塔の錬金術師
(何だか、ずいぶん久しぶりな気がする)
少し先にミラフォッサ要塞の外壁が見えてきた。帰途はフェンリルの能力を使い森を越えたので、一日とかからずに帰ってくることが出来た。ミラフォッサを離れたのはほんの三日程度だったわけだが、色々なことが起こったせいか、もっと長い時間だったように感じる。
馬を走らせアストラ邸に戻ると、フェンリルはカルディアを振り返って言った。
「疲れているだろうから、今日はもう部屋で休むと良い」
「何があったか、皆さんに話さなくて良いんですか?」
「ヴィンセントには俺から話しておく。殿下は……ヴィンセントが上手く言ってくれるだろう」
カザールからの道すがら、ヴィンセントに性別を知られていることは話していた。フェンリルは口の上手い彼に事情を話して、レオへの説明を押しつける気らしい。二人に挨拶くらいするべきかと思いつつ、疲労感からすぐに休みたいという気持ちもある。今回ばかりは厚意に甘えようと頷いた。
「それじゃあ、失礼します」
カルディアは部屋に戻って湯浴みを終えると、すぐにベッドに横になった。瞬きのうちに眠りに落ち、心地よく寝息を立てていた頃。勢いよく開かれた扉の音に目を覚ました。慌てて体を起こし、寝ぼけ眼のままそちらを見る。
「よぉ、起きたかよ」
「なんだ、殿下か……」
そこに居たのは、腕を組み扉に寄り掛かってこちらを見るレオだった。カルディアは扉を開けたのがレオだと認識すると、寝直そうと改めて横になる。
「おい、寝るな。大体戻ってきたなら顔見せろよ」
「疲れていたので……」
レオは気のない返事をするカルディアにため息をつくと、何かを投げて寄越した。起き上がってみれば、そこにあるのは以前もらった指輪だった。そういえば、ミラフォッサを出る時は急いでいて、持って行くのを忘れてしまっていたと思い出す。
「あっ……すみません、折角いただいたのに」
「別にいーよ。それより、フェンリル・アストラがお前の身元を引き受けたいんだと。どうしたらこの数日で、あんな過保護になるんだ?」
「えっ」
「明日あたりお前にも話がいくだろうが……。あの妙な手紙の件もあるだろ?身の振り方を考えとくんだな」
レオはそれだけ言うと部屋から去っていった。どうやら様子を見に来ただけだったらしい。そして翌日、彼の言った通りフェンリルから、このままアストラ邸に住まないかと提案を受けることになった。
「ミラフォッサは君にとって住みやすい場所だと思うが……どうだろうか?」
この場にいるのはフェンリルとヴィンセント、レオとカルディアの四人だ。だったら、あの手紙について話をしても問題ないだろうとカルディアは口を開く。
「有難いお話なんですけど、実は――」
脅迫じみた手紙を受けて、ヴィンセントが【戴冠せし者】になるのを手伝っているのだと事情を話した。話終えた後もフェンリルは神妙な面持ちで何か考え込んでいるようだった。少しすると顔を上げ、口を開く。
「そういうことなら俺も手伝おう」
「手伝うって……何か当てがあんのか?」
横から尋ねるレオに、フェンリルは無言で頷く。
「ドゥークスに国病みを鎮める方法を伝えたのは、当時のアストラの人間です。屋敷を探せば、何か資料があるかもしれない」
フェンリルは何気ない口調でそう言った。しかしその内容に、レオもヴィンセントも目を見開いている。
「ま、待てフェンリル。そんな話、俺は初めて聞いたんだが?」
「聞かれなかったからな」
無表情で言うフェンリルに、「こいつはそういう奴だった」とヴィンセントが頭を抱えた。
「そういえば、フェンリルの【戴冠せし者】参加は陛下直々に頼まれた話だったな……。あの頃は、イザベラ王女の婚約者探しなんて噂もあったが、まさか――」
「歴史書でドゥークス王がアストラ領へ出陣したという記述を見て、俺に参加を打診したらしい」
「……マジかよ」
レオが小さく呟く。確かに、以前ヴィンセントの手伝いとして呼んだ歴史書には『王国歴二百五十一年:ドゥークス王、アストラ領へ出陣す。』との記述があった。王も同じ歴史書を読んだのかもしれない。
「そうなると、私もミラフォッサに残って調査の手伝いをした方がいいでしょうか」
「いや、お前は俺について来い」
カルディアの言葉に返事をしたのは、フェンリルでもヴィンセントでもなくレオだった。
「えっ、殿下に?何でですか」
「お前が会ったニコレッタとかいう錬金術師のことで、調べたいことがあんだよ」
ニコレッタや外套の男については、カルディアも気になってはいる。しかし、それではヴィンセントの手伝いにならないのではないかと思い、問いかけるようにヴィンセントへ視線を向けた。
「良いんじゃないかな。彼らについては俺としても気になるところだし、殿下と一緒なら安心だからね」
