堕天使編:過去1
~約11年前:天界・現世を映す雲間付近~
気の強い人格、ルエル。
おとなしい人格のリエル。
彼ら2つの魂は、1つの身体を共有している。
身体は一つでも二人はお互いを理解し、認めあい、会話することが出来た。
さながら双子のようで、感性も、好きになるものも、嫌いなものもほとんど全てが同じだった。
そんな二人が現世を覗いていたある日。
たまたま雲間に映っていた一人の少年。
ビニールに入った黒い大きな傘を手に持っているにも関わらず、それを差さずに雨の中を走っていた。
大した距離出はないが、子供の足ではそれなりにある駅までの道を全力疾走すると、彼はするりと駅の屋根の下へと入っていく。
彼は6歳。
名前を栗咲翔と言った。
生まれつきの軽いウェーブした焦げ茶色の髪に、それより少し黒みを帯びた日本人独特の優しい瞳。
街行く人々があまりの可愛さに何度も振り返り、翔を見た。
中には『どうして傘を差さなかったの?』と尋ねる者も居たが、彼は笑顔で首を振るだけで答えることはなかった。
『翔!』
そんなことが何度か繰り返されていた時、翔の名を呼ぶ一人のスーツの男が駆け足で現れた。
翔が待っていたのは、この男である。
『びっしょびしょじゃないか。どうして傘を差さなかったんだ?』
『疲れてるパパにはきれいな傘使ってもらいたくて』
そういった翔の顔には大輪のひまわりの様な笑顔が咲き乱れ、父親はスーツが濡れるのも構わずに彼を抱き上げると、持っているハンカチで拭きながら『ありがとう』を連呼する。
『でもパパはお前が風邪をひくほうが濡れた傘を使うより悲しいよ』
『んぶー……』
翔は顔をぐりぐりと拭われ、いやいやと首をふる。
『じゃあ帰ろうか。ママが待ってる』
『今日はシチューだよーっぼくね、手伝ったんだよ!』
『おーそれは楽しみだなぁ』
父親は翔を片手で抱いたまま、もう片方の手で傘を差して歩きだした。
「ルエル」
「分かってる」
「僕、恋、しちゃったかもしれない」
「……認めたくないが、残念ながら俺もだ」
二人は、唐突に芽生えた初めての恋心にある確かな熱を噛み締めながら、それからも親子が家に入るまでを見つめていた。
――天使は、一人の人間の子供に一目惚れしました。
その恋は叶う訳はなく、一つの悲しい物語を生み出していきました。