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38.


 …………無我夢中で食べてると、ライやケルンも私につられたらしい。物欲しそうにする彼らに対してはブックロゥはそこまで優しくないみたいで大皿をテーブルに出した。……夜食にしてはがっつりだと思うんだけどなぁ兄さんたちや。……うん? そう? 結局は全員が食べるの? っつかその量、そこまで食えるんだ?

 二回目の夕飯じゃねぇのソレ。

 ほんと、どうでもいい追記すると、私よりも量を食ってた保護者達は全員、私と同じタイミングでごちそうさまを言った。まぁね、ごちそうさまっていってもニュアンス的な何かだけど。


 「ナーナ? お茶は温かいのと冷たいのとどちらですか?」

 「んー、今はあったかいのがいい。ユーリ、ありがとう」

 「私は冷たいのがいいな、ユーリ」

 「はいどうぞ」

 「…………いっそ美しいな。父である我にもその態度か」


 ユーリは私にだけ飲み物のリクエストを取った後、無造作に人数分のマグをテーブルに出現させた。冷たい緑茶だ。何度か飲んでたよねライたちはね。だから聞きもしなかったんだろうか。


 「ナーナはどんなものが好きですか? 先ほどから聞いてれば、熱がある料理の方がお好みですね」

 「んーとね、両方好きなの。だけど、基本はあったかいの、が」

 

 言いかけると同時に、丁寧に膝下からすくいあげられて体が浮いた。ま、マグ持ってなくてよかったよミハル…っ。そういうときは一声かけてほしい。


 「むしろ、常に私の腕の中にいて欲しいのだから。こちらのほうが常態として記憶してほしい。カナ」

 「どんなぬいぐるみなの私は。っていうかどう考えても重いんだから止めてはくれないの?」

 「おや? この会話は前にもしたが。カナ。私にとってお前はまったく重くないのだよ。いっそもう少し手ごたえがある方が」

 「太りたくないんで現状の体格で我慢してください」


 ぽんぽん言い合ってるとソファに連れ込まれる。自然とみんなもこっちに移動してきて、……あ、しまったお皿の後片付け。


 「ん、僕がするからいいよ? カナ」

 「ありがとうブックロゥ。んーでも、今回は甘えるけど次からは教えてくれる? 私、できるだけ自分のことは自分でしたい」

 「心がけには感心するが。カナ。我が愛し子は無茶をしすぎる。食べ物の片付け程度ならいいものの、午前中の施錠には正直、肝が冷えた」

 「ケルン? 私、何か間違ったかな?」


 扉に施錠の手順があったのか、もしや閉められなくなるような間違いでもしでかしたかと慌てて聞けば、いっきに居間の空気が冷えた。……おっと。失言したみたい。


 「……あり?」

 「不思議そうな顔をしているということは、ナーナには僕たちがどれに対して不満を持ったのかまだ理解できてないってことですよね。ものすごく先が不安です」

 「カナ。お前はいくつかの重大な間違いをしてるんだ。説明するからよく聞いてほしい」


 ライの渋い声は初めて聴く。トールも、初めて見るレベルの苦々しい顔だった。ブックロゥに至っては眉間にしわが寄ってる。うわ、本気での説教モードだ。


 「まず、お前は今回、扉を施錠できるのか試したい、と言った。つまるところそれは、お前に鍵としての自覚が持てず、施錠に関して不安に満ち、不慣れで、成功経験が不足しているのだと俺たちに推理させた」


 「実際、扉の本体を見たカナは蒼白で、よろついてましたよ。今まで平和な世界で暮らしてたんですよね。恐らくですが、魔獣や魔物もこれまで見たことがないのではありませんか? 龍の存在も知らず、魔法も魔術も、知識としてしか知らないのだと、私は思ってます。そんな貴方が初めて魔物を見たんです。あの反応は初心者としては上出来、ええ、しごく理性的でした。対峙させるとは哀れだと、せめて手だけでもと伸ばした先では火龍がずっと支えていましたので手を取る隙もありませんでしたが。……なので、私たちは推測をほぼ確信に変えたのです。今回はカナに施錠は無理だと。どれだけ意地を張って『やる』と言っても現実には動けないだろうと」


 「だけどいったん退いてから立て直したカナは、僕たちに顔を見せてくれる時間もなくまっすぐに扉へと近づいた。迷いのない足取りに僕が見惚れてる隙に……こんにちはー、がぶり、だ。これから何をするのか、カナに勝算があるのかの打ち合わせもなく、それ。ぶっちゃけ僕としては、食虫花を攻撃しないようにするだけで手いっぱいだったよ」

