堕天使編12
公園の片隅のベンチに座らさせられた俺は、俺の前に立ったままのアナフィエルとエノクの話に微かに冷たい汗をかいた。
「というわけで、君たちは命を狙われている」
「……………翠が、死刑?」
「ラグエルなら絶対にそうする。今ごろ、“堕天使にはなんとか”って声高に叫び回ってるだろ」
そもそも天使、悪魔の世界に死の概念が存在することに凄まじい違和感とナンセンスさを感じるが、とにもかくにも翠が死刑になり、抹消されるということが理解できない。
ついでに俺まで何かしらの罰に処されるらしい。
なんて天使の世界は理不尽なのだろうか。
しかし、そのラグエルとやら、相当キチガイに思えるのは俺だけだろうか。想像するに、かなりの豪傑で、気性が激しいのであろう。
一人物思いに耽っていると、メガネの男、エノクが話し掛けてきた。
「あなたの家には、すでに私が結界を張りました。なので、勝手に我々以外の天使が入り込むことはありませんから、眠っている間や、ルエ……今は翠でしたか。翠を一人にしている間、心配する必要は無いですよ」
「あ、ありがとうございます……」
さすがに結界などと言われても、話が突飛すぎて付いていけない。
現実味のない現実に免疫が無いわけではなかったが、結界とまでくると、魔法とかの類になってきて更に重たく感じる。
ただでさえ目の前に天使と名乗る者が二人もいて、家には見るからに人ではない翠がいるのだ。しかも俺と翠は命まで素性の分からない天使に狙われていると来た。
これで脳ミソが疲弊しないわけがない。
深く頭を抱えてうなだれる。
翠を引き留めたことに対しての後悔はまったくしていないが、引っ掛かるのはなぜ翠が堕天したのかだ。
一体誰の陰謀で堕とされたのか。
「翠を堕天使にした野郎は、どこでのうのうと生活していやがるんだ」
吐き捨てた俺に、アナフィエルとエノクは顔を見合わせた。
どうしてそんな反応を二人がするのか分からず黙って見つめると、アナフィエルが「あ」と短く声を漏らす。
「そうか、ルエルはもう……」
“ルエル”
先程から何度か話に出てきている名前。前後の脈絡から察するに、翠が堕天したこととなんらかの関係があるらしいのは明白だ。
「その、ルエルって、なんだよ。もしかして翠を堕天させたのって、そいつなのか?」
俺の問いかけに、アナフィエルは「……あ、まぁ…」と言葉を濁し、釈然としない。
俺は視線を彼からエノクへと移した。こちらの方がどちらかというと落ち着きを払っていて、しっかりと答えてくれる気がした。
「首謀者は間違いなくルエルです」
「!!!」
“じゃあ死刑されるのはそのルエルじゃないか”と喉元までせりあがってきた言葉を、次のエノクの話で間抜けのように飲み込む羽目になる。
「ですがルエルは既に消滅している」
「どうして!?」
「リエル……翠を堕天使にするためです」
「は?」
もう喉はカラカラで擦れた声しか生み出さない。
堕天使にするために?そこまでして翠を地獄に追いやりたかったのか?
「ルエルは翠の、もう一つの魂です」
さて、とうとう訳が分からなくなってきた。