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徒然なる短編

居場所

作者: 二流侍

この本を手に取っていただきありがとうございます。


少し、短編と呼べるか怪しいものかもしれませんが、良ければあなたにも何かを伝えられたならと思って作りました。

……と、恋愛経験皆無の自分が言ってみる。

「よし!」


 隣を歩いている香奈はにっこりと笑った。

 その姿は両手に花という言葉をそのままの意味で表していた。

 理由としては今日ねだり尽くして、安く買うことに成功した花が原因だろう。

 花の名前は……確かバラだったかなぁ?


「違うよ、これはバラじゃなくてミセバヤ! ちゃんと覚えて!」


 軽い気持ちで聞いてみたのだが、失敗だった。彼女は物凄い剣幕で怒ってきた。


「そんなに怒ることないじゃないか……」

「明らかに花を馬鹿にしているもん! どこを間違えればこれが薔薇になるのよー 」


 香奈と呼んだ俺の幼馴染はムスッとした表情で近づいてくる。

 最近使い始めたのだろうか、香水の甘い匂いが俺の鼻を刺激してきた。

 彼女が腰まで伸ばした長髪にしているから、髪の毛が俺の手にもかかるくらいに当たる。

 総合的に判断すると、正直、ドキッとした。

 髪の色と同じ、綺麗な茶色の目に睨みを加えて近づいてくる顔。俺はとっさに顔を背け、指で自分の頬をかいた。


「悪い悪い。軽い冗談のつもりだったんだけど……」


 実は半分以上本気で言ってしまったのだが、そんなこと口にできない。

 正直赤かったから、俺はその花の名前を言っていた。


「全く……」


 ようやく離れたと思うと、手に持ったミセバヤという名前の花を見つめながら、彼女は俺をおいて先行した。

 彼女が向かっているのは太賀病院という、新しく出来た病院だ。

 このベッドタウンとして発展していく街で、唯一と言っていいほど大きな病院である。


「だから京太も毎回迷っているんだって。本当に方向音痴なんだから」


 そう言う彼女の目は楽しそうだった。

 京太というのは中村京太という俺の中学からの腐れ縁だ。そして香奈の彼氏でもある。

 今日病院向かうのも、彼が入院生活を送っているのから、そのお見舞いにいくというもの。

 だから俺たちは学校の授業を終えて、ここまで歩いていたのだった。

 夕方になるにつれて染まる赤色に包まれていると、俺はふと気づいたことがあった。


「しかし久し振りだな、京太に会うの。一ヶ月振りだから」


 夏休みが終わろうとしたときが最後はだったか……

 そう思いながら俺は自分で襟首を掴み、涼しい風を送り込ませていた。


「雅人いくら誘っても来ないもん。幼馴染みの頼みなんだから聞いてよ……」

「たまたまスケジュールが合わなかったんだ。仕方ないだろう」

「ほぼ毎日誘っているのに、そんな忙しい?」

「あぁ、俺には向こうにいる仲間達とチャットをするっていう大切な――――」


 バシっ! という気持ちの良い音を奏でていたのだが、その根源は俺の頭からだった。

 どうやらこいつは鞄で俺の頭を叩いたようで、


「幼馴染みよりサイト仲間の方が大切!?」


 物凄い形相で睨んできた。


「……いいだろ別に。京太だって彼女にいつも見舞いに来てもらっているんだ。俺なん

てお役御免さ」

「馬鹿。そういう意味で言ってるんじゃないわよ」


 眉で不満を表した香奈は口も尖らせて、ブツブツと呟く。

 その間にも歩き続ける彼女を見ながら、俺は問いかけることにした。


「んで? 京太のご容態ってのはどうなんだ?」

「分からない。医者がいうにはもう少し入院させる必要があるんだって」


 香奈は花をギュッと抱きしめていた。

 もう少し……か。前もそんなこと聞いたような気がする。

 俺は香奈の様子を見ながらそう思っていた。


「京太の病気って確か、ストレスによるものだったよな?」

「うん……。何かダルさとか最初は訴えていただけで。でも、急に病院行きになったから、私もびっくりしてさ……」


 語尾が段々弱くなっていくのが耳で分かり、そして落ち込んで行く様子が目に見えて分かった。

 やはり彼女も京太のことが心配になっているのだろう。

 それはそうだ。……香奈は京太のことが大好きなのだから。

 感情は違うけど、心配する気持ちは痛いほど分かった。俺だってあいつとは中学、そして高校を経ての親友だ。

 本当なら俺だって毎日顔を出してやりたい。元気づけてやりたかった。

 でも……俺にはもう必要ない。居場所は――――もうないのだ。

 俺は目の前にいる香奈を見つめた。

『ねぇ、雅人! 京太って人に会わせてもらえるようにお願いできないかな……』

 あまり俺を頼ることの無かった香奈が、珍しく俺に懇願したあの日。

 俺はあの日から、理解してしまったのかもしれない。そして、後悔しているのかも知れない。俺は自分を偽り続けていた。香奈が嬉しそうに京太の話をしてきたら乗ったし、京太が彼女のことで悩ませていたら一緒に考えてやった。

