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温室での誓い

図書館での出会いから数日。ソフィアの胸の奥には、あの日、エドワードが教えてくれた古エルフ語の響きが、柔らかな残り火のように灯り続けていた。


放課後、彼女が足を向けたのは、学園の隅にひっそりと佇む古い温室。そこは、実家から持ってきた数少ない薬草の苗を、ソフィアがこっそりと慈しんでいる自分だけの隠れ家だった。


「……あら? あんなところに、誰か……」

温室の扉を引くと、湿った土の香りに混じり、あの少し懐かしいインクの匂いがふわりと鼻をくすぐる。

そこに佇んでいたのは、使い古されたじょうろを手に、枯れかかった小さな苗をじっと見つめるエドワードの姿だった。


「エドワード様……? どうしてここが?」

「……ああ、ソフィアさん。驚かせてしまってごめんなさい。君が時折、ここへ嬉しそうに向かうのを見かけて……つい、追いかけてしまいました」

エドワードは照れくさそうに、碧い瞳をわずかに伏せる。

彼の足元にあるのは、ソフィアがどれほど世話をしても芽を出さなかった、高山植物のひ弱な苗。


「その苗、私が何をしても元気にならなくて。やっぱり、私の家のような普通の庭では、高価な魔法の肥料も買えませんし……無理だったのかもしれませんわ」

ソフィアが寂しげに微笑むと、エドワードは静かに首を振り、彼女の隣に膝をついた。


「そんなことはありません。この子はただ、日差しが強すぎて少し喉が渇いていただけです。……ほら、こうして日陰を作り、土の表面ではなく根の先に語りかけるように水をあげれば」

エドワードの節立った指が、優しく土を撫でる。すると不思議なことに、項垂れていた葉が、彼の指に甘えるようにぴんと起き上がった。


「……すごい。エドワード様は、植物の心もわかるのですね」

「まさか。僕はただ、君が大切にしているものが、そのまま消えてしまうのが耐えられなかっただけですよ」

立ち上がったエドワードの顔は、思っていたよりもずっと近くにあった。

午後の光がガラス屋根を透過し、彼の銀髪を眩しく縁取っていく。


「ソフィアさん。僕の実家は、君の家よりもずっと貧しい。誇れるものなんて、この少しばかりの知識と、君を笑顔にしたいという願いだけです」

「エドワード様……」

「いつか……いつか僕が、君が望むどんな珍しい花でも、世界中から集めて育てられる場所を作ってみせる。……だからそれまで、この温室で、僕と一緒にこの子を見守っては……くれませんか?」

それは、贅沢な宝石を贈られるよりも、どんな甘い愛の言葉よりも、ソフィアの心に深く、そして温かく刻まれた。


彼が見つめているのは、今の乏しい現実ではない。彼女と一緒に歩む、まだ見ぬ輝かしい未来だった。

「……はい。喜んで、エドワード様」

二人の視線が重なり、温室の中に、花が開くような優しい沈黙が流れていく。


ソフィアはまだ知らない。彼が語った「場所」が、後に、広大となる「王国」という事を。

名もなき少年の誓いは、湿った土の下で、静かに、けれど力強く根を張り始めていた。

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