ファースト・ワルツ
年に一度の学園舞踏会。
会場となる大広間は、色とりどりのドレスと煌びやかな装飾に彩られていた。けれど、その眩しさはソフィアにとって、どこか居心地の悪いものだった。
数世代前のドレスを仕立て直した彼女の装いは、決して見劣りするものではない。けれど、高価な香油や宝石を纏った上級貴族の令嬢たちに囲まれると、自分の質素さが浮き彫りになるようで、どうしても俯きがちになってしまう。
(エドワード様は、まだいらっしゃらないのかしら……)
下級貴族である彼は、今回の舞踏会に出席することさえ危ぶまれていた。正装を整えるだけでも、彼にとっては容易なことではないはずだから。
周囲からは、心ない囁きが聞こえてくる。
「見なさいな、あの隅にいる子。ローゼンタール家の娘でしょう? 今日もあのみすぼらしい下級貴族を待っているのかしら」
「身の程を知らないというのは、悲しいことですわね」
胸が締め付けられるような思いで扇を握りしめた、その時。
「——そのドレス、ラインの捉え方が絶望的に凡庸ね。でも、素材の活かし方だけは……ほんの少し、光るものがあるわ」
背後から聞こえたのは、まだ幼さの残る、けれど驚くほど尊大な少年の声だった。
振り返ると、そこには見事なプラチナブロンドを揺らし、子供用とは思えないほど洗練された仕立ての服を着た、エルフの少年が立っていた。
彼は手にした小さな手帳にさらさらと何かを書き留めると、ソフィアを鑑定品のようにじろじろと眺める。
「将来、私が最高の布地とデザインで塗り替えてあげてもいいわよ。……もっとも、今の貴女を輝かせるのは私の服じゃなくて、あっちの『原石』みたいだけど?」
少年が不敵な笑みを浮かべて指差した先。
会場の入り口に、一人の少年が立っていた。
エドワードだった。
彼の纏っている服は、確かに新調されたものではなかった。袖口にはわずかな綻びを繕った跡があり、生地も厚手の安価なもの。けれど、背筋を真っ直ぐに伸ばし、碧き瞳を静かに燃やして歩く姿は、周囲の誰よりも気高く、近寄りがたいほどの威厳に満ちていた。
「……ソフィアさん」
エドワードが迷わず彼女の元へ歩み寄る。嘲笑していた令嬢たちが、その圧倒的な存在感に飲まれるように道を開けた。
「遅くなってごめんなさい。……君を、ずっと待たせてしまった」
「いいえ、エドワード様。……来てくださるだけで、私は」
エドワードは跪き、ソフィアの手を恭しく取った。
彼の指は、あの日温室で土を撫でていた時と同じ、温かく、それでいて確かな力強さを持っていた。
「一曲、僕と踊っていただけますか? 僕には音楽を贈る力も、金の床を用意する力もない。けれど……今、この瞬間だけは、誰よりも君を輝かせる自信があるんだ」
オーケストラがワルツの旋律を奏で始める。
エドワードに導かれ、ソフィアはフロアの中央へと踏み出した。
彼の手が腰に添えられた瞬間、周囲の喧騒が魔法のように消え去る。
エドワードの刻むステップは、教科書通りの退屈なものではなかった。それはまるで、これから始まる新しい時代の鼓動を刻むような、力強く、情熱的な旋律。
「綺麗だ、ソフィア」
碧い瞳に射抜かれ、ソフィアは自分が世界で一番幸せな令嬢であることを確信する。
質素なドレスは月光を浴びて銀色に輝き、二人の描く円舞曲は、居合わせたすべての者の視線を釘付けにした。
遠くで、先ほどのエルフの少年——幼き日のヴァルティが、つまらなそうに、けれど少しだけ感銘を受けたように肩を竦めて去っていく。
「ふん。服の価値すら忘れさせる『愛』なんて、私の美学には反するわ。……でも、悪くない。あの二人の未来、もっと面白い色に染まりそうだわね」
名もなき少年だったエドワードのステップが、静かに、けれど確実に、運命の歯車を回し始めていた。




