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「こんなところで、カナ。寒いだろうに」
甘い声が私の肩を抱く。さらりとかけられたショールは肌触りがとてもいい。薄青く染まり始めた世界の中で優しい色だ。
「おかえり」
ことりとミハルの肩口に頭を載せた。そのまま擦り付ける。急激にやわらかく、甘くなる空気。み、ミハル……自分でやっといてなんだけど、そんなに甘えられたかったの? 私に?
立ち上がって中庭から居間を見やる。予想通り、全員がガラスの向こうにいた。どことなく恨めしそう。っていうかユーリはくっきりはっきり悔しそう。
何の気なしにショールを胸の前で引き寄せて、頬ずりしてみた。うわ、気持ちいい。これってかなりお高い素材なんじゃなかろうか。
「おかえり。ありがとう、お疲れさま」
私が歩き出せば、すぐに居間へと続く扉が開けられる。ちょっとだけ赤くなってるユーリが不思議だけど、まずはお礼だよね。買い物に行ってくれたんだから…………って。
「おぉぉぉぉ?! すっごい、どこもかしこも私好みだ!!」
一歩、二歩。踏み出すごとに顔が笑っていく。すごい。すごいよコレ。すごくね?
「どうやったらここまで私の好みがわかったの?! ほんと、うれしい!!」
ダイニングテーブル、ソファ、食器。壁に無造作にかけられたファブリックパネル。どれもこれもみんな、ものすごく好みのものたちだらけだ。こんな構えの雑貨屋さんあったら一気に破産しそう。財布の中身とか考えずに店ごと買っちゃうね、きっと。
くるりと反転して、驚いてる顔のお兄さんたちに家の中全部を見て回りたいとお願いする。できれば、お兄さんたち、ライやトール、ブックロゥの自室も見たい……とか。
駄目かな。図々しすぎる?
「もちろん。もちろん構いませんよ、カナ。ですが自室は私たちの好みで……ああ、そうでしたね。カナは、違うことも楽しめるんでしたね」
「うん!! ね、ここのお部屋は誰のだっけ? 入ってもいい? 廊下から見るだけがいい?」
「入って、ベッドの寝心地まで試していけ、カナ。ここは俺の部屋だ」
ライの部屋は玄関から一番近いところだった。こげ茶、白地の漆喰壁は廊下と共通なんだ。……っていうか、買ってきてからどのくらいぼんやりしてたの見られてたんだろう。パブリックどころかプライベートスペースまでセットアップ済みだとか。
あ、ここのクローゼット空いてるじゃん。えっと、…………えっと。
「? なんだ、入りたいのか? 何もないが……そら、閉めればいいか?」
おぉぉぉ! こ、こいつ神様かっ!? どうして私のしたいことわかった?!
「小動物……」
「こんな狭いところにも入れるんですか、ナーナ。というか、…………余裕までありますね」
「はまり込んでしまってるカナはとてもかわいらしいです。ほら、見つけましたよ」
私がクローゼットの中に入ってしまったあとで、ライが楽しそうに笑いながら扉を閉める。一拍もしないうちにトールに開けられた。やばい、童心っていうか痛い子そのものだけど楽しすぎるぅっ。
「見つけられた!」
「見つけました。次は私の部屋へ行きますか?」
はい! と元気よくトールに返事をしてから、最後にライの部屋を見回す。住んでしまえばここはライの部屋になる。私が入ることはなくなるだろう。プライベートだからね。
だから、貴重なチャンスを逃がさないようにして内装を見た。っていっても、ライの好みは私に負けず劣らずシンプル、らしい。ベージュ一色のベッドカバー、共布のカーテン。床と同色の椅子とテーブル。書き物机の使い方、かな?
閉めてあるクローゼットは開けられないから、私服はまたおいおい見ていけばいいよね。
ありがとうと頭を下げてからライの部屋を出る。そのまま自室に下がるかと思いきやライもついてきた。あ、そう? そうだよね? 人様の部屋って面白そうだよね?!
「……口を利かなくてもこれだけ意思疎通ができるのは、素直にすごいな」
「くるくる変わって、僕たちが驚くくらいに豊かに表に出しっぱなし。愛されてるね、カナ」
「うん! 好き!」
お母さんもヒロトも、私の困ったところを許してくれてるみんな、ね。
私は、愛されて育ったし、自分が誰かを好きになれるってことも教えられてる。すごく幸せに育てられてる。
……今、ブックロゥに聞かれたのって、そういうことでしょ?
