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俺の下宿先の風呂に人魚が住み着いたんだが……

作者: 秋津呉羽

 突然だが、最近、下宿している家に人魚が住みついた。

 まぁ、拾ってきたのは俺――島谷雄介なんだが。


「ただいまー」

「はぁーい! おかえりなさーい!」


 風呂場の方から妙に元気な声が返ってくる。

 アイツ、一日中、アパートの狭い風呂にいるのに、よくもまぁ、飽きないよなぁ。

 二畳の部屋に一日中詰め込まれたら、俺だったら気が狂うと思うんだが。


「雄介さーん! 暇で暇でしょうがないですよー! 頼んでた雑誌買ってきてくれましたか?」


 へいへい、買ってきましたよ。

 つか、何で俺は人魚のパシリなんてやってるんだろうか。


「ああ、買ってきたぞー! NyuNyuで良いんだろー!」

「違います! MyuMyuですよ! オカマ専門雑誌なんて買ってきて、誰が読むんですか!」


 俺が聞きてぇよ。

 一体誰が得するんだ、この雑誌。てか、あのコンビニもなんでこんな雑誌置いてるんだよ。

 俺は疲れた足取りで風呂場に向かうと、扉を開けた。

 そこには、本や映画の中でしか見たことがない正真正銘の人魚がいた。

 染料を使っていない天然ものの赤毛に、モデル裸足の美貌、そして、玉の様な肌。

 何よりも、腰から下の部分が魚のそれだ。こうして目の前で実物を見ると、そのリアリティーに思わず目を疑ってしまう。

 この人魚、名前は茜という……らしい。本人談だが。

 普通の魚に化けて海を泳いでいた所、定置網に引っかかり、魚屋に直送。そのまま三枚に下ろされるところだったのを、俺が助けたというわけだ。


「何ですかなんですか? 私に見惚れてるんですか、もぅ。雄介さんも穴があったら挿れたい御年頃なのは重々承知してますけど、獣欲のままに女の子を視姦したらダメですよ?」

『追い焚きを開始します。設定温度を――48度、58度、60度、これ以上の温度上昇は人体に甚大な影響を――83度』

「ごめんなさいごめんなさい、調子に乗りました! お願いですから追い焚きは勘弁してく……熱!? 熱い!? ちょ、雄介さん、明らかにゆで卵ができちゃうレベルの熱湯が噴き出して、熱!?」

「俺、鯛のあら煮って好きなんだよね」

「うふふ、美少女の出汁が効いたあら煮が好きだなんて、この変態さんめぇー」

「何だかんだで、お前っていつも余裕あるよな」

「雄介さんがボケるから、こっちも必死に命かけて突っ込みしてるんじゃないですか!!」


 吉本の芸人か、お前は。

 まぁ、その涙目に免じて許してやろう。

 蛇口から水を出しながら、追い焚きをストップしてやると、茜はホッとした様子だった。

 タンパク質の変性は六十度からっていうし、まぁ、人魚にとっちゃ死活問題だろな。


「うぅ、私の命は常に雄介さんが握ってるんですね……」

「物騒なこと言うな」

「生殺与奪を自由にできるからと、毎晩毎晩、私が嫌だって言ってもイヤらしいことを」

「してねーよ」

「何でしないんですか」

「して欲しいのかお前は」


 おい、頬染めんな、コラ。


「私、未経験ですから優しくしてくださいね……」

「しねえって言ってんだろ。そもそも、ねーちゃんが許すわけないだろ」

「秋穂さん、そこら辺厳しいですよね。だから結婚できないんですかね?」


 うわ、なんつー命知らずな。


「あのな……ねーちゃんの前で結婚の話題を出すなよ。絶対だぞ?」

「分かりました。前フリですね?」

「首を支点に頭が360度回っても良い覚悟があるならな」


 島谷秋穂――俺が下宿してる家主で、今年で二十九歳。

 務めている会社では女性でありながらその辣腕が評価され、その若さでありながらも管理職に就いており、今なお着実に結果を出している。

 学生時代から文武両道を地で行き、眉目秀麗にして、性格も良し。もちろん、学歴も凄いことになっている。俺が通っている大学なんぞ、ねーちゃんからすれば鼻くそレベルだろう。

 島谷秋穂は文句のつけようもないパーフェクトレディーだ。

 だがモテない。

 世界七不思議に入ってもおかしくないぐらいモテない。

 婚活パーティーに行って三十八名のメールアドレスをゲットするも、ただの一人からもメールが来ないという偉業を成し遂げるほどだ。

 男っていう生き物はプライドが高いから、ねーちゃんみたいなデキル女は手が出しにくいんだろう、たぶん。

 まぁ、ねーちゃんも行き遅れになりたくないから婚活必死になりすぎてるところもダメなんだろう。この前、従妹の結婚式のブーケトスの時、リノリウムの床をスライディングしながらブーケをキャッチしたのを見て、男性陣がドン引きしていたのは今でも忘れない。

