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「…………まぁ、言いたいこととは山ほどあるけど」

 「とりあえずはそこでいいことに、……する、か?」

 「火龍とその他とは、カナもひどい括り方ですね。せめて個人認識をしてもらいところです」

 「しておるからこその、この言い分だろうに。トール。我も一山幾らの扱いだぞ」

 「僕のつがい発言まで見事に括られましたね……ナーナ」


 「我のつがいが特別扱いなのは気分がいいな。ミハル」

 「当然だ。私の伴侶だからな」


 こ、こいつら……っっ。


 あ、で始まる、死にそうなほどに恥ずかしい単語を含んだ絶叫を終わらせた後、自室には私の荒い息と……いくつものため息が重なった。

 誇らしそうに抱きしめてくるミハルは通常運転に戻ってる。ツンデレ? むしろヤンデレ? 気味告白の余韻でまさに魂も抜け、今すぐに羞恥で死ねる私の気持ちと裏腹に、ミハルにさっきの恐ろしい雰囲気はない。

 意味がわかんない、どうしてライやトールとかまでここにいるのって抗議しかけて、『つないどけ』ってユーリに言ってたミハルの言葉を思い出した。

うぅ、もしかしてもしかすると、空間をつなげとけよって意味だったんだろうか。

 つ、つーことはですよ伍長。つまりそのなんてーか、今までの全部、私のうだっうだしてた愚痴も、うぇぇぇ、き、聞かれて、た……?

 で、聞いちゃったからこそ辛抱溜まらず、この部屋に大集合、の流れ……?


 「ナーナ。……ナーナ」

 「き、聞いてました……?」


 ぎぎぎぎぎ。

 この擬音を自分で味わうことになろうとは、まったくもって今朝まで露ほども予想してなかった。人生何かあるかわかんない。一寸先は闇。場違いな感想が浮かんで消える。

 あほだ。私、とことん馬鹿だ。

 ゆっくりとミハルの腕をほどいて振り返る。予想どおり。


 ライ。トール。ブックロゥ。ケルン。ユーリ。


 この世界のヒーロー、乙女ゲームなら対象攻略者たちはそれぞれが呆れたような、愛おしいって描いてるような、仕方ないなって言ってるような、そんな顔で。


 全員が廊下に立ってました。


 ええ、廊下ってつまり、みんな紳士だって意味ですよ! 許可が出てないんだから婦女子の部屋には、そりゃあ入りませんよね!? でもそこじゃないよね!?

 ばかアホ間抜け。ん、もう。畜生、くそったれめ。ばかばかばか。

 思いつく限りの悪態を誰とはなしに脳裏に思い浮かべて。


 私はミハルの腕の中に逆戻りした。




 壊れたあとって顔を上げるタイミングが難しいよね。……って昨日も考えたね、コレ。

 はぁふぅと必死で息を整える。こっそり、しつこく垂れてくる鼻水も啜った。うぅ、ヒロイン補正で都合のいい体が欲しいです。泣いても鼻水が出なかったり、鼻まで赤くならなかったりかる顔が欲しい。

 しかも涙って簡単に止まらないんだ。悲しいのならすぐに止まるのに。悔しい時も、気が済むまで泣けば何とかなるのに。

 気持ちを表に出す時の涙はいつだって、止めようと思っても止まってくれない。


 「……泣いてるの、見られたくないんだけど」

 

 みじめな声でお願いすると、廊下の方からたじろいだ雰囲気が伝わってきた。ちゃっちゃっちゃって軽い足音がする。ケルンだろう。


 「我は見たい。愛し子よ」

 

 こ、……このっ、たらし犬めっっ! 逆に部屋に入って来やがった、だと?! どこのっ、誰が……っ!

 ケルンはぺろりと舌を伸ばし、涙でしょっぱいだろう私の頬を舐めた。今までとは違ってミハルの腕にすがりついてたような形だったからね。下から頭を突っ込まれたら届くよね。確かに。

 

 「甘い。カナの流す涙は甘いのか?」


 もう一度、同じことを繰り返そうとしたのか舌が伸ばされる。耳を疑っちゃうような砂糖じみた言葉。低く掠れた声。森の中にいるような清々しい匂い。もふもふって頬ずりしたくなる毛皮の、先触れ、が。


 ぎゃんっ!


 感じられるより先に、まるっきり犬のような鳴き声をあげて壁際までケルンが吹っ飛んで行ったのは、その次の瞬間だった。息を飲んだ私がびくびくと振り仰げば、にこやかなミハル、ユーリ、トール。

 ブックロゥとライは肩をすくめてみせる。

 …………うん。あ、そう。私の豊富な読書体験からするとですね。つまりこれはアレだ、その、ああ、あれだよ。会長。誰かがケルンを吹っ飛ばしたね? 私に無断で触ったからね?


