表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/59

8

わざわざ、私が簡単な発音でって言ったのには理由がある。

 本当にちょこっとしたことなんだけど、私の舌は心持ち短いらしい。で、実はその……カタカナにも弱い。端的な例が『東京バス、ガス爆発』と『近日手術予定』で、『ライクック』と『コミニュケーション』だ。ちなみに発音すると『とうりょうばしゅばしゅばしゅ』になるし、『きんりちゅしゅりつよてぃ』になる。そう、口に出せない単語は何もエロだけじゃないんだ。雰囲気で聞き取ってくれる人はともかく、…………いやだ、怖いこと想像しちゃったじゃないか。異世界補正はこのあたりまでカバーしてくれるんだろうね?

 ん、ついでに言うと正解は『ライラック』と『コミュニケーション』だから。誰に言ってるのかは知らないけど、いい子は覚えておいてね。ライ……クックだよ。


 「ライラックだ」

 「ガストールですので、ガス、と呼んでくださいね」

 「んー、簡単で、となると、ツチ、かな? よろしく!!」

 「そろいもそろって嫌がらせにもほどがあるだろ!!」

 

 私の渾身の突っ込みに全員からきょとん顔される。そ、そりゃそうだよね。だけどどうしてかな。びっくりするほど納得がいかないよ。

 …………物は試しで、そっと口の中で彼らの名前を転がしてみる。


 「ライ……ク? や、ラ、……ライラック、がしゅとーりゅ、ちゅち……」


 あぁぁぁぁダメだ。無理すぎる。よりにもよって、なんでトラウマばかり来たかなコレ!!


 「ナーナ? あの、僕は『優美なる空の覇者、壮麗たる雲の流れに連なりゆくもの、シュラザータムハートレイド』なんですけど」

 「いや無理。それにはもう突っ込みもできない」


 すぱっと切ると、金髪中学生龍はしょぼんと肩を落とす。美人龍がにやにやと彼の背中を叩き、私に笑いかけた。

 

「ミハルだ」

 「…………ありがとう、ミハル。大好き」


 大好きを追加したのにはまったく意味がない。ただ何となく、ケルンと一緒で言いやすくて覚えやすい名前に感謝しただけで。


 「ケルンも、ありがとう」


 私に親切な名前でいてくれて。

 焚火の向こうに笑い、お兄さんたちに向き合う。さて。


 「ライ、トール、ツチ、……ユーリ」


 トールのルがえらい巻き舌になるしツチは吐き捨てんばかりの発声だし、ユーリはどことったんだかわかんないだろうけど。一応、頭に付けられてた優美から取ってみた。

 …………どうよ、と言わんばかりに一人ひとりの顔を覗き込んでみる。ライとトールはうなずいてくれた。ユーリも。けどツチはダメか。ふむ。


 「ブックロゥ」

 「……ブックロゥ。…………ありがとう」


 考え込んでると、ツチが新しい名前を提案してくれる。今度はいける。覚えやすいし詰まらない。

ツチの音がどこにも入ってないことが突っ込みどころだろうけど。ありがとうって言ったらにこっと笑い返してくれたし、ここはスルーだろうな。うん。


 よし整理するか。

 

赤毛碧眼、腰に大剣と胸当て装備の兄貴っぽい人がライ。あからさまに、戦える人だって誇示してくるような……えっと、たたずまい? オーラ? を持ってる。


私だと、魔法使い風のローブとしか形容できない灰青の一枚上着に共布ズボン、長髪青毛、灰色眼のトール。腰のあたりには、今は見えないけど帯剣してあったから、このお兄さんも戦える人だと思う。


んで最後、緑の柔らかそうな巻き毛、森そのものみたいな緑色の眼をしているブックロゥ。シンプルな白シャツの上に暖かそうな上着、濃い灰色のズボン。

 

それと、こっちは私がはっきり意識してるから名前の問題はなさそうな人外トリオね。もふもふの狼、大地の精霊でケルン、美人龍がミハル。中学生金髪龍がユーリ。


 ……ふぇぇ。小説とかゲームの世界だとテキストだからなぁ。覚えなくてもなんとかなったけど。そうやって考えると何人もの名前を瞬時に覚えていくヒロインってすごい子なんでは。

