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新規小説です。いったんは出来上がってるものなので基本的には止まりません。
読みにくい、話の流れがおかしい、お前は誰だ、などのご指摘はお手柔らかに
お願いいたします。
気持ちいい風が吹いたように感じて、私はあわてて目を開けた。反射で手を伸ばして地面を支えにする。っていうか、こけたのが土の上とか何それ痛い。
こけた? こけちゃったの? お弁当だいじょぶ? お茶は?
手の平をはたきながら立ち上がり、ぱたぱたと服についた土を払う。ん、草もかなりついちゃってる。下が湿った土じゃなかったのが不幸中の幸いだわ。っていうか、誰かに呼ばれて、おたついて返事したらこけちゃったんだけどな。呼んだの誰だ。見られちゃってる?
自分の尻尾を追いかける小動物のように、お尻のあたりを確認してるとくるりとその場で一回転。これって、良く考えなくてもかなり間抜けな仕草かも、なんてはっと気が付いて周りを見る。
そこには、男の人が三人いた。
等間隔で並んで私を見てた。やっべぇよあの人たちの誰かかな? 呼んだの。もし違ってたらどうするよ。私の予想から外れた人に見られてるよ。いい年した女がこけちゃうところ見られたッスよ。
おいおい、ほんとにあの時、私を呼んだの誰だよ。罪が深くない?
…………っつか、なんだこのコスプレにぃさんたち。なんなの、今日は仮装競技もあったの?
「どちらの地区の方ですか? 私は、……あの、私、大きな荷物を持ってなかったですか……あ、あったあった」
こけたと思ったら急に立ち上がるし、一人で回って喋って馬鹿とか思われないかな。とか不安になりつつも、三歩先くらいに落ちていた大きな包み、それとビニールの買い物袋で三つにもなった荷物を確保する。言葉を出したあとで顔を逸らすし、独り言にしては大きな声になっちゃったけど仕方ない。うん。それは仕方ないよね。
だって相手が男の人なんだもん。
よし、こけちゃったのはダメだけど、落としたっていうよりバランス崩したついでに置いたって感じだったのかな? パッケージが崩れてない。
お弁当の中身がぐちゃぐちゃになっちゃったら、せっかく運動会に参加してくれてたおじさんおばさんたちがかわいそうだもんね。
きょろりとあたりを見回して不思議に思う。今日は、私の住む地区の運動会のはずだ。校区の小学校の運動場を借りて、各地区ごとに参加者をつのって出てもらい――いや、ほぼ全員が暗黙の強制参加だけどね――自分の地域に顔見知りをできるだけ作るって目的のもと、地区の、さらに班ごとに分かれてお弁当を食べる。
今年はうちの家が班長だから計30個ほどのお弁当と、各種のお茶をオーダーしてテントに運び入れるまでが長女の私の仕事だった。
もう少しでテント、なところで呼ばれたと思って返事しながら振り向いて。ついうっかり重たい荷物を抱えてたことを忘れて勢いよく顔を動かしたせいでよろけてこけちゃったのはご愛嬌だけど、うん、ここまではきちんと整合性が取れてる。どこも飛んでない。
でも、だからこそ違和感が強かった。
ここ、どこ?
