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愛しの魔王様  作者: 紅虎
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花嫁ですけど何か?2

 



 空に浮かぶ大きな月。

 一寸も欠けたところがないのをみると、どうやら今日は丁度満月のようで、窓から煌々と降り注がれる月明かりの淡い光が子供の伏せられた長い睫に影を落として優しく包み込んでいた。


 まるで映画のワンシーンのような幻想的な雰囲気の中、怪しく蠢く影は勿論・・・




 私、ですよねー。




 小さな動物や可愛いものがこの上なく大好きな私にとって、隣で眠る子供は格好の餌・・・じゃない、愛玩対象な訳で。


 うわー唇ちっちゃーい


 やーんっほっぺプニプニ~


 自分が置かれている状況をフッ飛ばし、欲望のままちょっかいを出しまくっていた。

 いや、だってね?こんな小さい子と触れ合う機会なんて滅多にないから。

 子供ってホント可愛いなぁ~

 上から下へ。

 表から裏へ。

 相手に意識がないのを良いことに、あれ?これって犯罪じゃね?と思われるギリギリラインを一通り撫で繰り返し、その柔らかさを堪能する。


 ああ、若いって素晴らしい。


 この弾力堪らんね。お肌ぷるっぷるんやで!


 病みつきになってしまいそうなその手触りに、思わず涎を垂らしてしまいそうになるのを必死に耐える。

 ってか、この子中々起きないわね。

 普通これだけ弄られたら何らかの反応はすると思うんだけど、身動き一つせずぐっすり眠っている。

 子供ってこんなもんだっけ?



「ねぇ?ちょっと起きて~」



 別に部屋を出て一人で探索しても良かったんだけど、此処は見知らぬ方のお家。(しかもこのベッドを見る限り豪邸とみた)

 これでも一応謙虚さが売りの日本人だから、勝手に動くのも憚れるし、不法侵入で見つかって騒ぎになるのは不味いような気がしたんで、取りあえずこの子にここが何処なのかだけでも教えて貰おうと思ったんだけど・・・


 スース-スー


 ・・・起きてくれない。


 あれだけ弄りかえして今更どの口が謙虚を訴えるか、と此処に友人が居たら罵られそうだけど、そこはほら。


 それはそれ、これはこれってやつで。


 曖昧な言葉を巧みに使う日本人って素敵よね。

 で、相変わらず愛くるしく寝息を立てているベッドの小さな住人は、一度眠ってしまうと朝まで起きない性質なのか、何度耳元で呼んでも揺すっても無反応。 

 さてさて、どうしたものか。

 規則正しく上下するお腹。

 勿論フニフニチェック済みだ。


 因みに、この波打つシーツの下に身に纏っているのは濃紺のシックなパジャマだということも既にリサーチしてある。

 手触りからしてこれもシルクだろう。

 無地でいて、成人のものと遜色のないそれがちょっぴり大人っぽく演出していて、それはそれで可愛い。

 可愛いが、子供のフレッシュな元気さを追求するのなら、ここは年相応にキャラクターで攻めてみるのもいいんじゃなかろうか?

 電気ネズミや子供たちに大人気レンジャー系。

 はたまた宇宙コアラ系なんかも似合うだろうが、いや、待てよ。

 着ぐるみも捨てがたい。

 まるで小動物と一体化したかのように見えるそれはまさに神憑り。

 プリティー路線で言うならばウサギは外せないし、ちょっとワイルドにオオカミっていうのも断然あり。

 しかしこの子の髪色を見ると・・・



 黒猫キターーー!!



 月明かりに照らされた艶々の黒い髪がまるで上等な毛並を持つ猫のようで、


 結論。



 くっ・・・!


 なんでも似合うじゃないの!!



