自然崇拝教のシスター④/おっさんの独白しかない演劇は最悪だろうな。
第二幕である地震は、どうにか収まったようだ。
むろん余震には注意すべきだが、一度でも地震が起きてしまえば偽魔物が主役の茶番劇にも大義名分が立つ。
後は手筈通り、シスターが街の皆さんに真実を明かして納得させれば、第二幕も無事完了である。
住民は騙された格好になるが、あれだけ大きな地震から五体満足で逃げおおせた事実に鑑みれば、おそらく納得してくれるだろう。
物分かりが悪い奴もいるかもしれないが、そこはシスターの腕の見せどころだ。
「できれば、第二幕で終わりたいのだが…………」
シスターの役割は、ここまで。
そもそも彼女は、続きの第三幕がある可能性さえ気づいていないだろう。
シスターには、余震の心配があるからと明日の朝まで丘の上で避難するよう言い含めているから、もしも第三幕――――二つめの天災がやって来ても住民に危害は及ばないはずだ。
……だが、街自体は逃げようがない。
何とか地震に耐え切った建物も、地震の付属品でありながら、より大きな破壊力を持つ二つめの災害に飲み込まれては、全壊を免れない。
人身が助かっても生活基盤がなくなってしまえば、結局野垂れ死んで同じ結果となる。
ぶっちゃけ善意の忠告を聞こうとしない奴らなんて知った事じゃないんだが。
街が壊滅して怒り狂った民が暴動を起こし、一度は人々を救ったはずのシスターにまで八つ当たりが及んでは余りにも報われない。
「なぜ街を守らなかったのか」「前もって教えてくれたら財産を抱えて逃げたのに」「どうせ救済するのなら最後まで面倒を見るべきだ」
追いつめられた人達は、そんな愚かしい発言をしかねないのだ。
善行は報われ、悪行は裁かれる。
勧善懲悪な世界なんて漫画の世界にしかないと分かっているし、俺に似合うとも思えない。
でも、だからといって。
神の使者が体を張ってまで成し遂げた結果が踏みにじられる世界は、好きになれない。
――――そんな余裕も美しさもない光景なんて見たくないんだっ。
「……そんな訳で、俺は俺でやれる事をやってみますかね」
己の心情を確認すると、姿を消したまま上空へと飛び立つ。
偽魔物はオートモードで適当に動かしておこう。
「探索開始、と」
千里眼アイテムを使って遠方を見る。
探索する方向はもちろん、海の先、である。
「…………あーあ、やっぱり来ちゃったかー」
一応覚悟していたものの、招かれざる客の姿を捉え、思わず愚痴が漏れた。
地震とセット販売が基本なので仕方ないと割り切るべきか。
運が悪かったと嘆くべきか。
……運が悪いとしたら、あのシスターは天然だから幸運っぽいので、消去法で俺の運が悪いって事になる。
ああ、やはり日頃の行いが悪過ぎるのだろうか。
少女だけでなく少年にも優しくすべきだろうか。
男の娘だったらありだろうか。
でも付いているし。
ひっぱったら取れるだろうか。
「――――おっと、いかんいかん」
ネガティブ思考に陥っていたようだ。
プラス思考を信条とする俺にとって、あるまじき失態である。
シスターに無償の慈愛精神を見せつけられ、自分の愚かさを痛感してしまったのだろうか。
どうもこの街に来てから、調子が狂いっぱなしだな。
「現実逃避はこのくらいにして、と…………」
悲しいかな、次の物語の出演者は俺だけなのだ。
しっかりしなさい。
がんばれ俺!
