演劇『竜と戴冠者』
『竜と戴冠者』は、建国神話を基にした演劇だった。神竜フォルトゥナと英雄王レオニダス、滅竜、咎の娘。違うところと言えば、イザベラが英雄王レオニダスを支える美しいヒロインとして登場するところくらいだ。
『あぁ、憎らしい神竜。民のためにと力を使うばかりで、長く神殿に仕えている私に、冨も名誉も与えてはくれない』
咎の娘役の少女が言う。神殿に仕える人々がみんな、自分たちを守護する神竜に感謝し深く信仰しているというのに、彼女だけは違った。どうすれば自分がより豊かになり、欲望を満たせるかだけを考えている。
『全く、こんな古書ばかりの蔵の掃除を言いつけられるなんて。ついていないわ』
咎の娘は文句を言いながら本を棚にしまっていく。そうして多くの本を手にとる中、古書の中でも一際古びた、大きな本を見つけた。
『これは何かしら?』
それは、神竜がずっと昔に滅竜を封印した場所と、その術式が書かれた本だった。一体そんな大事な本が、どうしてこんなところに捨て置かれているのか、なんて考えながらカルディアは観劇を続ける。
『そうだわ!これがあれば、神竜を亡き者とし、その力を奪うことができる。そうして、私は新たな神竜となるのよ!』
咎の娘は滅竜の封印を解き、神都へ戦いを仕掛けた。滅竜は黒い炎を吐き、黒い炎に焼かれた場所からは瘴気が溢れ、魔物が生まれる。神都は混沌に満ちていく。
『なんということを!悪しき滅竜を呼び覚ましたばかりか、神都にけしかけ、神竜フォルトゥナの命を狙うとは!神竜は、この命に代えてもお守りする!!』
『あぁ、レオニダス。わたくしは見守ることしか出来ません。ですが、貴方と神竜様の無事を祈って待っております』
レオニダスを涙ながらに見送る、イザベラ演じるヒロイン。その健気さに人々は感嘆の吐息を漏らした。レオニダスは神竜とともに、民を守るため、滅竜や魔物と戦う。激しい戦いの末、神竜が滅竜の逆鱗を食い破った。絶叫する滅竜、その死とともに、魔物や瘴気も消えていく。
『もう少し、もう少しで、神竜を殺し、その力を我がものとすることができたのに……』
咎の娘が泣き崩れる。そこに、レオニダスと神竜が立ち塞がった。
『愚かしき人の子よ。汝の傲慢により、多くの民が命を落とした。しかし、人とは罪を犯すもの。我が汝の首を喰いちぎり、それを贖罪としよう。瞬きの間だ、苦しませはせぬ』
己に話しかける神竜を、咎の娘は恨みがましい顔で見ていた。神竜は、滅竜との戦いで深く傷ついている。鱗は剥がれ、左の翼は失くなっていた。立っているのもやっとの様子だ。
『お前のような死にかけの竜など、逆鱗を穿てば私でも殺せる!!』
途端、咎の娘が懐からナイフを取り出し、神竜めがけて走り出した。彼女の突き出した刃は、神竜の逆鱗に深々と刺さった。咎の娘が、狂気めいた高笑いをあげる。
『あぁ……なんと、下劣で浅ましいことか……』
(あっ!)
カルディアは、思わず立ち上がりそうになった。血を吐く神竜が、咎の娘の胸を喰い破り、その心臓を呑み込んだのだ。
『汝の罪を禊ぐには、最早ただ死ぬだけでは事足りぬ。その心のように黒い髪と、欲に塗れた金の瞳とともに、心臓を持たぬまま、何度でも苦しき生を繰り返すが良い。我の呪いは、その罪を禊ぐまで消えることはない。全ての生で終わらぬ禍いが降り注ぎ、汝の周りにいる者にも同じく災禍が訪れるであろう……』
カルディアは、思わず舞台から目を背けた。息が浅くなり、視界が狭まっていくような感じがした。
『レオニダス、我が魂はもうすぐ天上へと昇る。最後に、汝に神託を授けよう。――我が心臓を、骨を、血肉を剣とし我に代わって民をよく守り、この地を治めよ。その証として、汝に冠を授けん』
わっと会場が盛り上がる。最初の【戴冠せし者】の誕生だ。そうして神竜フォルトゥナは死に、舞台は次のシーンへと移る。神竜に心臓を喰われ死んだ咎の娘が、神殿の前に磔にされている。そこには、多くの民衆が集まっていた。
『なんと忌まわしき咎人よ!この女がフォルトゥナ様を殺した!』
『我が娘を殺した!』
『友を殺した!』
『恋人を殺した!!』
民衆達が剣を手に取る。そうして、咎の娘の体に突き立て始めた。観客も歓声に湧いている。ずっと黙って劇を見ていたカルディアは、たまらず立ち上がると、出口めがけて駆け出していた。
「ン?どうした――って、おい!」
隣に座っていたレオが、驚いた様子でカルディアを呼び止めるのにも気づかず、観客席の間を縫って走った。
(気持ち悪い、胸がぐるぐるする)
ないはずの心臓が、激しく脈打っているような感じがした。大広間を飛び出し、ひたすら走り続ける。とにかく、少しでもあの場から離れたかった。誰もいない場所に行きたかった。
(うっ……。気持ち、悪い)
人気のない森の中まで来たところで、カルディアは口元を抑え、膝をついた。今にも胃液が迫り上がってきそうだ。ひたすら吐き気に耐えていると、ふっと背後から影が差した。ハッとして振り返れば、そこには、静謐な雰囲気を纏った銀髪の男が立っていた。




