彼女(武器もち)は天使みたいないい子でした。
昔々、まだ科学と魔法が共存しており、その存在自体をまだ人間が理解していなかった頃。ある王国は滅亡の危機に瀕していました。
「王国滅亡の危機を排除してくれる勇敢な者はおらんのか」
王様は言いました。そこに現れたのは一人の勇敢な若者でした。若者は魔法と科学を理解しており、その二つの知恵と一つの聖剣をもって、王国の危機をすくいました。王はその者に褒美を与えましたが、この若者が強大な力を持つことを恐れた王様は若者の体を二つに切り裂き、聖剣を柄の部分と剣身の部分、そして鞘の三つに分けて封印しました。二つに分かれた若者の体の一方は魔法の知を、もう一方は科学の知を持って分けられそれぞれ別々に封印されました。それから何千回、何万回の夜と朝を迎えたその世界は突如バランスを崩し二つに分かれたと言います。一方では魔法が発達し、また一方では科学が発達しました。これが今私たちが住んでいる世界と、そしてもう一方の世界が一つだったころの話、『始世の話』です。
1
朝比奈颯太はが目を覚ますとそこには見慣れた天井、視界の端に移るのは朝の日の光。時計を確認すると起きる時間を10分ほどまわっていた。布団から出て一階へ続く階段を降りると、お腹がすく良い匂いが充満していた。台所にはせっせと朝食の準備をする後姿があった。
「あ颯太、おはよう! もうすぐでご飯できるから待ってってね」
振り返り颯太に笑いかけたのは幼馴染の幸村みのりであった。颯太の母は颯太が幼少のころに亡くなった。お父さんは颯太を養うために仕事を頑張っているのだが忙しくてあまり家に帰ってこない。よって世話好きのみのりがよく朝ごはんの支度に来るのだ。そんな彼女の口癖が、
「ほんとに颯太は私がいないとダメなんだから! 」
である。実際颯太も少しそう思っている節があるので、何も言えないし、言う必要もないなと思っている。朝食をすまして家を出る二人。学校へ向かう道中にみのりが思い出したように颯太に告げた。
「あっ、そうだ。颯太、今日私たちのクラスに大学生の人が教育実習で来るんだって」
「へ―そうなんだ全然知らなかったよ」
「どんな人なんだろうねー楽しみだな」
と他愛のない話をしていた。家から20分ほどのところに学校があり、そこに着くまでふたりの会話は途切れず本当にどうでもいいようなことをひたすら話していた。これが本当にいつまでも続くと、そう信じて疑わなかった。
2
「今日から一か月お世話になります。○○大学から来ました、4年の久遠亮です。大学での専攻は文学です。よろしくお願いします! 」
朝の職員室にぱちぱちと拍手が鳴る。今日から教育実習で来た大学生4人の自己紹介がたった今終わったところだったのだ。その最後が久遠亮であった。亮自体、この高校には5年前に通っていた。正直いい思い出はそんなに無かったと思うのだが、やはりそこは母校、来てみれば懐かしく思えて来て感慨にふけっていた。
「では久遠君、さっそく我がクラス2年2組に行きましょうか」
亮に声をかけてきたのは2年2組のクラス担任の相沢だった。髪の毛にちらほら白髪が目立っている初老の男性といった感じだった。はいと応答し相沢の後をついていく。
「久遠君は何かスポーツをやっているのかね? 体つきがしっかりしているようにみえるが」
前を向いた状態で相沢が喋りかけてきた。
「いや、特にこれといったものはしてないですが。親父が武術の先生だったのでただ単に鍛錬を積んでいるだけっていう感じですかね」
と相沢の背中を見ながら返答した。そうかそうかと相沢は首を縦に振り、「若いっていうのはいいね」と呟いた。そうこうしているうちに2年2組の教室に着いていた。
「よし、まぁそんなにカチカチにならなくても大丈夫ですよ。私のクラスの子はみんないい子です」
ニコッと笑い相沢は教室の扉を開けた。先に相沢だけが入り、騒がしかった教室は落ち着きを取り戻し所でしゃべり始めた。
