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33.

 見た? 見まして? 先生。いやさ聞いてまして? 将軍。そろそろ問いかけの役職のネタ切れだよ。これからはかぶっててもいいことにしようか。そもそも、誰にも求められてないんだし。ねぇ、専務。


 足と手が勝手に震えてる。指の先がしびれてるような感覚。過呼吸を心配して、ちょっとだけ呼吸の回数を意識することにした。いち、にぃ、さん、で連続して吐く。有名なラマーズ式呼吸法、ヒッヒッフー、だ。ちなみに全部のタイミングで吐くんだって。調べた時びっくりしたよ。フーの次に息を吸うとかまで書けよ。息吸うところがわかんなくておたついたよ。

あとね、これで『フー』のときに腹筋に力を入れるようにして吐ききると、簡易な腹式呼吸になる。痛みが治まるらしい、よ? やったことない無駄知識だけど。


 ごろりと横になれば、心配です、と顔に書いたミハルと目が合った。意地でへらりと笑ってみせたんだけど、逆にもっと心配させたらしい。ためらうように指を擦り合わせてから私の頬へと手のひらが伸びてくる。

 優しい人だな、ミハル。もしかして私が知らないだけでこんなふうに、触る前にはいつも躊躇されてたんだろうか。嫌がるかもとか思われて?


 私が、大切だから?


 ぐったりと、もう一度意識して力を抜く。お尻の筋肉もね。意外と凝ってるもんなんだよね。ケツ筋。


 「……見た? アレ。ミハル」

 「見たとも。いや、無理だろうカナ。万が一お前が良くても私が嫌だ。今回の施錠はしなくていい。私が許す」

 

 許すって。


 「カナ? どうしてそんなふうに笑う。ダメだ。イヤだ。あんなおぞましい外見のモノにお前を近付けるなんぞ、私は許可せんからな」

 

 許すと許可は同じ単語だよミハル。


 「……ミハル。我がつがい。なにも今、そのようにたたみかけなくても」

 「バルト。お前は知らないんだ。カナはな、ものすっごく情が深いんだ。さっきの笑い方を見ただろう。どれだけきつくても逃げたくても、やってしまう彼女だから私が反対するんだ。他人が困るという理由が、自分が無茶する理由になるのがカナなんだ。ダメだ。やっぱり、カナ」

 「ミハル、落ち着け。カナを一時退避させたのはお前がそんなにヒートアップするためじゃないだろう。……大体、手足が震えてしまうような魔物に対してカナは何の攻撃手段も持たんのだろう? ましてやケルンの言からすれば、無抵抗でアレの内部に入れときた。つまり一度は食べられるなりなんなりされるわけだろう。そこから荒れ狂っている感情の隙間を探り、どこかにある穏やかな場所を探して共鳴だぞ? お前が心配せずとも」

 「たとえどれだけの犠牲を払ってでもやるだろうから言ってるんだ! 黙れ、バルト!!」


 ばりっ、と強い音がした。ん? ……どこから音がするの? なに?


 「……我に向かって『黙れ』とはな。やれ、伴侶とは罪が深い」

 「やかましい!! カナが言わないから私が断じるんだ! お前が言わずともケルンの説明の中身を私は理解しているとも! だが、カナはわかってない。わかってないのにすると言ってるんだ!!」

 「ミハル……それはただの子供で、人間の女だろう。『できる』『する』とちょっとした意地を張ってるだけじゃないのか?」

 「その意地で理を変えそうなカナに対してよくぞ言ったなバルト。……そうだ。確かにそのとおりだ。よし、もういい。この層がどうなろうと構うものか、このままさらう」


「攫われるのは、いやだなぁ」


 ハイテンションの言い合いに割って入るのって勇気がいるよね。ましてやそれがいい年した大人同士で、怒鳴りあってもいるなら。

 出来るだけのんびりとした口調を作れば、音がしそうな勢いでバルトとミハルから同時に視線をもらってしまった。どちらも意味は同じだ。驚愕。と、それに加えてミハルの眼の中の色にはあきらめも混じってる。