 でも…………側にいるはずなのに、俺は距離をおこうとしていた。そして……二人ともそのことには気付いていない。

 だから余計に辛かった。

 苦しんでいた。

 見舞いに行かなかったのもそれが理由だ。

 こんな気持ちで親友に会いたくない。いや、会う資格が無い。

 そう……思っている。


「ようやく来てくれた。ずっと私だけだったから不安でさ……」

「いきなり泣かれたからな、そりゃあ行くしか無いだろ」




 今日だって俺はいつものように断ろうとした。

 学校の帰り道、別れる直前での会話。俺はすぐに帰れると思っていた。

 帰ったあとの用事さえ、考えていた。

 だけど……香奈はいきなり泣き出して、戸惑う俺に言ってきた。

『何で…………何でいつも断るの? 何で京太の前に出てくれないの?』

 そう言って、俺の制服の袖を強く握ってきた。

『お願い……一度でいいから……お願い』

 自分が行かないことで、京太と二人っきりの時間を作ることが出来る。

 そう思っていた俺が愚かだった。何のためのお笹馴染みなんだと痛感した。

 香奈はずっと一人で耐えてきたのだ。

 誰にも不安が言えなくて、それでも明るく振舞おうと自分を押し殺していた。

 そんな香奈の優しささえ、俺はこの十七年間気付くことができなかった。

『ごめん……』

 俺はそう言うしか出来なかった。


「雅人が聞かないから、悪いんだよ」


 眉は八の字になっていたのだが、口は笑っていた。

 怒ってはいるが、嬉しさもある。

 彼女の感情はきっとそんな所なのだろう。


「そりゃあ悪かったな。……んで、病院ってどっちだっけ?」


 俺の質問に対し、彼女は人差し指を使って方向を示す。

 流石一ヶ月ほぼ毎日通ったことだけある。その指には迷いがなかった。




 相変わらずデカイ病院……

 首筋に感じる汗をポケットに突っ込んでいたくしゃくしゃハンカチを使いながら、俺は

 心の中で感嘆としていた。

 病院は七階、八階まで存在しており、横幅なんて、東京タワーを横にした長さがある。

 途方もなく大きい病院に俺は沈黙するしかなかった。


「何か、辿りついたのにあまり喜んでいないね」


 感情が俺の顔に出てしまっていたのだろう。それとも辿り着いたのに、表情を変えなかったのか。

 とりあえずそんな気持ちを察した香奈が、横から覗く形でこちらを見てた。


「まぁ…………こういうところは正直苦手なんだ。人多いし、迷いそうでさ」

「珍しいね。そんな弱音言うなんて」

「弱音というか、その……」


 愚痴って言ったほうが正しいんだが……

 そう思っていても、俺は口に出すことは拒んだ。

 理由は簡単。こんな話長引かせたくないからである。

 人に弱みを握られるのは良い気がしない。相手が気にしなくても、だ。


「でも大丈夫だよ! ここ、広いわりに人少ないし、雅人の言うような環境ではないと思うよ!」


 予想通り、彼女がこの話を終わらせてくれた。俺も用意していた言葉で言わせてもらう。


「そうか、なら中に入って確認しようぜ」


 中に入ると今までの暑さが嘘のように感じる。それと共に、鼻からは病院特有の薬品の匂いも感じた。

 クーラーの完備された病院内。清潔感を出すために配色された白色を基盤としていて、アクセント程度に植木がある。

 フロアの真ん中には、待機用のベンチが完備されていた。

 香奈は気にすることなく、『受付』と書かれた窓口に呼びかけていた。


「こんにちは」

「あら、羽山さん。今日も来たの?」


 出てきたのは母親と同じくらいの四十代だろうか。少しシワの見える顔だが、まだまだ現役でいけそうな活力が見える人だった。

 羽山と呼ばれた香奈は友達と話すときに見せる笑顔で対応していた。


「今日は一人じゃないの? 珍しいわね」

「はい、せっかくなので、今日は田口君を連れてきました」