「えー、風の噂で聞いてるかもしれないが、今日から夏休みに入るまでの一か月間、うちのクラスの担任と国語科の授業を担任することになった教育実習の方が来てくれた。女子生徒喜べ、結構なイケメン君だぞ」
おいおい、そんなにハードル上げるなよ。相沢の冗談が今はきつい。ではと、相沢の合図で亮は教室に入った。クラスは再びざわつき始め、相沢がそれを抑えた。
「えっと、先ほど相沢先生から紹介にあずかりました。久遠亮と言います。僕自身この高校に通っていて皆さんと同じように授業を受けていました。今日からは授業をする側ですので懐かしいような新しいような複雑な気持ちですけど今日から1か月間お願いします」
ぱちぱち問われるほどの拍手をしてくれた中で2人生徒が立ち上がった。その生徒達は満面の笑みを浮かべていた。
「亮君、ですよね! 」
二人が声をそろえていった。亮の方もその生徒達を見た瞬間思い出した。
「お前達、もしかして颯太とみのりか? 」
朝比奈颯太と幸村みのり。覚えている、自分が小学校低学年の頃よく公園で一緒に遊んだ。中学生に上がり色々あって遊ぶことはなくなってしまったが、あのころがとても楽しくて未だに思い出すことができる。亮は泣き別れた息子たちにあった思いがして泣きそうだったが、そこはぐっとこらえた。
「感動の再会の途中で悪いが、そろそろ1時限目をはじめないと…」
申し訳なさそうに相沢が割って入る。そうだ自分の立場を忘れていた。すみませんと亮と、颯太とみのりは謝り席に着いた。
「じゃあ始めようか。初っ端からだけどよろしくね、久遠先生」
相沢は亮の肩をたたき教室の後ろの開いている席に座った。
「じゃあさっそく、授業を始めます」
緊張をはらんだ教育実習初日だったが懐かしの友に会えてそんなものが一気に吹き飛んだ亮であった。
2
「いやー、久しぶりだったね! 亮君に会ったの。あんまり変わってなかったね」
学校の帰り道、夕暮れに背中が照らされながら颯太とみのりは家に向かって歩いていた。話題は当然と言えば当然だが久しぶりに再会した久遠亮の事であった。いつもはもうちょっと早い時間に帰れるのだが、放課後三人で図書館に集まり、今まで共有できなかった時間を埋めるように話し合った。そのおかげでいつもより帰る時間がだいぶ遅れたんだ。
「そうだね。でも…」
颯太は少し顔を曇らしていた。
「どうしたの? もしかして…」
みのりもつられて顔を曇らせる。しかし彼女は彼が暗くなる理由が少しわかっていたような気がした。颯太が頷いたのを見てそれが確信に変わる。
「みたのね、どんな感じだったの? 」
颯太は生まれ持っての才能のようなものがある。それは人を見た時に『何か』が見えるというものだ。それは靄で現れたり、雫のように滴り落ちたり、ゆらゆらと揺れる蜃気楼のようになものにも見えたりする。また、色もさまざまで赤だったり青だったり、黒色だったりする。全員というわけではない、むしろ見えない人の方が多いのだ。
「亮君は…分からない。色も形状も見たことがないようなぐちゃぐちゃした色だったよ。あんなの見たことがないよ。でもそれを抑えているような気がした」
「そう…そうなんだ」
夕日ももうすぐ沈み切るという時に、颯太が思い出したように言った。
「ごめんみのり。僕今日古本屋行く予定だったんだ。店長に頼み事してて」
「またあの昔話探し? 私もネットで探してみたけどそれらしきものはなかったよ」
みのりの言った昔話というのは、颯太が幼少期のころに母に読み聞かせてもらったものなのだがそれはどこを探しても無いのである。今となっては彼にとって母との思い出はそれしかない。だから形見として、母が生きた証明として、傍に置いていたい、颯太はそう思っていたのだ。みのりと別れた後中心街から少し離れた所にある古本屋に向かった。その古本屋が休業日であることを思い出したのは古本屋を固く閉ざすガレージを見た後の事だった。
