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40. 途中から三人称


 「カーナ? 何を心配してるのかは知らんが」

 「ミハル。私、今はイヤだ。聞きたくない」


 何かを言いかけたミハルを脱衣所で牽制して体を洗ってかけ湯して…………会話をぶった切って五分もたっていない。それでも言っていいですか。

泣き言かましていいですか。

 

神様、神様。

 り、龍の怒りの沈黙、迫力がパネェんスけど…………。


 「…………ごめんなさい。聞きたくなかったけど、教えてください」

 

 おおおおぉぉ。ちろりな流し目の威力、撃沈寸前です旗艦長。し、しかしさらに『聞けやゴルラァ』のオーラは高まってますよ。怖ぇ。ガチでヒロトが怒るときの怖さがあるよ。本気で怒ったお母さんの、アレだ。


 「…………聞きたく、ない?」

 「聞きたいです。教えてもらう一択です」


 間髪入れずに復唱してようやく、怒りのオーラが心持ち静まった気がする。メイヨール、マイヨール。怒った顔だけでもすごい威圧感だねミハル……。


 「……あの、ミハル?」

 「…………カナ。良く覚えておきなさい。我ら龍にとって、つがい、伴侶は執着対象だ」

 「は、……はい」

 「それはつまり、お前の拒否だけが我らを傷つけるということ。種族によって、また個体差もあろうがね。総じて龍とは、愛する対象からの拒否を許容できるものではない」

 「……んぅ?」

 「聞きたくない、言いたくない、放っておけ。我らは、たったこれだけの言葉でも、逆上して問い詰めかねないよと、ね。異層から連れてこられた、哀れな小娘に、そう説明している」


 こ、小娘。

実際、それ以外ではないけどインパクトある単語だなぁ。

 ……う、ん? は? ミハル?


 「なぁ、カナ。少なくとも私とケルンに執着されてしまった以上、たとえお前の意志であっても自由にこの層は離れられん。我らから、そうだな、視界を外れるほどの距離を超えて一人になることも、もうできんだろうな」

 「はぁ!?」

 「ユーリがいれば層を超えても無理だろう。あれは風を操る。お前の居場所を突き止めるくらい、造作もないだろうよ。私を追ってきた、バルトのように」

 

 しみじみと語るミハルの表情には嘘はない。……ゃ、知ってる。この人たちは嘘をつかない。圧倒的に強い存在には、嘘をつく必要が、ないから。


 「カーナ? 要? もう一度、会話を始めよう。何を心配してるのかしらんが」

 

「私が甘やかされてダメになるのと、人としてグダグダになるのと、ハイスペックチートの皆さんが私に愛想を尽かすのと、どれが早いかチキンレース! って心配してました。落ち込んでました。あと、男の子に距離を詰められたことが怖かったし、男の人を怒らせたのも怖いです」


 合わせてしまった目は逸らせない。どれだけ恥ずかしくても。情けなくても。せめて棒読みで感情をこめなければ、一気に言えば恥ずかしさは薄れるだろうか。泣く暇もないほどに早口で言いあげれば。

 自分の情緒の不安定さをさらけ出すのって、直接的にプライドに響いてくるよね特攻隊長。……ヤンキー? どうしてここでヤンキーなの?

 潤んでくる眼は必死に見開くことで涙を落とさない作戦であります。くそっ、何度か泣いたからって人前でなく悔しさなんか、薄れるもんじゃない。流れるな。落ちるな液体め。


 「……ふむ。つい先ほど、そう、扉を閉める前に教えたのだと思っていたが」

 「愛されてるのと、大事にされるのと、私がそれを受け入れられるかは違う。私は、私に自信を持ってからじゃないと大事にされたくない。今はまだ、私にその価値はない」

 「私が、そこの判断を下すと言っても?」

 「う……ミ、ミハルがね、私を大事にしてくれるのは大丈夫。なんだかわかんないけど、大丈夫なの。お膝抱っこも、毛布ぐるぐる巻きも、照れるし過保護だなぁって思うけど理不尽じゃない。好き」