 そう言ってこちらに微笑みかける香奈。

 俺もぎこちないと自分で理解しながらも、受付さんに笑顔を返していた。

 どうやら香奈のことを知っているようだ。受付という立場を忘れ、二人はその後も仲良く談笑を続けている。

 終わる気配が見えなかった俺は、一つのため息をついて周りを見渡した。

 お年寄りの人たちが所々存在しているが、香奈の言うとおり、こんなに大きな病院のわりには人が少ない。

 俺が周りの様子を観察していると、


「雅人! こっちこっち!」


 香奈がこちらに向かって手招きをしていた。周りにナースさんの姿がいない。

 案内はいなくても大丈夫だと言うことなのだろう。もう何回も行っているし。


「京太は五階にいるから早くしてね」

「あ、悪い、俺はちょっとトイレに行ってくる」

「じゃあここで――――」

「お前は先に行ってろよ」


 でも……、そう言って中々決断しようとしない彼女を無視することは出来なかった。

 どうせ道に迷うとか考えているのだろうか。俺はこいつと違って迷うことなんて少ない。

 それに俺は用を足すためにトイレに行くんじゃないのだ。

 だから、待ってもらいたくないのが、俺の正直な気持ちなんだけど……。

 とりあえず説得しないと、そう考えた俺はスマイルで香奈と対峙していた。


「大丈夫さ。俺だって五階と六階を間違える今時なドジっ子キャラを演じたりはしないよ」

「いや、そこを心配していないんだけどさ……」


 少しの間の後、彼女はおずおずと核心的な言葉を口にした。


「――――逃げないよね?」


…………そりゃあそうか。こいつとはずっと前から一緒にいるんだから、バレて当たり前か。

 俺の沈黙をどう理解するなんて見知らぬ人でも理解できるだろう。彼女は手をギュッと胸の前で握りしめていた。


「ねぇ、どうしてそんなに逃げるの? どうしてそんなに会おうとしないの? ……京太のことが嫌い?」

「そんな訳ないだろ……ただ…………」


沈黙。

 二人に流れる空気はゆっくりとこの場所を支配していく。

躊躇い。

 二人だけが空間を切り離された存在となって、時間がゆっくりと感じてしまう。

恐怖。

 俺は次に出てくる言葉、それが今まで隠してきていた自分の感情を出してしまいそうになりそうで。

 ずっと、何も言えない空間はお互いの感情に干渉し合っていた。

『緊急です!513号室の中村さんが心肺停止! 至急高崎先生をお願いします!』

 空間を割ってくれたのは一つのナースコール。受付の奥だというのに、閑散さと現状の雰囲気もあったのだろう。

 その言葉はよく聞こえて――――――衝撃的だった。


「京……太……?」


 その言葉はか細く、静かな今の環境じゃなかったら聞き逃していただろう。

 香奈は俺との話し合いなんか、頭からすでに抜け落ちていた。

『早くして、急がないと中村さんが――――』


「京太ぁ!」

「おい、香奈!」


 走り出したあとを俺も追いかける。

 廊下を走れば怒られるかもしれないのに、彼女は気にしない。

 背中からでも彼女の焦りが手に取るようにわかった。

 時々すれ違うナースさんや患者に軽くぶつかっていた。

 謝りながらもその足を止めない。

 エレベーターが見えても彼女はスルーした。

 先に見えた階段。迷うことなく、香奈は階段で五階を目指すようだ。

 一段飛ばしで上っていくのを、俺は必死になって付いて行った。

 時折漏れる彼女の息遣い。

 そして、


「嘘よ……嘘だって言って…………」


 それと共に聞こえる、しゃくり上げている声。

 背中しか見てないはずなのに、彼女の表情が分かる。分かってしまう。

 なにやっているんだよ、京太……

 段差に躓きそうになるのを、手をついて防ぐ。

 その時、手のひらに感じた微かな温もりと水滴。

 それを握りしめながら、俺は心の中で叫んだ。

 今……こいつ泣いているじゃねぇかよ……!


