家族旅行の怪
それは、ぼくが小学校6年生の時、ゴールデンウィークに家族で旅行したときのことだった。
「ねえ、まだあ。お腹すいたよう」
空腹と、長時間車に乗っていて退屈したのとで、ぼくと弟は不満を口にした。
「しかたないでしょう。ゴールデンウィークで混んでたんだから。ホテルに着いたらおいしい料理を食べられるから、もう少しがまんしなさい」
黙ってハンドルをにぎる父に代わって母が言った。
とっくに日は落ちて、辺りは真っ暗。この時間になってようやく渋滞も解消され、曲がりくねった海岸沿いの国道を走る。
従業員2人の小さな印刷所を経営している父は、土日はもちろん、ここ何年もまとまった休みが取れなかった。それがどうしたわけか、昨日急に、休みが取れたから、久しぶりに家族で旅行に行こうと言いだした。
だが、ゴールデンウィーク中はどこのホテルもいっぱいだった。
ネットでやっと見つけた格安ホテル。
「このトンネルを抜けたら、ホテルが見えてくるはずだ」
トンネルの手前で、父がカーナビを見ながら言った。
「パーン」
突然破裂音がして、車が、がたがた小刻みに揺れた。車を路肩によせて止める。
このとき、1台の車が、さっとぼくらの車を追い越していった。テールランプが、トンネルに吸い込まれるように消えた。
「ついてないな。釘でも踏んだのかな」
父がパンクしたタイヤを交換する間、みんな車から降りた。
すると、トンネルの中から、「ガシャーン」という音が響いてきた。
30分ほどで、タイヤの交換は終わった。
いつのまにか、道路に車の長い列ができていた。さっきの事故のせいだろう。
どうにか列に割り込むことはできたけど、なかなか車は進まなかった。
「ニュースで、事故のことを言ってるかもしれないな」
父は、カーナビの画面をテレビに切り替えた。
ちょうどニュースを読むアナウンサーの声が流れてきた。
「今日、午後8時10分ごろ国道8号線親不知トンネル東出口付近で、センターラインを越えた大型トラックと乗用車の追突事故がありました。乗用車を運転していた女性は、病院に運ばれましたが、まもなく死亡。警察のその後の調べで乗用車のトランクから子どもの遺体が発見されました。警察は死因を特定するとともに、殺人事件も視野にいれて捜査をすすめるもようです。なお、道路をふさいでいた事故車両の撤去が先ほど終わり、付近の渋滞は解消されつつあります」
アナウンサーの言うとおり、しばらくすると車列はスムーズに動き始めた。
事故現場を通り過ぎるとき、道路脇に置かれた、ぺしゃんこになった車を見た母がつぶやいた。
「かわいそうにね。これじゃあ即死だわ」
ぼくらが、ホテルに着いたのは、午後10時過ぎだった。
駐車場には、ぼくらの他に、車は止まっていなかった。
ホテルの建物に入ろうとしたとき、どこからともなく声がした。
「か・え・れーーー」
「今、何か聞こえた?」
「いいえ、なんにも」
母が答えた。他の誰にも聞こえていないようだ。空耳だったのかな?
手動のガラスドアを引き開け、中に入った。
フロントには人影はなく、カウンターの上にメモと部屋の鍵が置いてあった。母が、メモを手に取り読みあげた。
「本日は、当ホテルをご利用いただき誠にありがとうございます。お客様のお部屋は、4階にご用意させていただいております。朝食は6時30分から1階レストランにてお願いします。どうぞ、ごゆっくりお休みください」
「なんて対応の悪いホテルかしら」と、こぼす母。
「しょうがないだろ、よそはどこもいっぱいだったんだから」
さっさと荷物を運びながら父が言った。
「ねえ、ご飯は?」ぼくと弟が声をそろえて言った。
「今日は、遅いからだめみたいね」
母が、父の顔を見ながらいやみっぽく言った。
「車の中でおやつを食べてただろう。今夜はがまんして、早く寝ろ。明日の朝食は、バイキングだから、腹いっぱい食べられるよ」
しかたなく、ぼくらは部屋へ向かった。
エレベーターが4階で止まった。ぼくらの部屋は、一番端の部屋、404号と414号室。廊下を挟んで向かい合わせになっていた。 ぼくと弟は404号室に泊まることになった。
「おにいちゃん、これなあに?」
ドアを開けようとしたとき、弟が足下に落ちていた紙を拾った。お札のようだ。
「火事になりませんようにっていうお守りじゃあないの」
ぼくは、どこの家にでもある家内安全のお札だと思って、別に気にしなかった。
部屋に入ったとたん、ぞくっと寒気がした。部屋の奥を見ると、窓が開いていた。5月とはいっても夜は寒い。どうして開いているんだろうと思い、窓を閉めに行こうとしたその時。
「ガラガラッ、バタン」
ひとりでに窓が閉じた。同時に、電灯がチカチカ点滅して、「バチバチッ、パン」という音とともに消えた。
「うわーーー」
二人とも悲鳴をあげて、あわてて部屋から飛び出した。そして、助けを求めて、両親の部屋のドアをはげしくたたいた。
しばらくして、ドアが開いて怪訝そうな顔の母が出てきた。
「なに?どうしたの?そんなにあわてて」