 「…………要」

 「好き。けど、他の人のは意味がわかんない。私だって言ったじゃん、ミハル。鍵なのは自覚したよ。うん、私はアレを、頑張った。次もやる。気合、入れる。でも他のことは」

 「…………そんなふうに、瞳を揺らすものじゃない、カーナ。はぁなるほどなぁ。……ふむ。…………うむ」


 ばくばくと心臓の音がうるさい。決意を伝えるのって大変な緊張だ。

 涙をコソコソと拭いながら心のどこかでのんびり、あほみたいなことを思ってたツケは、すぐに払うことになった。


 「カーナ。愛される資格……カナ? 要? お、おい」


 もうアルコールはとっくに抜けてるはず。なんて軽く見たことも悪かった。

私は、お酒を飲んでからものすごく短時間で熱い風呂に肩までつかり、真剣にミハルと話し込んでいたせいで。


 ……の、逆上せて倒れました。て、…………てへへ。がくり。





 「母上。ナーナは」

 「寝かせてきた。昨夜と同じようにドアを細めに開けてある。起きてくれば居間に来るだろうし、そうでなくとも泣き声は、もう、覚えた」


 母親の情けない顔を見るのは初めてだ、とユーリはそっと彼女の顔から目を逸らす。龍が、自分の伴侶の悲しい鳴き声を知っていることは、直接的にプライドをへし折られるようなものだ。まだ年若い自分には耐えがたい。

 つがいの立場にある彼女の泣いた表情は、ユーリにとって最大のダメージを与えるものではなかった。それでも、出会ってからの時間を重ねるほどにユーリは要に傾倒していく。今、あんなふうに泣かれてしまえばきっと、手を出さずに我慢することはできない。


 「添い寝は許可できぬのか」

 「ケルン。カナが許さなかったものを、どうして私が首肯しよう。ならん。あの泣き顔は当分…………私だけのものだ」


 口端がへの字の形を描く表情から一転、どこかしらうっとりした顔になり甘い声音でされる宣言に、居間の空気が一気に刺々しいものへと変わった。バルトは要への嫉妬で、他の五人はもちろんミハルへの嫉妬で、苦々しい表情を浮かべる。同情なんてするんじゃなかった、とユーリがぼそりと吐き捨てた。そうだな、の台詞はバルトからだ。


 「……しまった。カナが万が一起きてくる前に聞いておきたいことがある。お前たち、カナのアレはなんだ。なぜあんなに怖がらねばならんのだ」

 「怖がる、ですか?」

 「そうだトール。先ほどのカナの慌てぶりは、私から見ていささか過剰だった。それは間違いないか」

 「……そう、だね。僕が知ってる女の人のサンプルはそこまで数がないけど、でもカナのうろたえぶりは、ちょっと」

 「っあー。俺が相手の場合はよくあんな感じだが? なんというか、機嫌を損ねると殴られるとでも言いた、げに……」


 語尾を掠れさせたライが何を言いたいのか理解して、ミハルとユーリの眉間に見事な皺が寄った。バルトまで嫌がってみせたあたり、要はずいぶんと龍の好みの性質であるらしいとトールは思う。つがいの伴侶である彼女の存在を疎ましく思うでなく、心配するとは。


 「違うよ、ライ。カナは虐待は受けていないと思う。魔法使いの塔にはその手の子供もたくさんいたから、僕は知ってる。カナは怖がってるけど怯えてないよ。痛みに慣れてるわけでもない。僕たちが手を伸ばしても、緊張はするけどびくついてないでしょ」

 「となると、どういうことでしょうか。暴力は受けていない。日常生活において理不尽に罵られてる……といった印象も受けません。恥ずかしがっているだけで、目線も合いますしね」

 「……う、俺はこれ以上はわからん。女の心なんぞ専門外だ」

 

