運命の発表
神殿の大広間は、国中から集まった【戴冠せし者】候補で埋まっている。これから国王直々に、【戴冠せし者】の選出方法が発表されるのだ。そのまま芸術奨励会の劇も催される関係で、士官学校の生徒たちも大広間に集められていた。大広間は、これまでにないほど厳粛な雰囲気に包まれている。
「私、王様を見るのは初めてです」
「別に有り難がるものでもねぇぞ。ただのくたびれたジジイだ」
第二王子という立場であっても不敬極まりないレオの発言に苦笑しながら、カルディアは前を見据えた。護衛の為か、騎士団のみならず国王直属の近衛兵たちまでもが大広間中に目を光らせている。参加者も集まりきったようで、場が静まったところで式が始まった。
「クラヴィス・コンコルディア国王陛下、御入来!」
大広間前方にいる、恐らく重職に就いているであろう男がそう発した。人々は、進み出た国王に対し深く礼をする。
(なんだか……)
カルディアは周りに倣い頭を下げながら、一瞬見た王の姿を思い出していた。体躯はしっかりしており、遠目に見ても威厳に満ち溢れている。しかしなんだか、憔悴しているような気がしたのだ。王は別に、目の前にいるわけでもなく、表情や顔色が窺い知れるわけでもない。どうしてそんな風に感じたのか自分でも分からなかった。
「頭を上げよ」
声が響く。皆一斉に顔を上げ、この国の王を見ていた。
「英雄王レオニダスが、神竜フォルトゥナより冠を戴いて589年。代々王権を有する者は、国のため民のために身を捧げてきた。ドゥークス・コンコルディアの代から300年続く、我々コンコルディア王家も同様だ。……しかし現在、ウェリスタスの各地で魔物が闊歩し、天地が荒れ、瘴気が吹き出している」
国王の弁に熱がこもる。連動するように、大広間が熱気に包まれていく。
「よって、余は決断した。ウェリスタス神国の恒久なる繁栄と安寧のため、より強くより賢き者を王とするため。ドゥークスの代より三百年間行われていなかった、旧きしきたりによる王位継承を行う!」
大広間は重く、静まり返っている。まるで、嵐の前の静けさのように。
「ウェリスタス神国第三十六代国王クラヴィス・コンコルディアの名をもって、【戴冠せし者】を選び、その者に冠を与えることを宣言する!!」
場がどっと湧き立つ。割れんばかりの拍手喝采が、神殿を揺らしていた。
(なんだか、とんでもないことが始まってしまった気がする)
次期国王を決めるための儀式など、自分には雲の上の話で、関わりのないことだ。そう分かっていても、カルディアの胸の中には言い知れない不安が渦巻いていた。思わず隣を見れば、レオが無表情で王を見つめている。とても話しかけられる雰囲気ではない。ようやく場が落ち着いてきた頃、そのまま選出方法を発表する運びになった。【戴冠せし者】の選出方法は、王が事前に決定しており、王に代わり宰相が発表するようだ。候補者たちは、息を呑んで宰相の言葉を待っている。
「それではこれより、【戴冠せし者】の選出方法を発表する。――『第三十代国王ドゥークス・コンコルディアが国病みを鎮めた方法を見つけ出した者を【戴冠せし者】とする。』」
宰相の言葉に、大広間ではどよめきが広がる。先ほどまでの熱気に満ちたものとはちがう、困惑したような様子が人々から見てとれた。
「あの、どうしてこんな雰囲気に?」
たまらず尋ねれば、レオは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ハッ、やっぱりな。全部茶番なんだよ」
「茶番?」
「【戴冠せし者】の選出なんて、あくまで形式的なものってわけだ。本当に優れた王を選び取ろうとしてるわけじゃねぇ。【戴冠せし者】はもう決まってる」
レオの説明は、カルディアにとって全く要領を得ないものだった。それに気づいてか、レオはこう続ける。
「いいか、本来【戴冠せし者】の選出ってのは、誰が見ても勝者が分かりやすく、短期間で終わる方法で行うものなんだよ。剣術や魔法を争ったり、演説を行って投票したりな。それがどうだ?今回のお題は。ここにいる奴らは歴史学者じゃねぇんだぞ」
『第三十代国王ドゥークス・コンコルディアが国病みを鎮めた方法を見つける。』
確かに、ただ武や文の優劣を競うのとは違うものに聞こえる。
カルディアは、先日受けた歴史の授業を思い出した。第三十代国王ドゥークス。彼が即位するまでの約二百五十年間、ウェリスタス神国は国病みに苦しんできた。魔物の動きは活性化し、天地は荒れ狂う。初代国王レオニダスを含めた歴代の王は皆短命。どんなに健康な者でも、王位に就けばそう時を待たずして死んでしまう。しかし、ドゥークスが即位して二年、彼は国病みを鎮めることに成功した。短命の呪いも解け、それからは彼の子孫が代々王位を継ぐようになった。よってこの三百年近く、【戴冠せし者】の選出は行われていない。
「確か、ドゥークスが国病みを鎮めた方法って、記録に残っていないんですよね?どの歴史書にも、ただ国病みを鎮めたとあるだけだって」
「そうだよ。だから茶番なんだ」
レオが苛立たしげに息を吐く。会場のどよめきも、未だ収まっていなかった。
「どの歴史書にも載っていない王家の過去。だが、国王だけは知っている。あり得ない話じゃねぇだろ?王が自分のお気に入りに、こっそりその話を教えてやる。するとどうなる?」
「その人が、【戴冠せし者】に選ばれる……」
「ただ優れた王を選びたいなら、こんな回りくどい方法を取る必要はない。だいたい、今、国が荒れてるってのも詭弁だよ。魔物や瘴気が出たり、天候が荒れるなんてことは周期的なものとして昔から確認されてる」
「……国王は、そうまでして誰を王にしたいんでしょう」
国王には、二人の息子がいる。カルディアの隣にいるレオ・コンコルディアと、その兄ダンテ・コンコルディア。レオは素行に難ありとされながらも魔法の腕は若くして宮廷魔法士に勝るほど。魔力量も飛び抜けている。兄のダンテについては、非常に聡明かつ誠実で、まさに名君の器だと噂されているらしい。
(そんな実子達を差し置いて、王にしたい人なんて……)
「王にしたい奴がいるんじゃなくて、王妃にしたい奴がいるんだよ」
「え?」
思いがけないレオの言葉に、カルディアは目を見開いた。「王妃にしたい奴がいる」その言葉の意味は、つまり。
「兄妹じゃ結婚出来ないだろ?あのジジイは、イザベラを王妃にしたいんだ」
いつの間にか、大広間は落ち着きを取り戻していた。人々の視線が、一点に集まっている。ふわふわの金髪、白磁の肌、桃色の瞳。まるでお人形のような少女が、広間の前方で可愛らしくお辞儀をする。
「このまま、芸術奨励会を執り行わせていただきます。では、ご覧ください。演劇『竜と戴冠者』です」




