序章 赤い世界
世界は夕闇色に支配されていた。
「ここは………」
陽は厚い雲に遮られ一切差していない。平原も森も、家並みすら黄昏の赤に染まっている。
相違点はもう一つ、とても大きな物があった。
「何て……静かなんだ……」
毎日駆け回っていたはずの草原。だが今、飛び回る虫達の生命の息吹は全く感じられない。世界は遍く無音で、却って耳鳴りで痛いぐらいだ。
「誰か、いないのか……?」
日常の象徴である村には人っ子一人見えない。小さな集落とは言え、昼間は誰かしら外に出て仕事をしているはずなのに――それとも実は夜なのか。いや……この世界に昼夜などそもそも存在しないのではないか。昇り、大地を照らして沈むべき太陽は、あの雲の向こうで既に息絶えてしまったのだ……。
ずる、ずる……やっと音が聞こえてそちらを振り返った。
「!誰だ!?」
期待を込めての質問。が、正体は俺の知る生物ではなかった。半透明で二匹が絡まり合ったまま草の上を這う蛇。父の書斎にあった図鑑には載っていない。いや、多分どんな図鑑にもこんな奇妙で禍々しい物は描かれていないだろう。
俺の肩まで程の身長の蛇達はキィ、キィ……交互に牙を剥きだして俺を威嚇してきた。血の色の目の余りの気持ち悪さに退散、反対側の丘へ逃げ出す。
「あれは何だ……?」どんな毒蛇より恐ろしい怪物と言う事だけは理解できるが。
足首までもない雑草の生えた丘陵。小さい頃姉や父母と登り、眼下に広がる森を眺めてピクニックをした場所。だが、赤の世界の草達は皆立ち枯れ息絶えている。その上を白い十字架が均等に、世界を埋め尽くすように続く。墓碑銘も悼みの献花も無い。
――可愛い坊や、お眠りなさい――
頂上には一際巨大な十字架が立っていた。その上で赤い世界の主は謳い、傍らに寄り添う美しき冥土の黒蝶は翅を震わせる。発する風は妙なる音色、唄の伴奏。その横顔を見た瞬間、俺は戦慄し―――絶望した。
「あ、あぁ……」
ここは死の世界、決して訪れてはならない終の未来だ。
「―――何で、こんな事に……?」
森に入った所までは覚えている。しかし気付いたら、世界は赤く滅びてしまっていた。
「俺は、何故まだ生きている……?」化物だらけの世界で、一人。
「やる事があるからだよ」「僕等のためにもね」