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58.


私を抱き込んできたユーリの腕をミハルが薙ぎ払った。左手をケルンが取ってくる。後ろにミハル、右にユーリ。バルトの気配も後ろにした。当然のように兄さんたちの声もする。

目の前には、黒い繭がある。廃墟の光景と相まってなんだかすごくしっくりきた。

繭。

言いえて妙だ。瘴気みたいな靄で取り囲まれて、すごいスピードで回り続けるから球形の鳥籠にも見える。……いや、やっぱり繭か。だってもうすぐ、この中にいる子たちを元にして扉になるんだもん。

開いてる眼球に空気が沁みて涙が出る。痛い。顔もピリピリする。一番最初の扉、トランディーノの時みたいな強アルカリ、もしくは強酸性なんだろうか。空中に漂ってる粒子的な何かは。


息を止めたままだったから、吸って吐いた。踏み出す。体にかかってた手は振り払った。コレは私の役目。でしょ?


息を飲む保護者達が手を伸ばしてくる。見えなくてもわかるよ。大事にされてる。私は、愛されてる。


だから、私も、それを返したい。


一歩一歩進むたびに空間が粘ついてきた。気のせいじゃないと思う。足がくそったれに重い。先に進みたくない。

震える手を必死で伸ばす。繭をあけるんだ。チャックみたいな出入り口を想像しろ私。中に、入るんだ。

ちりちりと金属を噛むような音がして繭に亀裂が入る。裂け目からするりと私をすべり込ませてみた。ミハルたちは見ない。依存したくないから。


繭の中は、思っていたより暴風が吹きすさんでた。ほんの三歩先に子供がいる。私の弟妹と同じくらいの年ごろだろう。引き歪んだ顔がそっくりだ。双子だったんだろうか。

彼らは私の存在に気が付くや否や、二人で手を取り合って私をののしり始めた。正直、何を言われてるのか全く聞き取れない。錯乱してるようで、はっきりとした発音じゃないから。まぁね、何を言われてるのかって、悪口だろうけど。


j:odm;g,w@a.ag

lgpwmgpn:f;khgp


倍速音のスパニッシュ、もしくはフレンチ。一番似てるとしたらその辺りかな。

私はじりじりと進む。座り込んで言葉だけで私を攻撃してくる二人と三角形を描ける位置でしゃがんだ。金切声のレベルにまで上がった怒声を無視して手を伸ばす。勢いよく二人が先手必勝のつもりなのか私を押し倒した。痛い。っつか今、がんって音したよ? 絶対。私の後頭部と岩みたいな繭の床がぶつかって。

それでも二人の服を離さなかったから、私の両腕で一人ずつを抱えて寝転がる形になった。チョーゼツの形容詞でもって、もがかれる。いっそ暴れるだなこりゃ。っおぃ、膝はダメ膝は。


「とりあえず、お疲れさま」


何て言っていいかわかんなくて、口が勝手にしゃべるに任せた。どうせこの子たち聞いてない。頭に血が上る……っていうか自我崩壊の真っ最中なんだもんねぇ。話しかけていいもんだろうか。うーん、対人の専門課程とか大学で教養講演の一環であったな。取ればよかったか。

エクスキュースのための知識はいらん! とか思ってスマンかった。

……しょうがないのでシンデレラの話をした。おむすびころりん。じゅげむ。……ふっふーん。じゅげむはすごいでしょう? 何年か前にテレビであった時に姉の威光を示そうとして覚えたのさ。誰も聞いちゃくれなかったけどさ。


少しずつ双子の抵抗が小さくなってきたのをいいことに、がっつりと脇下でのホールド体制に変えた。おとぎ話って意外と長い。三話を喋るのにどんだけかかったのか。

気が付いたら、二人は私の顔を見上げて黙っていた。


「……なぁに? 次はどんなのにしようか」

「龍退治!」

「王子様とお姫様の話!」


おぉぉ、言葉喋れるのか! 回復したな!

