空の光剣
江戸の世、山深い小藩・鷹森藩は一夜にして滅びた。
藩主を討ったのは弟の黒田玄十郎だがそれは人の謀反ではなかった。
影を獣に変える妖術、闇から生まれる異形。
玄十郎は妖術師となって戻ってきていたのだ。
城が炎に包まれる中、逃げ出した者が二人。
藩主の娘千代姫と、侍女お梅。
向かう先は北、母方の祖父が治める水城藩。
そこまで辿り着ければ助けが得られる。
しかし旅の途中、山道で二人は一人の老人を見つけた。
異国の衣を着た、異人の老人が行き倒れていた。
お梅が言う。
「姫様、怪しゅうございます」
だが千代姫は腰の袋から握り飯を出した。
「見捨てられぬ」
老人はゆっくりと目を開いた。
「……礼を言う」
老人が握り飯を食べ終わったその直後だった。
森から黒装束の刺客が現れた。
「姫を殺せ!」玄十郎の手の者である。
刀が抜かれる。
だが、老人が立ちふさがった。
先ほどまで倒れていたとは思えぬ動きで敵を拳で殴り刀を奪う。
次の瞬間、刺客は倒れた。
さらに一人。
また一人。
ほんの数呼吸の間に、全員が地に伏した。
お梅が震える。
「……強すぎる」
老人は静かに言った。
「少し力が戻った」
それだけだった。
千代姫たちにとって老人は、ただの異様に強い異人でしかない。
その老人は旅に同行することになった。
名を聞くと、こう答えた。
「ソラト」と。
しかし旅の途中で、さらに不思議なことが起きる。
敵から奪った刀に老人が手をかざすと、刀が淡く光った。
そしてその剣は――
妖怪すら斬った。鬼。闇の獣。首なし武者。
どんな異形も、光をまとった一刀で消え去った。
老人はただ静かに刀を振るうだけだった。
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やがて一行は水城藩に辿り着いた。
しかし城下は地獄だった。
妖怪の群れが人々を襲っている。
千代姫が叫ぶ「おじい様の城が!」
その時、老人が前に出た。
目を閉じ、呼吸を整える。
そして刀が光った。
刃から光が伸びる。
一丈。
二丈。
十丈。
巨大な光の刃となった。
老人は横に一閃。
光が町を薙いだ。
しかし不思議なことに、人間は誰一人傷つかない。
妖怪だけが、霧のように消えていった。
町を覆っていた妖怪の群れは、たった一撃で消えた。
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城の門が開く。
千代姫はついに祖父と再会した。
水城藩主は孫を抱きしめた。
「よく生きていた……」
だがその時。
一人の男が現れた。
黒田玄十郎。
「千代……」
その顔が歪んだ。
皮膚が裂ける。
中から現れたのは巨大な異形。
「ようやく見つけたぞ」
それは言った。
「我こそは妖怪大王」
玄十郎はすでに殺され、その姿を奪われていたのだった。
目的は一つ、妖怪の力を高める秘宝。
森藩の秘宝をすでに取り込み、大王となっていた。
そして、城の武士の中から一人が進み出る。
その顔が崩れた。
妖怪だった。
「お持ちしました」
祖父の城に隠されていた秘宝を差し出す。
妖怪大王はそれを掴み、
一口で飲み込んだ、体が膨れ上がる。
闇の気が城を震わせる。
「ははははは!我は今や妖怪帝王!」
凄まじい妖力、誰も近づけない。
その時だった、一人の老人が前に出た。
異人の老人、ソラト。
ソラトは静かに問いかけた。
「満足したか、弱き者よ」
妖怪帝王は激怒した。
「貴様ァ!」
闇の炎、雷、毒霧。
ありとあらゆる妖術が放たれる。
だが、どれ一つ、老人に届かなかった。
老人はただ立っているだけだった。
やがて、ゆっくり刀を抜いた。
光が宿る。
そして。
ただ一閃。
それだけだった。
妖怪帝王は真っ二つになり、光の中で消えた。
静寂が戻る。
千代姫も祖父も、誰も言葉が出ない。
老人は刀を収めた。
「終わった」
その時だった、空が光る。
雲を割って巨大な船が現れた、銀色の城のような船。
さらに小さな船が何十も降りてくる。
そこから降りてきた者たちは、老人を見るなり膝をついた。
「師匠!」
「ようやく見つけました!」
その中の一人が駆け寄る。
若い男、老人に似た顔。
「父上」
千代姫とお梅は完全に固まった。
空の船、謎の兵、謎の言葉。
老人は頭をかいた。
「迎えが来てしまったか」
弟子たちは言う。
「銀河中があなたを探しておりました」
千代姫は呆然とした。
だが老人はいつも通りの顔で言った。
「まあ、この星の用事は終わった」
そして軽く手を振る。
「元気でな、姫」
こうして妖怪帝王の騒乱は終わった。
江戸の世にはただ、とてつもなく強い異人の老人がいた。
という噂だけが残った。
めでたし、めでたし。