ああでも、とりあえずこれがどんなに馬鹿げてても、もしかしたら夢だとしても、今、彼らとお話ししてるのは私なんだから。覚えないと。

いきなり六人もの名前かぁ。ううう、間違えずに言えるのはいつになることやら。



 「カナ。言葉が通じるようになったので、まずは確認させてください。この場所は、いつまで安全ですか?」


 トールが、魔法使いローブが口を開く。お返事は…………異様なまでにくっきりはっきりとした、私の、お腹の音。


 「…………おいおい、腹にナニ飼ってる」

 

ライが、爆笑したいのをこらえるように上擦った声で聞いてきた。笑いたいのを隠すんならせめて手で口を覆えよ。あ、ダメだ顔を背けられたわ。肩が揺れてる。案外、笑いの沸点が低い人だったらしい。


 「お腹空いてるんだね。何か食べるものを上げたいんだけど、僕の食べ物とか大丈夫かな? さっきは飲めないって感じだったけど」


 どうでもいいけど、たぶん年下であろうブックロゥに気安く話しかけられるのって、ちょっとした違和感がある。あ、どうでもいいんじゃないんじゃん。こうね、高校生にタメ語で語られる感覚って、許せる人と許せない人がいるでしょう? 私のスタンスとしては、許せないほどじゃないけど馴れ馴れしい、ってとこかな。慣れるまで時間がかかるかも。


 …………うん? 安全? 食べ物?


 「まさか、龍が伴侶といるときにその保護を疑われるとは思っていなかったな」

 「我が地に足が付いた状態で鍵の守護を問われるか。なかなか斬新だな」


 美人龍、ミハルがくすりと笑う。青銀のオオカミ、ケルンも口先だけで感心して見せた。もちろん、二人の感情が穏やかじゃないことはその声のトーン、目の色からして明らかで。

 鈍い私にもわかるんだ、トールはハッと息を飲み、慌てて謝罪していた。その隙を狙うように、またもお腹の音が鳴り響く。

 ……えっとねぇ、知らなかったけど、これだけくっきりしっかりお腹の音を聞かれると、羞恥なんて飛ぶね。ぺぺーい! だよ。申し訳ないとか聞かせたくないとかも飛ぶ。自分にうんざりする方が先に来るわけだ。


 「緑の巻き毛が何を持っていようが、ナーナは食べませんよね?」

 「いや? どんな食べ物にも欠片も罪はないよユーリ。けど食べられない」

 「「食べられない?」」


 不思議そうな声に頷いて、ぐるりを見回す。そう、どれだけお腹が空いても食べられないから、さらに自分にうんざりするわけで。


 「申し訳ないんですけど、その…………屋内以外の方とご飯が食べられなくて」

 「やうち?」

 「はい。ああ、……えーと、私のごく個人的な言葉です。身内よりももう少し範囲の広い他人ですね。家族とかじゃなくて、何か月か共同生活してたり、何年とか長期間一緒にいたりした相手も指すわけですけれども」

 

 こんな異常事態だっていうのに自分の中のルールは変わらないんだと呆れる。焚火に座った時にミハルやユーリから勧められた飲み物を口に出来なかった理由がこれだ。何度も口にしてればいずれは楽になるかと思って、親友や事情を知る人には説明してきたことをできるだけさらりと告げる。


「隅から隅まで思いっきり精神的なものなので、認めることすら恥ずかしいんですけど、無理して食べると見苦しいものを見せることになりますのでゴメンなさいです。お腹の音は聞き苦しいでしょうけど…………ああ、私が少し離れたところでご飯を食べても気にならないのでしたら」

「カナがどうしても一人で食べねばならないのだとしたら、どうしてその望みをかなえないわけがあろうか。それはいいが」

「ふむ。脅すわけでもないが我の守護は愛し子が目の届く範囲にいる場合となるな。さらに今はこの敷物の範囲に少々の守りを施してある。ここから離れ、龍の守護である焚火の範囲まで超えるとなると多少、不都合がおこるだろう」

「……守護?」


さっきから何回か聞いた、繰り返される単語を返してみる。ケルンはこともなげに肯定してみせた。


「そうだ。この敷物の上にいる限り、我らの存在自体が下位のモノからは遮断されている状態になっている。遠見の魔法でも見つけられまいよ。どう贔屓目に見てもややこしい状況に陥った我の鍵に対して、そのくらいはな」


図らずもトールの問いにまで答えてくれたケルンの首の間に指を通す。ありがとう、と伝えるとぱたりと尻尾が敷物の毛皮を叩いた。精霊だって言ってたケルンの敷物がその効果なら、ミハルの焚火だって同じような効果なんだろう。ちらりと見上げると無言の笑みで肯定される。


さて、困った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