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ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
三章

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熱と秘密


 港町ハルジオン。ジェダイトから数日かけてここまでやって来たカルディアとレオは、その外れに住む、ノヴァの知り合いの錬金術師を訪ねていた。


「地図によると……この家だな」


 周りには、他に人が住んでいそうな建物もない。ここで間違いないだろうと、石造りの家の戸を叩く。ほどなくして扉が開かれ、くせのある乱れ髪の男性が出て来た。


「ど、どちら様でしょうかぁ〜」


 男性はずり落ちかけた眼鏡を片手で上げながら、オドオドした様子で尋ねてくる。


「レオ・コンコルディアだ。塔の錬金術師、ノヴァ・サピエンタの紹介で来た」

「あ、あぁ!お聞きしてます!ど、どうぞ、狭い家ですが……」


 男性はカルディア達をキッチンに招き入れた。そして椅子が足りないからと、他の部屋から二つ持って来て座らせてくれる。


「錬金術師の、ファルサと申します。その、王子殿下がいらっしゃることは、ノヴァさんからお聞きしています。それで、ええと……そ、そちらの方は?」


 ファルサが眼鏡越しにカルディアをちらりと見る。カルディアは慌てて頭を下げた。


「サイラス・レーラントです。殿下に同行させてもらっています」

「レ、レーラントさんですね、よろしくお願いします」


 ファルサはカルディアに対してもへりくだった様子だ。元来気の弱いたちのようだった。お互い自己紹介を終えたところで、ファルサはレオに促され、ハルジオンで採れるという例の鉱石について話し始めた。


「か、海淵の石と呼ばれる鉱石で、海の力を蓄えていると言われています。普段であれば、その、鉱夫の方々に頼めば、分けてもらえたかもしれないんですが……」

「普段であれば?」

「じ、実はその、今ハルジオンで、住民が次々に失踪する事件が起きていて。海淵の石は、大漁や町の繁栄を祈願して、う、海に捧げる風習があってですね。そのつまり、失踪事件が起きてからは、その、事件の収束を願って、石は全て海に捧げられてしまっていて、とても分けてもらえる雰囲気では……」


 まさかそんな物騒な事件が起こっていたとは。ファルサは何だか申し訳なさそうに縮こまっている。カルディアがこれからどうするかとレオに問えば、彼は顰めっ面のまま答えた。


「ここまで来て、ハイそうですかって易々帰るわけにもいかねぇだろ。しばらく粘るぞ」

「で、でも、失踪事件が解決する見込みは、な、ないですよ……」

「見込みがあるかは俺が決める。取り敢えず調べてみるよ」

「は、はぁ……」


 ノヴァに頼まれたからと、ファルサはハルジオンに居る間この家を宿として提供すると申し出てくれた。事件について調べるにも、協力者たるファルサが近くにいる方が都合がいい。そのため、カルディア達は彼の提案を受け入れたのだった。この日はもう夕刻を過ぎていたため、調査は明日からということになった。

 翌日。カルディアは身支度を整えると、キッチンに向かう。ファルサの出してくれた朝食を食べ終えても、まだレオは起きてこない。流石に起こしに行こうかと腰を浮かせたところで、玄関扉が開く音がした。そのまま軽い足音がこちらへやって来る。そうして現れたのは、まだ十歳かそこらに見える少年だった。痩せぎすで、切りっぱなしの髪を適当に後ろで結い上げている。


「あっ、ミンス君。いらっしゃい」

「ファルサ、この人誰?」


 ミンスと呼ばれた少年とファルサは気安い仲のようで、ミンスは遠慮なくキッチンに入ってくると、カルディアの隣にあった椅子に腰掛けた。


「彼は、サイラス・レーラントさんですよ。その、訳あってここに滞在してるんです」

「ふーん」


 ファルサはカルディアに出したのと同じ朝食をミンスの前にも差し出す。ミンスはそれをあっという間に平らげると、カルディアに話しかけて来た。


「お兄ちゃん、何しにここに来たの?」

「ハルジオンに来たのは、海淵の石を手に入れるためなんだけど……」

「あー、今は無理だよ。採れた石は全部海に投げちゃってるもん」

「うん、ファルサさんにもそう聞いてる。住民の人たちが、失踪している影響なんだよね?その失踪事件について何か知っていたら教えて欲しいんだけど……」

「数ヶ月前からぽつぽつ人が消えてるってだけ。特に教えられるようなことはないかな」


 ミンスはハルジオンに住んでいるらしいが、詳しいことは知らないようだった。その後は、ここに来る前はどこにいたとかどうして海淵の石が欲しいのかとかひたすらに質問責めされる。「その髪、前見えるの?邪魔じゃないの?」と言われたときは少し焦ってしまったが、気になったことを何でも聞いてくるのは、子どもらしくて微笑ましかった。そうしてしばらくミンスと話していると、ようやく目覚めたらしいレオがキッチンへやって来る。


「うわ!あれが王子?」

「こ、こらミンス君!王子殿下に対して、あれは駄目ですよ!」

「……何だこのガキ」


 レオは目覚めたばかりのせいか、覇気のない声でそう言った。レオが朝食を食べている間、ミンスは彼のことも質問責めにしていたが、レオから返ってくる言葉は「さあな」とか「知らねぇ」とかばかりで、碌に相手にしてもらえなかった様子だ。


