戦火のオアシス
エドワードが片膝をつき、苦しむ執事を静かに見つめ、執事荒い呼吸を吐きながら、静かに頷く。
エドワードも執事に頷き返し、エドワードが引き連れ、共に駆けつけた兵士達に相槌を送った。
兵士達が執事を手厚く介抱していく。
部屋はエドワードとソフィアの二人だけとなった。静寂が戻った室内で、エドワードは重い甲冑を軋ませながら、ゆっくりとソフィアの前へ向かい、膝をついた。
兜を脱いだその顔には、かつての繊細な美青年の面影を残しつつも、左の頬をかすめる新しい傷跡と、幾千もの生死を見届けてきた男の険しさが刻まれていた。
「エドワード様……。本当に、貴方なのですか……?」
ソフィアの声は震えていた。目の前の男は、かつて一緒に花を愛でた穏やかな少年ではないかもしれない。その手は、既に多くの命を奪い、血に塗れていたのだから。
「……怖がらせてしまったね、ソフィア。けれど、今の私が君に触れることを許されるのは、この手に武器があったからだ」
エドワードは、返り血を拭うこともせず、ただ真っ直ぐにソフィアの瞳を見つめた。
彼が率いてきたのは、正規軍からも見捨てられた貧民や下級貴族の生き残りたちで構成された、寄せ集めの独立部隊だった。けれど、その規律の高さと士気は、どの貴族が抱える私兵をも凌駕していた。
「ソフィア、外を見てごらん」
彼に促され、ソフィアが窓の外へ目を向けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
つい先ほどまで略奪に怯えていた領民たちが、エドワードの兵たちが配る糧食を手にし、混乱の中で秩序を取り戻し始めていた光景だった。
「戦争は、人から理性を奪う。けれど、私はあきらめない。君が愛したこの穏やかな世界の美しさを、野蛮な暴力で塗りつぶさせはしない」
エドワードは、略奪者から取り戻した銀の食器や家具には目もくれず、ただ一つ、床に落ちていた「あの図鑑」を拾い上げた。
「私は、この世界を『再建』する。かつての寄宿学校で私たちが学んだ誇りと、君が教えてくれた優しさが、そのまま法の正義となるような……新しい秩序を作るんだ。それが、私が君に捧げられる唯一の誠実さだから」
それは、既存の王家を打倒するという宣言ではなかった。むしろ、崩壊しつつある貴族社会の「魂」を、誰よりも深く理解する者として、彼なりのやり方で守り抜くという不退転の決意の現れでもあった。
「エドワード様……。貴方の道がどれほど険しくとも、私はもう、目を逸らしませんわ」
ソフィアは、血と鉄の匂いがするエドワードの胸に、そっと額を預けた。
軍服の冷たい感触。けれど、その奥で刻まれる鼓動は、あの日の図書館で聞いたものと同じ、激しくも愛おしいリズム、そのままだった。
一兵卒から成り上がったエドワードは、今この瞬間、名もなき英雄から、この地の守護者へと変貌を遂げた。
ソフィアの祈りとエドワードの強き意思を持つ魂。二つの力が合わさり、戦火に包まれた大地に、かつてないほど気高い「理想」の灯がともろうとしていた。




