表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの使用人の女ですが、伯爵家次男の振りをして士官学校に入学します  作者: 睦見むに
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/38

作戦決行

外套の男の登場回→EP.「終わりの始まり」〜EP.「死刑宣告」です。


 カザールに到着したその日の夜。広々とした外広間。料理が所狭しと並べられ、楽団が陽気な楽の音を奏でている。中央では、その音楽に合わせて舞い踊る美しい女性たち。侍女たちによって着飾られたカルディアは、料理にも手を付けずにある人物を見つめていた。


「おい、そんなに見てたら勘づかれるぞ」


 隣に立ったラディンに注意され、慌てて視線を逸らした。頭の中で、さっきまで見ていた女性の姿を思い浮かべる。女性は長い葦毛を後ろで三つ編みにし、真っ黒なドレスに身を包んでいた。あのドレスは、カルディアがこの宴のため着せられたカザールの伝統衣装とは違い、ウェリスタスの女性が身に纏うものに近い。容姿からしても、カザール人ではなくウェリスタス人な気がした。


(あの人が、ニコレッタ……)


 少し遠くにいる彼女は、カザール王の隣で優雅に杯を呷っている。魔人を生み出す人間と聞いて、もっと毒々しい見た目を想像していたのだが。実際目にしたニコレッタは、清楚で美しい顔立ちをしている。


「王子の帰還祝いと、婚約者のお披露目を兼ねて宴を催すって言われたときはどうしたものかって思ったんだけど。案外良かったかもしれない」

「え?」

「ナイ―ルに聞いたんだが、ニコレッタはこういう宴は決まって先に抜け出すらしい」

「……もしかして、抜け出したところを狙うつもりですか?」

「当たり」


 それは流石に杜撰な計画じゃないだろうか。ラディンの戦いの腕がどれほどかは知らないが、少なくとも彼は暗殺者じゃない。そんな今考えついたような方法で上手くいくとは思えなかった。そんな懸念をラディンにそれとなく伝えてみる。カルディアの考えを聞いた彼は、しばらく思い悩んでから話し出した。


「お前の言ってることは最もなんだけどさ、それでも今しかないんだ。ニコレッタは俺を警戒してる。日が経てば経つほど、アイツは隙を見せなくなるはずだ」

「それならせめて、誰かに協力をあおぐとか」

「それも無理だな。この宮殿に、ニコレッタへの叛意がある奴なんて残ってない。とっくに全員始末されてる」

「ナイ―ルさんも?」

「ナイ―ルは……悪い奴じゃないんだけど、王に絶対服従だからなぁ。王がニコレッタを重用する限り、アイツもそれに従うよ」


 こうやって話しを聞いていると、ラディンの言う通り今日しかチャンスはない気がしてきた。成功率は低い気がするが。そんな風に考えて不安げな顔で俯くカルディアに、ラディンは努めて明るい口調で言う。


「ニコレッタが会場を出て、一人になったところを狙う。魔人さえいなきゃ、アイツ自身は大したことないはずだ。アンタはここで料理でも食って待っててくれよ」

「えっ!一人で行くつもりですか!?」


 カルディアが勢いよく顔を上げ尋ねれば、ラディンはなんてことない調子で頷いた。


「当然だろ、アンタを巻き込むわけにはいかないし」

「そんなの今更ですよ。一人では、何かあっても気づくことすら出来ませんし……私も着いて行きます」


 カルディアが絶対に譲らないつもりだということに気づいたのか、ラディンは「ありがとう」と少しだけ困ったように笑った。

 それからしばらくの間、カルディアとラディンはニコレッタの動向に注意を払いつつも宴に参加していた。今まで見たことのないくらい豪勢な食事だったが、これから起こることを思うと、とてもじゃないが喉を通らない。


「いやはや、貴方がラディン王子の婚約者様ですか」


 会場の隅で気を休めていたカルディアに、初老の男性が近づいて来た。下卑た笑みと酒を携える姿は、気品に欠けてこの場に似つかわしくない。


「あまりの美しさに異国から攫って来たらしいと聞いて、どんなものかと思っておりましたが……。なんというか〜、素朴な容姿であらせられますなぁ」


(あまりの美しさに異国から攫って来た?いつの間にそんな話に……)


 噂に尾鰭がついて広まったのだろう。そんな話を信じて見に来たとしたら、多少がっかりされても仕方ない……仕方ないのかもしれないが、それにしても男の視線は不躾だった。


「これなら私の娘の方がよっぽど……おっと、申し訳ない。酒で口が緩んでおりまして」


(人の顔をじろじろ見ながら言うことがそれ……失礼な人だな)


