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ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
二章

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ミラフォッサ防衛戦

フェンリル視点→ヴィンセント視点になっています。

 カルディアとラディンが、カザール宮殿に到着した丁度その頃。ミラフォッサ要塞では、魔人による要塞襲撃の恐れと報せを受けた本軍が、前線から撤退し帰還した所だった。

 要塞内部では、天と地に二十を超える数の魔物が蔓延っている。吹き渡る瘴気は通常の魔物が放つものより濃く禍々しかった。城門付近に居た兵士が、帰還したフェンリル達の姿を見て目を見開く。


「フェンリル様!どうしてここに!?」

「知らせがあったので撤退してきた。状況は?」

「つい先ほど、魔人が要塞内に侵入!狼煙を上げに向かっていたところです」

「見ての通り本軍は帰還した。狼煙は必要ない。住民の避難対応に当たってくれ」

「はっ!」


 幸い魔人は侵入したばかりらしく、城壁等に破損は見られるものの、人的被害は少ないようだった。足早に撤退してきた甲斐があったというものだ。


「すごい数だな、二十はいるんじゃないか?」


 ヴィンセントが苦虫を噛み潰したような顔をして言う。魔人に接敵したことのある兵士の報告によると、魔人は魔物よりも魔力、力、知性の全てに優れているとの話だ。


「魔人の相手は兵たちには荷が重い。住民の保護と、引き寄せられる魔物の処理に当たるよう指示を出している」

「代わりにうちの騎士たちを使い潰す気じゃないだろうな?」


 冗談めかして言うヴィンセントに対し、フェンリルは極めて真面目な声音で返事をした。


「いや、その必要はない」

「黙って聞いてりゃ……この数の魔人だぞ。総力で当たらないでどうするつもりだ」


 レオが苛立たしげな表情を浮かべて言う。しかし、フェンリルには作戦があった。作戦と言っていいのか怪しい内容だったが、フェンリルは完璧な作戦のつもりでいる。


「殿下が五、ヴィンセントが五。俺が十。余りは早く終わった者が当たる」

「…………ヴィンセント・ベリウス。俺にも分かるように翻訳してくれ」

「フェンリル、まさかお前……」


 フェンリルは、この数の魔人を三人で相手取る気でいるのだ。流石のヴィンセントも驚いた様子で、レオに至っては頭を抱えている。そんな二人の様子も気に留めず、フェンリルは今にも市街に火を放たんとする有翼の魔人に視線をやった。しっかり見つめ、狙いを定める。


「風穴」


 口の中で呟いた。一息の間を置いて、魔人の体には文字通り大きな風穴が空いていた。魔人はそのことに気づく間もなく地に落ちて行く。


「……おい、なんだ今の」


 レオが若干引いた様子でヴィンセントに尋ねたが、彼も知らないようで小さく首を振った。ヴィンセントも初めて見る技だったのだ。

 フェンリルの空間転移の能力には一つ明確な弱点がある。自分以外の生物は、触れていないと転移出来ないことだ。もし触れていない状態で転移させようとすれば、体の一部だけを持ってきてしまう。風穴はその欠点を利用した技であり、防御不可の絶対必殺と言える技だった。とはいえ命中率が低く、体力の消耗もことさら激しいため、そう連発できる技ではない。


「あれで全部始末しちまえば、俺らは楽できるんじゃねえの」

「確かにそうですね。頼めるか、フェンリル」

「……風穴は連発できないため難しいかと。申し訳ありません、殿下」

「ンな真面目に答えなくても、冗談だよ冗談」


 レオはそう言いながらフワリと空中に浮き上がり「俺向こう側やるから」と言って彼方へ飛び去って行った。ヴィンセントが馬上から、その背中をしげしげと眺めている。


「俺は殿下やお前と違って、魔法も使えなければ妙な能力もない。普通の人間を働かせすぎるのは酷じゃないか?領主殿」

「……君を普通の人間だと思ったことはない。たまには本気を出せ」


 フェンリルは、ヴィンセントの腰に提げられた二本の剣を横目に呆れた声を出した。それぞれ黒と白の対を成すような剣は、フェンリルと出会った時から変わることなくそこにある。その割に、ヴィンセントが振るうのはいつも白い剣だけで、黒い剣が抜かれているところは見たこともなかった。黒い剣は神聖武器の類だという噂もあるが、真相は定かではない。


「まあ、これも仕事だ。ほどほどに頑張るとしよう」

「……あぁ、頼む」


 ヴィンセントはいつものごとく白い剣を抜くと、視線の先にいる魔人めがけて馬を駆けていく。それを見届けたフェンリルは、おもむろに右手を前方へと差し出した。どこからともなく現れた薙刀を握ると、フェンリルも馬を駆けた。飛びかかってきた魔人を軽くいなし、重い薙刀を横凪に振るえば、空気ごと魔人の体が斬り裂かれた。それと同時に背後から喰いついてきた魔人の胸を、振り返りもせず柄の先で打つ。

