ある日、満足した男①/道楽の始まり
そんなものだろう。
気分とは逆に、その日の天気は悪かった。
春の嵐にしては乱暴すぎる暴風暴雨に巻き込まれ、車内からの視界は極端に狭くなっている。
それでも俺は、運転を続けていた。
本日は3月の末日。
年度末に集中する納品地獄を乗り切った高揚感は、隠しようがなかった。
会社に残ったままでは仕事が終わった実感が湧かないため、天候不良にもかかわらず帰宅を急ぐ。
この大雨ではコンビニに寄る気力も無く、とにかく家に帰りたい一心で車の運転を続ける。
後は山越えすれば到着だ。
「あー、やっと終わったなー」
気の抜けた心境が口から漏れる。
しばらく仕事から解放されるのだ。
今年度は珍しい事に全業務がキッチリと終わり、年度またぎの継続物件が無い。
一段落、いや人生の区切りと言えるほどスッキリしている。
仮にこのまま失踪しても、会社への迷惑は最小限に抑えられる希少な時期。
などと、無闇に物騒な事を考えるほどハイな気分だ。
――――そう、この時の俺は、過去最高の仕事量を終え、かつてないほどの満足感を得ていたのだ。
「何して遊ぶかなー」
明日からは、溜まった有休や代休をフル活用し、長期休暇を楽しむ予定だ。
まあ、家でゴロゴロして漫画やゲーム等の二次娯楽を楽しむだけなのだが。
30代独身男の趣味としては如何なものかと思うが、これが一番面白いのだから仕方ない。
二次娯楽――――アニメ、ゲーム、漫画、小説などなど、様々な媒体で繰り広げられる現実とは異なる世界に浸るのは至高の娯楽である。
部屋に山積みとなっている作品達を思い、にやにやと一人不気味に笑いながらアクセルを踏み続ける。
段々と酷くなる降雨と雷鳴は、危機感を煽るどころか、逆に高揚感を助長させる。
「はっ、ははっっ、あーはははっーーー!!」
あたかも、それは、非日常的な雰囲気を醸し出し、連日の仕事疲れと開放感でハイになっている俺は、細い目を見開き高笑いをあげた。
――――それと同時に雷が目の前に落ち、咄嗟のブレーキも間に合わず、真っ白に開かれたその空間に飛び込む。
そこで、俺の意識は途切れた。