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けぷ。うまうま。

 ……よ、妖怪じゃないよ。私だよ。

 心の中のひとりごとにまで突っ込みながら、私はベンチの上に置いていた食器をまとめた。超絶に美味しかった。幸せってこういうことをいうんだなって、ガチで信じる。

 

 肉。魚介。麺。


 温かいものを温かいままで食べられるってことは、本当に力が湧いてくるもんなんだ。

 すげぇ。食べ物すげぇッスよ。

 手を合わせて、ごちそうさまをして立ち上がる。ガラスの向こうにいたユーリが扉を開けてくれた。


 「ごちそうさまでした。心から幸せ。美味しい」

 「それは良かった。ナーナがうれしいと僕もうれしいです」

 「ふむ、目の届かない場所でなくてもいいのか? きちんと食事がとれたのか?」

 「ありがとう、ミハル。うん。ガラスでもきちんとしたドアがあるでしょう? テーブルも分かれてるし。背中を向けさせてもらってるし、真面目に十分だよ。あと、ご飯はね、ものすっっっごく美味しかったよ」

 

 力説すると、ダイニングテーブルについてた他の人たちが一斉に笑う。比喩じゃなくて、照明が一段と明るくなったようだった。イケメンってこんなところにも影響を与えてくるんだ。半端ねぇな。

 歌いだしそうな上機嫌でシンクに食器を下げる。いくつか他の人の分も溜まってるから洗おうかと思ったけど、兄さんたちは食休みのようだ。空気読んどこう。

 マグにお茶を入れようかとも思ったけど、実は今回、ご飯を作っていないわけです。このお夕飯は兄さんたちが買ってきてくれたもの。ユーリの魔法で温かいままだったらしい。だからキッチンは綺麗なまま。


 「? どうしました、ナーナ。……ああ、お茶ですか?」


 言いざまに中身の入ったマグを差し出してくるユーリ。女子力、って単語が脳裏を横切ったけどスルーしておいた。ありがたくいただく。

 迷って、本気で誇張なしに何拍か迷った挙句にテーブルについた。おっと、また照明の光量、上がった? なんなの、魔法?


 「お茶してたの? 私も入っていい?」


 不思議な現象は置いといて、兄さんたちに同じテーブルについていいか聞く。同席する全員から、にこやかにどうぞって言われることなんて滅多にないよね。学校じゃないんだから。

 うれしくなって私もにこにこだ。と、あっという間にミハルの膝の上に抱え込まれた。手の中のマグは一拍遅れで揺れるけどこぼれない。どれだけスムーズなのか、それでわかろうってもんだ。

 目をぱちくりさせるのも、顔を固定されててミハルにしか見えない。しょうがないなって笑われたのも。

 ケルンがさらりと私の横に乗り上げてうずくまる。ベンチ方式だからできる座り方だ。反対側にはユーリ。テーブルの向こうには兄さんたち……いや、ライ、トール、ブックロゥ、か。だんだんこの位置が定着化してきたなぁ。


 「何か、面倒なお話してなかった? 邪魔じゃない?」

 「いいや。ちっとも」


 のんびりとしたミハルの否定に、自分の浅ましさに気が付く。そっか、そりゃそうだ。私は何度もこの人に大切だって言われてるんだから。少なくともミハルが私を否定することはない。


 それは、肝に銘じないと。


 「ご飯、すっごく美味しかったね。みんな同じものを食べたの?」

 「……ふむ、まぁ、そうだな。ミハルとユーリ、それから我はすっかり経口食が気に入ったようだ。全体的に熱すぎるきらいはあるが」

 「カナはもしかして、くいしんぼさんなのかな? そのうち、僕たちと食事を取ろうね。たくさんの種類を頼んだり作ったりしていつかはシェアまで……いける?」

 

 楽しそうなブックロゥは、そういえば食器とか調理道具を担当してくれたんだっけ。慣れれば大丈夫だよ、と返事をしておいてからケルンの『熱すぎる』発言に少し笑う。

 猫舌なんだ。犬……っていうかオオカミなのに。ふふ。


 「食事をすればよく笑いますね、ナーナ。食べること自体は好きなんですか?」

 「甘いものや菓子はどうでしょう? 私の知っているレシピとこちらの食材を、いつか組み合わせ……たいものですね」

 

 心持ち最後を苦そうに言うトールに聞いてみると、トールは調理全般がだめらしい。おお? 何でもできそうなお兄さんなのに?!