しどろもどろで話すぼくの言葉を当惑顔の母が遮って言った。
「こんな所で騒いでたら、他のお客さんの迷惑になるから、とにかく中に入りなさい」
部屋の中で、荷物を片付けていた父も何事かと話を聞いてくれた。
しかし、二人ともぼくの話を全然信じてくれなかった。
「そんなことあるわけないじゃない」と、母は全否定。まともに取り合ってもくれなかった。
それでも、ぼくらがあんまりしつこく言うので、とにかく部屋を確かめようということになった。
「お父さん、お願い。ちょっと見てきて」
弟は母と部屋に残って、ぼくは父と404号室に行くことになった。
ぼくは父の後ろに隠れるようにして部屋に入った。部屋の明かりは灯っていた。窓は閉まって、鍵までおりていた。
「どこも変わったとこなんてないじゃないか。こわい、こわいって思っているから、ありもしない物が見えるんだよ。まったく、お前は臆病なんだから」
「ぼくだけじゃないよ」と不平を言うと、
「もういいよ。今日は疲れただろう。早く寝なさい」
父はさっさと部屋を出て行った。
弟はひどく怖がっていたので、両親の部屋で眠ることになり、ぼく一人で404号室に泊まった。
その後は、おかしなことは起こらなかった。よほど疲れていたのか、ぼくは横になるとすぐに眠ってしまった。
真夜中、ぼくは、胸が締め付けられるような息苦しさを感じて、目を覚ました。つけたままにしていたはずの電灯が消えていた。
ふと横を見ると、ベッドの側に黒い人影が立っていた。
部屋の鍵はちゃんとかけたはずなのに・・・?誰だろう?寝ぼけた頭でそんなことを考えていると、黒い影から二つの手が、ぼくの首に伸びた。
「お前さえいなけりゃ、彼といっしょに暮らせるんだ・・・。お前さえ・・・。」
暗闇に目をこらしてよく見ると、それは母だった。鬼のような形相で、母がぼくの首を締めつける。ぼくは必死にその手をはずそうともがく。
どうにか身体をひねって、馬なりになったを母を振り落とす。そのすきに、ぼくは、ベッドから跳ね起き、部屋から駆けだした。
ぼくは、向かいの部屋のドアを両手で思い切りたたきながら、大声で父に助けを求めた。
しかし、中からは何の反応もなかった。ぐずぐずしてはいられない。母が追いかけてくるかもしれない。
「あつい~。くるしい~。た~す~け~て~」
廊下の先の暗闇の中から声がする。
目をこらしてよく見ると、真っ黒で影のような人らしき者が、こっちにやって来ていた。
ぼくは、とっさに反対方向へと走る。
廊下の突き当たりに、非常口の扉が見えた。 扉を開けて、非常階段を夢中で駆け下りた。
やっとのことで、ホテルの玄関前までたどりついたとき、向こうからパトカーがやってきた。
ぼくは、急いでパトカーに駆け寄った。「どうしたんだい」
ぼくの取り乱した様子を察した若いお巡りさんが、パトカーからおりてきた。
ぼくは息せき切って、さっきの出来事をまくしたてた。
あまりにも興奮していたから、話が支離滅裂で上手く伝わったかは分からないけど、ぼくの話を聞き終わると、もう一人の年配のお巡りさんが、ホテルに入っていった。
ぼくは、パトカーの側で若いお巡りさんと待っていた。
「確かこのホテルは、もう営業していないはずなんだけどなあ。去年、火事が起きて、逃げ遅れた4人の宿泊客が犠牲になったんだ。
その後ホテルは廃業し、荒れ放題。幽霊が出るとかという噂もあって、地元じゃ心霊スポットとして有名らしい。最近じゃあ、この辺の若い連中のたまり場になってるんだ。
そう言えば、火事が起きたのは、ちょうど今頃の午前2時過ぎだったなあ」
「そんなはずは・・・。ぼくたち昨日の夜、ここに泊まったんですよ」
ぼくは、なにがなんだか、わけが分からなくなった。
数分後、年配のお巡りさんといっしょに、父と母、弟がホテルから出てきた。三人とも顔色が真っ青だった。
お巡りさんが部屋に入った時、三人は、ほこりだらけの焼けこげたベッドの上で眠っていたそうだ。
母は、ぼくを襲ったことを覚えていなかった。それだけでなく、ホテルに着いてからの記憶が全くないということだった。
父は、あのとき、ぼくの声は聞こえたけど、金縛りにあったように動けなかったと言った。
この後、両親は警察署でいろいろ事情を聞かれた。
ぼくと弟が長いすにすわって待っていると、さっきの若いお巡りさんがやってきた。
「君たちを無事保護できてよかったよ。あの通報のおかげだな」
「通報って?」
「廃業したホテルで、誰かが騒いでいる。うるさくて眠れないって、近所の人から通報があったんだ。また若者が集まって騒いでるんじゃないかって、出動したら君たちを見つけたのさ。でも、誰が通報してきたのかなあ。あの近くには、家なんか1件もないはずだけど」
その日の夕方、ぼくたちは無事家に帰って来た。
玄関を入ったとたん、背筋を悪寒が走った。
それから、ぼくの耳元でささやく声がした。
「ねえ、いっしょに遊ぼ」
ぼくにしか聞こえない声。弟とは明らかに違う子どもの声が。