「こんなんだからみのりにも迷惑かけちゃうんだよな」
自分のこの間抜けな所を早く治したいものだと肩を落として家に向かおうとした。
「昔々、まだ科学と魔法が共存していた時代の話…」
どこからともなく聞こえてくる声に耳を傾ける。しかもこの始まり方、探している昔話と一緒だ。誰に聞いても知らないの一言しか聞けなかった話を、母の声ではないが確かに人が話しているのを聞いて颯太は胸が躍った。どこだ、どこで話している。颯太は必死に辺りを見回す。自分の周りには誰もおらず、ただ声だけが響いている。
「その勇敢な若者は王国の危機を救った後、私利私欲に飲まれ自堕落な生活を送っていました…」
違う、知らない、そんな話は知らない。どうやらこの声は古本屋と隣のビルの間の路地裏から聞こえてきているような気がした。暗い路地裏を必死に走る。
「憤怒した王は勇者に酒を飲ませよったところで、魔法と科学の知恵を聞いた後、彼の持っていた聖剣を使い勇者を八つ裂きに切り殺しました。聖剣の剣身は勇者の血によって朱に染まり…」
「違うよ! 」
颯太は声の主にストップをかけた。颯太は路地裏を抜けたところにある、ガレージの中に入った。そこにいたのは椅子に座っている青年だった。
「勇者は自堕落になってなんかいないよ。確かに王様は勇者二つに裂いたというけど、それは僕は違うと思うんだ」
颯太にとって大切な母との思い出だ。それを酷い話に替えられたのを怒っているのだ。
「…どうして? 」
青年は暗く重い言葉で颯太に問うた。
「王様は必死に王国を救おうとしていた。そこに変わりはない。そしてそんな王様の言葉を聞いた勇者もまた、自分のためでなく国のために動いた行動理念は国を愛し君主を愛していたところからだと思うんです。だから…」
「どうしてこの話を知っている? 」
遮ったのは青年の低い声であった。その声はそのまま続ける。
「この話『始世の話』を知っているのはこの世界にはいないはず。つまりお前が…」
青年は不気味に笑い立ち上がり椅子の上に立った。そして高笑いをしながら、
「やっと見つけたぞ! お前が『始世の邂逅』か! 」
意味の分からない言葉を吐かれ、混乱していた颯太はさらに混乱することになる。目の前の青年の体がぼこぼこと膨れ上がり、形容しがたいものになっていく。今の今まで気づかなかったが、彼も『何か』がにじみ出ていた。それはどこかで見たことがあるようなそんな気がする、しかし見たことがないような…。そして颯太の目の前は黒く染まり、ただただ暗闇が広がっているだけのようになった。
3
初日の教育実習を終えた亮はいつも通りトレーニングに勤しんでいた。今日は懐かしい顔に出会った。幸村みのりと朝比奈颯太だ。二人とは小学生の時の友達だったが実に10年ぶりの再会であった。その時は涙腺崩壊寸前ではあったのだが、そこは先生になるという立場、弱みを見せるわけにはいかないとぐっとこらえた。思い出しただけでもにやけてしまう。あんなに小さかった二人があんなに大きくなっているなんて。
「颯太はそのまま優しそうな人間に育ったなーいい成長の仕方だな、うん。みのりはそのまま気の強いかわいい子に育ったなーよく育ってたな!うんうん」
などと、田舎のおばあちゃんのように二人の成長に感動を覚えながらトレーニングを開始する。今からするのはランニングだ。と言ってもダラダラと長距離を走るのではなくほとんど全力で中心街を走り抜けるのだ。しかもおもりをして。
「うし! 行くか! 」
家を出て走り始める、外は島国特有の蒸し暑さに包まれていた。中心街に入ると、亮は路地裏を通った。亮はあまり人混みが好きではない、さらにこんな暑くても長袖を着る。よって必然的に影を求めて疾走するのだ。息が切れ少し視界がゆがんでくる、ちょうど半分ぐらいまで来たか、そう思っていた時何かが壊れるような轟音とともに悲鳴が聞こえた。ランニング中断して悲鳴が聞こえたほうに駆け寄る。そこにいたのは巨大な黒い塊であった。10メートルはあるであろう道を完全にふさいでいる、足が6本ある化け物だった。