 爆走する妄想に思わず口に手を当てて悶えてしまうが、うん。


 取りあえず自分落ち付け。

 

 パジャマ談義で盛り上がってる場合じゃない。

 今はどうしたらこの子は起きてくれるのかってことが最重要問題で、いい加減全てのことを諦めてしまいそうだよ。


 そこでふと無防備に穏やかな寝息を立てる子供を見ていたら、昔読んだお伽話が頭を過った。



 “眠り姫は王子様のキスで目を覚ます”



 そう言えば眠っていたお姫様達は手当たり次第王子様にちゅーされてたなー。

 リンゴを食べたお姫様然り、茨の中で眠ってたお姫様然り。

 言葉は悪いけどこの理論は強ち間違って無いような気がする。いや、間違っていない。むしろ正解。(断定)


 少々吹っ飛んだ傾向のある私の脳は、試してみる価値あるんじゃないか?と勝手に結論付けて 、相手は子供だしまぁいっかーって面白半分で眠ってるルーにキスをした。

 この時ルーの場合はお姫様じゃなくて正確には王様だったんだけどね。

 取りあえずピッチピチの据え膳にいただきますをして、小さな影にそっと被さる。

 悪戯心に火がついて舌まで入れたのはご愛嬌ってやつだ。


 重ねた唇はビックリするぐらい柔らかくて、クチュ、クチュッと水音を立てながら不埒に動く物体に気が付いたのか、ルーは寝起きとは思えない素早さでバッと飛び退いた。



「だれ?」



 その時のルーのと言ったらもう可愛いかったのなんの。

 警戒丸出しの子猫みたいにプルプルしちゃって、思い出しただけでもご飯7杯はイケるわね。

 ベッドの上で体制を整えるルーの顔は、逆光でよく見えないはずなのに何故か蜂蜜色の目だけはキラキラしてて、そこで私は今まで抱えてきた違和感に気が付いた。



 なんだ、そういうことか。


 私が欲しかったのはこの子なんだ。



 理屈もなにもない。

 ただこの子を探してたんだ。

 そう思うと、今まで欠けていたパズルのピースがすとんと填まる音がした。



 やっと見つけた私の【    】



 私だけの【    】



 予兆も何もなく、突然“満たされた”と理解してしまった不思議な感覚。

 言葉に出来ないこの感情を一体どう表現すれば良いのだろう。

 ずっと探していた、その探し物の名前さえも分からなかった不確定なものが見つかった、その安心感に身体の力が抜けた。

 



「・・・どうしたの?どこか痛いとこあるの?」


「え?」



 さっきまで警戒バリバリだった子供がそっと手を伸ばし、不安気に私の頬を撫でている。

 え、痛い・・・って、うぉ!


 ちょっと待て!


 私泣いてる?!


 そう言われてみたらさっきから視界はグニャグニャに歪んでるし、首筋が妙に冷たい。

 教えて貰うまで全く気がつかなかったよ。

 慌てて指で擦ってみるが、涙腺が壊れたかのように一向に止まる気配がない。

 ふひー

 27にもなって意味もなく号泣とか恥ずかし過ぎる。

 しかもこんな小さな子の前で!



「だめ、腫れちゃう」



 乱暴に擦る手を止められるが、目が腫れるとか知ったこっちゃない。

 今までの冷静さはどこ行った?!と叫びたくなるぐらい、訳も分からず次から次へと零れてくるし、感情も乱れる。


 アラサー不覚なり・・・!


 日頃のストレスが集ったか?

 こんな時に情緒不安定にならなくても良いと思う。

 なるなら、この部屋で目が覚めた時になってくれよ。

 知らない場所で目覚めて、何も分からず泣き叫んだり半狂乱になってパニックになったりしてた方が、ヒロインとしては価値があるだろ!

 それならまだ自分は若いから仕方ないと納得できたのに!

 次々と理不尽な思いも溢れ、訳の分からない感情に踊らされる自分が少々情けなくなってきた。


 ポンポン



「へ?」



 自己嫌悪に突入しかけたところで、ふいに頭を撫でる温かな感触に気が付き顔を上げると、そこに見えるのは一面に移る愛らしい顔立ち。

 暗闇の中でもはっきりと分かる金色のお目目が段々近づいてきて、



 ちゅっ



 ・・・・・・あれ?