 瘴気に釣られて集まった魔物の相手もしながら、ひたすらに魔人を狩り続ける。剣で斬り、銃で打ち抜き、槍で刺す。隙のある敵には風穴を使い、一撃で仕留める。力の酷使で息が上がるのも構わず、ひたすらに戦い続けた。アストラ領に住まう銀狼のように美しかった髪は、いつの間にか血に塗れている。返り血で前も見えなくなったころ、ミラフォッサ内で長く鳴り続けていた戦いの音が止んだ。


「おい、フェンリル!こっちも終わったか?」


 背後から聞こえた声に振り返れば、ヴィンセントとレオが並んでこちらにやって来ているところだった。


「あぁ、小型の魔物はまだいるようだが……」

「それくらいは兵たちに任せておけ。それよりお前、どうやったらそんなに血塗れになるんだ。何かで拭いたらどうだ?」


 ヴィンセントに苦い顔でそう言われるが、手拭いなど持っていない。しばらくはこのままかと思っていると、レオがため息をついて指を向けてきた。同時に身体中を柔らかな水の粒子が包み、血を洗い流していく。最後には暖かな風で乾かされ、フェンリルはすっかり綺麗になっていた。残っているのは服の汚れくらいのものだ。


「ありがとうございます、殿下」

「あのまま隣歩かれたら、こっちが迷惑だからな」

「流石殿下。俺にもやってくれませんか?」

「却下」


 ヴィンセントは擦り傷こそあれどそれ以外は問題ないらしく、いつも通りの様子だ。レオも特に怪我はしていない……いや、それどころか――。


「殿下は傷どころか、汚れ一つありませんね」


 フェンリルと同じことを思ったのだろうヴィンセントが、不思議そうにそう言った。


「俺はお前らと違って、敵に近寄らないからな。汚れないのも当然だろ」


 レオはそう言うが、いくら近づかずとも戦場にあって服の汚れ一つないのは異常だろう。第二王子は史上稀に見る天才魔法士と伝え聞いてはいたが、こうして実際にその手腕を見ると驚かされる。フェンリルが胸の内で驚嘆していることを知らないレオは、それよりもと怪訝な表情で口を開いた。


「アイツが居ねえ」

「あいつ?」


 ヴィンセントが尋ねると、レオは頷いて続ける。


「サイラスだよ。さっき屋敷の近くに居たんでついでに様子を見に行ったんだが……昨日の夜にここを出たらしい」

「…………」


 何故だか嫌な予感が胸を掠める。難しい顔で黙りこむフェンリルをそのままに、レオとヴィンセントは会話を続けた。


「ミラフォッサを出た……?何かあったんですかね」

「詳しいことは屋敷の人間も知らねぇらしいが、カザール人らしき女――確かラディンとかいったか。そいつと一緒に焦った様子で出て行ったんだと。あの馬鹿、俺のやった指輪まで忘れて行ってやがる」

「…………ラディン」


 聞き覚えのある名だった。小声で呟いたフェンリルに、ヴィンセントが「どうした?」と尋ねる。


「……カザールの王子の名だ」

「あぁ、言われてみれば一緒だな。だが、ここに居たのは女性だって話だし、あの国の王子は一年前に死んでる。今回の件とは関係ないだろう」

「…………」


 ヴィンセントの言う通りで、普通に考えれば同じ名前というだけの別人だ。しかし、フェンリルの胸騒ぎは収まるどころか増していくばかり。矢も楯もたまらずに馬の腹を蹴って駆け出すと、驚いた様子の二人を置いて城門に向かった。


「門兵はいるか」

「これは閣下!何用でしょうか」


 城門近くで魔物の残骸を処理していた兵士が、慌てて居住まいを正す。


「昨晩、サイラス・レーラントがカザール人らしき女と共にミラフォッサを出たと聞いた。何か知っているか」

「あぁ、それなら確か――」


 門兵によると、その女はフェンリルに話があると言ってミラフォッサに入ろうとしていたらしい。カザール人は入れられないと止めていたところにサイラスが通りかかり、知り合いと聞いて通過を許可したそうだ。


「俺に話が……?」

「はい。それについてことの仔細は聞き及んでおらず……。申し訳ありません」

「構わない。彼らがミラフォッサを出て、どこに向かったか分かるか?」

「それが……。驚くほど脚の速い馬に乗っていて、止める間もなく出て行ってしまいまして。国境側の門を出て、西の方に駆けて行くのは見えたのですが」


 門兵は恐縮した様子で答える。要するに行き先の手がかりはないということだろう。国境側の門を出て西というと、馬など走れない悪路の森が広範囲に広がっている。そこを突っ切ればカザールはすぐだが――。