今日の運動会、開催の場所は地区内の小学校の運動場だったはずだ。だからこけちゃったときの地面は特有の白茶けた砂か、まだらに生えた芝生……のはずが、違う。
各地区ごとに名前入りのテントを立てて、足の悪い人たち用にイスとテーブルまで用意したはずの昼食場所……、じゃ、ない。
四階建て一つじゃ間に合わなくなって、とりあえずでプレハブ校舎を追加してたはずの……、……その、建物ごと、景色にない。
気持ちのいい下ばえがびっしりと生えた草原。見渡す限りに人工建造物が見えない。
手をいっぱいに伸ばしたときの、その指と同じくらいの高さの山々が私のいる平野部をぐるりと覆ってるし、草原って言うか盆地って感じなのかな? ……や、ちょい待って。山の高さがちょっとわかんない。
だって山の天辺が白いよ。裾が緑で途中が茶色っぽくて上が白いとか。
待って、まってまってまって。
無意識のうちに指に引っかけていたビニール袋を手首にかけた。千円クラスのお弁当って、たくさん頼んだときにどうなるか知ってる? 一抱え、大体15個くらいを一個に包装紙でまとめて、それがトータル個数分まで積み上げられるんだよ。これは一番重たい分で20個入ってるけどね。正直、重さはともかく視界的にはなんとか持てるレベル。
このあたりのお弁当事情もなぁ。地域の運動会のことだし、今回はお店側のご厚意に甘えさせてもらって配達を選んだから楽っちゃ楽だったけど、でもやっぱり車からお弁当の場所までは何往復かしなくちゃならない。だからって頑張るつもりでいきなり一回目の往路でこける私はなんだろうって話にはなるけど。
確かに、呼ばれて余所見はしたけどさぁ、たったそれだけでキッチリとこけてくるとか、はは、真面目になんだろうね、まったく。
いや、いや、そこじゃないでしょ。自分で自分に突っ込みながら、私はいったん腰を下げた。お弁当をまとめてある紙袋はそんじょそこらのダンボールより大きい。でも軽い。よいしょって気合を入れれば、こんなふうに……ほら、大丈夫。ペットボトルたちと持ち上げて、なんとなく後ろに下がる。
視線が、彼らとあった。
どうやらずっと、見られてたらしい。
「ど、…………どうも、お疲れ様です」
身に付いた習性って怖い。等間隔で並んでた彼らと見事に二倍の距離を取って、なんというかできあがる円の反対側に立った。円っていうか扇形じゃない? どうでもいい訂正が脳裏に入る。まぁね、確かに扇形だけど。でもだから、そこじゃない。優先順位が違ってる。ここは挨拶でしょ。
私の声が彼らに本当に聞こえようが聞こえまいがどうでもいい。たとえ同じ班の人じゃなくても、同地区には間違いないんだし。挨拶をしたっていう事実が大事。
見えるように頭を下げ、動いてるってわかる程度に口を動かし、あとは目尻を緩めてそっと目線を逸らす。近所づきあいの究極バージョン。
人見知りが驚くほどに強い、なんというか半端なコミュ障のための。
なにか気にくわないことでもあったのか、私が頭を下げた途端に彼らが一斉にぴくりと眉を動かした。なに? なんで同じタイミングで同じ仕草? プログラム?
片足を踏み出すところまで同じで、だからいっそ怖い。私はつい一歩を下がって……上を向いた。また、呼ばれた気がしたから。
で、上から降ってきた人と、目が合ったまま硬直した。
なんじゃそりゃ。降ってくるって。
けど、まぎれもない事実だった。意味がまったく分からないんだけど、現在、私の目の前に立ってる人は、一瞬前には何もなかった空からいきなり、音もなく姿を現した。
私の身長の何倍も高いところから唐突に全身を出現させて、気負いもなく地面に着地して、足を痛めた風もなく私の目の前まで一気に距離を詰めてくる。
なんだこの人。なに、……っていうか、なに?
いっぱい混乱してても、ゼロ距離に近いところからじっと見つめられて、こっちも見て、気が付いた。この人、女の人だ。っつーか、すっげくイイ。何がって、うらやましいくらいに出るとこ出たプロポーション。背も高い。濡れたような黒、思わず触りたくなるようなストレートの豊かな髪。
日本人じゃないんだろうなって顔立ちの中、目の色は、…………蒼? 遺伝子的にあり得るの? この組み合わせ。
あぁ、外国の人ならあり得るのか。うん、でも。
ひょこっと彼女の後ろから、こっちも前触れなく出てきた中学生くらいの子は金髪に黒瞳だった。や、…………私も遺伝子がどうとか言えるほど詳しくないけど。こんな組み合わせって存在できる……んだ? 染めてんの?
まつ毛も眉も金色。茶色に近いグラデーションは末端に行くにつれてごく自然に金色に溶ける。あぁ染めてないわコレ。本物だろうな。ってか、眉毛がそんな色だとお化粧の時は描きにくそう、なんて思考がそれる。
いやいやいやいや、これはない。これは、違う。
もうまったく、脳内のどこのスイッチが頭の中のどこの回路につながってるかわかったものじゃない。
私は、自分が、ないはずの景色の中にいることよりも、私以外は全員がどう見ても日本人じゃないんだろうなって顔立ちをしてぐるりを囲まれてるってことよりも、コスプレとしか形容できない格好のお兄さんたちを見るよりも、現実的には不可能であろう彼女の登場シーンよりも、目が合った彼の色の組み合わせで。
ここが、ちょっと『違う』んじゃないか。今は私、常識をぺぺーいっと放り投げるときなんじゃないかって。
そう、思った。