「行くぞ、サイラス」


 朝食を食べ終え、身支度を整えたレオに促され、カルディアも家を出る。ハルジオンの町中までは歩いて十分ほどだ。町までの道中、カルディアはふとあることを思い出してレオに話しかけた。


「そういえば、ノヴァさんはファルサさんのことをまだ若いって言っていましたよね。私から見れば、ファルサさんの方が年上に見えるんですが」


 見た目だけで言えば、ノヴァは二十代中盤、ファルサは三十代以上に見える。そんな彼を、彼女が「まだ若い」と形容することに違和感を覚えた。


「あの女、若作りだからな。あいつにとっては若いんじゃねぇの」

「その、ノヴァさんって一体おいくつなんでしょうか……」

「……世の中、知らねえ方が良いこともあんぞ」


 そんな話をして小さな謎が残ったまま、ハルジオンの町に辿り着いた。カルディアは、前髪で目がしっかりと隠れていることを確認した後、町の人たちに失踪事件について聞いて回った。しかし、彼らもミンスと同じで、大した情報は持っていないようだった。


「老若男女問わず居なくなっているみたいで、特に共通点もないようです」

「そうか。こっちも鉱夫に話を聞いたが、石を全部海に捧げてるって話は本当らしい。事件が解決するまで、止めるつもりはないんだと」


 何も進展はなかったが、まだ初日だ。明日からも調べを続ければ、解決の糸口が見えてくるかもしれない。……と、考えていたのだが。同じような状況のまま一週間が過ぎた辺りで、カルディアは体調を崩してしまった。現在は高熱に魘されながら、ファルサの家で借りている自室に横になっている。


「レーラントさん、入りますよ」


 そう言って部屋に入って来たのはファルサだ。どうやら看病に来てくれたようで、その手には水の入った盆と濡れ布、それから煎じ薬のようなものがある。彼はベッドのサイドテーブルにそれを置くと、布を水で濡らし、カルディアの前髪をかき分けて額の汗を拭った。意識が朦朧としていたカルディアは、心地良い冷たさに、薄く目を開く。眼鏡の先にある、ファルサの見開かれた瞳と目が合った。思考のままならないカルディアは、自分の持つ金眼を見られたのだということにすら思い至らなかった。ファルサは驚いた様子を見せたものの、特にそれについて触れてくることしない。


「汗をかいているでしょうから、体も拭きましょう。ちょっと起こしますね」

「……は、い」


 カルディアを男だと思っているファルサが、服を脱がそうと手をかけてくる。それを止めることもせずボーッと眺めていた。汗を吸った布地が持ち上げられ、薄い腹がのぞいた。寝苦しかったためサラシは巻いていない。そのまま胸元が顕になると、男性にはないはずの小さな膨らみが揺れる。胸の中心には、痛々しく大きな傷跡が残っている。ファルサは一瞬硬直していたが、ハッとした様子で服から手を離した。


「すみ、すみませんっ!じょ、女性とは知らず……!やっぱり、体はご自分で拭いてもらって……あっ、薬もここにあるので……!」


 ファルサは慌てた様子で濡れ布を盆に引っ掛けると、そそくさと部屋を出て行く。カルディアはそれを気にかける余裕もなく、ベッドに横たわったまま荒い呼吸を繰り返していた。



「おい、様子はどうだった」


 レオは、偶然部屋から出て来たファルサを見つけて声をかけた。サイラスは今朝から高熱があるようで、ファルサは彼の看病のため部屋に入っていたはずだ。今朝ファルサに聞いた話によると、度重なる長期間の移動と環境の変化で溜まっていた疲労が熱として現れただけで、感染病などではないだろうとのことだったが。それでも具合が気になって尋ねたのだが、ファルサは落ち着かない様子で要領の得ない答えをするばかりだ。いくら待ってもそんな調子なので、レオは深々とため息をついた。


「……もう良い、自分で見てくる」

「えっ!だ、駄目ですよ!!」


 さっきまでボソボソと喋っていたファルサが急に大声を出すので、レオは面食らって振り返った。


「駄目って何だよ」

「それは、その、今は駄目です。体を拭いている所だと思うので、後にした方が……」

「はぁ?だったら何だってんだよ。様子見るだけだ、問題ねぇだろ」


 レオはファルサの慌てた様子を横目にドアノブに手をかけた。ファルサはそれを見ると、レオの肩を急いで掴み引き止める。


「せ、せめてノックを!女性の部屋なんですから!」


 叫ぶように浴びせられた言葉に、レオは扉を開きかけていた手を止めた。ファルサはほっとしたように息をついている。


「…………今、なんつった?」

「え?ノ、ノックをした方が良いと……」

「その後だ」


 ファルサはレオの低い声に気圧されたように、手をあたふたと動かしながら答えた。


「えっと、その、女性の部屋なのでと……。えっ、あっ!も、もしかして、ご存知なかったですか……?」


 レオは答えない。ファルサは口に手を当て、言葉を失っていた。自分の失言に気づいたらしい。レオはしばらくの間、黙って扉を見つめていた。しかしそれを開くことはなく、踵を返してその場を去って行くのだった。



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