合言葉は“いつもこれが初めてだと思って”
最近の私の合言葉は" いつもこれが初めてだと思って"だ。
「お父さん、飴は一日に何十個も食べていたら糖尿病になってしまうから少し控えようね」
「お父さん、トイレットペーパーはお尻を拭くために作られた紙だから、これをティッシュ代わりにして鼻を噛んでばかりいたら余計に鼻が悪くなってしまうよ。だからトイレットペーパーを持ち出すのは止めてね」
「お父さん、これは入れ歯を洗浄するための錠剤で食べるものではないから口に入れないでね」
同居している88歳の舅は要介護2で中等度の認知症を患っていて、私はいつもこれが初めての失敗であるかのように、こんな感じの説得の言葉を日に何十回も繰り返す。
『前も同じ失敗をしたのに何故わからないの?』という言葉は認知症には通じないからだ。
そうした私の説得に対し、いつも舅は無言である。と、言っても舅が私に怒って無言でキレているとかいう理由では断じてない。舅が寡黙な性格なのもあるが、耳の老化で言葉が聞き取れていなかったり、認知症による脳の萎縮で咄嗟に言葉が出てこないだけなのだ。
それを私は知っている。それを私はわかっている。知ってはいるし、わかってはいる。……そう、なのだけれど。毎日同じ声掛けを何十回も繰り返ししなければならないことに私は少しずつ疲弊してきてもいる。
『おじいちゃんがパパとママに怒られてばかりだって言ってたよ』
家を出た子どもが遊びに来ていたときに舅が言っていたという言葉が私を責める。
怒ったつもりはなかった。舅の体を思い、理由を話して過剰に飴を食べるのを止めてもらいたかっただけだ。外出先で舅がトイレットペーパーを持ち出して窃盗などと疑われないようにしたかっただけだし、命の危険から全力で守りたかっただけだった。
記憶が持続しない舅にとって舅の失敗も私や家族の説得も一瞬で消え去ってしまう幻なのに、何故説得が怒られているという記憶にすり替わってしまっているのだろう?どうせならそれに至った記憶が残っていればいいのに、それらに関する記憶は微塵も残っていないなんて凄く虚しいし、やりきれない気持ちになる。
認知症は治らない。今まで出来ていたことが段々出来なくなっていく。いつかは家族や私のことも舅はわからなくなるだろう。その過程を見続けていくのは想像以上にきついけれど、一日でも長く舅が家族と暮らせるように、今日も私は合言葉を胸に舅と向き合おう。私の説得が秒で消えたとしても。