……っつか、ちょい待って。討伐対象なの龍?! 退治されちゃう存在なの? お、おいおいおい大丈夫か私! これからそんなのとずっと暮らすんだぜ?!

あぁ? ……あぁ、王子と姫ね? そっか、こっちでもそんなに人の気持ちは変わらないか。トールとかブックロゥと、そんなふうにおしゃべりしたなぁ。


「よしよしそれではアーサー王の話にしようかのぅ」


忙しすぎる思考にけりをつけて、わざとおばあちゃんの真似をする。女の子の方が笑った。かわいい。……外見のわりに言動が幼いのはこっちの人が老けてるからだろうか。歪みのせいかな。

私が語る物語の中、無事にラストで登場人物が幸せになったとき、二人は大きく安堵の息を吐いた。同時に、どさどさってタイミングよく何かが落ちてくる。私のおなかの上に。

男の子の方が顔を輝かせて折り紙の剣を持ち上げた。女の子の方は……うわ、誰が作ったのそれ。器用だね、クラウンじゃん。

王冠みたいな……や、ティアラか。華麗な髪飾りを頭に掲げる。私も身を起こしてピンで留めてやった。かっわいい。それこそ、王子と姫様みたいだ。


「かわいいね。かっこいいね」


嬉しくなって褒める。二人はきょっとーんとした顔をした。何拍かして、はにかんでみせる。ややややややべぇ。これ、ちょーかわいい。犯罪級に危険キケン。連れて帰りたくなるかわいらしさですよ二人とも。

我慢できずに頬にキスをすると、いきなり二人が点滅を始めた。……っあー、そっか。そういえばこの二人、歪みでした。扉の素だったわ。


我に帰るも、やっぱり必要なことなので二人の頭を撫でて頬にチューする。点滅はいよいよひどくなり、剣とティアラに収束していった。これがどういう事態なのか、もしかしたらこの子たちだってわかってたのかもしれない。だって大人しく飾りを取って、私に押し付けてきたから。

二人の手をそれぞれ、私の太ももに置かせてから剣とティアラを受け取る。唇で表面をなぞればその二つは溶けるように形を変えた。

一つの、大きな南京錠に。

鍵を作ろうと頭に手をかけ、思い直して双子から一本ずつ髪の毛をもらう。私の毛と縒り合せるようにして指を擦ると、氷が水になる自然さで私の手の中に一本の鍵が落ちてきた。水晶のように透明。無色。南京錠と合うサイズなので鍵自体も長い。手のひらにギリで収まるサイズ。


まず、南京錠をあけた。ゲームとかアニメなら、ぱあぁって効果音が付くね。荘厳な音楽でもいい。光が満ちる。柔らかい光が。

黒い繭が、その光に当たってかき消された。途端に感じる保護者達の視線。後ろを見る限り、険しい顔をしてたけど怒ってる感じじゃないみたい。ふむふむ、ようやく信頼を得ましたか、私。無茶しないっていう実績を積んだだけのことはある。

鍵を差し込んだまま、錠のフックを閉じる。かちり。今度は現実にしゅうしゅうと音を立てて光が収束していった。錠に。挿さってる鍵に。

いつもと違うのは、鍵だけが残ったことか。あと、…………あと、ゲートができましたよ国連総長。


なんじゃそら。


ゆっくりと、双子を連れて立ち上がる。ゲート。転移門。ん、門だよ。なんていうかさぁ、地面に書かれた陣から浮かび上がった○こでもドア。あれ私、どうしてそこを伏せた。思考の中でピー音まで入るとはさすがにエンディング、侮れない。


「オーラス、フィナーレ、ラストバトル。これが、大詰めだよね? ケルン」

「しかり」


ケルンの渋い声に押されて、ドアノブを回してみる。押して開くタイプか。んでもって向こう側は見えない。圧倒的に優しい光でも、ここまで集まれば景色も歪む。悪い感覚が欠片もしないから害意もないみたいだけど。