 

 「ナーナは今朝早くに僕たちによって、その、心を乱されましたよね? だから僕は怖かったんです。どこまで貴女に近づいていいのか、手を取って心配してもいいのか、迷っているうちにナーナは扉の中に入ってしまった。しかも、僕と眼も合わせてももらえずに、凛として、あの禍々しい花にまっすぐに向かっていくし。父上にナーナの守りの有無を指摘されるまで、全然気が付いていなかったんです。ここは僕たちの落ち度ですよね。ごめんなさい」


 「だが、まさか得体のしれんものに、抗う手段も守る手段も何一つ持たないお前がああまで勢いよく飛び出すとは想像もしていなかったのだよ。戦うすべを持った我らからするとな、無防備に相手の間合いに飛び込むのはなんというか、あってはならないことなんだ。しようとも思いつかないというか。……毒花から吐き出されたカナがまだらに服を溶かされて、このきめ細やかで肌触りのいい皮膚にやけどを負わされたと知った私の、龍の伴侶たる私の身にもなって欲しい。カナ。心配はとおり越すと怒りに代わる。そんなことも私は知らなかったが」


 「……つまるところ総じて、お前は初体験で扉の施錠をこなしたわけだよ。我が愛し子。しかも上出来の部類だろう。素と扉を分離し周辺に被害はない。素が無事である。……そうだな。宣言し忘れていたが大地の守護者たる我、ケルンが告げる。第一の扉の施錠は成された。この大陸における層のほころびは無くなっておらぬ。だが改めて断言しよう。カナが鍵だ。」


 「まぁ、じゃっかんは森に被害も出たが。……というふうにな。我が思うに、確かにお前の成功は喜ばしいが、他の守護者たちはたいそうお怒りでもある。さて、ここから反省すべき点は? カナ」


 長い、長い口上はまさかの全員分だった。どれだけ心配をかけたのか、それだけでも理解できようってもんだ。とくに兄さんたちから諭される響きがいたたまれなくさせる。うぅぅ。ガチで。マジで。


 「も、もうしわけないです。ごめんなさい」


 でもって、一番困ってるのが、また同じことしそうって点なんだよね。だって仕方ないでしょう。どこの日本人ならファンタジー的危険を予測できるってのさ。食虫花に食われるような想像なんてできないから。本気で。

 だから根本的にって話だよ。なんに、どこに気を付ければいいのかなんて知らない。

まぁね、私だってもう大人なんだから最低限の学習はできるはず。次に同じようなことがあったら、それは回避できるだろうけど。危険予測回避スキルは持ってないからなぁ。もう二度と危ないことしないって約束は……うわわわわ。


 ちろりと見上げたミハルは壮絶な眉間のしわを解き、それとは真反対の神々しいレベルのにっこりを私に返してくれていた。……おっおー。これ、ばれてますよね。私が何を考えてるのかばれてますよね専門管! 千里眼なの? 読心術なの?


 「伴侶というつながりを無しにしてもな、カナ。我が愛し子は少々、表情が読みやすくてな」

 「…………はぁ。ダメか。ここまで説明しても通じないのか」

 「いや、ライ。違うよ。カナは理解して、守れないって思ってるわけだから。もっとタチが悪い」

 「ブックロゥの言うとおりですね。手のかかる子ですよ、カナ。そこもかわいらしいのですが」


 やべぇ。ライたちがガチの保護者になろうとしてますよ。ちょ、ほっといたらこれ、溺愛からの監禁ルートになるんじゃなかろうか。役目の時だけ鳥籠から出される的な。


 「おや。それがわかるのなら話は早い。とりあえず、カナ。寝よう」

 「ねねねねね寝る!? は?!」


 いきなり挙動不審ぎみにおたついたのは、ミハルが耳元でえんらいイイ声を出したから。やめろ、やめろよ! くそっ、からかうなよぅっっ。

 くすくすと笑ってくるミハルの頭を後ろに押しのける。はぁ、っつかアレだよね。私、今、鳥籠の否定質問するところでしたよね? かわされたってこと? 


 都合が悪いから?


 仮だけど出てきた結論にぎょっとする。い、いやいやいやいや、そんなこたぁねぇでしょう? 少なくとも私は立派な成人女性。閉じ込められるにしてもその、い、意志くらい確かめられるはず、だよね?

 ミハルじゃなくてバルトを見やる。ミハルのつがい、私に何の執着もしてないはずの美丈夫な龍は肩をすくめて、それを返事にしてくれた。



 おいおいおい。それはイエスでもノーでもねぇよ。きちんと答えてくれよ。



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