「おいおいなんだよこれ。! 颯太!! 」
その化け物の奥に見えた人影、確かにそれは颯太だった。なんでこんなところに? なぜ颯太が襲われている? そんな疑問は瞬時に消え、気づけば亮は横にあった2メートルほどの鉄パイプを握っていた。鍛錬を積んできた通りの構え。流派など存在しないが、ただひたすら教えられたものだ。鉄のパイプを頭上に高く振りかざし構える。標的は足だ。あんなにでかい図体を持ちながら、足は思ったよりも細い、細すぎるほどだ。あんな化け物に真正面から挑んでも勝てる可能性は一ケタ程度だろう。
「颯太! 走れ!! 」
颯太はその声に気付いて、走りながらであるが振り返る。
「亮君! 」
亮はぐっと後ろ足を曲げ、飛ぶように直進した。まずは自分に近い方の足、右後ろ足の関節を内側に折るようにパイプを叩きつけた。化け物の足は内側に不自然に曲がりバランスを崩す。さらに続けて、横の足も同じようにして折った。化け物は気持ちの悪い鳴き声を上げ、胴体の方を地に着けた。亮は颯太のもとへ駆け寄った。化け物は速度は遅くなったもののまだ動けるようで、ずりずりと胴体を引きずりながら迫ってくる。
「走れ颯太、こいつは死んでないぞ」
ショックのあまり喋れないのか、颯太はただうなずき背を向け走って行った。亮はひとまず安心し、また切り替える。目の前の化け物を排除するために。化け物の顔はそれはまるで昆虫のようだった。鉄パイプを振りかざす、その時後ろで地響きが起こった。亮が振り返ると、そこにはさっきのと同じような化け物が颯太の前に立ちふさがっていたのだ。
「颯太! 」
追おうと前のめりになる。しかし足が動かずその場に倒れこんだ。
「くっ! 」
足を見ると何か粘着質なものが足に張り付いていた。引きはがそうとしても取れそうもない。また失ってしまうのか、自分の周りにある大切なものを。嫌だ、それだけは絶対にあってはならない。嫌だ!
「やめろ!! 」
そう亮が叫んだとき、新たに現れた怪物のさらに後ろから、その怪物を飛び越えるものがあった。
「てやぁ! 」
と気合を入れるような声が響き、一閃、化け物は真っ二つに分かれそして消滅した。化け物を瞬殺したその人間は続けて、亮の後ろにいる手負いの化け物の方に目をやると、その場から先ほど化け物を滅した武器を投げ、投げられたそれは化け物の脳天に突き刺さり、さっきのように消滅した。
「大丈夫? 立てる? 」
化け物を倒し、二人の命を救った英雄は颯太に手を貸した。フードのようなものを被り、さらに月が真上にあり、影になってるので顔が見えない。ありがとうございます、と言って颯太は手を借りて立ち上がった。足がふらふらし少しよろけた。颯太は助けてくれた恩人の顔を見る。
「…女の子? 」
「うん! 女の子だよ。私はアキリ=イーゼ・リューネブルクって名前だよ。アキリって呼んでね」
アキリという女の子はまるで天使のような笑顔で颯太に笑いかけた。颯太は見たのだ、彼女から溢れ出る『何か』が、薄暗い周りをも照らすような太陽のような光を。
「よ、よろしく。僕は朝比奈颯太って言います」
頬を赤くに染めながら颯太は答えた。
「あさひなそうた…そうか君が… よろしね、そーた! 」
彼女はふわりと微笑んだ。
運命というものは決められているものなのだろうか。自分の力ではどうしようもない、大きな力で操作されているのだろうか。だとしたら彼と彼女の出会いさえも決められていたものなのだろうか。それは今は定かではないし知る由もない、確証などもってのほかだ。ただこの出会いは、彼の描いていた将来を、頭の中にあった未来図を違う方向へ導くことになっていくそれだけははっきりと確かなものであった。