 一年前もこんな暑い日だった。学校が終わっての放課後、俺は帰宅することに精を出す部活に所属していた。

 今日もその部活動を全うするだったのに、残っている。

 原因は、

『俺、彼女と付き合うことにした!』

 明るく報告してきたこいつだった。

 剣道部に所属している京太は俺とは比べ物にならないほど、出来た人間だ。

 スポーツもできたし、成績も上位。

 そして何より人懐っこい明るい性格。

 そんな彼の存在はクラスの中心人物となっていた。

 何でも出来て、何でも頼れる。

 こいつの存在が羨ましいと思ったことが何度あったか。

 そんな彼が今は嬉しそうに微笑んでいた。

『決心出来たのか、京太。告られた時はあんなにおどおどしていたのによ?』

『俺さ、あいつが笑っている姿が好きなんだ! だからずっと笑顔でいてもらいたいし、努力したいんだ!』

 嬉しそうな顔が更にその輝きを見せている。いつもそうだ。こいつはこの笑顔でみんなを笑顔に変えていたのだ。

 俺だって例外ではない。

 でも今回ばかりは少し眩しすぎて、辛かった。

『……そうか。まぁ、幸せになれな』

 そう端的に述べると、俺は鞄を持って出ていこうとした。

 自分の気持ちが出る前に出て行こうとしたのだ。

 俺には相応しくないし、似合わない。それなら俺が出て行くのが当然であるのだから。

『雅人はさ、香奈のこと好き?』

 突然だった。ドアに手をかけたところで京太は優しい声色でそう聞いてきたのだ。

 そのとき、俺自身を抑制する気持ちが失せてしまった。

『      』

 消え去るような声。聞かせてはいけないと分かっていながらも、俺はか細い声で言ってしまって   いた。

『……やっぱりね』

 俺の言葉を聞いて、京太は笑っていた。

 なぜ笑っているのかわからずに、俺は京太を見ると、いつも見せてくれる笑みを俺に向けてい    た。

 こいつは俺の気持ちを知ってなお、俺を俺として見てくれるのだろう。このまま、ずっと。

 だから……

『俺、お前の分も香奈を笑わせて見せるぜ! 絶対!』

『……信じてるから』

 それが最初で最後、俺の心からの応援となった。


 どうして……こうなるんだよ……

 ようやく着いた頃にはナースさんたちがごった返していた。

 原因が何かなのかは聞くまでもない。

 彼女は肩で息をしながらも、彼女の目は一点を見つめ続ける。

 その先には俺の腐れ縁だった奴がいた。


「京太……」


 俺以外にも、ナースが必死に名前を呼び掛けて意識の確認をしている。

 だが、目を閉じたその顔は微動しない。

 顔は白くて、まるで死んでいる人みたいだった。


「京太!」


 香奈が叫んだ。隣に膝立ちの形で立つと、京太の左手を両手で握る。


「京太、京太、京太ぁ!」


 今日だけで京太の名前を何回聞いただろうか。

 彼女は動くことのない彼を何度も何度も呼びかけていた。


「容態は!?」


 今まで不勤務だったから、寝ていたのかもしれない。少し寝癖を残しながら、白衣を着た男性がこの部屋に入ってきた。

 ナースとの早口でのやり取りをしながら、医師は香奈の姿に気がついたようだった。


「君、悪いけど退いてくれないか!?」


 そう忠告をされているのにも関わらず、香奈はその場から動こうとしない。

 俺が急いで彼女の腕を掴んで引き離していると、医師は「ありがとう」と一声かけて、

 京太の心音を確かめていた。


「まずい……!」


 苦い顔を更に歪めると、先生は心臓マッサージの体制に入る。

 一回、二回、三回……。

 何度も行って、蘇生を試みている。

 しかし反応は胸を押された反動だけで、京太の息は吹き返すことは無い。


「そんな…………何で……?」


 弱々しい声は震えていた。

 俺は何も言わずに、香奈の肩にそっと手を添えるしか出来ない。


「…………先生」


 ベッドの横にいたナースさんが俺たちの様子をチラチラと目配りした。

 医師に何かを伝えようとしたのは明白だった。

 やがて、医師はマッサージをやめた。

 黙ったまま首を横に振る。

 それが、全てを悟っていた。


「死ん……だ?」


 俺は黙ったままで佇んでいるみんなの代わりに代弁していた。

 そうじゃないと、俺自身が受け入れられないような気がした。


「嘘、だよね……雅人……」


