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41.


痛い。頭が痛いです、組長。組長っていうとなんか一気に反社会的になるのはなんでだろうね。ん、単語に含まれる裏情報ってすごい。


すごいのはアルコールの力ですよ、と私はベッドからそろそろと足を下ろしながら呻く。うざい。うぜぇっすよ昨日の自分が。

どうしようねぇ、私。っつか、飲んでも記憶は飛ばない方だったか……っていうか、あの程度のアルコールじゃ記憶が飛ぶわけもなかったですよね! 私はどれだけの失態をハイスペックチートたちの前に撒き散らせばいいんだよ。穴掘って埋めようにも、掘れる地面がないよ。やべぇ顔があげられない。どの面さらして醜態をおかけしましたって謝ればいいの。


ごめんね、てへ、のレベルなの?


ぞくりと背筋に悪寒が走る。この考えは危険だ。だから急いで思考を切り返さないとダメ。

謝っても許してもらえないかもとか、いまは、かんがえちゃだめ。

ぼんやりしていても着替えはできる。私は痛む頭で懸命によそ事を考える。昨日のご飯は美味しかったとか、リボンとか花の色はああやって見ると悪くない色だったとか、みんな怒ってなかったけど勝手に酔いつぶれるなんて空気読めなかっただろうか、とか。

……やっぱり頭からはその考えが抜けない。知ってる。この手のマイナス思考は私の考えすぎのことが多い。なーんにもなかった顔でヒロトもママも許してることが多い。……あの子たちを、除いて。


まっすぐに前を見られなくて、頭が痛いことを理由にして廊下を見ながら居間に向かう。細めに開けられている扉をあけることが怖い。怒ってたらどうしよう。ほんと、お前は勝手だって吐き捨てられたら。


「おはよう、カナ。今日も早いね。いつもこの時間なのかな? もしかしてお腹が空いちゃった?」

「おはようございます、カナ。ああ、頭が痛みますか? アルコールに慣れてないのなら先に教えてくださいね? 次は口当たりを良くして差し上げますから」

「起きたか。カナ? お前は早朝の鍛錬はしなくていいのか? そら、俺に朝の挨拶をしてくれ」


「…………お、おはようございます」


まぶしい。なんなのイケメンは照明の代わりになれるの? どうしてこんな朝っぱらから爽やかなのさ。温かい言葉たちも、意味が、くそったれめ、泣けてきそうなくらいに意味がわかんないよ。


「お、なかは空いてる、けど、ご飯を作ろうかと思ったの。ブックロゥ。んで、トールに次のアルコールをおねだりするんなら、私、もうちょっとどこかで修行してくる。変に酔ったりしないようにしてから一緒に飲ませてね? あと、早朝から運動はできないから。ライ」

「そうか。それは残念だが……カナ? お前、今、修行するとか言わなかったか? それは、どこで、だ?」

「だーね。どこで、誰と一緒に飲むつもりなの? 僕たちのいないところで?」

「カナ。私たちはあなたを無暗矢鱈に甘やかすつもりはないですよ? アルコールの修行なら私たちとしてください。ああ、このお願いは修行という言葉につられた脳筋の方々の反応ではないですから。あなたの無防備でしどけない酔い姿を、他の誰に見せるわけにはいかない男心ですからね? 誤解なきよう」


「……ねぇ、確かにトールは遠慮しないタイプだとは思ったけど。余裕なくない? そんな人?」

「余裕なぞ。龍の執着が二体ですよブックロゥ。正直、目を離す隙もないです」

「だが、あまりにも早く踏み込みすぎればカナが目を回すだろう? トール、もう少し手を緩めろ。息をさせた方がいい」


…………私の目の前で交わされてるこの会話は、いったいなんなんでしょうか沙悟浄さん。沙悟浄が役職じゃない? あ、あ、そうかな?


