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自然崇拝教のシスター③/そろそろ開幕のブザーを鳴らそうかな。




「――――それでは旅人様、街の皆様方に避難して頂くにはどうすれば良いのでしょうか?」


 うーん、俺に聞かれてもなー。

 神の代弁者であり麗しき乙女で更におっぱいが大きいシスターが説得して駄目だったのだから、通りすがりの怪しいおっさんが熱弁しても誰も聞かんだろうて。

 正直、真っ当な説得は無理だろう。

 シスターに諦めてもらう方が、まだ説得しやすいというものだ。


「正直に言っていいか?」

「はい、わたくしにはありのままに全てを受け入れる覚悟があります」


「無理じゃね?」

「おーまいがっ!」


 シスターは俺がそうしたように、大げさに頭を抱えながら空に向かって叫んだ。

 ……やけに潔いと思ったら、この台詞を叫ぶチャンスを狙っていやがったな。

 自ら前振りして他人の持ちネタを再利用するとは、中々どうして一筋縄ではいかない相手のようだ。


 流行っちゃったらどうするんだよ、おい。

 職業柄なのか、「神」に関連する事項に強い関心を示すのだろう。

 子供かよ。

 信者相手に神様グッズを販売したらボロ儲けできそうだな。


「……まず確認したいんだが、シスターのお告げはどれくらい正確なんだ?」

「そうでございますね。これまでに二十回以上のお告げがありましたが、どれも間違いありませんでした」


「それはそれは……。とどのつまり、明日に大規模な地震が起きるのは確定的に明らかなんだな?」

「正確には昼頃でございますねっ」


 あっさりと肯定するシスター。

 そこには悲痛さが感じられず、むしろ喜びに満ちている。

 彼女にとって自分の予知とは、疑う余地もない決定事項なのだろう。

 シスターにとっては神のお言葉だから、当然かもしれないが…………。



 ――――そうだ。

 今更ではあるが、彼女の予知能力を裏付けるためにも鑑定してみようか。


名前:セシエル

種族:人族

職業:自然崇拝教シスター

年齢:22歳

レベル:11

スキル:『災害予知5』

魔法:無し


 あーあ、久々に出ちゃったよこれ。

 一つの特技に極振りしたステイタス。

 完全特化型。


 とても珍しいタイプなのに、何故だか知り合いが多い。

 付与魔法特化のミシルしかり、好奇心スキル特化のお嬢様しかり。

 そして、予知スキル特化のセシエル嬢の登場。

 誰かさんのせいで厄介なイメージが強い特徴であるが……。

 人間性を差し引いて考えれば、能力の高さ、すなわち予知の精度という点では信頼できるだろう。


 要するに、この街にいる限り、地震の襲来は避けられない――――。


「……日が暮れてきたから、自分の街に帰っていいかな?」

「おーまいがっ!!」


 だからパクリ禁止だって。

 俺以上に使いこなしている感が恨めしい。


 まあ、帰るのは冗談…………かどうかはさておき、確実に発生する災害を前に見て見ぬふりは流石に後味が悪い。

 化けて出られでもしたら最悪だ。

 若くて未練たらたらな巨乳シスターの幽霊なんて怖すぎる。


 やはり、揉め事には首を突っ込まず、最初から逃げるべきだったな。

 何も知らなかったら、罪の意識なんて似合わないものに苛まれず済んだはずなのに。

 好奇心が裏目に出てしまったか。

 んんっ?

 もしや、お嬢様のスキルが伝染してないだろうな?

 昨今の好奇心スキルの爆上げっぷりからして、妙な影響が出ている可能性を否めないのが恐ろしい。


 …………とにかく、だ。

 ここまで来たら仕方ない。

 後悔先に立たず、いやいや、乗りかかった船、というヤツだ。

 潔く諦めて、精々建設的に考えてみよう。

 逃げるのはいつでも出来るしな。


「一応聞いておくが、シスターには街の有力者を説得する以外の案があるのかな?」

「いいえ、さっぱりでございます」


 さっぱりとした表情で、さっぱりと答えるシスター。

 はぁ~さっぱりさっぱり。

 俺が言うのも何だが、本当にやる気があるのか不安になる。


「いっそのこと、有力者に金を渡して動いてもらうってのはどうだろう?」

「自然崇拝教は清貧に甘んじております。率直に申しますと、信者や支援者が少ないためお金がございません」


 なるほど、信者の数と資金は比例する訳か。

 率直過ぎる!


「緊急事態と割り切って、シスターの体を使って説得するのはどうだろう?」

「わたくしは力が弱く、攻撃魔法も持ち合わせておりません故、殿方に勝つのは難しく思います」


 素かどうか定かではないが、最低なセクハラ案も却下されてしまった。

 結構良い案だと思ったのだが。

 シスターの胸部に装着された凶悪な二つの爆弾で攻撃すれば、大抵の男はイチコロだろうに。

 もしかして、自分の魅力に気付いていないのかもしれない。

 下手に自覚して迫られても困るから、黙っていよう。


 ……いや、違うぞ?