 目の端に触れた柔らかな感触。

 もしかしてちゅーされた?

 ピクッと固まってる間に、瞬きと一緒に溢れた涙も唇で拭って反対側にも同じようにキス一つ。

 頬に伝っていた涙は舌で綺麗に絡めとられた。



「良かった。涙、止まったね」


「あり、が、とう・・・」



 で、いいのか?

 あまりの事にビックリして涙は止まったけど、お姉さん心臓も止まりかけましたよ。

 パニックになっていた頭はそれを上回る衝撃で機能は一時停止。

 最近の子ってませてるのね。

 こんなこと、未だかつて過去に付き合ってきた彼氏にもやってもらったことないよ。

 お蔭で暢気にそんな事を考える余裕さえ出てきたわ。

 


 それから幾分か落ち着きを取り戻し、改めてお互いに自己紹介をしてベッドの上で色々話した。

 ルーは年齢の割にはしっかりした子供で聞けば何でも教えてくれた。

 此処は何処なのか。

 何故私がルーのベッドに潜り込んでいたのか。

 この世界の成り立ちを聞いて、自分が異世界トリップを果たしたと知った時に一番にパソコンの心配をしたのは当然だと思う。



 絶対にデータフォルダー見るなよ!


 呪われるからな!



 そして、てっきり女の子だと思っていたルーが実は男の子だと分かったのもこの時だ。

 いや、だってこんなに可愛い子見たことないもの!

 甘えてきたルーを膝の上に乗せてぎゅーと抱きしめてたら、太腿に当たる柔らかい感触。

 なんだこれ?と手を伸ばしてくにくに弄っていると、



「やぁっ、ダメっ・・・ナツッ!」



 ウルウルと涙目になって真っ赤に顔を染めるルー。


 ・・・ま、まさか・・・



 ぎゅ



「やぁんっ」


「ぶはっ!」



 もうその時の戦慄と言ったら。


 手の中に感じるこれはやはりアレですか!?


 第二の意思を持つと呼ばれるアレなんですね!?


 なんてこと!大きくなったらイケメンになるしかないじゃないの!

 あっという間に私の脳内では逆・紫の上作戦なる展開が芽吹き、その出来具合にうっとり頬を緩めるが、そこでハッと我に返る。


 何という事だ。


 こんな幼気な少年を毒牙にかけようだなんて、じゅるり・・・って、違う違う。


 きっと第三者が見ていたら速攻で警察に通報されたであろう、だらしのない口元を慌てて引き締める。

 幸いルーは私の膝の上で小さく丸まって身体を震わせ、こっちには気が付かなかったようだ。

 良かったー

 こんな可愛い子にドン引きされたら私生きていけない。

 まさか自分にショタコンの気があるだなんて驚きよね。

 いや、自分でも「もしかして?」と感じることはあったけど、そこまで重度ではないはず。


 ただ、好奇心旺盛にクルクル動く大きな瞳や血色の良い真っ赤に熟れた小さな唇がぷりちーだなーとか、薄い身体から伸びるしなやかな肢体はまるでバンビさんね、だとか、無駄な脂肪は勿論ゴテゴテした筋肉さえも一切ついてなくて、それでいて肌理細やかで弾力のある肌は化粧水も何もつけていないのに、もっちりとしてしっとり。

 出来ることなら一日中舐め回し、ゲフン。愛でていたいなーって切実に願う程度だし。

 まぁセーフよね、心のお家ではいつもラブラブイチャイチャしてたけど。


 フフフ~ン♪と今にも鼻歌を歌いだしてしまいそうなほど上機嫌に、蹲ったままのルーを抱き上げる。

 道理で同じ年代の飢えた獣が集まる三次元コンパや婚活パーティーに食指が働かない訳よね。

 可愛いは正義!


 ・・・そう言えば今までの歴代彼氏’s皆年下だったっけな?


 思わず遠い目になるのは致し方ない。

 あの頃は色々無茶やってたなー。うん、色々・・・


 ま、まぁこの辺りはあまりいい思い出がないので割愛するとして、ルーと出会ってからはもうこの子しか目に入らない。

 一目惚れって存在するのね!