 「どうして楽しそうなんだか、聞くのも無駄だな。……ちなみにカナ、俺は整理整頓が苦手だ」

 「私は、先ほども言いましたが調理や味の些細な違いを見つけることが苦手ですね」

 「僕は……たいしてないなぁ。あ、でも、集中しちゃうと何もかもがどうでもよくなるから、その間はちょっと、何もできなくなるね」


 おっと、最後がすごくない? ブックロゥ、それってすさまじいレベルの集中力みたいだけど。


 「苦手なモノばかり告げてナーナの親密度を上げようとしても無駄ですから。僕は……ナーナ、苦手なものがあまりないんです。かわいげがないですよね? 嫌になりますか?」

 「ユーリ。自覚してはいないだろうが、龍にとって最大の苦手は伴侶や、つがいだろう。呆れるほど愛おしいからこそ、我らを惑わす棘たりえる。カナ。私の膝から、もう二度と降りないでくれないか? 他の誰をも視界に入れず、私の、私だけとの空間をずっと維持」

 「すればカナは早晩に壊れるな。ミハルよ。我は人のもろさを知る。とくにカナは年頃の娘、だろう? ミハルが夕べにそう力説していただろうに」

 「ああ、ほんとうに煩わしいね、カナ、龍の執着は知ってたけど、僕の執着にもいささか自負するところがあるよ。もしもこの金目の龍だけでも排除出来たら、もっと僕を視界に入れてくれる? 笑いかけてほしいんだ」


 …………ぶ、ブックロゥって、もしかして。


 「恋着ならば私にも分がありそうですが? まぁ、私なら風龍ともなんとか折り合いがつけられそうです。年若い方は黙っていただいても」

 「年若い? 誰が? …………もしかして僕のこと?」

 「もしかしなくても貴方でしょう。私は27歳です。カナは?」


 おっと、トールから急に振られましたよ旦那。ブックロゥに感じた、ちょっとした疑問はいったん脇に置こうか。……うん? 年齢?


 「22歳です。今年の春から就職するの」

 「「「22?」」」


 ぎょっとした声はいくつにも重なっていて、とっさに誰から言われたかもわからない。

 きょとんとした顔に、ははぁ、外人さん仕様のリアクションは、まだこれが残っていたかと納得した。


 「成人は20歳だから。春から……って、そっか、あさってだったか、あさってからは仕事の勤め先まで決まってたくらいの、バリバリの大人だから。私はね。子供じゃないよ?」


 「な、んとまぁ。俺は26歳だ。カナは、その、ずいぶんと若く見えるな」

 「っあー、人種の問題らしいよ? あとは責任感の問題かな。ライは、じゃあトールとは一個しか違わないんだね」

 「僕は250歳で、ええと、人間に換算すると18歳程度ですが。経験は積んでますから。年下ではありませんよね、ナーナ」

 「ってことは僕が28歳だから、人間としては一番の年長になるのかな。よろしく、カナ」


 「う、えぇぇぇ?!」


 最後のブックロゥに唖然として、ついうっかり指を差した後で自分で叩き落としておいた。物理的に。や、それにしても。


 「……一番若く見える巻き毛が年上とはね。驚くな」

 「人間の不思議なところだな。だがしかし、カナ、それならお前はもう婚姻のできる年だということか?」

 「うぅ? 婚姻?」


 やべぇ。いいとこ高校生くらいにしか見えない28歳とかアリですか。アリですか将軍。


 「婚姻? …………う、ん。結婚のことなら、できるよ。相手がいないけど」


 人種っていうかむしろ人体の神秘を見てる気分でいっぱいです。って言いたいのに。

この、論外だろ、ずりぃだろ? ってレベルの童顔について、誰かと驚きを共有したいのに。

んなこたぁ後回しだって言わんばかりの勢いで、今までも直近にも、彼氏なんぞは生まれてこの方いたことがないと、影も形もいやしねぇよということを総勢……えっと、6人から突っ込まれてしまいました。なんだこの雰囲気。

畜生、股の間にある、こんなちんけな膜、大学卒業まで大事に抱えててすまねぇな!

 っつかね。守るつもりも大切にしてたつもりもなかっただけでね? ことこれに関しては、相手ってもんが必要でしてね?!


 嫌な汗をかいたので、風呂に入りたいと半ば強引に話を変えた。つまり、いつでもお前はその手のことができるんだな、清い体だな、と念押しされてぼんやりと頷く。

 立ち上がってお風呂の説明をしてあげようと振り返って、初めて気が付いた。

 自分が、何を肯定したか。


 「…………」


 人間、本当に焦ると言葉は出ない。羞恥に、身を焼くときも。

 あわあわと無駄に手を振り、ミハルの眼を見て、首を横に振った。や、いや違う、彼氏は確かにいたことないけど、だからって違うくて、あああもう、何が違うのかわかんないけど、処女なのは自信があるけど。

 恥ずかしさのあまり、視界がぼんやりとにじむ。ひでぇ、涙まで出てきやがる。恥ずかしいって感情は手に負えねぇ。つまるところ。


 「ふ、風呂に入ってきます!!」



 逃げることも、ああ、人生には必要なことってありますよね。まったくのところね。



ぼんやりしてるうちに公然と自分が処女であることを認める要ちゃんは、ずいぶんと間抜けですよね。自覚もしてるようですが。憤死してもいいレベル。


 あと、要ちゃんの地区の運動会は年度末にあります。迷惑です。ガチで迷惑ですね。


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