 決してふざけている訳じゃないんだぞ。

 何でもいいから片っ端から案を出し続けていれば、ふとした瞬間に良案が思い浮かぶ場合もあるのだ。

 だけど、正攻法も、金も、色仕掛けも駄目だとすれば…………。

 そうかっ!

 先程シスターが勘違いしたように、力ずくで攻める方が手っ取り早そうだっ。


「……うん、この方法なら上手くいくかもな」

「ああっ、本当でございますかっ!?」


 この方法なら確かに可能だろう。

 しかも俺が得意とする力業なので、成功する確率も高い。


「方法はある。――――手段を選ばなければ、の話だが」

「手段、でございますか?」


「だから、根本的なところを確認しておきたい。シスターの目的は何だ? 街の住民を助ける事か? それとも、それは手段であって信仰を広める事が目的なのか?」

「もちろん信者が増えるのは喜ばしいです。ですが、自然崇拝教の教義は自然との調和。自然現象があるがままに起こり、人々もまた助かるのであればそれに越した事はございません」


 随分とご大層な建前を言っているような……。

 それでいて、俺が聞きたい本質とはどこかズレているような回答である。

 はぐらかされているのではなく、元々大きな認識の違いがあって噛み合わない感触だ。


「……この方法は、信仰を広めるどころか、下手すると悪評を振りまく結果になるぞ?」

「何の問題もございません。それで評判を落としたとしても、神は気にしないでしょう」


 その神が元凶だからな。

 自業自得になるのだろうか。

 シスターの真意は最後までよく分からなかったが、とにかくどんな方法でも試してみるって方針のようだ。

 たとえ己が泥を被る結果になっても――――。


「だったら、あくまで一案として提案しよう。実行するかどうかを決めるのは、シスターに任せる」


 俺は、誰かの命に責任なんて持ちたくない。

 災害を予知する神託スキルには興味がある。

 この場に俺が立っている偶然に、運命を感じない訳でもない。


 だから、意見程度は出そう。

 明日一日くらいはフォローしよう。

 だけど、上手くいく保証がないから、決断なんてしたくない。

 命懸けの覚悟なんて、神を信じる者と公務員と人の親が持つべきだ。

 しがないサラリーマンで今は無職な俺が背負う理由なんてないのだ。


 ……そんな思いを言外に示しながら、彼女に問う。


 その答えは――――――聞かずとも分かっているけどな。




◇ ◇ ◇




 その日、海辺のとある街に厄災が降りかかった。


 街の住民は、いつも通りに目を覚まし、朝食を食べ、さあ今日も仕事を頑張ろうと気合いを入れて家を出た頃合いだった。

 何千回も繰り返された日常であり、今日という日が平凡であるが故に、幸福を意識した者はいなかっただろう。


 そんなぬるま湯に浸る人々を嘲笑うかのように。

 あるいは日常という檻に囚われた人々を解放するかのように。

 強烈な存在感を誇示しながら、街に襲来するモノがあった。


 意志を持って人類にあだなすソレは――――もちろん魔物である。



 凶暴な魔物の存在表明は、大きな雄叫びから始まった。

 まるで、惨劇の開幕を知らせるブザーのように。

 まるで、呑気に寝ている者を叩き起こす目覚ましのように。

 まるで、「四の五の言わずBダッシュで逃げださんかい! 危険が危ないんじゃ!」と分かりやすく脅迫するように。

 街のどんな建造物よりも大きい真っ黒な魔物は、その脅威を十二分に示しつつ、それでも足らぬとばかりに口から炎を撒き散らしながら侵入してくる。


 パニックとなった住民は、我先にと逃げ出した。

 それは街を守るべき衛兵や冒険者も同様であった。

 ベテランの冒険者でさえ見た事がない巨大な魔物を前に、対抗する術を持つ者はいなかった。

 せめてもの矜持とばかりに、子供や老人を連れて逃げるのが精一杯だ。


 このため、住民の誰一人として気づく者はいなかった。

 凶悪なはずの魔物が、建物を踏み潰さぬよう大きな道を選んで歩いていたことに。

 魔物の口から迸る炎は空を焼くばかりで、地上の民には危害が及んでいないことに。


 ――――そして、迫り来る魔物と反対側に逃げ出した住民は、白い服のシスターが指さす避難場所へと移動する。


 不安に駆られていた人々は、シスターを介して神の慈悲深さを感じたのだろう。

 絶望的状況においても、少しも陰らないシスターの微笑みが、人々を安楽へと導いていく。


 ……もしも住民が冷静であったのなら、疑問を抱いただろう。

 シスターは何故、魔物の襲来を事前に知っていたかのように、逃げ出す先で待ち構えていたのだろうか。

 シスターは何故、遠くに逃げ出さず、街の近くにある丘の上を避難場所に選んだのだろうか。


「そしてシスターは何故、人体の仕組みを無視したかのような巨大すぎる胸を持っているのだろうか。……なんてな」


 運命の日を迎え、未だやる気の出ない自分に緊張感を抱かせるため、目の前の出来事を劇場風に語ってみたのだが、もう十分だろう。

 そこそこだが、話に入り込む事ができた。

 この残酷な茶番劇において、俺はそこそこ重要な役だから失敗は許されない。

 もちろん悪役だけどな!