 「…………こ、こういう扱いをね、受けたいわけじゃないんだけど?」

 「ならば隙を見せないことだな、カナ。私は同性ゆえにどれだけお前に近づいても唇で触れても、こやつらは許してくれるだろうが」

 「許したいわけではないのですよ? ナーナ。ですが、伴侶ともなれば一応、僕らにも遠慮というものが発生しますし……」

 「俺に許さなくてケルンに許す道理がないな。カナ。だからダメだ」

 「もちろん、カナが私たちにも同様の真似を許してくださるのなら、話は別ですけれど」


 ない。ないないない。

 ぶるぶると首を横に振る。そのころにはケルンが同じように頭を振りながら、壁際から戻ってきていた。や、やべぇ、その仕草はかわいすぎる。惚れてまうやろ。


 「……言ってとくけど、カナ。その狼が人型になれるって理解したからには、もう二度とぎゅうってするのもすりすりするのも、ましてや一緒に寝るっていう選択肢もないからね」

 「そ、そんな?! ケルンはっ」


 もふもふじゃんよう! 癒しじゃんかよう!!

 なんて主張は、情けないことに口の中で消えた。ため息をついたケルンが、私のすぐそばで見る間に男性体へと変異してくれたからだ。

 速攻で後ずさり、またもやミハルの膝の中に囲われた中で、安心してミハルの胸に側頭部を擦り付ける。目を上げれば褐色の美男子。ベッドの上には、これぞって言わんばかりの美丈夫の見本。


 ……そろそろ平凡男の対象攻略者が出てきてもいいんじゃないかな。私の顔面偏差値が哀れでならん。鏡を見る勇気はぶっちゃけ、もうない。

 止めてあげて! その子のLPはもうゼロよ?! 

 パロディでよく使われる台詞の意味が、初めて心から納得できた気がする。イケメン、ハンサム、人外の美貌。こっちの希望じゃなしに口説いてくる男たち。

 すっげぇSUN値が削られてってるんですけど。神様。

 正気、せめて正気は保っていたいです、ヒロト。


 ……。

 …………。


 ………………そりゃそうだ。

 私の心の中のヒーローは、さすがにこんな時にかけてくれる言葉は持ってないと思う。だってこんな異常事態、体験したことがない。黙ってても話は進まねぇよなぁ、おい。




 誰と会話してたのかは永遠に謎にする。私は長く目を閉じてから、実際の眩暈さえ起きそうな、このどぐされてややこしい事態に正面から向き直ることにした。

 ……や、べつに本当に腐ってるわけじゃないけどね。正統派逆ハーレムだけどね。

 BでLな展開は、リアルにあったら私は走って逃げるタイプだ。妄想もできない。楽しそうではあるけど想像の域を超えてるよ。

……ふぅ。

ぶっちゃけてしまえばこの輪の中心が私でなければよかったのに、って思いはまだある。あるよそりゃ。こんな面倒なことに巻き込まれたことすらないよ、私みたいな一般人。


 でもねぇ。


 ミハルの腕の中から顔を上げる。涙で腫れて、ぐちゃぐちゃで、みっともない顔が恥ずかしいから、目に入る皮膚全部が赤く染まってる。赤面症自体も恥ずかしい。


 けどねぇ。


 ミハルがさらりと顔を拭ってくれた。べとついた頬がさっぱりした感触に代わる。ひりひり痛かった粘膜もすぅって冷えた。気持ちいい。

 ありがとうって笑いかける。どういたしましての返礼が男前で笑える。保護者、かっこいいなぁ。

 私の保護者は、うん、みんな、かっこいい。

 だから、これはもう仕方ないと思う。


 ちょっとだけ、ちこーっとだけ、試してみよう。


 ミハルの腕の中から出た。がくりと震える膝は私の言うことを聞かない。腰が砕けそう。保護者に支えてくれないと立ってもいられないって、幼児ですか私は。情けない。

 ふるりと力の入らない手でミハルを押した。戸惑いがちに彼女が離れる。急いでソファの背もたれに手を置いた。ぷるぷるしてる。カッコ悪い。こんなところすらも赤ん坊か。


 「み、んなに好きだって言ってもらえるのは、理解した。だから、もうちょっと考える。真剣に、いっぱい、たくさん、時間が取れる隙に、すぐ検討する」


 検討? なんか違う気がする単語だな?


 「だから、それはそれとして、扉が閉められるかをチャレンジしたい。私が、本当に鍵なのか、私自身が知りたい。この目で見たいの」


 ケルンに。ミハルに。ユーリにバルトさんに。お兄さんたちに。

 頭を下げた。施錠を急がなくちゃ、っていうなら、これが私の急いでるラインだろう。他の人からしたら確かめなんてやってる暇ねぇよって言われるかもしれない。けど、私としては先に、自分を信じるための材料が欲しい。


 遠回りじゃなく、ショートカットでもなく。

ゆっくり、確実に、ど真ん中を進みたい。



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