 俺と違って、今もなお、現実を受け入れられない香奈は、口を震わせながら言った。

 それに対して……俺は顔をそむけることしか出来なかった。


「どうして……そんな事いうの?」


 俺の手から離れると、彼女のはゆっくりと京太のもとへ向かっていった。

 みんな、悲しみに彼女を止めない。

 上から覆いかぶさるように倒れる彼女、それをただ受け止めるだけの京太。

 俺や医師たちは見ていることしか出来なかった。


「そんな……そんな……………!」


 二人だけの時間を作るべきと考えたのだろう。

 医師たちは俯きがちになりながら、一旦その場を後にする。

 俺もしばらく二人を眺めていたのだが、やること、かける言葉が無いと悟って、結局出てってしまった。

 ドアを閉めて廊下に出ると、俺はそのままドアに背をもたれて座った。

 後ろから漏れる、抑えきれていない嗚咽に、拳を握りしめることしか出来なかった。

 京太はもともと不治の病に伏していたらしい。

 医師からの話だと、どうやらストレスで倒れた原因を知るために軽い検査をして、判明したそうだ。

 入院が長続きした理由を話してくれたのだが、病気の名前は教えてくれなかった。

 流石に親友という立場も存在していたのだろうか、ショックを受けるかもしれないと感じた医師からの配慮だった。

 そんなことをされる資格などないのに……だ。

 俺は京太に本当の思いを打ち明けることが出来なかった。

 幾度とない機会があったはずなのに、分かっていたのに、俺はずっと拒んでしまった。

 それは俺の罪となって、これからも俺を苦しめ続けることだろう。

 仕方が無いことだ。そうすることで俺は京太と向き合えると思っていたから。

 香奈は最初こそ休んでいたものの、五日後には学校に登校していた。

 学校でもいつも通りに過ごし、友達と談笑するのが出来ていた。

 でも、俺にはそれが騙し絵みたいに感じていた。

 ずっと表向きしか見せていない彼女。でもそこに隠れきれていない彼女の一面を感じていた。

 悲しくても、我慢して本当の気持ちを忘れようとして。

 辛くても、笑うことで彼女は京太のことを忘れようとしているのが見えて。

 それでも何も出来ない自分に嫌悪するしかできなかった。



 京太の死別から二週間が経った時。

 学校での授業を終えた俺はいつも通り、さっさと帰ろうとした。

 何もやることも、やる気も起きないのだから。

 しかし、

『ちょっといいか?』

 放課後に残るよう、先生に言われた。

 教室で一対一となった先生は俺に紙袋を渡してきたのだ。

『これを中村の両親に渡して欲しい』と。

 中を確認すると、それは学校で使っていた教科書などが詰まっていた。

 どうやらまだ引き出しなどに入っていた京太の私物なのだろう。

 俺が行くより香奈が言った方がいいのではないか。

 そう言う俺に対して、先生はお前が一番京太の親友だったのだから持っていくべきだと俺の意見を聞いてくれなかった。

 半ば強引に依頼を頼まれた俺は、心に靄がかかったまま京太の家に着いた。

 インターホンを押すと応答はすぐにやってきた。

 扉に出てきたのは久しく見る顔だ。


「こんにちは、お久しぶりです」

「本当に久しぶりね、田中君」


 家に入り、見慣れた家の中を渡りながら、俺は六畳ぐらいの和室まで招かれた。


「ごめんね。わざわざ来てもらっちゃって」


 お茶を差し出してくれたので、ありがたくいただくことにする。

 一息ついた俺は、紙袋を京太の母親に渡した。


「これが京太の私物です」

「あぁ、ありがとうね」

「いえ、別に……じゃあ、失礼しました。お茶、ありがとうございます」


 用件は終えたし、俺はすぐにでもお暇するべきだ。

 そう思っていた俺を、京太の母親は止めてきた。


「ちょっと渡したいものがあるの」


 そう言うと俺の有無を聞かずに、和室を去る。

 すぐに帰ってきた彼女の手に握られていたのは、一通の封筒だった。

 渡されて手に取ると、宛先は俺の名前だ。


「これ……なんですか?」

「京太が残した手紙よ」


 分かっていた。確認のつもりで聞いた俺はのり付けされている封筒を開封する。

 そのまま、俺は立ったまま、手紙を読む。


よ、久しぶり。なんか懐かしいな、こんな文での形だけどお前と語るのは。

これを読んでいるってことは俺がもう死んでいるってことかな?