「街の住民は大した怪我もなく逃げ出せたようだ。……第一幕は成功と言っていいだろうさ」


 隠蔽用のアイテムで姿を隠し、巨大な魔物もどきの肩に乗っている俺は安堵した。

 下手に洞察力の高い愚者に偽物だと見破られなくてよかった。

 下手に勇気あふれる馬鹿が特攻してこなくてよかった。

 下手に偽魔物を動かして街を破壊せずに済んでよかった。


 最初から躓いていては、到底成功が望めない長編劇なのだ。



 ――――そう、俺が提案してシスターが決定した作戦とは、魔物という分かりやすい脅威を目の前に突きつけて住民を強制的に避難させる方法だった。


 とにもかくにも、倒壊した建物に押し潰される危険が高い街中から遠ざかるのが最優先事項。

 その先はどうにかなるっしょ、といった感じの捨て身な作戦なのだ。

 巨大な偽魔物は、お決まりの付与紙を十枚ほど合体させて造っている。

 付与能力は本当に便利だな。


「後は、住民が街に戻ってこれないよう適当に偽魔物を暴れさせておけばいいだろう」


 第一幕は無事に終わったため、幕間に一息つきながら、第二幕が始まる時を待つ。


 幕間が長すぎて、余所から討伐部隊が派遣されてきたら面倒だよなぁ。

 この付近に他の街はないから、早くとも一日以上は時間が稼げるはずだ。

 もしもシスターの予知が外れて、明日にでも討伐部隊が来た時は追い払うべきだろうか、それとももう一日くらい粘るべきだろうか。


 その部隊の中には勇者と呼ばれる人類最強が居たりして。人類の救世主と戦う俺は悪役を通り越して悪そのもの。世間様に顔向けできない。もう魔族に雇ってもらうしかない。魔人と呼ばれる幹部クラスは女性ばかりみたいなのでそれも悪くないかも。でもポンコツトリオのようなポンコツばかりだと嫌だ。そういえば魔王様は魔人を創れるんだよな。好みのタイプをたくさん創ってもらえば幸せになれるだろうか。人形を相手にしているようで空しい気もするがそれはそれで背徳的な快感が味わえそうで悪くないかも……………………。


 などなど、と。


「――――おおっ?」


 益体もない事を考えながら時間を潰していると、程なくしてソレは現れた。


「本命の第二幕の始まりか……」 


 偽魔物の登場はオードブルにすぎない。

 メインはちゃんと別にあったのだ。


「でかい……、震度7クラスの激震だな」


 偽魔物から降りて地面に立ち、揺れ具合を体感する。

 立つのも難しいほどの大きな揺れが街全体を襲っている。


 俺がまだ地球に居た頃。

 大地震を体験する以前は、地震が起きたら家が潰れる前に逃げ出せばいいとかアホな事を考えていた。

 ところがどっこい、実際にその時になったら逃げるどころか立ち上がる事さえもできない。

 愕然としながらも、「ああ、こうやって人は死んでいくのか」と妙に冷静な考えが浮かんだものだ。

 できれば、もう二度と体験したくなかったのに。


「…………これは確かに、大災害だ。街の中に人が残っていたら危なかったぞ」


 連続する大きな地揺れに耐えきれなくなった建物が崩壊していく。

 それなりに立派な造りに見えたが、耐震なんて全く考慮されていない構造だったのだろう。


「まさか、ここまでお告げが的中するとは、な」


 災害が起こる瞬間を目の当たりにし、予知は間違っていなかったのだと強く実感する。

 シスターのスキルを疑っていた訳じゃないが、その精度に関しては確証がなかったのだ。

 だが、こうして完璧な結果を突きつけられては信じる他にない。


「見事なまでの正確さだよ。一家に一シスターは欲しいね」


 やはり、この世界のスキルは凄い。

 概念的なスキルの持ち主が少ないので確かな事は言えないが、他人に直接影響を及ぼす力はなくとも、スキルを使う当人に限っては何でもやれそうな印象である。

 スキルを上手く使えば、レベルが大きく上回る相手にも勝てるだろう。

 いつか俺を殺すのは、そんなスキル持ちかもしれない…………。


 さて、変なフラグを立てるのは程々にして。


「……そろそろ、次の準備をしないとな」




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