「さあさあ、第三幕――――最終幕の始まりだ」
生みの親である「地震」の破壊力さえも上回り、安堵した隙間を狙うかのように背後から這い寄る二つ目の災害――――「津波」のお出ましである。
「さてさて……、この観客の居ない舞台で、俺という大根役者は、どんな役回りを演じれば、助演男優賞をもらえるのかな?」
迫り来る津波の高さは十メートル以上もあり、なおも大きくなっていく。
津波について詳しくないのだが、きっと特大クラスの厄介者だろう。
空に浮かんだまま海辺の上空へと移動し、対策を模索する。
昨日、シスターから地震の話を聞いた後、津波の襲来も予測できたので一応幾つかの案はある。
一つめ。風魔法で波をぶっ飛ばす。
風の衝撃波をぶつけて津波を破壊するのは可能だろう。
だけど、俺の技能では広範囲の衝撃波を連続して放射できない。
津波は、海水の一部ではなく海全体が押し寄せてくるのだから、衝撃波で部分的に散らしても意味がない。
この案はボツである。
二つめ。火魔法で蒸発させる。
確かに蒸発した分の威力は弱まるかもしれないが、ご自慢の魔力とアイテムを使っても津波を全て蒸発する炎を出すなんて無理がありすぎる。
そもそも、火と水は相性が悪いのだ。
馬鹿なの? 頭沸いてるの?
この案もボツである。
三つめ。土魔法で堤防を造る。
シンプルな方法だが効果がありそうだ。
だが、これも技能の問題で、街全体をカバーする広範囲かつ強固な堤防を造れる自信がない。
俺にはセンスが備わっていないから、創作系の魔法は苦手なのだ。
残念ながらボツである。
四つめ。複製魔法で堤防を出す。
魔法でゼロから創り上げるのが無理なら、既製品を出せばいいじゃない、ってな発想だ。
悪くない、悪くないのだが。
俺は海で遊ぶアウトドア派じゃないから、大きな堤防に触れた経験がないので複製できない。
堤防代わりにダムやビルなんかを並べるのも手だが、そんな巨大建造物を出現させて、もしも誰かに目撃されてはさすがに誤魔化しようがない。
おしいがボツである。
五つめ。転送アイテムで街全体を避難させる。
ランク10の転送アイテムを使えば、広範囲の建造物が転送可能だ。
アイテムのストックは十分だから、街全体をカバーできるし、津波が去った後にまた元の場所に戻せばいい。
それでも、建物は守れても土台である土地までは守り切れない。
津波は塩水に加えてゴミまで運んでくるから掃除が大変だし、農地や道路も破壊されてしまう。
だからやっぱりボツである。
「オーマイガーッ!」
あっさりと万策が尽きた俺は、天に向かって叫んだ。
今度は冗談ではなく、真剣に神に祈りたい気分だ。
いや、むしろ神を呪いたい気分……。
無念である。
大自然の前には、人の力なんてどんなに背伸びしても無力なのだろうか。
俺には規格外の力があるのだから、きっと有効な解決策も残されていると思うが、それを絞り出すだけの知能が足りない。
今更ながら、レベルが上がっても知能は上がらない事実に気づいてしまった。
俺が元々アホなせいもあるが、最近は特に考えるのが億劫になっている物臭な性格が邪魔しているのだろう。
これだから、大雑把で飽きっぽいO型は駄目なんだよ。
「レベル、魔法、アイテム。どんな事態が起きても、この三つの力のいずれかで対応できると思っていたんだがなぁ……」
そのために、大きな力を三つも集めたはずなのに。
三つの力があれば。
三つの力……、三つの…………、三………………。
――――そうかっ。
三つのうち、どれか一つに限る必要はないのだ。
三つ全ての力を使えばいいのだ。
俺は「三本の矢」の意味を正しく理解していなかったのだ。
鍛え上げた肉体美。
神様からのギフトである魔法。
悪魔からのギフトであるアイテム。
この、人の力、神の力、悪魔の力を同時に使う事こそが、俺にとっての「三本の矢」だったのだ!
「そうだっ、三つの力を合わせれば、何だってできる!!」
俺は、ようやく友情に芽生えた戦隊ヒーローのように、高らかに宣言した。
残念ながら、力を合わせるのは俺一人なんだけどな。
「よし。まずはシミュレートしてみるか…………」
最初に使うのは、悪魔の力ことアイテム。
その中の一つ、収納用アイテム。
最高ランクの収納用アイテムは、正確に確かめた訳ではないが、学校にあるプール一つ分に及ぶ大量の水を収納できる。
すごいぞ、アイテム!
ありがとう、魔王様!