ははは。不思議な気分。生きているのにこんなこと書くなんてさ。

よくドラマとかでこういう展開あるけど、その人たちもこんな感情なのかね(笑)

まぁ、元気にしているのか……て俺が死んでいるのに聞くのもおかしいか。

単刀直入だが、お前に言いたいことがあってさ、この手紙を書いた。

汚い字かもしれないけど、まぁそこはご愛嬌ってことで。

えーと。いきなり書くけど、俺の病気はもう治らないらしい。

どんなに頑張っても、もう長くは持たないだろうな。それは医者との会話でよくわかるさ。

後悔は……してない。

これが俺の人生なんだって割り切ることがまだ出来る。

後悔するとするなら、それはお前たちとだよ。

香奈は絶対悲しんでいると思うし、お前は悔やんでそうだから。

正直に言う。お前が悔やむ必要は無いから。

確かにお前は俺の見舞いに来てくれなかった。

それを憎んでいるか、と聞かれたら悩むさ。

でもそれ以上に、自分が憎いって思う。

雅人の気持ちに気づいていたのに、誰よりもこうなることを理解していたのに。

いざとなったら、こうやって迷う自分がいる。

雅人に罪は無いんだ。あるとすれば、今まで話し合えることが出来なかった

俺たちの責任。

いや、むしろ俺の方がダメダメさ。

苦しんでいる友達に掛ける言葉が見つからなかったんだから。

出来の悪い友を許してくれ、な。

本当に……悪かった。



なぁ、最後に信頼出来るお前にだけ打ち明けていいか?

さっき後悔してないなんて言ったけどさ。

辛いし、怖ぇんだ……

何で、こんな目に合わないといけないんだろうな。

字汚いのはさ、もう視界がさ。ぐちゃぐちゃでさ。

ははは、本当、こんな早くにこんな遺書みたいなの  書きたくなかったなぁ……

……俺はもう幸せを作る事が出来ないんだなって分かっちまうんだよ。

だから……お前はたくさん幸せ掴めよ。俺よりも多く楽しめよ。

それに…………香奈の事もお願いするわ。絶対、悲しむようなことさせんなよ。

したら天国で絶交するからな!

最高の友達でいさせてくれよ、約束!

  …………じゃあな、親友

                              京太




「……」

「田中君……」


 無言で渡してきてくれたハンカチを手にとって、頬に流れた涙を拭った。

 こいつは俺の考えていたことを理解してくれていた。

 わかってくれていたのだ。俺が距離を置いていたことに……。

 でも、京太は自分のことよりもこんな俺の気持ちを心配してくれた。

 謝り、俺のことを気にかけていた。

 俺とは違う。いつも自分のことしか考えてなかった俺とは違って、京太はみんなを気にかけていた。

 だから京太はみんなから信頼されていたのだ。

 そして、香奈が心惹かれた。

 京太という大切さが久しぶりに分かったと共に、ようやく、俺は京太と真の意味で向き合えたのだ。

 だから、だからこそ……


「すいません。俺、行くべきところがあるので……」


 叔母さんは黙って頷いてくれた。




 香花が玄関を開けてくれると、俺の様子に驚いていた。


「雅人? そんなに汗かいて、どうしたの?」

「…………ちょっと走ったからな。中入っていいか?」

「う、うん」


 入れさせてもらって香奈の部屋へと向かった。

 二階にある三つの中の最も奥の部屋。

 そこに取り付けられたドアを開けると、懐かしい雰囲気が目に飛び込んできた。

 ベッドに置かれたぬいぐるみや、整理が行き届いている勉強机に参考書などが鎮座している本棚。

 いつもと変わらない雰囲気だが……。

 あるべき物が無いと俺の予想は当たっていた。


「珍しいね。どうしたの?」


 後ろから追い付いてきた香花が、静かに扉を閉めていた。

 彼女は俺が来ることに対して少なからずの驚きがあるようで、


「急だからびっくりしたよ。本当に」

「……」

「そういえば懐かしいなぁ。雅人が私の部屋来るの何か月ぶり? かなり経っていると思うけどさ」


 俺でさえ何か月という明確な時間は分からない。ただむかし のように遊ばなくなったのは、彼氏という存在が出来てからの話だ。


「あ、ちょうどいいや。実は映画のチケットたまたま二枚ゲットしたんだけど――――」


 そう言って彼女は自分の机に置かれていた映画のチケットをこちらに見せてきた。


「一緒に行かない? 今度の日曜日にさ」


 微笑んでくる彼女は俺の腕を掴んでそのまま自分の胸元まで持ってくる。

 そして上目使いを使ってこちらを見つめてきた。

 そのまま囁くように耳元で誘ってくる。

 正直、悲しいと俺は思ってしまっていた。

 なんて……辛い思いをしているんだろう、と。


「私ね、雅人と一緒にもっと楽しみたいんだ。実はずっと前から思っていたんだよ? 意外でしょ? きっと雅人ならこれから楽しくやっていけるって、だからさ――――付き合って?」