「カナ? ご飯は僕が作ったよ。けど、カナの分のホットディッシュはこれから一緒に作ろうね。おいで、材料を一緒に見よう」

「カナ? 火龍とそのつがいの方はまだ朝帰りから帰られておりません。風龍と大精霊どのは扉を捜しに行かれました。どちらにしろ、しばらくすれば帰るとおっしゃっていたので」

「それより先に薬湯をやろう。俺のは警備団特性だからな。効くぞ?」


えっと、じゃあ猪八戒はどうだろう。助さん格さんは。うぅ、ダメだ混乱しそう。なんなの? 私、なにかした? ハンサムさんたちから親切にしてもらえるいわれがなくて怖いよ? ありがとうの代わりに上げられるものもないし。


「や、くとうは、もらう。うん、ありがとうライ。ミハルたちのお出かけ先も、助かったです。トール、あの、でも…………朝帰り?」


にこにこしてる兄さんたちから心の距離を取りたくて一歩を引きかけた時にようやく、その単語が頭に入ってきた。聞き返すとみんなに平然と肯定される。飲みに行ったのか遊びに行ったのか深夜のデートか、と思い至って首を傾げ、にやにやしてるライと目が合った。そのまま一拍。


唐突に意味がわかった。硬直して、顔がぱぁっと赤くなっていくのがわかる。い、いやカマトトぶるつもりはない。絶対にこの手の話題はさらりと流した方がかっこいい。けど、けど。


だーめーだーーーー。てーれーるーーーーー。


なん、なんなんだろうかこの生々しさ。っひー、小学校中学校の時の保健体育の授業の時くらいに恥ずかしいよ! うっとうしいとかうざいとかじゃなくて、うーわ、ひたすら照れる。どうしてだか私が恥ずかしい。

右を見て、左を見て、右を見てうつむいた。目に入る爪まで赤い手。動揺してることすら恥ずかしい。うぅぅぅ。

勢いよく顔を上げると今度は足も踏み出す。ブックロゥの手を引いて、キッチンのほうに誘導した。ホットディッシュっておかずのことだよね。パン……主食はパンなんだろうか。いや、いつか麺も食べたし……や、どっちも小麦かそれ。

必死で話題を変えようとした私がおかしかったのか、兄さんたちはそれぞれが上機嫌に笑い始める。くっそ、経験値ですか! 経験を積めば私だって誰かをからかえるんだろうか。


「っあー、もったいない。もったいないからカナ。すぐに大きくならないでね」

「カナ? 私はできれば、カナの朝食を食べたいです。こちらでなら見ていても邪魔になりませんか?」

「なるほど楽しいものだな。おっと、カナ、薬湯が先だ。先に流しを貸せ」


ブックロゥの『もったいない』がどこにかかってるのか理解してないままに流された。う、ん? なんて言ってる間にライはあっという間に…………なんていうか、グロテスクな飲み物を作り上げる。

なんじゃそら。


「あー、……っあー、ほら。飲め」

「ライさぁ、今、説明してくれようとして躊躇したでしょ!! なに? 何が入ってんの、それ?! どうして透明な何かを混ぜてそんなドドメ色になんの?!」

「……もしやそれは、飲んで吐かせることで毒素を手っ取り早く体外に排出させる用途があるんでしょうか。遠まわしな薬湯ですね」

「ライってさぁ、男ばっかりの環境にいたんじゃない? 一般的な女の子は、たぶんその手の物は飲めないと思うなぁ」


グラスの中身は不透明なカーキ色。おいおいおいおい透明な水と白い粉と黄色い果物絞ってどうしてその色だよ。絵の具でさえもその反応にならねぇよ。


「おや? 昨日から思ってましたがブックロゥはずいぶんと年頃の女性の扱いに詳しいんですね」

「塔にはいろいろな子がいるって言ったでしょう? 僕には誰も近づかなくてもサンプルがいれば研究はできる」

「サンプル? 近づかなくても?」


ブックロゥの不思議な言い回しに首をかしげると、兄さんたちも不思議な微笑を浮かべる。よし、この話はここまでだ。突っ込んでいい気がしない。


「じゃあブックロゥ。卵はあるかな」

「卵……なんの種類にしようか。爬虫類? 鳥類? 魚類?」

「最後の魚類が異常に気になる! じゃなくて、は、爬虫類? 混ぜて焼く卵料理に使うってどれ?」

「んー、どれでも使えるよ? 見てみる?」


流しの裏にある……パントリー? 簡易の食糧庫を見せてもらう。卵の殻がカラフル。大きさは大体が私の手の平のサイズで……魚類の卵も、ここなんだろうか。うぅ、聞きたい。聞きたいけどご飯が先だ。

ブックロゥが、手に持っていたボウルの中に一つを割り入れて新鮮さを見せてくれる。


色 が 付 い て る よ 。 黄 身 に。


「……い、異世界に来たんだなぁ。って実感中です。これ、生食おっけー?」


指差して、ブックロゥが割ってくれたいくつかの卵の中身について聞くも、当たり前のようにダメでした。まぁね。生食オッケーな卵がある方が珍しいっていうし。そんな文化自体、あんまないって聞くしね。


