堕天使編2
眩しい。
ゆっくりと目を明けると、目蓋の上から瞳を直撃していたのが、カーテンの隙間から侵入してきた直射日光だと知る。
足元に重さを感じて、視線を持っていくと、「何か」が俺の太ももを枕にして眠りに着いていた。
「イテッ」
右手を床に付こうとして、激痛に襲われる。
それでも、俺は右手にめちゃくちゃに巻かれている包帯を見るなり顔が綻んだ。
どうやら俺が気を失ってから、「何か」なりに手当てをしてくれたらしい。
包帯から伸びる一端を辿っていくと「何か」の左脚に巻かれた包帯と繋がれている。
かわいい。
俺は今度こそ「何か」に触りたくて手を伸ばす。
薄紫の髪が朝日に照らされて、まるで無数の大小の星が輝く天の川のようだ。
起こしてしまうのが勿体ない。
人形に息を吹き込んだら、まさにこんなものになるだろう。
髪を撫でていた時、背中の傷痕が無くなっている事に気付いて、昨日変な方向に曲がっていた右脚の方も確認すると、なぜか分からないが元の向きに治っていた。
「何か」には想像できないほどの治癒能力があるらしい。
ぴくんと「何か」は震えたかと思うと、眩しそうにゆっくりと目を開いた。
「おはよう」
やさしく声をかけてやると、何かは驚いた瞳をこちらへ向けた。
ジッと俺を見据えたまま1分。
「何か」の瞳からだばっと涙が溢れた。
「えっ、おい」
泣かれるとは予想していなかった。真珠のような雫がぽたぽたと床で跳ねる。
俺は近くにあった洗い上がってきれいなTシャツでとめどなく雫を零す目蓋を拭った。
なぜ泣くのだろう。無性にこちらが謝りたくなる。
「ごめん。俺、何かした?」
もげるんじゃないかという勢いで「何か」は首を左右に振る。
俺の所為でなければ、どうして泣いているんだ。
「ぼく……」
薄紅色の唇から、音が漏れた。
言葉を乗せた、確かな声が空気中に霧散する。
話が出来ると分かった瞬間に、俺の中で「何か」は「彼」へと変わる。
驚いて硬直する俺に、彼は小さな声で理由を述べた。
「うれしくて」
この涙は嬉し泣きで生まれたものなのか。
わぁわぁ泣く姿はまるで子供。俺は左手で抱き寄せて背中を擦ってやった。
「泣くなよ。俺が悪いことした気分になる」
ぐりぐりと顔を拭いて、Tシャツを退けると、腫れ上がった双眸が露になる。
髪から肩までを撫でると、長いまつげが震え、彼は俺の胸元でまた寝息を立てはじめた。
疲れているのだろうか。
右手が使えればベッドに運んでやれるのだが。
今日は日曜日だ。二度寝したって怒られまい。
俺は彼を抱き寄せ、起こさないようにしながら横になった。
彼の意識が覚醒してからでも、何も遅くは無いだろう。