 こういう手合いは相手にするだけ無駄だ。言葉も返さず立ち去ろうとしたカルディアだったが、男に強く腕を掴まれてしまった。


「なっ、離してください」

「いやいや、まだ私と離していただろう。いくら王子の婚約者といえ、年長者に対してその態度。失礼じゃないかね?」


「じゃあ聞きますけど、初対面に対してあの物言いは失礼じゃないんですか」なんて言えたら良かったのだが。残念ながら、カルディアはそこまで口の回るたちじゃない。とにかくこの場を離れようと体を捩る。すると男は、もう片方の腕で腰を抱き込んで来た。息のかかるような距離まで詰められて、気色悪さに鳥肌が立つ。


「若い女はこれだからいかん。王子に粗相をする前に、私が色々と教えてやらねば」

「ちょっと、いい加減に――」


バシャン

 

 いっそのこと噛みついてでも逃げ出してやろうか。そう思って睨みつけた男の頭が、いつの間にやらびしゃびしゃに濡れている。唐突な出来事に、カルディアは言いかけていた言葉すら忘れてしまった。男の浴びせられた、強い酒の匂いが鼻をつく。しばらく硬直していた男が、わなわなと震え出し、怒りの形相で酒をかけた犯人へと振り向いた。


「貴様、この私に一体何を――」


 男は言いかけて、慌てて口を噤む。冷たい光を帯びた深紫が、少し高い位置から男を見下していた。


「こ、これは、王子……」

「いやぁ、すまんすまん。酒で手元が覚束なくてな」


 一度は怯えを見せた男だったが、あっけらかんと笑うラディンを見ると、怯えは消え怒りを取り戻して来たらしい。酒臭い体を、大袈裟に震わせている。


「いくら王子とて、これは明らかに故意の所業!それ相応の――」

「言ったろ?酒で手元が覚束なかったって。これくらいのことは水に流してくれよ」

「これくらいのこと、ですと!?」

「あぁ、そうだろ。アンタが酒に酔って口を滑らせたこと、オレも忘れてやるからさ」


 ラディンは、酒で濡れるのも構わず男の肩を組むと、耳元で何やら囁いたようだった。真っ赤だった男の顔が、みるみるうちに青ざめていく。男はカルディアに向き直ると、それはもう深々と頭を下げた。


「こ、この度は、王子殿下の婚約者様に対して、不敬な真似を致しましたこと、深く、お詫び申し上げます」

「え?」


 あまりの態度の変わりように驚いている間に、男はそそくさと場を離れて行った。呆然とするカルディアを、ラディンが申し訳なさそうに覗き込んでくる。


「ごめんな、もうちょっと早く止めてやれば良かった」

「い、いえ、助かりました。……それより、あの人に何を言ったんですか?」

「ん?ちょっとした世間話だよ」


 あの男の尋常じゃない様子からして、絶対に「ちょっとした世間話」ではなかった。気になるカルディアだったが、彼女が問いを重ねる前にラディンがすっとどこかを指し示す。


「それより見ろ、錬金術師殿のご退場だぜ」

「!」


 ラディンが指差す方を見れば、黒いドレスの女性が一人宴を後にしているところだった。カルディア達は無言で目を合わせ頷きあうと、そっと跡を追う。宴の会場である外広間を出てすぐ、ラディンは「ちょっと待ってろ」と言うと、脇にあった小部屋に入った。数える間もなく戻ってきたラディンの手には、身を隠すためのマントが二枚と、弓矢が携えられていた。いわゆる闇討ちなんてのはナイフでグサッとがセオリーだと思っていたカルディアは、意外な得物に目を丸くする。その視線に気付いたラディンが、得意げに笑った。


「こう見えて弓の腕には自信があるんだ。それに、一発で当てるつもりなら、近づかないでやれる方がバレにくいと思わないか?」

「それは……確かにそうですね」

「お姫様にご納得頂けたところで、見失う前に追いかけるとするか」


 カルディア達は一定の距離を空け、音を立てぬようにニコレッタの背を追う。しばらく歩き、宴の喧騒も聞こえなくなった頃。外廊下の途中でニコレッタがふと立ち止まった。立ち止まったニコレッタは、ただじっと月を見上げている。これ以上ない好機と悟ったラディンが、慣れた手つきで矢を弓につがえた。ギリギリと弓を引き絞る音がする。息を詰め、狙いを定めた。弦音がカンと鳴り、矢はラディンの手元から飛び去っていく。風を切って進む矢は、寸分のずれもなくニコレッタの首元に吸い込まれていく。


(当たる)


 カルディアもラディンも、そう確信した。矢の軌道は狂いなく、速い。弓が放たれた瞬間、ニコレッタがそれに気づいたとしても、到底避けられないスピードだった。そのはずだったのに。


「……危ないな」

 

 そんな言葉を発したのは、ニコレッタではない。当然カルディアでも、ラディンでもなかった。間違いなく女を仕留めるはずだった一矢は、どこからか現れた異形の手に掴まれていた。


「な、何よ!?貴方、いつの間に?」


 狼狽しているのはニコレッタ。唐突に目の前に現れた人物に、少なからず驚いているようだった。……暗殺は失敗したのだ。隣にいるラディンは、微動だにせず目を見開いていた。だが、この場にいる誰よりも驚いているのは……カルディアだ。