神様なんかより悪魔にばかり感謝している気がする。
……だが、津波の水量に比べれば、遙かに及ばない。
だったら、どうすればいいか。
決まっている、及ぶまで繰り返せばいいのだ。
次に使うのは、神の力こと魔法。
この中の一つ、俺のオリジナルである複製魔法。
収納用アイテムの容量に限度があるのなら、数を増やしてしまえばいい。
単純でアホみたいな話だが、複製魔法ならそれが可能だ。
ただし、複製魔法も魔力を消費するため、使用限界がある。
しかしそれさえも、無駄に心配性な俺が大量にストックしている魔力回復薬を飲めば容易に解決できる問題なのだ。
最後に使うのは、人の力こと肉体。
アイテムや魔法を迅速に使いながら移動し続け、広範囲の津波を消し去らなければならない。
収納用アイテムを起動するには対象物に触れる必要があるため、特に移動速度が重要だ。
広範囲とはいっても、街に影響が及ぶ範囲だけでいいので、津波全体からしたらほんの一部にすぎない。
それに、陸地に近づくにつれ、津波の速度は下がっていくと聞いた事がある。
だから、レベルにより大幅に向上している身体能力であれば、ギリギリ対処できると思われる。
「……よし、これなら何とかなるかもっ」
他に有効な手段を思い浮かばない。
時間もないし、もう、これに賭けるしかない。
もう、覚悟を決めるしかないのだ――――。
「失敗したら、一緒に逃げような、シスター…………」
最後に泣き言を入れて、直に見える距離まで近づいた津波と向き合う。
海が襲ってくるとはよく聞く例えだが、まさにそう。
巨大な水の壁が、何もかもを飲み込もうと押し寄せてくる。
それに加え、全てを噛み砕くような不気味な音も発している。
俺が創った偽魔物だけでなく、魔王様が創造した魔物なんかとも比べものにならない迫力だ。
これが、自然界が生み出した本物の魔物なのだろう。
「すごいな…………」
人智の及ばない圧倒的な相手を前に、ある種の感動を覚える。
そして、この期に及んで、恐怖を覚える。
……とにかく俺は、決まった作業をこなしていけばいい。
作業工程は、こんな感じだろう。
一に、収納用アイテムを「複製」する。
二に、そのアイテムを指に「装着」する。
三に、アイテムを使用して津波の一部を「収納」する。
四に、満杯になったアイテムを「破棄」する。
五に、アイテムの有効範囲以外へ「移動」する。
基本は、この繰り返し。
そして六に、魔力が切れたら薬アイテムを飲んで「回復」する。
「…………」
もう、津波は目の前。
手を伸ばせば届きそうな距離。
普段必要としない身体強化魔法をフルに起動。
全能感が脳髄を支配し、いつも眠たげな目が大きく開く。
今なら何だってできそうだっ。
「――――っ」
なあ、知っているかい?
おっさんだってなぁ……。
偶には本気になりたいんだよっ!
「――――おっ」
複製。
装着。
収納。
破棄。
移動。
複製。
装着。
収納。
破棄。
移動。
「――――おおおっっ」
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
複製、装着、収納、破棄、移動。
「――――――きぃぃぃえぇぇぇろぉぉぉぉぉっーーーーーー!!」
複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動複製装着収納破棄移動回復――――――――――。
「――――っ」
目の前にある巨大な水の塊がさくさくと消えていく様子は、まるで砂取り合戦をしているみたいに満足感を与えてくれる。
「――――――っ!」
パターン化され単調になった頭脳と、素早く動き続ける肉体とが相まって、高揚感が増していく。
「――――――――っ!!」
久しく感じていなかった肉体の疲れが、己が生きている事を教えてくれる。
「――――――――――っ!!!」
削り取られては、すぐに押し寄せ、そしてまた削り取られる海。
「はっ、はははっ、はははははっっ――――――――」
このまま全ての海を消し去りたい気分だっ。
「消えろ消えろぉぉぉ、海なんか消えてしまえぇぇぇぇぇ!!!」
リア充の巣窟である海なんて、全部消えてしまえばいいんだっ!
「――――うみぃぃのぉぉぉばぁっきゃぁるぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!!!!!」
…………俺は。
若かりし頃の恨みをぶつけるかのように。
延々と。
海を消し続け。
そして。
我に返った時には…………。
海は、静けさを取り戻していた――――――。