(西の森を、馬で……)


 門兵は先ほど、「驚くほど脚の速い馬」と言っていた。カザールには、飛翔馬という王族だけに与えられる特別な種類の馬がいる。闇夜にも光るような黄金の毛並みを持ち、それこそ空を飛ぶ鳥の如く走る馬。


「脚が速い以外に、馬に特徴はあったか」

「他に、ですか?」

「あぁ、どんな些細なことでも良い」

「は、はい。そうですね……美しい金色の毛並みをしていて、真夜中なのに輝いていたような?」


 門兵のその言葉に、フェンリルは確信した。馬の背を労るように撫でると、門兵に向けて口を開く。


「王立騎士団のヴィンセント・ベリウス騎士団長に、少し空けるからその間頼むと言伝してくれ」

「え?言伝?」


 困惑する門兵をそのままに、フェンリルは馬の背に乗って門を飛び出した。そう時間の経たないうちに、西の森が近づいてくる。ここを馬で進むわけにもいかないが、迂回する時間もない。


(……仕方ない、森は飛ばすか)


 駆ける馬の足は全く緩めぬまま、森に向かって走る。ぐんぐんと森が近づいてきて、大きな木が馬の鼻先まで近づいたのと同時に、目の前の景色が様変わりした。空間転移で、森の向こう側まで飛んだのだ。かなりの距離を一度で飛んだせいだろう。呼吸は荒くなり、頬を汗が流れて行く。一瞬霞んだ視界を無視して進んで行く。この分なら、今夜にはカザール宮殿に着くだろう。


(……無事でいるだろうか)


 薄い金の瞳が脳裏によぎる。フェンリルは、生まれてこの方味わったことのないような焦燥に苛まれていた。



 「少し空けるからその間頼む」簡潔すぎる言伝に、ヴィンセントは深くため息をついた。せめてどれくらいで戻ってくるとか、何をしに行ったかとか言い残しておくべきではないのか。相変わらず言葉足らずな男に、それでよく領主がやっていけるなという最早感心に近い気持ちが生まれてくる。


(それにしても、どうしてああも必死なんだ?)


 ヴィンセント達のもとから走り去っていた様子と、言伝に来た兵士の話から考えるに、フェンリルはカルディアを探しに行ったのだろうと予想できる。しかし、二人の間に大した交流がないことをヴィンセントは知っている。その上、フェンリルというのは基本他人に興味を持たない男だ。


「全く分からんな……」


 ヴィンセントも、カルディアがどこに消えたのか気にはなる。しかしそれは単純な疑問でしかなく、この状況でわざわざ探しに行こうなんて思わないし、心配で気がそぞろになるなんてこともない。ヴィンセントと違い、レオはカルディアのことをそれなりに心配しているらしく、門兵に出て行った時の様子など尋ねているようだった。


「団長、少しご相談が……」


 指示出しをしていたヴィンセントに、苦しげな表情をした騎士が声をかけてくる。ヴィンセントが「どうした」と話の先を促せば、少し間を置いて話し出した。


「その、魔人化していたカザール人のことなのですが……」


 魔人は、魔人の状態でどれだけダメージを与えても死ぬということはないらしく、ヴィンセント達が倒した魔人は皆、外傷もなく人の姿に戻っていた。気を失っていたようなので、ミラフォッサ内の牢に収容している。


「目を覚ましたのか?」

「い、いえ……そうではなく」


 なんだか歯切れの悪い様子の騎士だったが、意を決した様子でヴィンセントを見据えた。


「もの凄い瘴気を生み出していまして、このままでは魔物を呼び寄せるかと」

「……そうか」

「放置すれば人体への影響もあるものと思います。どこか別の場所に移送を――」

「殺せ」

「……えっ」

 

 ヴィンセントの言葉に、騎士は返事をしなかった。瞳を彷徨わせ、おずおずと口を開く。


「ですが、中には女性や子どもも……」

「気の毒ではあるな」

「こ、殺すというのは余りにも!」


 勢い込んで言った騎士に、ヴィンセントが視線を向ける。温度のない翡翠色の目だった。


「民に被害が出る可能性がある以上、生かしておくわけにはいかない。そもそも彼らを生かして、治す当てはあるのか?」

「そ、それは……」

「お前がどうしても出来ないなら、他の者に任せればいい。魔人化していた者は全員殺し、死体を異端審問会に移送しろ。これは命令だ」

「…………わかり、ました」


 震える声でそう答えた騎士がヴィンセントの元を去っていく。ヴィンセントはそれを一瞥することもなく、自身の仕事に戻っていった。



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