すごいな、この短時間でミハルってばずいぶん私を理解したよね。


 「えっと、ちょっと待っててね。起き上がれるようになったらさっきのとこに行くからね」


 私が、できるだけのんびりとした口調を保って宣言すると、もう一度『ばりっ』って音が鳴った。さっきよりも大きい。……ねぇ、それもしかしてミハルの頭の斜め上に出てる蛍火と関係してる? アレが消えるたびに音がしてる気がするんだけど。

 っつかぶっちゃけ、蛍火がでる、バルトが手を振る、蛍火消える、のタイミングで音が鳴るようだ。どういう理屈。


「ん? ……ああ、音がするから不思議か? ……ふむ、面倒だな。後で誰かに聞け」

「投げすぎだろバルト! 私の疑問に気がついて言及してから投げるのかよ!」


 つい大声で突っ込む。龍の自由さには時々ついていけないよ。自分の割り切りの悪さにも。

 手のひらをぐっと握りこむ。よし。脛を叩く。よし。

 動く。


 「ミハルー。向こうに行くー」

 「カナ。……カーナ。要」

 「だぁめー。これは私の仕事ー。どんだけきつくても、やんなくちゃいけないから呼び出しくらったわけでしょ? お兄さんたちに、甘やかしてもらえるわけでしょ?」


 甘やかしてもらうなら、その対価は払わなきゃ。ヒロインが来るはずだったところを押しのけちゃったんなら、ツケは私の物になる。

 そうやって自分で判断したくせに、私は一度、下がってしまった。こうしてるあいだにも向こうではお兄さんたちが頑張ってる。焦ったら向こうでテンパりそうだ。だから逆に、ここで念入りに心構えをしとかないといけない。


 うん。私が、本当に鍵かどうだかを、確かめるために来たんでしょ。


 畳み掛けると、ミハルが泣きそうな顔で黙った。唇を噛みしめて目を逸らされる。ぎりぎりとこぶしを握りこんでるから、ゆっくりと指を開いてあげた。私のすることには逆らわないっていう無駄な確信がある。……ほらね? できた。


 「正直に言うとね、鍵を閉めるなんてできないかもしれない。あの花に飲み込まれて、そのままになっちゃうかもしれない」

 「そうなれば私が狂う」

 「うん。だからね、私、できるだけ頑張る。……っあ、そうだ。私の意識があるかどうかとか、ミハルの方でチェックできたりする?」

 「……限りなく低い同調でなら可能だ。だが、それではお前のダメージがわからん」

 「ダメージはいいから。それより、そう? できるんなら、じゃあお願いする。私の意識が消えそうになったら」

 「あの花を滅する。お前を中から取り上げる。引きはがして、与えられた苦痛を何倍もにして」

 「返さなくていいし」


 もう。あれはあれで、好き好んで『そう』なったわけでもないでしょうに。


 「いや、カナ。ケルンが言ってただろう? 歪みという単語で重なるからこそ扉となると。少なくとも、お前のように単純無謀、猪突猛進の気質ではないだろうな」

 「……バルトにケンカ売られてるの私は? それともからかわれてる?」

 「いいや。腹立たしいことに、『気に入られた』んだ。カナ」


 ミハルが、私の頬とか鼻の頭とか瞼にキスを振らせる。何度目だよこの展開。そろそろガチで慣れてきた気がします取締役。……残念、取締役は役職じゃなかった。役目だった。……ん、どっちだろうね。


 「さて、行くか。同調は常に行っている。お前のタイミングで、お前のいいように動け」


 口の端、ぎりぎりのところにミハルの唇が落ちてくる。ちょ、そ、そんなところで喋られるとですよミハルっ。その、アレがね、つくっ。付くからっっ。

 かさりと乾いた手のひらが私の眼のあたりを覆う。ミハルの唇は私の唇に限りなく近い位置のまま、風を感じた。おおぅ、…………いや待って。待ってミハル。


 「………………母上。できうるならば、少々、離れていただきたいのですが」


 ほらごらん! ジャングルのうっとうしさと同時にユーリのひっくい、そりゃあもう低い声を聞く羽目になっちゃったじゃないか!!


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