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心の中だけで悪態をついていると、同じようにふぅっと息を吐く気配がした。ぼんやりと、ろうそく一つ分の炎が灯る。みるみるうちに元の焚火の大きさに戻ったけど、なんという真夏の怪談向け演出。

お芝居や映像が媒体なら、きっと私は感心していただろうに。


『いきなり真名を告げるとは大胆な』

「ケルン。私のいたところでは、もうその風習はない。私の名前はあれだけ。……呼べる?」

『伴侶の真名を自分以外に呼ばせる間抜けな龍はいないよ、愛おしい子。かわいい子。…ナーナ? カナ?』

不必要なまでに色気をたっぷりと載せて、黒髪の龍が私の顎を持ち上げる。目を覗き込み、瞼にキスされた。ぽかりと口を開けているのを面白そうに見て、もう一度カナ? と呼ぶ。


「カナでもカーナでもナーナでも。要と呼ばなければ」


どちらでもいいと首を横に振った。真名なんて言葉、ゲームとか小説を読みまくってたおかげで何とか理解したレベルだ。今までの知識と経験を超特急でこの事態と照らし合わせる。テンプレート過ぎる展開のおかげで把握もしやすい。

納得なんてやっぱり、何一つできてやしないけど。

急いで考えつつ、視線を火の向こうにいる三人の兄さんたちにやった。凝視されてる。あぁ、この人たちって顔のいい人たちなんだな。今になって初めて外見を意識したかも。

テンプレート通りなら、腰に剣を下げてる赤毛碧眼の兄貴っぽい人が推定騎士だ。

長髪青毛の灰色眼は年齢不詳で推定魔法使い、……だけど、確かこの人、今は見えないけどやっぱり帯剣してたよね? 魔法騎士とか、そんなんだろうか。

緑の柔らかそうな巻き毛の人はちょっと驚くほどに深く綺麗な森の色の眼をしていて…きっと年下だよね。うん、こっちも頭脳労働者っぽい。さっきも杖を構えてたし。隣に座ってる長髪の、推定魔法使いさんとは目の中の色っていうか、比喩的な意味で目の輝き方が違うから……推定研究者、かな? 

で、焚火のこっち側は、自己申告をそのまま受け取るなら、黒髪黒目の美人女性な龍に、金髪黒目の中学生龍、青銀もふもふの狼は精霊ケルン。


さて、では問題です。



物語のジャンルとして、な ん の テンプレート、でしょうか。



私は彼らから視線を外す。ほんの一瞬だったけど、その美形度は見て取れた。なんて面倒な。トラブルの予感しかしない。いっそ脳筋とかごっついおっさんとか、わかりやすい目印はないのかな。ジャンルが恋愛じゃないフラグってどこにどう立ってるもんだっけ。や、うーん、龍が伴侶だけど女性だから、その手の恋愛で溺愛ベースのルートには進まないってことでいいんだろうか。


というかそもそも、この立ち位置だと誰が主人公だ。


いつの間にか焚火の向こうでもこちらでも、誰もしゃべらなくなっていたけれど、沈黙をどうにかする気になんてなれなかった。

メインで異世界召喚されたモブとか、聞いたことがない。巻き込まれ系ならあるけどね。金髪龍の言葉からすればむしろ、今回の召喚で巻き込まれたのはお兄さんたちっぽいし、あぁ、じゃあ私が超重要サブキャラ、キーキャラだって可能性はどうだろう。鍵だって言われたことにも合う。こっちなら全力逃走推奨だな。

っていうか、思い返しても私、そもそもの召喚の大本であろう人に会ってなくない? 原因っていうか、話をひろげてくれるだろうキャラクターに会ってないんだから、行方くらましルートは選択済みだってことでいいことにしたい。

本命逃亡ルート。アリでしょ。

二度目の召喚された子に勇者というか、この位置を押し付けちゃえば傍観ルートに、……なれる、のかな?