両脇にいた双子の手を取って、ドアへと進ませた。戸惑ってる顔もかわいい……じゃなくて、えっと、行けばいいんだよ。向こうに。行先は知らないけど、あなたたちが、いるべき場所に。


言葉なんていらなかった。私が促すように笑いながら背中を押すと二人も一歩を踏み出した。くるっと振り向いてきて、唇にキスをされる。…………あ、そう。そう? 思ったよりこれは、こちらの挨拶としては普通なの?


目を丸くしてる私がおかしいのか、二人は弾けるように声を立てて笑った。年相応の笑顔。暴力的なまでに前向きな、……なんなんだろうね。オーラ? 生命力? 手を引いてさえくれそうな…………コレが若さか。

冗談はともかくとして、私は行かないことを悟った彼らは肩をすくめ、手をお互いでつなぎ合った。空いてる手を私に振る。行こう? うん、のノリで扉の向こうに消えていった。


さて。…………さて。


「…………」


どうしても、声が出ない。笑うことしかできない。まだ空いてるままのドアを差して、かろうじて兄さんたち、と呼べた。けどそこまでだ。


それ以上、何をどう言えっていうのさ。


兄さんたちは苦笑して、踏み出してくる。近づいてくる。別れの陣に。

私のそばを通り過ぎるときに、三人してそれぞれ、ハグとキスをしてきた。長い。舌を入れられるようなキスは今生の別れとして自然なのか過剰なのか。

と、友達の距離でいたはずなんだけどな! 私はな?!


誰も、一言も発しなかった。ケルンまでもがゲートの向こうに行く。ふぁさり。通りすがりに尻尾で叩かれた。ど、どういうことだろうか。閉めろ? 綴じるの? まだお別れも言ってないのに。


「なに、またすぐに会える」

「……ライ、フラグ立てすぎ」

「あなたに会いたい恋心ですから。馬鹿にするものでもありませんよ? カナ」

「トールめ。くそっ、帰っちまえ男前!」

「……カナって時々だけど言葉が汚い。でもってそれは、気持ちを奥底から絞り出す時だけ。大事なことを言うときにだけ」

「帰れ! 行っちゃうブックロゥに教えてもらわなくてもいいんだから!! 帰れる場所があるんなら帰れよ!!」

「……そう泣くな。煽られそうだ」

「な ん に だ よ !!」


わぁわぁ泣きながら鍵を持って扉のノブを掴む。間違って私が行かないようにか、ユーリとミハルで腰のあたりで服を握られてる。っつかミハルに至ってはいつものごとくお腹に手を回してくる自由さだ。最終回手前のクライマックスでしょ、場面的に。もうちょっと、こう、しおらしく……その分、私が泣いてるけど。


いっぱい好き、大好き。だから、元気で。


しゃくりあげながらどうにかそれだけを言いあげると、どうしてだか兄さんたちが頭を抱えた。ケルンが耳を伏せる。バルトがいわく言い難い呻き声を上げた。ユーリとミハルの足が、同時にドアを閉めたのはその時だ。……や、違うな。思いっきり蹴ったから扉が一回バターンって向こうに行って、反動でかえってきて閉まったというか。涙も引っ込む展開だ。

ああうん、涙は止まらなかった。

ぼたぼた鼻水まで垂らしながら鍵を閉める。てっぺんからうすく消えていくところも、どこでも○アだ。ピンクじゃないけど。木目だけど。


ゲートが消えていく。最後だからか、今回こそは終わりまで見届けさせてもらった。鼻をかまれながら、ミハルにおねだりすると心地よく聞き届けてもらえる。


天然温泉かけ流しのお湯の中で、私は、一人っきりで体中の水分が全部出ちゃうんじゃないかって思うくらいに泣いた。



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