ヴィンセントがそう言うのなら、レオと一緒に行って問題ないだろう。"調べたいこと"というのが何なのかは分からないが。そうして話がまとまり、二日後の朝にレオと出立することになった。ヴィンセントは騎士団の仕事で、明日には王都に戻るらしい。今後についての話を終え、ヴィンセントとレオは退出していった。部屋にフェンリルと二人残される。
「残った政務の合間に、屋敷にある資料を調べてみる。以前にも読んだ物ばかりだから、あまり期待はできないが」
「いえ、お手伝いしてもらえてありがたいです」
「領内の仕事をある程度片付けたら、俺も君の元に向かおう」
フェンリルは真剣な様子でそう述べた。しかし、そう簡単に領主が領地から離れて良いのか。カルディアが頭に浮かんだ疑問をそのまま尋ねると、フェンリルは淡々と答える。
「咎の娘が現れたら、血族で最も力の強い者が側で守りにつくと決められている。最低限の政務を済ませたら、領地のことは叔父に預けるつもりだ」
「そ、そういうものでしょうか。流石に申し訳ない気がします」
カルディアの言葉に、フェンリルはふっと微笑みを浮かべた。いつも無表情な彼から時折向けられる、暖かな眼差しにはまだ慣れない。
「そんな風に思わないでくれ。俺にとって、君以上に優先すべき事項はない」
(なんか恥ずかしいな……。フェンリルさんは私を好きとかじゃなくて、咎の娘だからこう言ってるだけなのに)
咎の娘だからという前提がなければ、勘違いしそうになる物言いだ。顔を赤くして俯くカルディアに気付いた様子もなく、フェンリルは続ける。
「俺が行くまでは、殿下から離れないようにして欲しい」
これは確かに、レオに過保護と揶揄されても仕方ないかもしれない。カルディアはそんなことを思いながら、フェンリルの言葉に頷いた。
それから二日後、レオとカルディアはミラフォッサを出発した。目的地は、アストラ領から南下し王都との丁度中間に位置する魔法都市ジェダイトだ。一週間ほどかけて到着したその街は、なんとも非現実的な場所だった。郵便物が空を飛び、噴水から溢れる水は美しい鳥が羽ばたくような形をしている。カルディアは余りの物珍しさに、レオの後ろを歩きつつ辺りを眺め続けていた。
「あそこだ」
立ち止まったレオが指し示す先にあるのは、見上げるほど大きな塔。その壁には蔦が這い、建物自体も少し古びている。随分歴史のある建物のようだ。
「例の会いたい人が、あの塔にいるんですか?」
「あぁ、行くぞ」
ジェダイトまでの道中でレオが語った話によると、ここを目指したのはある人物に会うためらしい。その人と会えば、ニコレッタについて何か分かるのだろうか。こんな街にいるんだから、高名な魔法士なのかもしれない。カルディアは塔を目の前に、これから会う人物について予想する。そうして足を踏み入れた塔の中は、また圧巻の光景だった。
「わぁ……」
高い塔の天井まで、壁中をぐるりと本棚が囲っている。それでも入りきらなかった本が、乱雑に床に積み重ねられていた。お構いなしに部屋の奥へと進んでいくレオに続いていると、何かふわふわしたものを踏んだ感触がした。視線を下げれば、可愛らしいクマのぬいぐるみがカルディアの足に踏みつけられている。急いで足を退けようとしたその瞬間、ぬいぐるみがすごい速さで立ち上がった。
『もう!踏み潰すなんて酷いじゃない』
「うぇっ!?」
目の前で起こる信じられない光景に、カルディアは情けない声をあげて後ずさった。それに反応したレオが、こちらを振り向く。
「なに叫んでんだ」
「でっ、殿下!!ぬい、ぬいぐるみが、しゃべっ――!!」
『まぁ、可愛い反応ね!そんなに驚いて貰えると、ぬいぐるみ甲斐があるわ』
「ほ、ほら!!」
「ハァ……落ち着け。ノヴァ、お前もそいつをからかうな」
慌てふためくカルディアとは対照的に、レオは普段と変わらない様子でぬいぐるみに話しかけた。
『うふふ、坊やが私を尋ねてくるなんて。今日は槍でも降るのかしら!』
「聞きたいことがあって来ただけだ。こんなとこに長居するつもりはねぇ」
『あら残念。なら折角だし、ちゃんと顔を合わせてお話ししましょ』
ぬいぐるみはそう言うと、『着いて来て』と小さい手足で歩き出す。部屋の奥へと進めば、小さな机に女性が突っ伏して眠っていた。ぬいぐるみは机によじ登ると、お行儀良く座り込んだ。そうしてぬいぐるみが動かなくなって数秒した頃。女性が目を覚まし、大きく伸びをしている。
「う〜ん、この方法はやっぱりダメね。大して休んだ気がしないわ」
女性は長い紫色の髪を結い上げながら言う。動かなくなったぬいぐるみと、目を覚ました女性。何が何だかカルディアにはさっぱりだ。
「私は、塔の錬金術師ノヴァ・サピエンタ。気軽にノヴァって呼んで頂戴」
御伽話に出てくる魔女のようなとんがり帽子を被った彼女は、ぱちっと片目を瞑ってカルディアに微笑んでみせた。