どっちにしろ希望は、こっそり世界に紛れ込んじゃうモブでいい、モブがいい。


「なるほどつまり、ジャンルが恋愛強めのファンタジーで、舞台は乙女ゲームか少女小説、もしくは漫画なのかな。お兄さんたちが溺愛系逆ハーレム要員で、騎士から魔法使い、もふもふから兄貴、後輩、ショタまでいかない年下までカバーした挙句に、これからさらに召喚されるだろう主人公がかなりのチート持ちで私がそのお手伝い、傍観者ルート」


単なる願望という名の希望的観測満載な未来予測が単語になって耳から入ってきたことではっとした。焦って周りを見ると、全員が驚いた顔をして私を見ている。しまった。頭がおかしい人へのフラグ立ててる? 


そうとも、おっそろしく順調にな?!


「えっとでも、要素をぶっこみすぎてメインストーリーが破たんしがち、ゲームなら尻切れタイプ、小説や漫画なら連載ストップする可能性も高いけど、まぁ私はモブだし、お兄さんたちは主人公なんだから生きてはいける。……よね? 万が一、逆ハーレムに失敗したとしてもこれはリアルで、人生は続いてるんだからダイジョブだよ。とりあえず、ね?」


驚いた顔から、ぽっかーんのレベルになっても、まだ美形たちは美形でした。すげぇ。

そして、私がフォローのつもりでさらに自分をあほに見せることに成功したのも確信できた。すげぇ。私の馬鹿さ加減がすげぇ。


驚愕するわ。


いたたまれなくなって周りを見る。女性龍はどこまでも楽しげに、そしてケルン、もふもふの狼はぱたりぱたりと尻尾を振っていた。目の色からすると、ものすっっごく面白がってくれてるみたいだ。……うん、だよね。そりゃモノホンの狂人が、しかも大人しそうなタイプが目の前で妄想を繰り広げてくれるんなら、私だって笑うよ。楽しみだよ。


「あ、頭がおかしい……わけじゃ、ないと思う」

んだけど自信がない。どうやって主張すれば狂人じゃないって証明できるんだよ。そんなのしたことなんてないよ。


あの私、どうやら乙女ゲームの中に、もしくは誰かの小説の中の世界にトリップしたみたいなんです。きっとお兄さんたちはその恋愛小説でいうところの相手の方たちで、私が主人公だとは年齢とか外見からしてもちょっと考えられないのでこの状況は何かのバグで、つまりそのなんていうか、本物のヒロインはもうしばらくすればどこに現れるんじゃないでしょうか。


そんな願望込みの仮説を披露したとして、それで一気に引かれたらどうしよう。ってーか、私がそんなこと初対面の人に言われたらまず間違いなく引く。意味が不明すぎて笑う。聞き返すより先に裸足で走って逃げる。

どうしよう。説明のしようがない。


『ええ。僕は疑ってませんよ?』


人間、どこまでも本気で焦ると表情が消える。久しぶりなレベルの無表情の下で焦ってるとふんわりと手を握られて、意識を金髪龍に向けるよう促された。突拍子もない想像が恥ずかしくて、それを唐突に伝えちゃう自分の低スキルさがいたたまれない。どう考えても初期から今までコミュニケートに失敗し続けてるとしか思えない。

彼らがどんな顔をしてるのか恐ろしくて顔を上げられない上に、どこまでも真っ赤になってる自覚もある。うううう、なんの拷問なんだろう。

だって、握られてる手まで赤いんだよ?! 首とか鎖骨までは絶対に赤いね! ヒロトがよくそうやってからかってたから確実だね!!


『ふふ、赤くなってかわいらしい。ナーナが正気を失っている、いない、なんて、この赤面ぶりを見れば疑いようもないでしょう? その仮説が突拍子もないことだって自分で理解してらっしゃいますよね? そうまでしても自分がこの世界の、いいえ、状況の”鍵”だと認めないところすらかわいらしい。……母上、僕が言語の共通認識をナーナに施してもいいですか?』


『意味もないことをするんじゃない。するならそっちの男どもだろう』


 ふんと鼻を鳴らした彼女が私の手を金髪龍から取り戻してくれる。ついでに響いたパンパンパンって三連続の音はなんだろう。……うん? どうしてお兄さんたちの手の甲が赤くなってる?

 目の端でとらえた光景は、すぐに頭から消えた。衝撃で。



 どどどどどどこのだれがっっ、女同士なのにっ、て、手にちゅーとかっっっ!!




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