ミハルが私の顔を後ろから手を伸ばす。あれ? さすがに子供っぽすぎた? はしゃぎすぎ?
「ちょっと私の心臓が持ちそうにないな、カナ。お前の笑う顔はいつだって見続けたいが、他人に見せるのは、……その、少し」
「愁いた顔も十分に我を揺さぶったが、やはり楽しそうな方がいい。だが、しかし」
「ナーナ。ずっと聞きたかったのですがいいですか? 好きだとか言ってますけど、ヒロトとは、ナーナのなんですか?」
ライの部屋の向こうは私とミハルの個室だそうだ。廊下で立ち止まって私を抱き寄せたミハルを皮切りに、人外トリオがつらつらと訴えてくる。……うん? はしゃぎすぎ、みっともねぇぞ? ってことじゃなくて?
「ユーリの言ってること、僕も聞きたいな、カナ。あ、先に説明しておくとね、カナの楽しい顔は僕たちにとってご褒美だから。どんなにカナ基準ではしゃいでても、うれしいだけ。でも、龍たちにとっては独占欲との兼ね合いがある、んだよね?」
「緑の巻き毛は、まるで自分は執着しないと言わんばかりだが、カナ。あれらにとってもお前の感情や表情は独占対象になるはずだよ? もちろん、私の伴侶であるお前が愛らしい顔を振りまいているのだから、龍たる私が気分のいいものであるはずがないけれども」
「カナに対する龍の執着は、並はずれてカナに優しいと覚えていてくださいね。そう、私たちの執着なぞ、本来は足元にも及ばないはずなのですから」
「トールの言うことは的を射ているが、カナ、それより俺も聞きたい。何度か聞いたが、ヒロトとは誰だ? お前の何に当たる?」
長い。っていうか、一気にしゃべりすぎだよ兄さんたち。えっと、ええっと。……ほら、何を言われたのかずいぶん抜けちゃったよ。執着と……なに? ヒロト?
ミハルが背中を押してくれたので、廊下を進む。おぅ? 説明は……あ、するんですね。歩きながらね。了解。
「ヒロトは、私の友人だよ。幼馴染、になるんじゃないかな。さらっさらの長い髪をした、とんでもない美少女なんだけど」
そこまで言っただけで、ミハルどころかユーリ、後ろのお兄さんたちの雰囲気がぐっと柔らかくなった。うん。美人の情報って人を和ませるよね。
「人格は……ま、まぁアレだとして、見た目は完璧だよ。スタイルもいい。竹を割ったようなさっぱりした性格で、文も武もハイレベル。頭はすごく良くて、きっとその気になれば外見で食べてくことができる子なんだけど、官僚……えっと、こっちでなんていうのかな、政治的にすごくえらい人たちにも余裕でなれるくらいの回転と機転、それから純粋な学力を持ってるね。私との関わり合いは……基本が保護者、みたいなもんかな。たとえば、根っこをきちんと押さえてればね、自分は逃げ出さなくても私には逃げていいって言ってくれるような、そんな人なの」
人格と性格ってどう違うっけ。一緒か?
「……その方とは、ご飯は食べられますか? ナーナ」
「もちろん。っていうか、ヒロトが私の面倒な食事嗜好を公開しろって言ったのさ。私の元いた場所でも摂食障害なんてめったにいないからね。しかも私のこれって人見知りがベースだし。かえってオープンにした方がトラブルも少なくなるかって、話し合って」
「ずいぶんと、仲がよさそうだな」
「うん。ライはそういう人、いない? うーんと、一緒にお風呂に入るような」
「「「は?!」」」
おっと。またもやぎゅって止められましたがな。ミハル。や、いいんだけど私は猫の子じゃないから襟首は掴まなくても……っつか、これってむしろペットとか子ども扱いなのでは……。
「お風呂、ですか? つがいでもない他人と、一緒に?」
呆然と呟くユーリを見上げる。あり? なんか、そんなショックなこと言ったか、………………あ。
「あのね、私のいたところね、公衆浴場が普通にある世界なの。層? 世界と層の違いがイマイチわかってないけど、えっと、こっちには、じゃないや、みんなのいた場所にはあんまりそういう習慣がないのかな? 裸の付き合いっていうか、一緒の鍋から食べたりだとか」
そっか、外人さん仕様だ。忘れてたよ。
私はあわてて説明を追加する。追加した単語でさらに呆然とされたけど。
ううう。
どうしよう。
要ちゃんが途中で異常にはしゃいでるのはテンションが行方不明になっている反動です。自覚していませんが。




