフのイメージらしく体が丈夫で斧使い。脳筋かと思いきや算術も高い。
何より『直感3』が厄介だ。
幾ら知略謀略を練っても、『感』で全てを看破されかねない恐ろしい能力だ。
なんなの!? なんでこんな強キャラが店番なんかやってんの!?
それとも情報不足なだけで、この街にはこのレベルがゴロゴロしてるのかも。
そんな奴らが徒党を組み襲ってきたら、あっけなく殺されそうだ。
油断してたら最初からジョーカー引いちゃったよ。
それともコルト少年の差し金なのか。直感スキルコンビとは厄介な!
「くっ、やるしか無いのかっ」
「何言ってんだよ、あんちゃん?」
コルトの呆れた声を聞いて我に返った。
そうだよ。相手が高レベルでも、敵と決まった訳ではないのだ。
第一、ドワーフの爺さんは武器を持たず、攻撃態勢も取っていない。それに高レベルとは裏腹に、内面から弱々しさを感じる。
高齢による衰えか、それとも――――。
……とにかく早とちりみたいだな。
ふう、被害妄想は疲れるぜ。
「すまん、幻覚を見てたようだ」
俺を見るコルトの視線が、ちょっと変な人から危ない人にランクアップしたようだ。
言い訳を間違えたようだが、気にせず話を進めよう。
「はじめまして。この子からアイテムを買取している店だと聞いたのですが」
店主は、ちらりとコルトを見て、それから俺を睨み、ゆっくりと口を開く。
「して、品は何じゃ?」
よかった、ちゃんと商売してくれるようだ。
さて、何を買い取ってもらおうか。
俺には不要だが、他人には価値が高い物がいいだろうか。
そういえば、ランク4以下のアイテムを持っていない。
最初の森に居た魔物が全てランク5以上だったので、それ以降も経験値の少ない4以下はスルーしてたからな。
「それじゃあ、この肉と体力回復薬と宝石をお願いします」
まず相場を知るため、用途が違うアイテムをランク5で統一して並べてみた。
アイテムの出現割合は大まかに、肉類90%、薬類9%、道具類1%。
肉類は遭遇率が最も高い動物系魔物から出現。そのうち薬類はレアアイテムとして出現。道具類は遭遇率が低い魔物や宝箱から出現。
肉アイテムは、魔物ランクと美味さが比例。
薬アイテムは、体力回復、魔力回復、病気回復、毒回復、その他状態回復の5種類で、この順番で出現率が下がっていく。薬の効用もランクに準拠。
道具アイテムは、付加効果を持つ武器や指輪などの役立つ品が多いが、この宝石のように特殊効果を持たないインテリ品もあるようだ。
「…………」
ウォル爺は無言で商品を見つめ、ちらりと上目遣いで俺を睨んでくる。
勘弁してつかーさいよ。上目遣いが許されるのは可愛い女の子だけですから。
思わずチョッピングライトを発動しそうになった腕を押さえる。
くっ、右腕よ静まれ!
「えーと、偽物ではないはずですが?」
「……ふん、見れば分かるわい。肉が金貨20枚、薬が110枚、宝石が300枚じゃ」
おおっ、一目で判別するとは、さすが買取業のプロだ。
まあ、鑑定アイテムで確認したのだろうが。
確か金貨1枚が日本円で1万円程度の価値みたいだから、計430万円か。
……予想より高いな。
特に宝石が。殺伐とした異世界でも機能美が無い宝石に価値があるとはね。
希少って言葉に価値を見出す金持ちは、どこにでも居るらしい。
隣の少年を見ると、アイテムを食い入るように凝視している。
そういえば、ランク5以上の魔物討伐は一流の冒険者パーティじゃないと無理だったような。
……これは失敗したかな。
「その値段でお願いします」
今更引っ込めても怪しまれるので、澄まし顔で開き直る事にしよう。
これから好き勝手遊びまくるのだ。金は幾らあっても足りないのだ。
この程度のリスクは受け入れるべきだろう。
「……品はこれだけか?」
「他にも似た物がありますが、大丈夫なんですか?」
現時点で既に400万超えだ。
この寂れた一軒家に如何ほどのキャッシュがあるのか心配だ。
「ふん、いらん世話じゃ。遠慮無く出せ」
「……それではお言葉に甘えて」
「――――――待て。もしや解毒薬のランク7を持っておらんか?」
作業着の懐に隠れた収納用アイテムから追加品を出そうとした時、ウォル爺から待ったが掛かる。