 あれ、サッカーの試合だったら確実にレッドカードだ。

 ちなみに俺もドン引きだった。


「秋穂さんが入籍するのはいつになるんでしょうねぇ……」

「知らんがな」

「私と雄介さんの入籍はもうすぐだというのに」

「え?」

「え?」


 いや、何でって顔するなよ。俺がしてーよ。


「いや、お前と入籍なんてするはずないだろ」

「何でですか!」

「俺が聞きたい」


 盛大に水をまきちらしながら、風呂の縁に手を置いて、茜が上半身を持ち上げる。


「いいですか! よぉく、聞いて下さ――今、私の胸見てましたよね?」

「いいから続けろ」


 くそ、目ざとい……! しょうがないだろ、男なんだから。


「雄介さんは、私が三枚に下ろされるところだったのを助け、更に、海に帰れるまで体を休める場所まで提供してくれました」

「まぁ、そうだな」

「もう結婚以外の選択肢はありませんね」

『追い焚きを開始します。設定温度を――48度、58度、60度、これ以上の温度上昇は人体に甚大な影響を――』

「いや、本気です! 本気なんですボケてないです! 極めて真面目な熱い―――ッ!!」

「へぇ、最近のオカマって女と見分けがつかないんだなぁ」

「人が煮殺されかけてるのに、NyuNyu見てる場合じゃないでしょう!!」


 茜が必死に手を伸ばして、追い焚きのスイッチを消した。

 何だよ、手を伸ばせばきちんと届くんじゃないか。


「い、良いですか……人魚はとても一途なんです。人魚姫のお話は知っていますか?」

「ああ、お前とは似ても似つかない清純な人魚がヒロインの物語だろ?」

「『清純』と辞書を引いて来てください。二番目に私の名前が書いてありますから」


 一番目と言ったら目つぶしを食らわしてやろうと思っていたが……小癪なことに、コイツは俺が反撃するギリギリのラインが分かってきたようだ。


「人魚姫はヒレを裂かれるような痛みをこらえ、声を奪われてなお、愛する王子様の元へ。声が出せないことが原因で、互いにすれ違いながらも惹かれあう二人……けれど、最後は王子と一緒に悪い魔女を倒して、二人は結ばれ、ハッピーエンドに――」

「それ、原作だと人魚は死ぬんだけどな」

「……え?」


 てか、なんでお前が知ってるのがウォルト・ディ○ニーのリトル・マーメイドの方なんだよ。


「王子は難破した時に命を助けてくれた人が人魚だと気付かずに、浜辺を歩いていた別の女性と結婚。人魚は悲しみに暮れ、紆余曲折あって、最後は海に身投げして泡になって消えるんだ」

「………………え、嘘?」

「いや、マジ」


 アンデルセン童話の原本は確かそうなっているはずだ。昔、小説を書く時に調べた時に、俺自身も驚いたのでよく覚えている。


「うぅ……雄介さんも私のこと、捨てるんですね。私の知らないところで恋人を作って……」

「俺には恋人がいるんだ、って言ったらどうするつもりなんだ、お前は」

「やだなぁ、もう。雄介さんが私以外にモテるわけないじゃないですかぁ。あははは痛ぁいっ!? 割とマジでチョップしましたね、今!?」

「追い焚きが良かったか?」

「わーい、チョップさいこー!」


 確かに恋人なんていねーけど、笑って手をピコピコされながら言われると、すげー悔しい。

 うう、ねーちゃんのことあんまり笑えねーよなぁ。


「でも、人魚姫の話のラストがどうであろうと、一番大事なのは人魚が一途だということです」

「はいはい、さいですか」

「むーさっきから、大好きですって言ってるようなものなのに」


 いやもう、マジで止めろそれ。照れるから。

 俺は、少しわざとらしく見えるぐらい大きくため息をつくと、茜に背を向ける。


「ほら、昼飯作ってやる。何が食いたい」

「雄介さんが良いです」

「刺身にすっぞ、テメエ」

「うへへ、嫌よ嫌よも好きのうち――すとーっぷ! ストップ! 追い焚きはすとーっぷ!」

「煮られたくなかったら大人しくしてろ」

「ふぁい」


 ブー垂れながら、茜が返答する。

 しょうがない、この手のかかる人魚の昼飯を作るため、俺は台所に立つのであった。


ちょいと暇つぶしに短編を投下。

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