 俺は彼女を見つめた。

 こちらに見せる表情は変わらない。俺を誘うような、表情。

 だが、瞳に宿るものだけは……必死だと分かった。

――――香奈の事もお願いするわ。絶対、悲しむようなことさせんなよ。

 先ほど見た最期のあいつの言葉が俺の中で反芻していた。


「お前……京太はどうしたんだよ?」


 ピクッと俺を掴んでいる両手が無意識的に反応した。


「…………いいの、あいつのことはもう」


 笑顔を崩そうとはしないで、結論を言った。

 俺が黙っていると、彼女は自分で話を進める。


「死んじゃった人なんか、もう忘れたほうがいいの! 私は今を楽しく生きたいからさ!」


 だーかーら。そう言って香奈は俺の腕に絡みつき、


「私のことは気にしなくていいんだよ? 無理に気を使わなくてもいいから」

「…………違うだろ?」

「え?」


 俺は香奈の腕をゆっくりとほどくと、向き合ってはっきりと思いを伝えることにした。


「無理しているのはお前だろ?」


 彼女は目を大きく見開き、そしてすぐに俯いてしまった。ゆっくりと香奈は顔を上げる。

 そこには先ほど見せた笑顔よりも崩れた、意識的に作り上げた笑顔だった。


「……無理している? 私が? 何で?」

「京太のこと。忘れるなんて嘘ついて、俺との思い出を作る事で無理やり消そうとしているんじゃないのか?」

「そ、そんなことは……」


 言い方がきついのかもしれないが、俺は生憎優しい言葉づかいや、遠回しに物事を伝えるのは苦手なのだ。

 だから……はっきりと言わせてもらう。


「京太のこと、忘れるなんてやめろよ。それこそ辛いだけだ」

「違う! 私は京太を忘れることで辛くなくて済むの!」

「それでお前は気が済むのか?」

「だって……」


 彼女が言葉に詰まったのを誤魔化すように、顔をそむけて、俺から視線を外した。


「京太との思い出は楽しくなかったのかよ? 全部忘れて、一から思い出作るなんて出来るのかよ?」

「……」

「無理だって……。お前はずっと好きだったんだろ? あいつのこと」

「……そう……だよ。好きだったよ、ずっと好きだったよ……!」

「なら――――」

「でもどうしたらいいの!?」


 こちらに目を合わせてきた彼女は心の内をさらけ出していた。

 今まで見せてくれた仮面を外して、彼女は本当の自分を見せてくれた。

 一筋の涙が頬を伝って流れ落ちるのも気にせず、香奈はただひたすらに思いの全てを

 叫びに変えて喉を震わせる。


「好きだったから忘れたいんだよ! 京太と遊園地いった事も、映画見にいた事も、些細なことでさえ

、全部が楽しかった。全部全部……嬉しくて!! だから今は辛いの……! 最後の京太の穏やかな顔見て、胸が締め付けられて! もう京太の笑顔も見られない。話すことも……。なら……!!」


 しゃくりあげる声と涙。

 彼女はもう自分の感情を抑えきれなくなったようで、手でひたすら目に溜まる涙をふき取っていた。

――――忘れたい、か。


「俺も、そう思っていた」

「……え?」


 目を真っ赤にさせながら驚きに満ちている彼女に向かって、伏し目がちになりながらも、俺の気持ちを伝えた。


「香奈、俺はお前のことが好きだ。でも昔、香奈に京太のことが好きと聞かされて、そして彼氏、彼女の関係になってさ……。最初はそりゃあ、諦めて、二人を応援していと思っていた」

「雅人……」

「でも、いつも二人から聞かされる悩みや楽しそうな話を聞いているうちにさ。自分が我慢していることに気づいてさ。それから……ずっと辛くて、俺がこいつらとの居場所なんて無いと思えて、きつくて。今まで忘れようとしたぐらいだ」


 深く呼吸をして、俺は天井を見上げた。


「……それでも思い返せばさ。あいつと出会って、良かったって思える。ずっと一緒にいたころ、変な無茶したりしてさ。楽しかった。ようやくさ。またあの関係が築けるはずなのに、あいつはもういない。なら、もうあいつとは楽しんだあの日々が取り戻せないからこそ、大切にしておきたい。今は……そう思える」