初見の客に要望が出されるとは思ってなかったので、少し戸惑う。
解毒アイテム、か。もちろん持ってる。
レベルが高い俺が最も危険視しているのは、毒殺や呪殺などの肉体の強さが及ばない暗殺だ。
そのため薬類のアイテムは全て網羅している。
この世界は医療レベルが低いので、自己管理が大切なのだ。
だが、ランク5とはいえ比較的出現率の高い体力回復薬でも100万超えだ。
薬が希少品なのだと容易に想像出来る。
なのに、2段階も高ランクで出現率も低い解毒薬を出して大丈夫だろうか。
不必要に目立つのは避けたいのだが。
でもなぁ……。
ウォル爺の表情は、最初と同じ不機嫌顔だ。
だが、その目からは強い意志を感じる。解毒薬を必要とする大きな理由があるのだろう。
ゆっくりと息を吐き出し、覚悟を決める。
「ええ、ありますよ。1本でいいですか?」
懐からご要望のアイテムを取り出して渡すと、強面の店主は目の前にかざして丹念に品を確認した。
「…………少し待っておれ」
確認作業が終わると、正面からはっきりと睨まれた。
めちゃ怖い。
そして店の奥へノシノシ歩いていき、暫くすると戻ってくる。
「2本買い取ろう。1本が金貨1,000枚。合計で2,430枚じゃ」
店主はそう言うと、大量の金貨が入ってる袋をテーブルに乗せた。
俺は黙って頷き、解毒薬をもう一本渡して袋を受け取る。
一度の売りで2千万強か。
これだけあれば、しばらく遊べるだろう。
「それでは、今日はこれで」
まだ睨まれているのが気になるが、こちらの用は済んだし退場しよう。
「一応言っとくぞ小僧。上位ランクの品を好き勝手に流すと混乱を招く。金が欲しい時はなるべく儂の店に持ってこい」
「……ご忠告、感謝します。それと俺の名はグリンです。30過ぎのおっさんに小僧は勘弁して下さい」
「ふんっ。儂から見たら小僧も同然。しかも馬鹿な悪ガキじゃ」
やれやれ、小僧と呼ばれるのが嫌で名前を教えたのだが、無駄だったな。
しかも悪ガキとは、見透かされている気がして居心地悪い。
因みにグリンとは『旅人用』の名前だ。
これまた深い意味はなく、緑の服と髪をしてるからグリーン。
どの役職も格好別の配色に因んだ名前を付ける予定だ。
しかし、流石は裏稼業だな。
アイテムの入手方法とか細かい事を聞かれないので助かる。
この爺さんは信用出来ると、俺の『感』も告げている。
「よかったら、これをどうぞ」
「……なんじゃこれは」
「俺の地元で造られた酒です。お口に合えばいいのですが。長い付き合いになるかもしれませんし、お近づきの印です」
「酒か。じゃったら遠慮無く頂こう」
酒と聞いて彼の目の色が変わった気がする。
ドワーフが大の酒好きという説は本当だったようだ。
俺は生粋の甘党でジュース系の酎ハイを好むお子様舌だが、出張時には晩酌が好きな父親の土産に地元の酒を買っていた。
だから複製魔法で出せる酒の種類はそこそこある。
今回は、酒に強そうなドワーフ向けに、手持ちの中で最も度数が高い酒を選んだ。
沖縄県産でドナンと呼ばれる60度の泡盛だ。ラベルを除いた瓶だけの状態で複製している。
この世界でもガラスは存在するので、瓶のまま渡しても大丈夫だろう。
「では、また来ます」
案内役の少年に帰りを促すが、反応がない。
目と口を大きく開き固まっているようだ。
まあ、この世界では大金だろうから驚いてるのだろう。いや、地球でも大金だけどな。
拳が入りそうなくらい、という表現がピッタリなほど口を開いてる。
そんなに無防備だと、俺の悪戯心が黙っちゃいねえよ。
「……っんがっ!? な、なにすんだよっ!」
なんだよ、怒らなくてもいいだろ。
本当に口の中に手が入るのか試しただけじゃんよ。
結果は手の半分しか入らず、指先にぬめっとした舌の感触が残っている。
「口が空いてたんで、腹が減ってるんじゃないかと思ってな」
「だからって、あんちゃんの指なんか食べねーよっ!」
むせて涙目になった少年が、上目遣いに抗議してくる。
うん、可愛い。
「次は飯屋に案内してくれ。懐もあったまったしな」
「あっ、置いてくなよっあんちゃんっ!」
なんとなく怖かったので振り返らず、俺は店を後にした。