 ブックロゥとトールの否定にライが両手を上げた。もとより人外トリオには年若い人間の女性の心理なぞ追いかけようがない。ミハルは口を開き、先の風呂の中で聞き出した情報を開示する。


 「カナには、圧倒的に自信が足りていないようだ。さすがに私の愛情は疑わないし無条件で受け取ってくれるようにはなっているが、ユーリからの執着にはやや懐疑的、ましてやお前らからの好意ともなると完全に伝わってないな、あれは」

 「……母上」

 「男性を怒らせることと距離を詰められることに過剰反応も見られる。それも、どちらかというと年少者からの怒りに怯え、……いや、違うな。あの愛し子はかなり厳密に言葉を操る。『男の子に距離を詰められたことが怖かったし、男の人を怒らせたのも怖いです』。『私にはまだ愛される価値がないです』。この二つの文からすると、どう判断できる?」

 「……単純にその文章からですと、カナは男性に慣れてなく、近い距離に異性を置かせる日常生活は送っていなかった。もしも不用意に男性に距離を許せば、カナの存在を貶してでも阻止しようとする保護者がいた、になるでしょうか。異性の存在に、面倒なほど頻繁に怒りを募らせる誰かが、カナを保護、もしくは庇護していた、となるのでは?」

 「まだ愛される価値がない、っていうのは、また、ものすごい言葉だね。かけられてたのがちょっとやそっとの期待や価値じゃなかったってことかな。こちらの貴族がどういう風習なのか僕は知らないけど、うかつに異性と話しただけでもふしだらだって責められてた?」

 「それよりも、もっと根本的に俺たちの好意が伝わってないのがおかしいだろう。ミハル。カナの身には元の層からの執着はかけられてないのか? 残滓でもいい。龍ならわかったりしないか?」

 「それは僕でも読み取れます、赤髪。ナーナは異性同性問わずに、我らからのような強い執着は受けておりません」

「ですがそれですと矛盾が生じますよユーリ。理不尽な暴力は動静合わせても受けていない。自己分析が異常なまでに低い。自己愛も肯定力も、異性からの好意を飲み込めないとなれば普通の範囲を逸脱していると断じていいでしょう。保護、もしくは庇護者が口やかましく言い聞かせたとして」


 「「ああ、それだ」」


 ユーリは人間の男たちに向けてきょとんと首をかしげた。ライとブックロゥからの返事をもらって納得したようにうんうんと頷いてるトールの言い分を理解するのにそれから二拍ほどかかり、まさかと目を見開く。


 「自分が守るべき子に、かわいくない、今のままでは愛される価値はない、異性に近づくことは許さないと言い続け、なのに執着していない保護者など存在するのですか」

 「残念ながら、ああ。珍しくはないな。カナのいたところはどうだか知らんが、処女性は婚姻に置いて価値を吊り上げるものだ。男性の言うとおりにしていればいいと躾を受ける子女たちも大勢いる」

 「ライのところもそうなんですか。私のところは『そのままではかわいくない、だから、努力しろ』というふうに持って行っていたようですよ。陽の下での行動を制限し、食事制限をつけ色白で華奢を目指し」

 「強い権限で持って家長が子供を支配する。うん。良く聞く話だ。あれだけ自由に僕たちと話ができてたカナだから気が付くのが遅れたのか。そうだね。条件は当てはまる」

 「やれ、理解できぬ。子供は、子供であるだけで愛おしい。あるがままでは愛してもらえぬような輩のところに、どうして我が子をやれることができようか」

 「まったくもって、だなバルト。……そう、ならばミハルよ、ここで出た結論をもってどうする。我はカナを不憫にも思う。執着はほどけぬがしかし」


 「私は、ただカナを愛したいだけだ。どうしてあの子が理不尽におたついたのか、理由を知りたかった。次は守りたいから。同様のことがあったときに傷つかないように、私があの子の逃げ場所になれるように」