「……」


 俺が顔を下すと、彼女はただ俺を見つめていた。静かに流れる涙は拭われることなく、じっと俺の思いを聞いてくれていた。

 そんな彼女を、俺は優しく抱き寄せた。香奈は最初体を強張らせていたけど、ゆっくりと氷を溶かすように、ゆっくりと落ち着きを取り戻して。

 いつの間にか、彼女は俺の胸の中で嗚咽を漏らしていた。


「だからさ、お前も忘れないでほしい。俺よりも、ずっとずっと長くいたお前だからこそ。二人とも幸せだった思い出を消すことなんてしたら、二人とも悲しいだけだから……。あいつの居場所……お前の中にいさせてやってやれよ、ずっと……」


 溢れた感情は抑えきれなくなって叫んでいた。胸の中にある我慢していた気持ちを全て吐き出さんとばかりに。

 俺は黙って、彼女の悲しい想いを受け止め続けていた。







――――半年後


「さむ……」


 俺はコートのポケットに手を突っ込みながら、静かに上を仰いでいた。

 秋もほぼ終わり、冬の主張が強くなってきたこの日。

 俺と香奈はあいつの墓参りに来ていた。

 必死に山を登ってきたのはいいのだが、肝心の香奈はどこにいるのだろうか。

 周りを見回していたら、意外にもすぐに見つかった。


「あ、雅人! 遅いよ!」


 白い息を吐きながら、彼女はこちらに向かって手を振っていた。

 どうやら香奈は早めに来ていたらしい。

 茶色のコートに身を包んだまま、お墓の前で座っていた。


「時間通りだから叱られる筋合いはないと思うのだが」


 文句を言いながらも、京太のお墓に静かに合唱させてもらう。

 そして、供えられているのはいつか見た花だった。


「ミセバヤ……」

「へぇ、珍しい。ミセバヤって名前、覚えたんだ」

「……まぁな」

「ミセバヤの花言葉にね。大切なあなたって意味があるの」


 染み染みと香奈はミセバヤを眺めていた。


「私にはやっぱり京太を忘れるなんて出来ないんだね」

「そりゃあそうだ。あいつはなんたって学業優秀――――」

「そんな事言ってない。本当に雅人は空気読めないんだから……」

「ははは……悪い」


 俺たちは静かに墓を眺めていた。香奈がどう思っているのか知らないけど、少なくともわかることは一つだけある。

 俺は隣で同じように眺めていた香奈を見て、すぐに分かった。

 愛しむような、優しい表情。


「ずっと好きでいろよ。お前の初恋さん」

「……うん」


 しばらくそのまま眺める。

 今でも蘇るような、あいつの笑顔。ずっと支えてくれたような気がして、これからも…………それは変わる事ないだろう。

 ずっと、ずっと……親友の関係だ。

 俺は目を細めて、墓の前でそう誓っていた。

 

このまま時を過ごしていくのもいいのだが、残念ながら、そうもいかない。

 膝を付いて立ち上がると、


「そろそろ行こうか」

「そうだね」


 香奈も立ち上がって、こちらを見てきた。

 それだけ確認した俺は、先行しようと先に歩き始めた。


「あ、そうだった」

「何?」

「今度の日曜さ、映画見に行かない?」


え……

 思わず振り返ってしまう。

 そこには優しく微笑む香奈の姿が、俺の瞳に映っていた。

 仄かに頬を赤らめる彼女はとても魅力的に見えて。

 やっぱり、俺の気持ちは変わらないんだ、そう感じてしまった。


「……あぁ、行こうか。映画」


今もし京太に会えるなら、あの時の言葉をはっきり言える。

『俺は香奈のことが好きだ』

きっと、そう言える――――


この小説を読んで下さってありがとうございます!


初めてiPadでの作成するという挑戦心から、個人的にNGを出していた恋愛に手を出すという無謀に挑戦してしまった……。

やっぱりBGMって重要なんですね。最初『秒速五センチメートル』のBGMとか聞いてて、たまには変えてみようと思って、『りんちゃんnow』を聞いていたら、もう書けない書けないwww

流石にギャップも感じますしね! 


余談はこれくらいにして。


再度の事ではありますが、読んでくださりありがとうございました。

もし宜しければ感想等、よろしくお願いします。

また、ツイッターで絶賛交流を図るためのアカを作成しました!

是非アカを持っている方は気軽にフォローをよろしくお願いします!


以上二流侍でしたノシ

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふわっとした恋愛物である印象を受けました。 恋愛経験の浅い男女が少しずつ前に進んでいく、そんな日常的な、それでいて非日常的な感情を抱く、若いお話として読めました。 短編というよりは中編ぐら…
2012/12/16 02:41 退会済み
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