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よその国の人にとって、日本の公衆浴場とか鍋のスタイルが奇異に映ることを思い出して追加説明した、まではいいんだけど。
「裸? 一つの鍋にそれぞれのカトラリーを同時に入れる?」
……だ、だよね。そういう解釈になるよね。
すごい図になるね、その想像。
「えっとねぇ。私のいた場所の人、ものすごく清潔好きなの」
これは仕方ない、と、私はお部屋探検を中止して、中庭に目的地を変更した。びっくりしたままついてくるみんなをベンチに座らせて、床の上にかいてもらったミハルの胡坐の中に私は落ち着く。何という安定感。
手の中にはケルンの毛皮もあるし、ふふ、幸せだなぁ。
「でね、小さな島国だから、かなり治安もいいのね。夜中に明かりを持ってなくてひとりで歩いてても、怪我もしないし、安全に帰ってこられる」
基本はね。今はそんなに盲信してないよ? 安全神話。
「そういうわけで、公衆浴場も発展してるの。当たり前のように男女別だとして。……あ、そのね、公衆モノじゃなくても、個人宅のお風呂でも洗い場は別にあるからね。あとでこのおうちのお風呂場で説明してあげる。ここのお風呂は日本式だから……説明を続けるよ? 入るときはね、一番先に頭と体を洗って、汗を流して清潔にしてから共有の浴槽に入るのね。広い浴槽とか、たっぷりのお湯に、ゆた~ってするのが気持ちいい。だから、おうちにお風呂がある人でも公衆浴場には行くものなの。別に、おしゃべりだとか知らない人と仲良くなりたいとかじゃなくて」
「……サウナ、みたいなものか?」
「風呂そのものを楽しむ、ですか? 逆上せない?」
「ん、んーと。慣れないうちは逆上せるらしい、よ。私たちは慣れてるからトータルで一時間くらい入ってるけど」
「一時間? なんなの、お湯じゃなくて水か何かなの?」
「違うよブックロゥ。湯温は40℃からもう少し高めだよ」
「…………ナーナのいる層には、なんというか、本当にそんなものが存在するんですか?」
「ゆ、ユーリにとってはキツイのかな。私たちのところは高温多湿の気候だからね。普段からたくさん汗をかいて気持ち悪いから……い、いや別に、ユーリたちに入れって言ってるわけじゃないんだし、そんなイヤなら」
「そうだな。ユーリが嫌なら入らなければいいだけのことだろう。そもそも、風呂に一緒に入れる権利を持つのは私だけのようだ。男女別なんだろう?」
「う、ん。そう。でも、ミハルも平気じゃないよね? よその国の人から見れば、けっこう特殊だってどこかで読んだことがあるし。無理するようなことじゃないよ?」
いっしょうけんめい説明してるのに、兄さんたちもどこかキリッとした顔になってる。や、いやいやいやいや。こうなったら別建てでお風呂を作ってもらった方がいいんじゃないの? ……ってアホか。私の方じゃなくてこっち側に合わせてお風呂を改築すればいいだけのことじゃん。なんだ別建てって。
「あのね、お風呂を改築して兄さんたちのいいようにすれば」
「それは後にしましょうか。カトラリーを同じ鍋に突っ込む食事の方を聞きたいですね。個人用レードルを同時に使うような感覚ですか?」
「ごめんね、それよりカナはいつまで僕たちのことをひとくくりで呼ぶの? ね、もっと名前を呼んでほしいな。何度でも、ブックロゥって」
ブックロゥがトールに被せるようにして話しかけた言葉たちは、急に吹いた突風のせいであまり耳に入ってこなかった。びっくりして目も閉じちゃったからぴりっとした空気しか感じられない。なに? なんで突風?
「…………図々しくないですか、緑」
「権利は平等、だよね。火龍が一番。けど、他は同じ位置のはず」
おおおぉぉぉ? なんでブックロゥとユーリが対決してんの? お兄さんたち? ミハル? ケルン?
「…………放っておけ、カナ。これはこれで、あー、……あぁ?」
「カナ。…………カナは、もしや、この状況を不思議がってますか? 彼らの言葉の意味はお分かりですか?」
「意味? や、うん、わかるよ。ミハルが一番って言ってるんだよね」
「………………愛し子よ。少々聞きたいのだがな。『何に対して』ミハルが一番なのかは理解しておるのか?」
どうしてだか、全員が重くなりがちに私に聞いてくる。溜めすぎじゃないか? どうしてそんな躊躇してるの? ……あれ? 権利? 位置?
「年齢のことだって思ってたんだけど……違うみたいだね。お風呂の順番? ん、待って、考える。…………このメンバーのマウントポジション? あ、そ」
「それじゃないからな?!」
「おやおや。カナはどうやら、とても純粋なようですね?」
「私がカナの一番なのは揺るがないし構わないがな。ふむ。哀れではある」
呆れたような年長組の視線が痛い。むぅ。間違ってるらしい。
「……やれ、鍵よ。早く成長してほしいな。我のためにも」
おいおいケルンにまで言われちゃってるよ?!
よしわかった。
帰る。
「って、帰る帰らないはどうでもいいんだよ。レードルの話に戻ろう」
なんとか気合を振り絞ってブックロゥとユーリのあいだに割って入った。ちびっとだけ怖かったからミハルの手を握ってたんだけど、ユーリが目ざとくそれに気が付いたらしい。わかりましたって素直に言ったと同時に、ミハルの手をどけて私の手を握ってくる。
ゆ、勇気があるなぁ。私に対するミハルの独占欲を知ってるのに。
「やはりレードルなんですか」
「違うよトール。ごめん、私の言い方が悪かったよね。えっと、ええっと」
ちょっとだけ考えたけど、今までのこざこざとした言い争いで疲れちゃったらしくて頭が働かない。上手な説明が思いつかない。
「…………ごめん、いつか作って本物を見せるね、お鍋。あ、料理の名前っていうか食べ方のスタイルがお鍋だから。この調子だと、わりとすぐにみんなと食べれるはずだし、待っててもらってもいい?」
「もちろん、もちろん。……というか、カナは、ではお疲れでは? お腹は空きませんか?」
お腹? うーん、そういえば。
ぐーーーーきゅるりくるるるる。
「…………す、空きました」
「聞こえたから」
「聞こえましたから」
にこやかなライとトールの突っ込みがいたたまれない。ん、もぅ。限定条件付き摂食障害だからか、いつも私の腹の虫は元気すぎる。
ちらっと見上げると、ミハルも楽しそうに肩を揺らしてた。ユーリと、ブックロゥまで。
「もうっ。……もう」
こんな時、何て言えばいいのかわからない。私は鳴り続けてるお腹を押さえて、ハタハタと尻尾を揺らすケルンの首筋を捕まえようとする。意味なんてないよ。もふもふが欲しいだけだよ。
「では、夕飯にしましょう。ナーナ」
優雅にユーリが立ち上がって。
私に手を伸ばしてきた。




