序章〜無謀なだけのプロトタイプ〜
2006年9月28日――――――。
叩きつけるような秋の雨が、アスファルトを容赦なく叩いていた。午前五時、大阪・日本橋の大型量販店を取り囲む長蛇の列。色とりどりの傘の下で、息を白く吐き出しながら開店のときを待つ熱気だけが、濡れた街角に異様な熱を帯びさせていた。
「おい達也、マジで言ってんのか? あと二時間だぞ。俺の足の指、もう感覚ねえんだけど」
濡れたビニール傘をすぼめながら、和也が恨めしそうな声をあげる。その隣で、フードを深くかぶった渚が苦笑しながら友人をなだめる。
「まあまあ……今回の『パケモン』の新作、予約も即蒸発したし、前夜から並ぶくらいしか発売日に手に入れる方法はなさそうだもん。もう少しだから、付き合ってあげようよ」
「けどさあ……」
友人ふたりの軽口を耳に流しながら、僕は、かじかむ手でダウンジャケットのポケットを探った。寒さを紛らわせるために自販機で温かい缶コーヒーでも買おうと小銭入れを取り出そうとした、その時だ。
指先に引っかかり、ポケットの奥から小さなプラスチック状の物体が弾け出た。
チャリン―――
金具の部分が地面に当たる硬い音がして、それは濡れたアスファルトの上の小さな水たまりへと落ちる。
「あ……」
慌てて手を伸ばそうとした瞬間、僕たち三人のすぐ前に並んでいた人物が、静かに身をかがめた。透明な傘が傾き、水滴を弾く。泥水を被るよりも早く、すっと伸びた細い指先がそれを拾い上げた。
「これ、落ちましたよ」
雨音を透かして届いたその声は、どこかすき通っていて、聞き覚えのある柔らかい鈴の音に似ていた。
差し出された手のひらの上に乗っていたのは、塗料が剥げ、フックの金具がすっかり錆びついた小さなプラスチックの塊――小学生の頃、すり減るほど遊び倒したゲーム機に付けていた、旧世代のパケモンのストラップだ。
「ありがとう、助かったよ――」
礼を言いながら、相手の顔を見上げた自分の言葉が、途中で凍りつく。
濡れた前髪の隙間から覗く、大きな瞳。雨粒を吸った長いまつ毛。傘の影で静かな光を宿すその眼差しは、あの頃、小さなゲーム画面を二人で食い入るように見つめていた彼女の面影そのものだった。
「……達也、くん?」
相手の唇が、信じられないものを見るように微かに震えた。
十年近く前、突然の引っ越しで何も言えずに離れ離れになった幼馴染。どれだけ通信対戦を重ねても一度も勝てなかった、特別なライバル。
「……ひかり、なのか?」
土砂降りの雨の音も、周りの喧騒も、一瞬で遠のいた。
かじかんでいた指先が、熱を帯びたように脈打ち始める。新作を待ちわびる大行列の真ん中で、およそ十年の間、止まったままだった二人の時間が、動き出した―――。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
登場人物の言動に共感やツッコミがありましたら、応援やコメントをお願いします。
また、作品を面白いと感じていただけたら、評価をお願いいたします。
読者の皆さまの応援やコメントが作者の執筆のモチベーション向上につながり、この作品が多くの読者に届くチカラになります。