青や赤のオムレツは嫌だなぁなんて思いながら一個一個を同じ味付けでオムレツにしてみる。コンロはね、うん…………ほら、電気が動力なのか他のエネルギーなのかは、今は気にするところじゃないと思うんだ。この家は私の深層意識で作られてる。だから、これだけガスコンロに似たような作りでも、私は気にしないことにした。イエス。


「器用だな。手も早い」

「それに焼き加減もいい。トール? テーブルのセッティングは?」

「お皿とパンかごと飲み物。それ以外に何が必要でしょうか」

「…………うん。そりゃそうか。良く考えたら僕もそんなこと、気にしてなかったよ」


殺風景なテーブルの食器は全部、白一色。クロスも花もない。火を通した食材は色とりどりだけど、これじゃなんとなくさびしい。オムレツを持っていくついでに引き出しからカトラリーとリボンを取り出し……や、昨日のパーティの名残だよね。捨てられてなくてよかった……かごを飾ってみる。

グラスの中身はオレンジ。ふむ、ガラスのコップだともう少し華やかになるかな。欲しいかも。


「ところでカナ、薬湯がいらんのなら処分するが。頭はもういいのか?」

「…………ご、……ごまかそうとしてごめんなさい。ライ、私にはあれはハードルが高すぎ。無理でした」

「ふむ。不味いから強制はせんがな」

「不味いのかよ!」


薬湯だからな、って不敵に笑ってみせる意味が分かりませんよ役室長。や、いやいやそんな楽しそうでもこのオムレツたちは全部はやんねぇよ? 私の味見用でもあんのよ?


「へぇ、こうやって見るとずいぶん、味自体が違うもんなんだね」

「そうだねブックロゥ。私、オムレツとして食べるからこの薄いピンクの卵かな。みんなは……あ、そう」


どれが好みなのか聞こうとテーブルを見回すけど、どのお皿にももうおかずは載ってなかった。かごの中のパンも空だ。私、本当に最初に食べる予定の分を取り上げてて良かった。男の人の食欲、ガチだ。魔法かダストシュートか異次元ブラックホール。突っ込みが追いつかない。

ともかくも、プレーンオムレツが作れたんだ。次はスープでおかずで最終目標はご飯だろうか。白米! 

立ち上がって皿を洗おうとするとライとトールが代わってくれるっていう。危なっかしい手つきは笑うところだろうか。呆れるところだろうか。感心するとこ?

今までそういうことをしたことがない。そういう身分って意味?

ユーリたちが帰ってきたら外に連れて行ってもらおうと脱衣所に向かう。しずかちゃん張りに風呂に入るキャラになってもいいんだけど。どこのお色気担当なのさ。


わりと意識して、きっちりと露出を控えた格好を作る。ユーリのあの嫌がり方を思い出すに……あり? 監禁フラグ、まだ消えてなくね? は、ははははまさか。私は成人女性ですよ。軟禁なんてさせないか……おおっと。このフラグの流れはガチ監禁コース?

洗濯機を回そうか迷って、結局は止めておく。居間に戻ればユーリとケルンが帰宅していた。


「お帰りなさい! ご飯、食べた?」

「ただいま帰りました、ナーナ。かわいらしくて、よく似合ってます。誰かの服なんて見立てたことなんて無かったんですけど、明るい色が合いますね。僕がうれしいです」

「それに、隠すべきところも上手に隠している。我としてはお前の柔らかそうな色が見えんのは残念だがな」


「…………おかずは、今ならオムレツが焼けるけど。食べる?」


スルースルースルー。いいですか大元帥よ。彼らの言葉は9割を引いて聞くのです。中納言さま、理解できましたか? どれだけ、だだ甘でも、割り引けば聞ける。

会話は可能なはずです。


「食べさせてくれますか? ナーナ。あなたの作るオムレツって、どういうものでしょう」

「カナはもう食べたのか。一緒に並んで相伴してほしい。ふむ、扉の話も、聞かせてやろう程に」


食べさせるって、作ってくださいって意味だよね。中将、戦線から撤退してもいいでしょうか。ケルンに至っては扉情報で釣ってまで同席をねだってきやがりましたよ。え、これ私の妄想? つけあがんなボケって話? 対話なんておこがましいよって?

神様、神様神様。


全方位のハードルが高ぇよ。


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