終章 赤くない世界
崩壊した小屋の傍に四人がいた。倒れたルザの傍で誠とクレオが茫然と座り込んでいる。防衛団の彼女は少し離れた場所で三人を見ていた。
「お父様?どうなさいました?」完全に折れた細首を引き摺りながら養父の元へ近付く。「私を迎えに来てくれたのですよね……もう大丈夫ですよ」
「あ……あぁ」吐息ともつかない声を発する。目の前の光景で今にもショック死しそうだ、死なないけれど。
「ルザ……その、痛くないですか?」クレオが恐る恐る尋ねる。
「?別に平気。ちょっと頭が重いけど……どうしたの?機械人形のくせに真っ青よ」
「だってその、ルザの首が」
「首脱臼だな」それまで静観していたシルクが言った。「動かさない方がいい。そうでしょう、聖者様?」
「え?ええ……」
彼女は小屋の破片から手頃な板を拾い、内ポケットから簡易救急キットを取り出した。消毒薬に包帯、止血剤が入った連合政府の支給品だ。
「固定処置をしてから治療しましょう。変に曲がったままだと日常生活に支障が出かねない」
「わ、分かりました。ルザ、少し我慢して下さいね」
「はい」
板を首の後ろに敷き包帯でぐるぐる固定、真っ直ぐにさせた所で誠が奇跡を揮う。温かさが心地良いらしく、完全な致死傷を負う彼女は目を閉じ養父の腕を無意識に掴んでいた。
「顔を見せなくていいのかい?」
『あの子達が村を出た時点で私は死んだ人間です。ここを出る事も叶わない、会った所で辛いだけ』
「契約ってのは解除不可能なのかい?ロディみたいにルザと血の契約をすれば」あの父親は今も一人で嘆き続けているのだろう。「僕には耐えられない。大事な人があんなになってなお存在しているなんて……」
そう言うと、彼女はどこか誇らしげな表情で言った。
『あの人は……一番素敵な時間の中で止まっているんです。子供想いの最高の父親のままで……私達の時間はこうしている間にも離れ続けてしまう。でも心は通じ合っています。だからずっと一緒にいられる』
死霊は寂しげに娘を、杖の中の息子を見た後、『脅威は無くなったようですね。私はもう戻ります。どうか二人をお願いします』そう言い残し、あの冷たい地下まで吹く風になった。
「……無くなってなんかいないさ」
まだ最後の一段を超える時ではないだけだ。そしてその瞬間は、そう遠くない未来。
「あんたのせいだ」
止まらない時の住人故に僕は歩き出した。かつての仲間に似た皆の元へ。