(あの瘴気を纏う右腕に、黒い外套……。)


 数ヶ月前、王都でヴィンセントと出かけた日のことを思い出す。突然王都に出現した魔物。その場に居合わせたカルディアは、不審な外套の男を追って、路地に入った。そうして男の腕に胸を貫かれ、目覚めたら、人一倍瘴気を感じる体質になっていたのだ。


(どうしてあの男が、ここに……)


 男は右手に掴んでいた矢を外廊下の向こうに投げ捨てると、軽やかな足取りでこちらに向かってくる。物陰に隠れていようが、弓を射たのだから場所が知られていて当然だ。ラディンがカルディアの腕を引き、自分の背後に隠した。

 

「久しぶりだね、カルディア」

「…………」


 カルディアは黙って男を見つめる。何故ここに居るのか、どうやって現れたのか、そもそも何者なのか。聞きたいことは山ほどあったが、そのどれも言葉には出来なかった。


「ていうかお前、僕の忠告全く聞いてないでしょ?どうやったらカザールなんかに流れ着くわけ」

「……忠告?」


 全く身に覚えがない。あったとしても、この怪しい男の忠告を素直に聞くことはないだろうが。


「ありゃ?あー、もしかして聞こえてなかった感じ?」

「ちょ、ちょっと!それより何よ、この状況!説明なさいな!」

「うわっ、相変わらずうるさい女だなぁ」


 こちらに歩み寄って来た外套の男の後に続いて、ニコレッタまでやってくる。最早隠れることは無理だと悟ったらしいラディンが、壁の陰からニコレッタ達の前へと歩み出た。ラディンの存在に気づいたニコレッタは目を大きく見開くと、それからニヤリと笑った。


「なるほどね〜。死に損ないの放蕩王子じゃない。アンタまさか、私を殺そうとしてたわけ?」

「お前偉そうにしてるけどさ、僕がいないと死んでたの分かってる?」

「うるっさいわね、このダラダラ男!今私が喋ってんの!」


 緊迫するカルディア達と違い、ニコレッタと外套の男はやけに緩い雰囲気だ。ラディンはそっと懐に手を入れると、「少し下がってろ」と呟いて前に進み出た。その手には、小ぶりのナイフが握られている。


「まさかまだやる気?不意打ちでも私を殺せなかったくせに、そんなチンケなナイフで何が出来るって言うのかしら?」


 ケラケラと笑うニコレッタに対し、ラディンは無言だ。外套の男が小声で「こんな傲慢女、助けなきゃ良かったかなぁ」と呟いている。


「横の男は厄介そうだが、魔人も側にいないアンタなら、俺でも殺せると思わないか?」

「どーぞどーぞ。僕もう助けないから、好きにやっちゃってー」


 ラディンの言葉に返事をしたのはニコレッタではなく、外套の男だ。言葉通り、ニコレッタに詰め寄るラディンを止めようともしない。しかし、狙われているニコレッタの表情も追い詰められた様子には見えなかった。


「魔人が側にいない私だったら、確かにそうかもね〜。でも残念。私をさっきの矢で殺せなかった時点で、アンタは詰みなのよ!!」


 ニヤリと笑ったニコレッタに、カルディアは本能的な恐怖を感じた。思わず先にいるラディンに手を伸ばす。当然届くはずもないその手は、虚しく空を切った。


「駄目!逃げて!!」


 叫ぶと同時に、ブワリと視界を瘴気が覆う。外廊下の柱に、ビキビキと亀裂が走るのを見た。瘴気が一箇所に集まっていく。視界が晴れたと思うと、そこに居たのは人と魔物が混ざったような存在――魔人が居た。


「ねぇ、放蕩王子!魔人を作り出す私が、魔人になれないはずがないって、少しでも思わなかったのかしら?」

「く、そっ……冗談だろ」


 蝙蝠の羽、紫色の肌、尖った耳に蛇のような下半身。確かに異形と化したニコレッタだったが、以前見たイザベラと違い自我を保っている。


(あんなの、勝てるはずない。ラディンを引っ張てでも逃げなきゃ!)


 そう思い走りだそうとしたカルディアの腕を、硬質な手のひらが掴む。ハッと振り返れば、そこに居たのは外套の男だった。


「離して!」

「だーめ。僕たち見物人は、怪我しないところで大人しくしてなきゃ」


 どうにか逃れようともがいたが、抵抗むなしく男に引きずられ、外廊下の隅まで連れて行かれる。砂埃が立つ向こう側では、刃が何かを弾く音が響いていた。


「アハハッ!アンタ、弓の腕は凄いけど、ナイフはそうでもないみたいね!」


 体を打つような鈍い音と、掠れるような呻き声が聞こえる。砂埃で見えなくても、戦況がどうなっているかなんて明らかだった。震える腕は、未だ硬質な異形の手に掴まれている。助けに行くことも叶わないもどかしさに、カルディアはぐっと唇を噛み締めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