 「……仕方がないですね。僕が自重できれば、とは欠片も思いつけない以上、ナーナの方で慣れてもらうしかありません。どうやら手を握るあたりがナーナのギリギリのようなのでそこから始めましょうか」

 「……微妙に結論がずれてないか? 今までのカナの分析から出た答えがそこなのか。ユーリやミハルの言いかただと、カナに取る対策としてまずは好意を信じさせるために過剰なスキンシップを続ける、としか聞き取れなかったが」

 「どっちかっていうとライの意見に僕も近い。その対応は少しずれてるよ。まずはカナの自己評価を上げるほうが先じゃない? それに、ギリギリだって言ってるところから始めるなんて風龍はずいぶんとせっかちだ。子供は、とくに人間の女の子はあっという間に女の人になるのに。少しくらいは待てばいい」

 「そうしてブックロゥの言うように待った挙句、とんびに攫われるんですよね。私は嫌です。私が引けばカナも引いてしまうのなら、こちらが常に踏み込んでいけばいいでしょう? 幸い、これまでの議論から言えば、カナは見た目の年長者に警戒しないようです。躾を、口にする側ですのでね。無条件の信頼はすでにある程度」


 「「トール」」


 ぴり、と空気が緊張を孕んだ。トールの名前を呼んだのはライとミハル。そのどちらもが苦い顔をしている。目線は鋭く、どこか攻撃的だ。


 「そこまでだ。伴侶から他人に向ける無条件の信頼なぞ必要はない。私の知りたいことは得た。明日からお前たちがどのようにカナに接するのか見せてもらう。だが、カナ本人としては男にうつつを抜かすよりも鍵として働きたいようだったぞ? くっきりはっきりと『頑張らない自分に価値はない』と言っていたしなぁ」


 その雰囲気を自らが和らげたかったのか、ミハルは途中から、からかうような口調で男たちを見渡す。浮かれた情動よりも『やらねばならない』ことを取った情の強さも龍としては好材料だ。もはや要が何をしようともミハルの好意が目減りすることはないだろう。

 彼女に対して怒ることもあり、呆れることもあり、叱ることもあると断言できる。まだ未熟な自己判断にカッと来ることすらあるかもしれない。だが。


 もちろん笑った顔も泣いた顔も醜い感情すら全部、ミハルのものとしたいから。


 ミハルは自分で出せたその結論に心と体が熱を帯びるのを感じる。人間ならずとも知っている。この情動は、名を、幸せと呼ぶのだ。

幸い、今ミハルの隣にはつがいであるバルトがいる。ミハルは無造作に要のいる部屋へと結界を重ねてかける。無言のままバルトを指先だけで呼びつけ、首筋にかじりついた。初めて受けるつがいの、そのおおらかな好意と言葉のない誘い文句をたいへん、ごく大変に気に入ったバルトが口角を上げ。


 断りも入れずに、施錠者一行の拠点から距離を取った。



※酔った挙句の大風呂、年寄りならずとも一発です。いいですか。

良い子の大人は真似しちゃダメ、絶対。


あと、会話文が非常に多いため、読みづらい構成になっております。力量不足です。

ご指摘があれば改行しますので拍手ボタンからお願いします。


ええと、り、理解してもらえてますでしょうか。要ちゃんの自己分析はわかりやすいように極端に振ってますが、この価値観、現代の日本女性なら基礎部分ではほぼ全員が持ってることでしょう。華やかなりし19世紀半ばの欧米女性(範囲が広すぎますね)も、似たような価値観だったと想像してます。もう少し男女が対等でもいいと思いますが、確か宗教がらみで女性はかなり下の位置にあったはず。


もう一点。私はなにも、フェミニストであれだとか男女平等主義者ではありません。ただ淡々と、溺愛されることに戸惑う子に説明してあげようとしたらこうなったのです。不快な表現があれば深謝いたします。


 ミハルがバルトを伴って出かけたのはつがいとしての行動をとるためです。愛しい子のことを考えてほっこりした体で、つがいに手を出すのです。あはは、おおらかですね。



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