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26.三人称

 ぱたり、と扉が閉まったその先までもを見たい。とでも言いたげなブックロゥが、ため息をついた。

 同様に、ライとトール、ついでにユーリも悩ましげに息を吐く。


 「なんだろうなあのかわいさ……。少なくとも龍にはいまいよ」

 「22歳ともなれば女の花盛りだろうに。そうか、手つかずか。誰の手垢も、ついてはおらぬと」


 噛みしめるようなケルンの言葉にぴくりと肩を動かすものの、ユーリは黙ったままだ。それを珍しいと見やり、ミハルが続ける。


 「私は同性だから、肉の欲はカナに対して持たぬ。だが、所有権は主張するぞ。あれは、私の伴侶だ。無理強いや強引な真似は、何人たりとて許す気はない」

 「しゅ、……主張がその程度で助かりました、母上。では、正当な手段でナーナが僕を欲しがってくれるのなら、僕のつがいとすることは可能ですか?」

 「…………お前が、私とカナを共有できるのなら、な。ユーリ。私とカナは、もはや離れられぬ繋がりを持っている。正式に名をかわしていなくともこの強さだ。この大陸での扉の施錠が終わり正式にお互いの真名に誓えば、かなりの強さでの共依存関係が発生するだろう。閨くらいは離れようが、しかし毎晩はキツイ」


 龍の執着とはここまでか、とケルンが鼻を鳴らす。


 「同性であり、肉の良さも教えてやれぬのに同衾は希望するか。ならばつまり、カナを我の手元に置いた場合は、ミハルが常に一緒というわけだな」

 「カナのいる場所が私のいる場所でもあるのでな。そう、そういうことになる。カナがどこの層を選ぶにしろ」

 「しかし母上。龍のいない層に存在できるのですか? 我らが?」

 「前例がないわけじゃないよね。でなければ」

 「物語としても史実としても、市井に紛れ込ませた話の中には必ず事実が紛れ込んでいるものです。こちらではどれだけの数があるか知りませんが」

 「落ちてきた龍の話を俺たちが知っている以上、ミハルとユーリがこの層で暮らすことも可能、か。たぶん、カナのいる層でも」


 是、と人間たちに頷いてミハルは腕を組む。

 

 「子を成すこともできような、ユーリ。どれだけ隔てていようと、異層なだけで異界ではない。我らとカナはそこまで違ってはおらぬ」

 「…………少々お待ちください、母上。母上とナーナが離れられないとなると、そのつまり父上は」

 「あぁ? あれか。アレは……あれは、ふむ、困ったな。忘れていた」


 「忘れていたとはつれないな、我がつがい」


 突如として空間を切り裂き、瞬きするよりも早くこの場に降り立った美丈夫に、その場にいた男どもは揃って臨戦態勢を取った。本能に突き動かされてそれぞれの牙を剥き、威嚇する。


 「…………ほう?」

 「バルト。やめろ馬鹿者。そやつらは我が伴侶、カナの……あー、なんというか」

 「は、んりょ、だと?」


 父上、とユーリがつぶやき、ミハルとの会話で彼の正体を知ったものの、ライもトールも剣を構えたままだ。杖を構えたブックロゥが何重にも結界を張る。

何が起こるかわからないし、カナには毛ほどの驚きすらも与えたくないとの判断は、この場合正解だったようだ。

ミハルが迂闊な単語を選んだせいで、バルトと呼ばれた美丈夫の眼が限界まで見開かれる。その後に起こったすさまじい烈風とかまいたちに、ミハル以外の全員が傷を負った。

ぼたぼたと落ちる血をものともせずに腕で急所だけをかばっただけの状態でそれでも結界を張り続ける、その姿勢に長髪の美丈夫、つまり龍が眉を上げる。

ふ、と一気に風が止んだ。

代わりに、しゅうしゅうと音を立ててバルトの周囲に力が結集していく。思っている以上に緊急事態だと目を見開いたユーリとブックロゥが慌てて風呂場へ向けて結界を重ねて張る。ケルンとミハルもそれを補助した。

 さらにそれが気に食わないと、表情をそぎ落としたバルトが手を上げ、力を練り上げる。この屋敷程度の敷地ならば瞬時に吹き飛ぶほどの威力を持つ真空の珠をいくつも、自分の頭上へと浮かべる。


 「待て。お前は誤解している」

 「つがいに伴侶が見つかったと聞いて冷静でいられる龍はいない。とりあえず伴侶とやらの力を見せろ、ミハル」


 淡々と言い合っている間にも屋敷の内装が飛び、ライ、トールの額に汗が浮かぶ。険しい顔をして舌打ちする年少組に、ちらりとバルトが目を走らせた。


 「人間にしては力を持った存在のようだが。我が息子と…………地の精霊殿か、かようなモノからも守護を受けるか。大した男のようだ」

 「だからお前は誤解しているというのに。カナは女だ」

 「女だろうが男だろうが……………………待て」


 ばたばだばたばたっ。


 真空の珠に踊らされていた家具や内装が、一気に床に落ちた。だが珠そのものは宙に浮いたままだ。その場にいる者全員も息をひそめ、臨戦態勢を崩さない。


 「…………カナ? 女?」


 「はい?」


 場違いにきょとんとした声が響く。すさまじい勢いでユーリが後ろを振り向いた。ライも、トールもブックロゥも視線をやり…………硬直する。


 「……なるほど、女性のようだ」

 「カナ? カーナ? お、お前のいた層では、風呂上りはそんな格好なのか? うん?」


 ミハルが、今までに見せたこともないような焦った顔で一足飛びにカナに近寄り、風呂場をのぞいた。大きめのタオルを脱衣所から持ち出し、ぐるぐるとカナに巻く。


 「…………あれ? ミハル、こっちではこういう格好は」

 「決して一般的ではないです、ナーナ。とりあえず今は、母上が隠してくれたので構いません。急いで、そちらでこの下穿きを身に付けてくださいますか? あと、こちらも」

 「っあー。ミニのワンピは部屋着でもアウトかぁ。しかも重ね着? 下着つけてても?」

 「その下に何を着てるのかは知りませんが、僕からすればナーナが今着ていらっしゃる服自体が下着ですね。さ、着替えてください」


 龍が二人がかりで、怒るでもなく必死に人間の子供を脱衣所へおいやる。そのありえなさにバルトがふき出した。カナの不思議そうな視線を受けて、ひらひらと手を振る。


 「カナ。こちらは、その、客人だ。服を着替えたのちにゆっくりと話そう。なに、時間はある」


 引きつったようなケルンの声にも目を見開き、またもバルトが哄笑を上げる。返事代わりにカナが瞬きを一度落として脱衣所の扉を引いたのち。

  

 大音声でバルトが、心ゆくまで笑いこけた。


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