 しかし、現実問題これからどうしようかな。

 愛らしい手をフニフニしながら、これからのことを考える。

 ルーの話だとある程度生活水準の高い世界だという事が分かった。

 ただファンタジーには付き物の魔力が主流ってことは、今までそんなものと無縁な世界で暮らしてきた私には少々生きにくい世界かもしれない。

 取りあえず街で住み込みの仕事探してみよっかなと考えていると、



「ナツ、行くとこないんでしょ?」


「ないね~」


「知ってる人も居ないよね?」


「居ないね~」


「じゃぁさ、一緒にここで暮らそ?」


「え、いいの?」


「勿論!」



 いとも簡単に住む場所が確保出来てしまいました。

 多少のサバイバルは覚悟していただけに、ルーから持ち出されたこの提案はなんともありがたいもので、今までの常識が通用しない土地で一人で生きていけると宣う程私は自惚れてはいない。

 生きていく為にはまずは知識が必要だ。

 自立が出来るまで、私はルーの家で・・・というか城でお世話になることにした。


 この部屋の雰囲気からして貴族か何かかなと思っていたら、なんとそれをもう何段も上回る王族。

 しかもルーが国王だというから吃驚だ。

 これは平伏した方が良いのかと思い、抱え込んでいたルーを下してベッドからいそいそと離れ、モフモフラグの上で私が知る最上級の謝罪と恭順の意を込め、手を揃え床に付き頭を低くして――云わば土下座と呼ばれる姿勢を華麗に披露した。



「国王陛下とは存じず、不躾な態度平にご容赦くださいませ。先ほどこの世界に落とされた無知の身故、どうか温かき陛下の御恩情、フギャッ!」



 土下座に華麗も何もあったもんじゃないかもしれないが、突然頭に訪れた衝撃に息を詰まらす。

 なんだ?!敵襲か?!

 寧ろこれがこの国での挨拶なのか?!

 王様を前に失礼かとは思ったが、頭に被さる重みといくら柔らかいラグの上とは言え額に感じる硬質な床に挟まれて私の貧弱な首が悲鳴を上げている。

 グギギギと、腕を使いなんとか顔を持ち上げると温かなもので視界は埋め尽くされていた。


 息、苦しい。


 ぎゅーぎゅー締め付けてくるそれを引き剥がすと、大型の猫・・・じゃなかった。大きな瞳いっぱいに涙を溜めたルーがいた。



「なんでそんな事言うの?僕のこと嫌いになったの?」


「いや、だってあのですね陛下、」


「陛下じゃない!」


 ・・・いや、王様なんだから陛下だろう、と漏れそうになる言葉をグッと堪え、


「・・・あのですね、ルー?王様に」


「ヤダ!!」



 まだ何にも言ってなーいー

 ナツはそんな事しないで!ってルーはイヤイヤと頭を振り聞く耳を持ってくれない。

 でも私平民だよー。しかもこの世界じゃあ戸籍すらない。



「僕がナツのこと守ってあげるっ!誰にも傷つけさせない!だから・・・だから、ずっと側に居て・・・?」



 金色の目を細めて、縋るように私の身体に腕を伸ばすルー。

 ああ、可愛い・・・!

 もうパックリ食べてしまいたいぐらい可愛い!!

 が、これから此処で生きていくにはある程度節度を持って接した方が良いんだろう。

 そっと腕を振り外・・・



 ・・・・・・・・・・・・・・・



 ・・・・・・・・・・・・



 ・・・・・・・・・



 ・・・せる訳がないだろ!このバカヤロウ!


 この小さな身体を振り払える程私は悟りは啓いてないのだ。

 寧ろ啓く予定は全くない。

 欲望のままギュッと抱きしめ頬を寄せる。



「私を守ってね、ルー」



 ありがとう。これからよろしくお願いします。

 それに答えうように背中に回された小さな手に力が入るのが分かった。




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