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思った、だけじゃ時間が進むだけだ。だけど、何をどういえばいいのかわからない。
首を傾げ、等分にこの場にいる人間を見る。で、当たり前だけどすぐに手首が痛くなって荷物が重たいと音を上げる。
忘れてたけどペットボトル30本プラス、だよ。無理だよ。むしろ何で持ち上げようと思った、私。
地面にそっと、中身をブロックのようにきっちりと積み上げて梱包されてるお弁当たちを下ろそうとすればさらりと横から手を出された。
金髪黒目、私の常識で例えるなら中学生らしき彼だ。
『あの、ボクに持たせてください』
『というかむしろ、そっちの重そうな袋の方だろう。劣化するものか?』
間髪入れずに彼女からも手を出された。けど彼女の方は私の手を取ってくる。指だけで向こう側にいたお兄さんたちを呼び、それぞれに私の手首から袋を一つずつ抜きとって持たせた。……うん?
「劣化? なら、この包みの中は劣化しますね。食べ物なので。こっちは……どうだろう、入れ物が壊れない限り、大丈夫、かな?」
聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえず素直に答える。私、良くいるタイプの日本人だよね。しかも長女。さらに言うと社会人だ。今度の四月から、だけど。
「急な衝撃を与えない限り、たぶんね、きっと割れないと思う。でも、そっちはお弁当だから」
気を付けて、という言葉が途中で途切れたのは仕方ない。だって中学生の彼はにっこり笑ってお弁当の包みに向かって息を吐いた。ただそれだけなのに、紙包みは急に白く凍って、挙句に『何もない場所へと』収納された。……そう、しまわれた。
なんじゃ、そら。
もう一度にっこり笑われたので、つられて笑い返したけど。私の頭の中は『?』マークでいっぱいだ。どういう現象? これ。っていうかね、思考だけでもなんとか女の子らしい口調に保ってたけどそろそろ無理だ。素に戻りそう。誰に聞かせるわけでもないのに、せめてこのくらいは『女子っぽく』したかったんだけどなぁ。
ダメだ、ちょっと現実離れしすぎてる現実だわ。
夢ならよかったのに。
目を合わせて困惑していた私の目の端でくいくいと指を振る黒髪のお姉さんの動きに今度はつられる。実は視界の中で動くものにはめっぽう弱いんだ、私。動くものを見ると見ずにはいられないんだよね。
で、そんな習性なのは私だけじゃなかったらしく、お兄さんたちもつられたらしい。ぐっと近づいてきて、おいおい私に触らんばかりだよ。パーソナルスペース取れよ。もっと。
『移動だ。目を閉じろ。私に、身をゆだねて』
ほんのちょっと、ちこーっとだけ焦っていた私の顎をつい、と持ち上げて彼女が囁く。
おおぉぉぉ?! 意味がわかんないよ?!
『ほら。目を閉じないと、かわいい子。キスをしてしまうよ?』
これが男性じゃなくて良かったのか悪かったのか。やや低めで掠れてる彼女の声は十分に色っぽい。なんだこれ。なんなんなんなんなの。
私はぎゅっと目を閉じる。ついでに拳も握りこんだ。えいくそ、衝撃が、来るなら来い! ばりに唇までぎっちり引き結んで身構える。くすりと誰かが笑いをもらすのが聞こえた。ちちちち畜生、どうせ経験値がゼロだよ! こんな体験、したことないよ!!
耳元で、ひゅんと空気が鳴った。いや、動いた?
でも、もし目を開けて彼女の顔がすぐ近くにあったらどーすんの。むしろどーすんの。
動揺が動揺を呼んで更に動揺する。
びたイチ動けずに硬直してると、さらりと頬に乾いたものが触れた。……ああいや、…………手の、ひら?
