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『待たせたか』

『待った? いいや。私は、待っておらぬ』


実に含みの多い言葉で彼女が答える。おいおい犬が、いや違う狼が、……いや待て、ここは確かめよう。


「犬なのか狼なのか知りたい。名前があるなら、呼んでいいのかも」


口に出してから、周りの呆気にとられた顔で正気づいた。

一拍おいて、盛大に顔が赤くなるのがわかる。馬鹿だ。私はどこまで馬鹿なのか。

バカオロカと、神に等しいと自らを名乗る元軍人もどきに罵られたとしてもまだ足りない。

いや待てその場合、私が猿か。あれ? あの粘菌もどきなわけ?!

混乱は加速する。せめても、と赤くなっている顔を隠したくて片手で口を覆った。

もう片方の手をむやみに振り回し、ごめんなさいと全身で伝える。

いつもの習性で自然と後ずさっていく体が流れを飲みこんでいて恨めしい。頭を下げすぎてしまえば引かれるだろうから、と早口でまくしたてた。


「ごめんなさい! 違います、あの、私は……私が、口を出していい場面じゃなかったことは知ってます!! 会話を邪魔してすみません! 通りすがりの小娘が、その、本当にごめんなさい! 帰ります!!」


たぶん、一般的な反応よりもテンパってる。そんな自信だけはある。

言い捨ててくるりと後ろへ回れ右。恥ずかしさのあまり私退場、の美しい流れだったはずだ。


こいつが、こいつらが、私の手を掴まなければ。


『待て。いや、待ってくれ。アンタにどっかに行かれると、多分、すげぇ困ることになる』

『というか、そろそろ説明が欲しいのです。状況を把握したいので、申し訳ありませんがしばらくお付き合いを願います』

『あのね、君はきっと、僕にとって重要な子なんだと思う。ちょっと悪いけど、状況がもっと僕に掴めるまで、もう少しココに、一緒にいて?』


お兄さんたち三人は、いったいいつ私のそばに来たのか。思えば最初から、妙に動きがシンクロする人たちだった。今も一斉に喋ったせいで、ほら、お互いがぎょっとしたような顔をしている。どうも自分以外に私の腕を掴んでいる相手がいること自体に驚いてるようだけれど。おかげで私の方が落ち着いたわ。


「あの、……いえ、すみませんでした。取り乱しました。ですが」

状況把握が必要なのは、私も同じことだと出来るだけゆっくりと説明した。それぞれに向かって単語を喋る。

「私がいなくても、たぶん、困りません。説明が欲しいのは、私も同じことです。混乱中です。重要な人でもないと思いますよ? ……どこにも、行けそうにありませんし」

そう。うっかりしていたがこの洞窟内、この場所だけが明るいと私は把握していたはずだ。後ろと前は闇に包まれている。こう形容したじゃないか。だって通路の先が何メートルか先からもう見えない。

明かりもなしに、ましてやこんな、運動靴とジャージのほかに何も持ってない状態で先に進む気にはなれない。


意識して深呼吸をする。左手に三本集中していたお兄さんたちの手を外して、そっと向こうに押しやってみた。こっちが引いたら詰めてきそうじゃないか。距離を。

素直に離れていく腕に安堵していると、今度はくすくすと上機嫌な笑い声が聞こえる。足元からだ。足元、と言っても腰より上。目を斜め下にやると、あの白銀? いや、青銀? の毛皮をしたケモノだ。もふもふしてる。


『犬ではない。狼だ。年頃の雄だということは覚えてほしい。名前はケルン。さぁ、こちらにおいで』

狼は深い響きでそう自己紹介すると私の手の平を頭で押し上げた。ふぁさりと尻尾で腿の裏を叩かれ、促される。おいで、の言葉とこの行動からすると、さっきまでいた明るい場所へと誘導されてるのか。


喋る、狼に。


私はよろよろと無言のままで足を進め、ぱちぱちと鳴る音に頭を上げた。火だ…っ!

ものっすごく原始的だけどテンションが上がる。暖かいだけじゃなく、涙が出るほどほっとしていた。これがアレか。DNAに刻まれてる安心感?

『かわいい子。背もたれにソレを使いなさい。眠くなったら寝てもいい。甘いお茶はいるか? 窮屈そうなその履物は脱がなくてもいい?』

どこから引っ張って来たのか、この人数が集まっても手狭だと感じさせない通路にはいつの間にか分厚い毛皮が敷かれていた。もう一度言うけど、毛皮だよ。ラグやカーペットじゃない。しかもこれ、元の動物の大きさを問いただしたいくらいに非常識に大きくてふかふかで厚い。

たとえば私の知ってる動物だとちっちゃい象クラスだ。アレを丁寧に剥ぐとこの大きさになると想像できる。

それだけ、この毛皮の大きさは現実離れしている。もちろん、何をクッションにすることもなく敷物の上で直接に焚かれてる火もね。なんだそりゃ。ねぇよ。

この場で私を除くと唯一の女性である彼女は、やけに熱心に私の腰を抱き肩を抱き、靴を履いてるままなのにすぐ隣へと座らせた。うっすらと涙目になったところを見られたらしい。焦ったように中学生の彼へ何事か指示を出す。

ぱちりと焚火の枯れ木が爆ぜ、火花が散った。それに見とれる私に、そっと木の器が差し出される。中に入ってるものは控えめに湯気を立てていて、甘い匂いがした。色は透明な緑。

くぅ、とお腹が鳴った。そりゃそうか。私がお弁当を持っていたということは、もうすぐで昼時だったってことになる。あれからどれだけの時間がたってるのかわからないが、確実に昼時分は過ぎてるだろう。


しかし、しかし、だ。


私は、そんな場合でもないのにダラダラと冷や汗を流した。無邪気にカップを差し出してくれている中学生が小首をかしげる。とらないの? と言われてるようで心苦しい。無礼だ。


でも。


カップを、どうにか受け取った。ここまでだ。ここまでなら訓練で克服した。けど、これからどうやってごまかせばいい? まさか他人の前だと飲み食いが出来ない人間がいるなんて想像もできないはずだ。腹が鳴ってるのは聞かれてる。ああほら、畜生、だんだん周りの兄さんたちまで不審そうになってきやがった。


くそ、くそったれめ。飲んでから吐くのと、はなっから飲まないのと。

どっちが不審だ。



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