どこかがさついた感触が手の平のものだとすぐに分かったのは、ヒロトがよくこうするから。「心配すんな、させんな、ばーか」の幻聴付き。馬鹿はこっちの台詞だよ、あーほ。場に居もしないくせに私を安心させるとか、どんなヒーローだ。女友達め。
ほっと息を吐いて、ゆるゆると目を開けた。どうやら無意識に黒髪蒼目を思ってたらしい。
視界いっぱいに広がっていた金髪黒目に、心底ビビる。
う、ぇ、と不審極まりない声を出して大きく一歩を下が……れなかった。そう言えばすんげぇパーソナルスペースの無視具合で集まってたんだった。いや失礼。
謝ろうとしてバランスを崩す。アレをしようとしてコレをするとか、なんかのコントか。誰かの足を踏んだらしいので咄嗟にかかとを浮かせたのがさらに悪かった。ぐらりと倒れ……そうになるところをまた違う兄さんに助けられる。
っあああそうですよね! これだけくっついてんだから、そりゃそうなりますよね!!
たった一秒ほどの間に三方向にめまぐるしく向きを変えた私が、理不尽に切れてムッとする。失礼しました、と低めの声でぐるりの全員に謝っておいた。どこ向いて謝ればいいのか。正解がどれなのさ。
で、目を上げてから唖然とする。あーもーあーもー。
どこだここ。
……私たちがいたのは、さっきとはまた違う場所だった。乾いた空気だけど、洞窟の中だ。なんというか、丸太の継ぎ目がないログハウスの中みたいな壁で……あ、あれか。ヒロトが時々やってるゲームの風景に似てるんだ。巨木が倒れて出来た、なんていったっけ、倒木窟? あれの途中風景だ。
前と後ろは暗闇で、上方向に通風孔、火が焚ける通路。
惜しいヒロト、セーブポイントだって教えてくれた魔法陣も焚火も見当たんねぇわ。
私がきょろりと見回したのが面白かったのか、彼女が口角を上げたまま唇に指を当て、ぴゅういぃっっ! と長く独特な音階で笛を吹いた。器用な人だと驚いて見やるのに、今度は本物の、だけど無言の笑みで答えられる。彼女はいち早く私の傍から引いて、壁に背中を預け、私を見てきた。くい、と顎を動かしたのは周りの男たちに向けてのアピールだったみたいだ。一斉にはっと息を飲む音がして、一気に私の周りから肉の壁がなくなった。
ものすごい解放感。
なんというプレッシャーだったのか、無くなってから気が付いた。筋肉の包囲網すげぇ。中学生の彼すら私より絶対に筋肉量があったね。どうしてわかったかって、そりゃ胸のない私より胸囲の厚みがあったからだよ。ちなみに貧乳の文字は禁句。
いいですか、禁句です。
あるはずもないのに男臭さがなくなった気がする。空気うめぇ。
なんとなく深呼吸していると、お兄さんたちがこれまた一斉に同じ方向に向けて身構えた。
? あ? 何してんの?
兄さんたち三人のうち、二人が抜刀して暗闇に切っ先を向けたことで私はあ然とする。ちなみに、残りの一人の得物は杖だった。うん? 杖って攻撃できるの? や、映画みたいで面白いけど。……いや、いやいやいや。
抜刀? ……っつか、自分で脳内説明しておいてなんだけど、抜刀ってナニ?
ひたひたと足音が聞こえてきたのがそのあとくらいだった。誰もが無言、無音の中で床に擦れるかすかな……たぶん、足音。
重い軽いの聞き分けは不得意なんだけど今回はわかった。軽やかに続けられるそれは一定の速度で響き、すぐに姿を現す……ねぇ、そう言えばなんでこの場所、明るいの? 火も焚いてないのに?
一瞬だけだけど現実逃避したのは、現れたのが馬鹿みたいに大きくてきれいな銀色の毛並みの、……犬、だからだ。
……ああ、ああくそったれめ、ンなわけないですよねー!!
こーの展開なら、犬じゃなくて狼ですよね、きっとねーーー!!